39 ライバル
アレクに仕返しをして研究室に戻った俺は放課後まで時間があるのでユイに魔法を教える事にした。
「ユイ、おいで。」
「ん」
ユイは可愛らしく『とてて』と小走りで俺の前にやってくる。もう、本当に可愛いな。
「今日からユイに魔法を教えようと思う。」
「ん」
「じゃ、まずは瞑想してくれるかな?」
「…。」
瞑想と聞いてユイは動きを止めた。
ああ、やり方がわからないのか…。
「えっとね、まずは目を瞑って自分の中に目を向けるような感じで魔力を感じてみてくれるかな?」
「ん」
俺に言われた通りにユイは目を瞑り瞑想に入った。
ユイの魔法適性を調べる為に、魔法を発動する。
するとユイを調べ始めた魔法陣はその全ての魔法陣が大きく振動した。
「っ!これは…。」
全ての魔法陣が振動している事に驚愕した。全ての魔法陣が振動すついう事は、全ての魔法に特性があるという事だ。
これは…俺と同じ?初めて見た。俺と同じだけ振動する魔法陣をだ。
「ユイ、魔力を感じたか?」
「ん」
「じゃ、次はその魔力を右手に込めてみてくれるかな?」
「ん」
ユイは右手に魔力を込めると黒いオーラが大量に溢れ出す。
これは一体…。ユイ、お前は一体何者なんだ。
背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「お兄ちゃん、笑ってる?」
え?笑ってる?俺が?ユイの魔力を感じ取って背中に冷や汗が流れているのに?俺は笑っているのか。
「ははは。」
こんなに可笑しい事はない。今までこんなに大量に魔力を持った人間を見た事はない。今、この世界に俺だけだと思っていた。やっとライバルができたのだ。こんなに嬉しい事はない。
この子は俺と競い合って上を目指せる人間だと理解した。だから、全力で育てると決めた。
「ユイ。」
「ん」
俺の険しい顔にユイはどことなく怯えるように返事をする。
「これからは魔法を教える時の俺の事は師匠と呼びなさい。」
「ん、師匠。」
「ユイは俺を超えれる魔法使いになれるかもしれない。だから全力でお前を育てる。いいな?」
「ん、師匠。」
その日、放課後まで教え込んだ魔法は初級まで習得する事ができた。
何て恐ろしい才能なんだ。才能だけなら俺や師匠を簡単に超えているのかもしれないと思った。俺はひょっとして化け物を作り出そうとしているのか?
それはわからないが、目の前にいるユイははっきり言って天才だった。魔力総量は俺と比べてまだまだだが、これから鍛えていけばいい。
この子と初めてすれ違った時に感じたものは、俺と同じように魔法使いになる為に生まれてきた存在だと直感で感じたからなのだろうか?魔法使いは魔法使いを惹きあわせるのかもしれない。
この子の事をもっと注意深く見て研究しようと思う。未来の俺の為にも必要な事なのかもしれないから…。不思議とそう思えた。
「ただいま、ヴェル。」
「ヴェル様、ただいま戻りました。」
「グギャ(ただいま)」
「ヴェル様、戻りましたわ。」
「ただいま。」
「…。」
アレク達が授業を終えて帰ってきたが俺は言葉を返せなかった。
「どうした?ヴェル。」
「いや、ユイの事なんだけど…。」
えらくはっきりしない俺にアレク達は心配している様子だった。
「ユイがどうしました?ヴェル様。」
見るに見かねてシルヴィが再度、尋ね返してきた。
「ユイに魔法使いの適性を見たんだけど…。」
「どうでしたか?」
「…。」
アレク達は俺が答えるのはただじっと待っている。ユイの事を言おうか迷ったけどいずれわかる事だと理解した。
「この子は恐らく…、俺と同じで魔法使いになる為に生まれて来たんだと思う。」
「え?どう言う事?」
カナは俺の言葉に反応して尋ね返してきた。
「この子の魔法適性は全てに反応した。それも俺と同じぐらいに振動していた。魔法を教え込むと全ての魔法を初級まで習得したよ。朝から放課後までの間にだ。」
「「「「…。」」」」
4人は絶句していた。
恐ろしく速い速度で初級までの魔法を習得したからだ。普通はあり得ない。俺でさえ、数ヶ月掛かったのだ。もっとも俺は一人で魔法書と格闘して覚えたから習得速度はユイより劣っていたのかもしれないが…。
それでも、これほどの才能を見た事はなかった。
「ヴェル、何か楽しそうだね…」
「え?」
「ヴェル様、笑ってますよ?」
「笑ってますわね。」
「ちょっと怖いかも…。」
俺はまた笑っているようだ。しかも怖いそうだ。
「いや、俺と同じ全属性が扱える魔法使いだよ?俺と競い合えるかもしれない魔法使いに出会ったんだ。こんなに嬉しい事はないさ。」
「そうか…。ならいいんだけど、無茶はしないよな?」
「大丈夫。俺は正気だよ。これからの魔法の修業が楽しみになってきただけさ。」
4人は俺がライバルを求めていた事を理解したようだった。
「ユイ、これから毎日、瞑想と魔力操作を欠かさずにする事。」
「ん、師匠」
「それから毎日魔力が枯渇するまで俺と魔法の修業をしような。」
「ん、師匠」
そして今日の魔法の指導が始まった。
アレクは攻撃魔法の初級を何とか習得していたので中級魔法を始めている。
「氷柱砲弾!」
アレクは中級魔法の初歩、氷柱砲弾の練習を始めている。まだ中級を始めたばかりなので何回かに一回は成功する程度だった。
「そのまま続けて、氷柱砲弾をしっかりと頭の中に思い描いて魔力を込めるんだ。」
「わかった。」
シルヴィは治癒魔法の初級を習得して中級魔法の初めの方を練習している。
「回復!」
俺が作り出した傷ついたゴーレムに向かって治癒魔法を掛ける。回復速度にムラがあるようだ。
「もっと回復する仕組みをしっかりと把握して想像するんだ。」
「はい、ヴェル様。」
エマは結界魔法が中級の段階で治癒魔法は初級を習得するべく練習に励んでいる。
「光の領域!」
エマは結界魔法の才能が大きいから中級の結界魔法もなかなかできるようになっていた。
「まだまだ結界の強度が不安定だね。一部分だけ強くしてもだめだ。もっと全体的に強く想像するんだ。」
「わかりましたわ。」
カナはあと一歩で中級を終える段階に入っている。
「爆風!」
カナは元々、魔法専攻科の生徒で王宮筆頭魔術師のグランネル子爵の孫娘だ。
アレク達と違って魔法を始めから扱えたので中級習得の進みが早い。
「カナ、もう中級の魔法は大分上達したね。」
「そう?ありがとう。」
「だから、これから上級を教えます。」
俺はカナが中級魔法を全て習得した事を認めた。
「ほんと!?やった!」
カナは認められた事に大喜びをしている様子だった。だが、念には念を入れて釘を刺しておく事にする。
「ただし、中級の魔法練習もしっかりやっておいてね。日々の繰り返しで魔法はより巧みに扱えるようになるから。」
「うん。」
カナは俺の忠告を真剣な目で見つめて頷いた。
「じゃ、見ててね。」
「うん。」
俺は即座にゴーレム群を作り出して狙いを定める。
「大爆発!」
魔術を発動すると轟音と共にゴーレム群は大爆発の中に巻き込まれて粉々に砕け散った。
「すごい…。これってあの時に使った魔法だよね?」
「あの時?ああ、村でグランネル子爵に披露した時の魔法だったね。」
「やっぱり!あの魔法が忘れられなかったんだ。」
「そっか。これからはカナが使う番だよ?」
「わかった。」
勢いよく返事するカナはどことなく興奮している様子だった。よっぽどあの時の魔法が忘れられなかったんだろうな。
「今の魔法をしっかりと想像して魔力を捻り出してね。」
「うん、わかった。」
カナは今の大爆発を想像して魔法を発動する。
「大爆発!」
しかし、爆発は起こらなかった。
「もっとしっかり想像しないとできないよ。」
「わかった。」
その光景を見ていたユイに魔力が集まるのを感じた。
「大爆発!」
ユイは大爆発を発動した。すると轟音と共に大爆発が発生した。その様子をアレク達は目を丸くして言葉を失っている。
「こらっ!ユイ。まだ上級は早い。」
「ん、師匠。」
ユイは俺が発動した大爆発を興味本位で使ったみたいだった。その事を咎められてユイはシュンとしていたが、俺は諭すように続けて言葉を掛けた。
「いいかい、ユイ。魔法は強い魔法を使えればいいんじゃない。基礎や初級の魔法だって使い方では上級を超える成果を出す事もできる。」
「ん」
「要は使い方だ。ユイはまだ初級を覚えたばっかりで他の魔法も使いたいかもしれないけど、今はしっかりと基礎と初級を反復練習する事だ。」
「どうして?」
ユイは理解できずに聞き返してきた。
「俺はユイにただの上級が使える魔法使いになってほしくない。魔法使いになるなら歴史に名を残せるような偉大な魔法使いになってもらいたいからだ。その為に状況に合った魔法の使い方を覚えてほしい。」
「ん、師匠。」
ユイは俺の言葉に素直に頷いた。
「いい子だ…。」
素直に俺の言葉に従うユイの頭を撫でると気持ちよさそうに身を任せてきた。それから俺はそれぞれに合った魔法指導を根気よく繰り返し行っていた。
ユイは俺の傍で4人の魔法を指導している様子を見ている。この魔法はどうでこう言った使い方だとか一流の魔法使いになる為の知識を教え込んだ。こうした魔法指導を一ヶ月続けた頃、実家から手紙が届いた。
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親愛なるヴェルナルドへ
マリアとクーリエが無事、出産した。
初めての出産と言う事で苦労するかと思ったが、すんなり産まれて来てくれた。
マリアとクーリエによく似た女の子が産まれたよ。
この子達は将来、美人になる予感がする。
絶対に嫁には出さんと冗談で言ったら、マリアもクーリエも怒っちゃったよ…。
冗談なのにな…半分は…。
マリアとの子はユリアと名付けた。
クーリエとの子はミリアと名付けた。
いい名前だろう?
エルなんて毎日ユリアとミリアの傍から離れないんだ。
お兄ちゃんになって嬉しいんだろうな。
俺も嬉しいが一番喜んでくれたのはマリアだ。
自分とクーリエ子が同い年で生まれて、絆が深まったんだと思う。
クーリエの事を妹みたいに思ってたから嬉しいんだろうよ。
お前も忙しいかもしれないが、纏まった休みが取れたら一度顔を見にこい。
皆、喜ぶからな。マリアもクーリエもエルも心配している。
王都に一人で行かせたからな。それは悪いと思ってるけど、賢いお前の事だ。
きっと上手くやっている事だと思う。
何はともあれお前が願っていた妹達が、無事生まれた事を報告しておく。
セドリックより。
追伸、お前の婚約者達によろしく言っといてくれ。
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そうか…。
マリア母様、クーリエ母様、無事に出産したんだな。
よかった。
嬉しいがセドリックよ。生まれたばかりの子を嫁には出さんって…。気持ちはわかる。俺だってユイが誰かのものになると考えると相手の男をぶっ飛ばしたくなるしな。
こればっかりは仕方ないな。エルも嬉しそうだしよかったよ。返事でも出しておくかな。
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親愛なるマリア母様、クーリエ母様
出産おめでとうございます。
マリア母様とクーリエ母様の傍で出産を立ち合いたかったのですが、王都を離れられず心苦しく思います。
何はともあれ、無事出産した事に胸を撫で下ろしています。
僕が願った妹達を産んでくれた事に感謝しています。纏まった休みができたら必ず帰りますね。
それまではどうかお体に気を付けて下さいね。
あと、エルにお兄ちゃんとしてしっかり妹の面倒をみるんだぞと伝えておいて下さい。
それでは王都より家族の再会を願って、ヴェルナルドより。
追伸、帰る時は婚約者達とアレックス王太子殿下も連れて行く事にします。
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よし、これでいいだろう。それにしてもマリア母様とクーリエ母様に似た妹達か…。
やっぱりあの夢は俺の未来なんだな。あの残酷な夢。
絶対に阻止して守り抜いてやると改めて決意した。
翌日、手紙を出して研究室に戻るとアレクが俺を待っていた。
「アレク、どうしたの?」
「あのバッジの事、覚えてるか?」
アレク暗殺未遂事件の誘拐犯達にアレクの殺害を依頼した真犯人が持っていたバッジの事だ。
忘れるはずがない。あのバッジの紋章は王族の紋章が刻み込まれていたのでアレクに調べてもらっていたのだ。
「何かわかったのか?」
「いや、わからなかった…。」
アレクは残念そうに答えた。
「え?わからない?それ王族が信用した物にしか渡さないバッジだよね?」
「そうだ…、だけどいなくなった者はいなかったんだ…。」
おかしい…。あのバッジは偽造品だったのか?
「アレク、あのバッジは偽造品か?」
「いや、本物だ。」
本物なのに持ち主は全員揃っている?きな臭いな…。
「アレク、あの暗殺未遂事件の時にちょくちょくいなくなった人はいなかったか?」
「…いる。」
「誰だ?」
「ベハインド公爵に仕える使用人だ…。」
ベハインド公爵?誰だそれは…。公爵って言うぐらいだから王族なんだろうけど…。
「でもその人はベハインド公爵領で働いているんだ。配下の者にも確認もさせた。」
「怪しいな…。ところでアレク、ベハインド公爵って誰だ?」
「ベハインド公爵は僕の叔父で現国王である父上の弟だ。」
「ふむ…。」
状況を整理してみよう。
俺が戦った真犯人は王族の紋章入りのバッジを持っていた。バッジは四角形で王族が信用する人の内、限られた人にしか与えられていない。
暗殺未遂事件の時にちょくちょくいなくなっていたバッジを持つ人物はベハインド公爵に仕える信用ある使用人。
ベハインド公爵は現国王の弟か…。ベハインド公爵は王の位を狙っている?いや、アレクが死んでも王にはなれない。
国王が生きているし、グスタフもいるからな…。じゃ、グスタフと手を組んでいるとしたら?グスタフがベハインド公爵に暗殺を命じた?
国王の弟がそんな危ない橋を渡るか?仮に承諾したとして叔父であるベハインド公爵が甥であるグスタフの命令に従うのか?
わからない事だらけだ。まだ情報が足りないな。せめてその使用人を直接俺が見てみたい。
「アレク、ベハインド公爵領はどこにあるんだ?」
「王都から西に一ヶ月程行ったところにある。」
遠いな…。俺がベハインド公爵領に向かっている間にアレク達が暗殺されてしまう危険もあるな…。しばらく様子を見るしかないか…。
「少し、様子を見よう。」
「わかった。」
バッジをアレクに調べてもらい、暗殺未遂事件の真相が一歩前進したかに見えた。
しかし、あの時死んだ真犯人は生きていると言う。振り出しに戻った気分だった。もう、溜息しか出ない。考えるのも疲れてしまった。
「アレク。引き続き、ベハインド公爵関係を調べてもらっていい?」
「わかった。調べておくよ。」
「頼む。」
今日は何だか疲れたな。とりあえずやらなければならない事をやったら今日は早めに寝る事にしよう。
戦いはまだまだ終わりそうにないからな。これじゃ、まだまだ実家に帰れそうにないな。