38 悪巧み
シルヴィ達にユイの服装選びを手伝ってもらって何とか服を購入する事ができた。
しかし、ここからが問題だった。そう、ユイの下着選びだ。女の子だから男みたいに適当に買えばいいわけではなかった。
シルヴィ達に無理やり連れられて下着売り場に到着し、ユイの下着選びをしてもらっている間、俺は下着売り場でユイと佇んでいた。いや、耐えていたのだ。周囲の貴族(女性の)から変な目で見られるのをずっと耐えていたのだ。
シルヴィ、エマ、カナ…、誰でもいいから早く帰って来てくれと願うばかりだった。
「ヴェル様、これなんかいいんじゃないですか?」
一番早く帰って来てくれたのはシルヴィだった。俺は『ほっ』としてシルヴィの選んできてくれた下着を見る。
シルヴィらしい清楚な白のショーツだった。ただの白のショーツではない。ふりふりが可愛らしく飾られたショーツだった。
『シルヴィはこう言うのを履いているのか…。可愛いシルヴィによく似合うショーツだ。』
「あの…、ヴェル様。そう言う事は言わないで下さい…。」
「え?俺、声に出してた?」
「…。」
「ごめっ…。」
シルヴィがこう言う下着を履いているのを想像していたら、思わず心の声が漏れていたみたいだった。
俺とシルヴィは顔を真っ赤にして俯く。俺の手にはシルヴィが選んだショーツを握りしめて…。
その時…『まあ、ういういしいカップルです事…。』とひそひそ聞こえたのに『はっ』として慌ててユイに尋ねる。
「ユイ、こう言うのがいいかな?」
「…わからない…。」
「そっか、じゃ、またシルヴィ達に選んでもらおうね…。」
「ん」
周囲の貴族に聞こえるように少し大きめの声で答えていた。
うう、恥ずかしい…。
「ヴェル様、どうしたの?」
カナが戻ってきた。俺とシルヴィの顔が真っ赤になっている事に疑問に思ったのか尋ねてきた。
「いや、何でもないよ…。カナはどんなのを選んできたのかな?」
「これが似合うと思うよ。」
カナが選んできた下着は白と緑のストライプの綿製のパンツだった。
ユイはまだ幼い…こっちの方が似合うかもしれないな…。
『しかし、カナはこう言う下着が好きなのか…。いつも元気なカナにすっごい似合うな。』
「ヴェル君。そんな風に思ってたの?」
「え?また声に出ちゃった?」
カナは変態を見る目で俺を見ていた。
「ごめんなさい…。」
生まれてきてごめんなさい。
「ヴェル様、どうされましたの?」
エマが返ってきた…。
「いっ、いや、何でもないよ…。」
「顔が少し引き攣ってますわよ?」
「いや、ちょっと…何でもないよ。あはは…。」
「そう…ですか。」
エマの選んできた下着は大人の女性が身に着ける下着だった。
いや、これはさすがに早いんじゃ…と思いユイを見る。いや、ありかもしれない…。ませた中学生の女子が大人の下着を履いているかのような感じに見えた。…俺にはそんな趣味はないよ?ホントダヨ?
それにしても『エマはこんな下着を履いているのか…。これは結構エロ…』
「ヴェル様…。想像しないでいただけますか?」
しまった…。また心の声が…。
「すみません…。ユイの下着はシルヴィ達に任せます…。」
「そうして下さい。」
「そうして下さいませ。」
「うん。」
3人にユイの下着を任せた。
俺にはまだハードルが高すぎるよ。
4人は顔を赤くしていた様子をユイは『何か変?』と首を傾げて見ていた。
そんなに見ないで…と思いつつ、そのまま下着売り場を後にしてアルグレイさんの所に戻った。
「ふう…。疲れました…。」
「それはお疲れ様でしたな。」
アルグレイさんはにやにやした顔で俺を見る。
お前、気づいているな!それもこうなるように仕組んだだろ?…まあ、いい…。
「ところでアルグレイさん…。」
「はい、何でしょうか?」
「新しい商談の話があるんですが?」
「お聞きしましょうか…。」
にやにやした顔から商談と聞いて急に凛々しく険しい顔になったな。さすが商売人だ。
「実はこう言う商品を作ってみました。」
魔法の袋からある物を取り出した。
「これは…、便器ですか?」
そう、便器だ。しかし、ただの便器ではない。洋式の便器の便座の横に小さな魔石を2つ取り付けた便器。温水洗浄便座だ!
「トイレを使った後にこの魔石に手を触れると使用者の魔力を少し吸い取って洗い流してくれる仕掛けになっています。」
「おお、これはすごい!」
「これを使えば紙を大量に使う事もなく清潔に保てます。」
この国の便器は一応、水洗なのだが便器の傍にある大きな水瓶から水を汲んで流すのだ。それでトイレの清潔さは保たれるが問題は紙なのだ。紙は決して安くはない。
トイレの使用に大量の紙を使えば環境にもよくないし体にもよくない。紙質が硬いから拭き過ぎると痔になってしまう。
「これはいいですな。王族や貴族の方々に喜ばれます。早速、商談の契約に移りましょう。」
「ええ。これの設計図をお渡ししますのでその特許料として1台売れるに付き、幾らか頂けるとありがたいですね。」
「よろしいのですか?」
俺が作るのにも限界がある。ベネツィアンガラスがいい例だ。
あれの作り方を教える事はできないが、便器の製造方法を教えて特許料を貰った方がいいと考えた。楽だし、これ以上時間を取られたくないからな。
「では、そうですな1台売れるに付き、2000ジュールで如何ですか?」
「アルグレイさん…、この話はなかった事にしましょうか…。別の商会にでも話を持って行く事にします。」
そう言い放ち、この場を後にしようとするがアルグレイさんに腕を捕まれた。
「そう言わずに、5000ジュールで何とか…。」
俺が真犯人をアジトで待つ間に試行錯誤して作り上げた温水洗浄便座をたかが5000ジュールですと?
「アルグレイさん…。」
「…。」
「この前のベネツィアンガラスの時は足元見てましたよね?」
「…。」
「1万ジュールです。それ以上は譲れません…。」
「…わかりました。」
アルグレイさんはベネツィアンガラスの時の話を持ち出すと渋々と言った感じで承諾した。
「ヴェルナルド様…。」
「…何か?」
「お主もわるよのぅ…。」
「いえいえ、アルグレイさん程では…。」
どこぞの悪巧みをしている悪代官と悪の商人のように高笑いをしているとシルヴィ達が戻って来ていた。
「ヴェル様、また悪巧みですか?」
「恥ずかしいですわ。」
「ヴェル君、顔が汚い。」
「お兄ちゃん。」
あれ?デジャブ?しかも今度はユイまで…。違うんだユイ、お兄ちゃんは大食いな子供とユイの為にがんばってるんだ。
「違います。この国の衛生面で話をしていただけです。汚くありません。」
「「「「…。」」」」
お願いだから何か言って…。俺、泣いちゃうよ…。
「ところでユイの下着は買えました?」
「ええ、幾つか見繕って来ました。」
「それはよかった。正直、シルヴィ、エマ、カナがいてくれて助かったよ。」
「お役に立てて何よりです。」
「こちらこそ洋服を贈って頂いて嬉しいですわ。」
「また買いに来ようね、ヴェル君。」
「うん、ありがとう。」
アルグレイさんとの商談も終わって3人に改めて礼を言って今日は帰る事にした。エマ、カナを屋敷に送ってシルヴィを王宮に送り届けてから『今日は研究室に泊まる』とシルヴィに伝えておいた。
研究室に戻るとフレイムが出迎えようとしたがユイを見て警戒していた。ユイも火龍を初めて見たのかすこし怯えているようだった。
「フレイム、この子はユイって言って今日から俺の弟子になるんだ。挨拶して。」
「グギャ(よろしく)」
フレイムは俺の言葉に従ってユイにお辞儀した。
「ユイ、この子は俺の子供のフレイムだ。挨拶して。」
「…ん。」
ユイは俺の言葉に頷いて頭を下げて挨拶した。
部屋に沈黙が訪れる。気まずいなこの空気。ユイの手を引いてフレイムの頭を撫でさせた。フレイムは一瞬、ビクッとしたが、直ぐに気持ちよさそうにしていた。
俺はもう片方の手でユイの頭を撫でる。ユイも気持ちよさそうに身を任せてくる。
「フレイム、ユイ、俺達は今日から家族だ。ユイの方が年上だからお姉ちゃんだな。フレイムもユイも仲良くしてくれたらお兄ちゃんは嬉しいかな。」
「グギャ(わかった。)」
「ん」
挨拶も済ませてそろそろお腹が空いてきたので夕食を一緒に食べる事にした。
「さあ、夕食にしようか。」
「グギャ(うん)」
「ん」
机の上を片付けているとユイも手伝おうとしてくれている。あいかわらず無表情だが、少し打ち解けてくれたのかもしれない。その様子を見てフレイムも手伝ってくれるようだ。
「じゃ、ユイはこれをあっちに持って行ってくれるかい?」
「ん」
ユイに紙束とペンを渡すと指示通りに持って行ってくれた。
「フレイムはあっちからお皿を持ってきてくれるかな?」
「グギャ(うん)」
フレイムは器用にお皿を掴んで持ってくる。そして夕食を3人で食べる事にした。大衆食堂で大量に注文した食事だった。
俺もユイも少しうんざりした感じだったがフレイムは勢いよく食べ始める。フレイムの食欲旺盛な食べっぷりを見たユイは目を輝かせていた。
「すごい…。」
ユイは思わず言葉を呟いた。
「グギャグギャグギャ(これぐらいしっかり食べないと成長しないよ)」
「…ん…。」
フレイムに言われた事にユイも納得して負けじと食べ始めた。
ん?あれ?
「ユイ…。」
「ん」
食べながら俺に視線を送ってくるユイ…。
「フレイムの言葉がわかるの?」
「ん」
まじで?何で?俺とシルヴィしか言葉がわからなかったのに…。この子はビーストテイマーか何かですか?もしかして…、フレイムが家族と認識すれば言葉がわかるのかもしれない…。
明日にでも試してみようか…。
その日の夜、寝る時にフレイムは俺の右腕を枕にして、ユイは左腕を枕にして抱きつくようにしていた。ちょっと嬉しく思う。
愛くるしい子供に美幼女のユイと一緒に寝る事がこんなにも暖かく思えるなんて久しくなかったな。王宮で寝る時はいつも一人だ。
たまに寝る時にルチルさんがやってくるけど、何とか帰ってもらっている。襲われそうで怖いから…。それにシルヴィにバレると後が怖いからな。
怒った時のシルヴィは怖い。少し身震いしたが忘れようと早く寝る事にした。
翌日、月に一度の全校集会があった。
アレクも生徒会で前に並んでいた。そこに一人の美幼女が走り出してアレクに抱きつく。そして一言、大きな声で『ぱぱ~』と…。
そう、俺がユイにお願いしてアレクに抱きつかせてぱぱと言わせたのだ。アレクは突然の出来事に驚きつつ言葉を失っている。
そして周囲の生徒達は…。
「え?アレックス殿下の娘さん?」
「アレックス殿下ってまだ結婚してないよね?」
「隠し子?」
「これってやばくない?」
「あの子可愛い。ハァハァ。」
周囲の生徒達はアレクとユイを見て騒ぎ始める。最後の野郎は後で吹き飛ばす。
「アレク。見損なったよ。隠し子がいたなんて…。」
「え?え?ええ?ヴェル。これは一体…。」
アレクは動揺していたが、俺のにやにやした顔に何かを思い出したのか俺に詰めかける。
「ヴェル。お前…。」
「さあ、何の事だか。」
あの時の仕返しだ。ルチルさんの一言でシルヴィに向けられた視線、怖かったな。よくも一人で逃げ出してくれたな、アレクさんよ…。
「この前の仕返しか?」
「え?何の事?」
恍けてアレクに言葉を返した時だった。シルヴィ、エマ、カナが近寄ってくる。
「ヴェル様、おふざけが過ぎますよ。」
「そうですわ。全校集会でふざけ過ぎですわ。」
「うんうん…プクク」
3人はアレクの動揺っぷりを見て笑いを堪えている。いや、カナは堪えきれなかったようだが…。
「ごめんごめん。この子は俺の魔法の弟子なんだ。」
周囲の生徒は俺の弟子だと聞いて落ち着きを取り戻した。
「え?そうなのか?」
「うん。昨日からね。この子に俺の魔法を教え込むと決めたから、アレク達の妹弟子になるかな。」
「そっか、びっくりしたよ。」
アレクはほっと胸を撫で下ろした。…アレク、まさかほんとにいないよね?隠し子。俺に内緒で卒業とかしてないよね?
少し不安に思うがアレクを信用しようと思う。
「この前の仕返しだ。」
「ヴェル、やっぱりか。」
「まあ、いいじゃないか面白かったし。」
「僕は面白くないよ…。」
ですよね。ざまぁだ。
「じゃ、列に戻るよ。」
そう言い残してシルヴィ達を連れて列に帰って行く。シルヴィ達はまだ笑いを堪えていた。
「アレク兄様の慌てっぷり、プッ、久し振りに見ました。」
「ですわね、プクッ、久し振りにいい物を見させてもらいましたわ。」
「あはは、ヴェル君。面白かったね。」
「してやったりだ。あれ?ユイは?」
あっ、まだアレクの隣にいた。
「おぉ~い、ユイ。帰っておいで…。」
俺の呼び掛けにユイはトテテと走って帰って来た。走る姿が可愛い。まじ可愛い。超可愛い。
この子の将来に期待できると思ったが言葉に出さなかった。シルヴィ達が怖いからな。
こうして全校集会であの時の仕返しをして満足して研究室に戻った。
ちなみにアルグレイ商会に渡した温水洗浄便座は瞬く間に王都に広がっていった。アルグレイ商会の稼ぎと比例して俺の懐もほくほくしていった。
やっぱりアルグレイさんはやり手だなと思う今日この頃だった…。