37 戦い…何の?
奴隷商人から少女を買い取った俺は動けずにいた。シルヴィ、エマ、カナ、ユイもだ。無理をしたからだ…。
何をって?食べ過ぎたんです!
俺が大量に注文した料理を手分けして挑んだが、圧倒的物量には勝てなかった…。だから、今は休憩中です。
「ヴェル様、苦しいです…。」
「私も限界ですわ…。」
「ヴェル君。無茶しすぎだよ…。」
「ごめん…。遊びが過ぎたね…。」
「…。」
シルヴィ、エマ、カナはしばらくは食べ物を見たくないと言った様子だった。
さっきまで死んだような顔をしていたユイは運ばれてきた料理の香りに反応して食べていた。食べ終わったユイは心なしか満足した表情をしているようにも見えた。
「ユイ…。」
「…。」
ユイを呼ぶと無表情であったが俺に視線を向けてくる。
「美味しかったか?」
俺の問い掛けにユイは『こくり』と頷いた。
「そっか、よかった。」
ユイの頭を撫でようと右手を近づけるとユイはびくりと体を強張らせた。
「大丈夫だよ。」
そう言って頭を撫でる。ユイは体を強張らせていたが俺が撫で続けていると身を任せ始める。
気持ちいいのだろうか?
表情は無表情のままだったが目を瞑り身を任せてくれる。
少しは打ち解けてくれたかな?
「ヴェル様、そろそろお洋服を買いに行きましょうか。」
俺とユイの様子をシルヴィ、エマ、カナは優しい笑みを浮かべて見つめていた。
ちょっと恥ずかしい…。
「そうだね。折角の美人さんなんだ。もっと可愛い服を着てもらいたいな。」
俺が素直な意見を言葉にするとシルヴィ、エマ、カナはジト目を向けてきた。
「ヴェル様…。」
「それが理由なのですね…。」
「やっぱり…。」
え?ちょっと皆さん、何ですか?
「え?どう言う事?」
「可愛い子を手元に置いて育ててゆくゆくは…。」
「ヴェル様、見損ないましたわ…。」
「ヴェル君。用意周到だね。」
「いや、違うから!そんな理由で買った訳じゃないから!」
疑われている。そんな理由で買った訳じゃない。ホントダヨ?シンジテヨ?
そりゃ…、まぁ…、可愛いのは確かだし…傍にいてもらったら嬉しいなと思ったりもしたけどそれが全てじゃない。と思う…。気になったのは確かだけど可愛いから気になった訳ではない。これはほんとだ。
「怪しいですね…。」
「ですわね…。」
「…。」
もうジト目はいいから。俺って本当に信用がないな。
「シンジテヨ…。」
しまった!疑われている事に緊張してしまって声が上擦った…。
「「「…。」」」
シルヴィ達の視線が痛い…。
「さっ、そんな事より服を買いに行きましょう。ユイも寒がっているし…。」
誤魔化すようにシルヴィ達を急かした。
「ヴェル様、誤魔化そうとしてますね?」
「女の勘を舐めていたら痛い目に遭いますわよ?」
「誤魔化すのが下手だね。ヴェル君。」
「違うから!さあ、さっさと行くよ。」
シルヴィ達の言葉に胸が痛いがユイの手を引いてさっさと歩いて行った。
これ以上は俺の精神が持たない…。セドリックもこんな感じだったのかなと思い、実家に帰った時は必ず味方になると心に誓ったのだった。
ユイ達を連れてある店の前までやってきた。
「ようこそおいで下さいました。本日は何をお求めで?」
そう…、アルグレイ商会の店だ。今日もどこからともなく現れたアルグレイさん。だから、どこから沸いてくるんだ。
「アルグレイさん、こんにちわ。」
「ご機嫌麗しく存じます、アルグレイさん。」
「ご機嫌麗しゅうございますわ。」
「ご機嫌麗しゅう、アルグレイさん。」
いつものにやけた笑顔のアルグレイさんに挨拶を交わす。
「ヴェルナルド様、例のヴェネツィアンガラスが好評でしてもっと生産数を上げてもらえませんかね?」
挨拶を済ませたばかりなのに直ぐに商談話を仕掛けてくる。
「売れ行きすごいですもんね。さすがアルグレイさんですね。ちょっと今は時間的にも厳しいのでその内でよければでいいなら…。」
否定的な発言で返すが、心の中には大金がちらつく。
「畏まりました、期待してますよ。ヴェルナルド男爵様。」
「ええ、その内ね。」
俺はアルグレイさんと『にやり』とした汚らしい笑顔で商談を進めていた。アルグレイさんは俺の心を読み通している予感がした。この男は信用はできるが計算高くて怖い。
「ヴェル様、こんな所で悪巧みをしないで下さい。」
「少し恥ずかしいですわ。」
「ヴェル君、顔が汚い。」
ちょっ、お前ら…。こっちは生活が掛かってるんだから…。お父さんがんばってるんだよ?
「悪巧みって、してないよ。それに顔が汚いって酷くない?」
「他の人が見てますからそう言う話は内々にお願いします…。」
「…はい…。」
シルヴィの言葉に周囲を見やると確かに視線が気になった。その事でアルグレイさんと顔を見合わせると苦笑するしかなかった。
「今日はこの子の洋服を選びに来ました。」
話題を変えるべくアルグレイさんに本題を話す。
「奴隷の服をお探しですな?」
「いえ、奴隷ではなく俺の弟子です。」
アルグレイさんの言葉を否定して言い直した。
他から奴隷と言われた事に少し腹が立った。奴隷としてユイを購入しては来たが、このまま奴隷として扱うつもりはない。だから、この子を魔法使いの弟子として育てると決めた。
「畏まりました。ではこちらへ…。」
アルグレイさんに案内される間にシルヴィ達が話し掛けてきた。
「ヴェル様、魔法使いの弟子としてお育てになるのですか?」
「うん。気に入らない?」
「いえ、そんな事はありません。寧ろ安心しました。」
シルヴィは屈託のない笑顔で俺を見つめる。
「ヴェル様。私達はヴェル様がこの子を奴隷として購入して奴隷として扱うものだと思っておりましたわ。」
だから呆れていたのか。そりゃそうだよね。奴隷として買ったんだもん、奴隷として扱う方が普通だよね。
「さすがヴェル君。見直しちゃった。」
「皆、勘違いしてたのか。この子を見た時、直感を感じたんだよ…。」
勿論、嘘だ…。魔法の才能を感じて購入してきたわけじゃない。何かを感じたから購入したんだけどそれが何なのかはわからなかった。
いずれ、わかるかもしれないが今はそう言う事にしておいた。決して、シルヴィ達の好感度を上げようとしている訳じゃないよ。ホントダヨ?
最近、言い訳ばかりしている気がするが、俺は自分にこう言い聞かせた。
『人生、楽しみながらゆっくり生きて行こう』と。だから、もっと人生を楽しみながらゆっくりと生きて行けたら最高じゃないか。
そう考えていると3階の貴族御用達の洋服売り場に到着した。
仮にも俺は男爵、貴族なのだ。それを理解してかアルグレイさんは俺の弟子として恥ずかしくない洋服を選ばせようとしてくれているようだ。
「わあ、新作が出てるね。」
「あれなんか良さそうですわ。」
「きっとカナさんによく似合いそうですね。」
シルヴィ達は新作の洋服に目を輝かして燥いでいる。
ちょっと君達…、目的を忘れてはいませんか?いや、元々はこっちが本題だったような気がする。まあ、いい。
「ユイ。」
「…。」
俺に呼ばれたユイは無表情で視線を向けてくる。
「ユイはどんな洋服が好みだい?」
「…。」
ユイは首を傾げる。
「わからない…。」
「来てみたい服とか、好きな色でもいいんだよ。」
「…わからない…。」
わからないか…。それも当たり前なのかもしれない。生まれてから物心つく前には両親がいなくなっていた。そして、生き抜く為に食べ物を盗んで生きてきた。しかし、そんな生活は長くは続かない。捕まって奴隷の身分に落ちた。着る物までこだわれる余裕はなかっただろう。
「じゃ、俺達が選んでもいいかな?」
ユイは『こくり』と首を縦に振った。
「シルヴィ、エマ、カナ、そろそろ戻っておいで…。」
「あっ、ごめんなさい。」
「私とした事が燥ぎすぎましたわ。」
「ごめん、つい我を忘れちゃった。」
…いや、いい…。何も言うまい。
「ユイは何が似合うかな?」
「そうですね…。」
「そうですわね…。」
「う~ん…。」
シルヴィ達はユイを見て真剣に考える。ユイは3人に見つめられて少し怯えて俺の後ろに隠れる。
「ユイ、大丈夫だよ。この3人はこれからユイの姉になる人達だよ。俺達はこれから家族になるんだ。だから安心してほしい。」
「…うん…。」
ユイは俺の言葉に頷いて恐る恐る前に出てきた。シルヴィ達は『家族になるんだ』の言葉に反応して頬を赤らめながら目を潤ませていた。
「え?ちょっとどうしたの?」
「いえ、ヴェル様の言葉に感動して…。」
「ヴェル様、嬉しいですわ。」
「うんうん…。」
何か感動させる事、言ったかなと思いつつユイに視線を向けるとユイも涙目になっていた…。
「…お…父さん?」
愕然とした。3人に姉と言ったんだから俺の事はお兄ちゃんだろうが…。
「ユイ。せめてお兄ちゃんと言って…。」
「…ん…。お兄ちゃん?」
ユイの言葉に感動して即座に抱きしめた。
「痛い…。」
「っ!ごめん…。嬉しくてつい…。」
「いい…。」
ユイは許してくれたが3人の反応が冷ややかだった。
「ヴェル様…、変態ですか?」
「シルヴィさん、これはロリコンと言うやつでは?」
「ヴェル君、幼い子供が好きなの?」
「違う!何でそうなるの!?」
YESロリータ!NOタッチだよ!
3人の冷ややかな態度と言葉に冷や汗を掻きつつ、昔、一世を風靡したどこぞの芸人張りに否定した。
さっきまで涙目で感動してたよね?
「「「…。」」」
3人は答えなかった。俺、何か悪い事してるか?最近、いい事が何もない気がするんだけど…。
「そんな事よりもユイの服を選んでくれない?ユイが風邪を引いちゃうよ…。」
「そうでしたね…少し待ってくださいね。」
「わかりましたわ。」
「行ってくるね。」
「任せました。」
幾ら幼い子供とは言え、ユイは女の子だ。女の子の服は女の子に任せるのが一番いいだろうと思って3人に服選びを任せた。
30分後、3人は思い思いに服を選んで持ってきた。
まずはシルヴィの選んできた服を試着させてみる。
「ユイ、この服を着てみてくれる?」
「ん…。」
俺の言葉に素直に頷いて着替えを始める。
「ちょっ、ちょっと待ったユイ。着替えはあそこの衝立の裏で着替えてね…。」
「ん…。」
突然ユイが脱ぎだすから慌てて止めに入った。ユイはシルヴィと一緒に衝立の方に向かっていった。
ここで幼女を全裸にするなんてどんな変態ですか?と自分に言いたくなる。それにシルヴィ達の視線も痛いし…。危なかったよ。
着替えを終えたユイとシルヴィが戻ってきた。
「どうですか?ヴェル様。」
「これはなかなかいいね。」
着飾ったユイを見つめているとユイは恥ずかしいのかもじもじとしている。あっ、やべ…。可愛い。しかし、ここはYESロリータ!NOタッチ!の精神で耐える。
シルヴィが選んだ服は真っ白のワンピースに薄水色のブレザーだった。清楚でいい感じだ。
ユイの無表情ではあるが美人になるであろう顔にマッチして正に深窓の令嬢と言ったところだろうか。
もしユイが笑顔だったなら同い年の男の子なら一瞬で恋に落ちるだろう。いや、同い年じゃなくても惚れるかも…。お父さんは許しませんよ!まだ結婚は早すぎます!などと叫びたくなった。
それだけじゃない。もしかしたら一人で歩かせると誘拐されるかもしれない。そうなったら全力で助け出す!誘拐犯達を全力で魔法の餌食にしてやる。ユイを誘拐しようとする不敬な輩が出てきたら、地の果てまでも追って、追って、追って、焼き尽くしてやる。
「ユイ。」
「ん?」
「知らない人に食べ物を貰っても絶対に着いて行かないようにね。」
「ん」
心配になっちゃった。脳内トリップがヤバ過ぎた。
「ヴェル様。いきなりどうしました?」
シルヴィは俺の突然の発言に虚を突かれたらしい。
「いや、ちょっと心配になっちゃって…。」
「それはわかりますがもっと他に言う事があるんじゃないですか?」
「そうだね。」
シルヴィは清楚な可愛いユイの姿に心配になった俺に苦笑交じりで答えた。
「ユイ、綺麗だよ。とてもよく似合ってる。」
「ん」
心なしかユイはちょっと嬉しそうな気がする。
次はエマの選んだ服を着てもらおう。早速、エマにユイを任せて着替えさせてもらった。
「お待たせしましたわ。」
「これもいいね。」
エマの選んだ服はピンクのひらひらしたスカートに白のブラウス、襟元には赤のリボンが付いていた。エマらしい上品な服装だった。
どことなく上品な貴族のオーラが漂う感じだった。これも捨てがたい…。
「これもユイに似合っていてなかなかいいね。」
「ありがとうございます、ヴェル様。」
次はカナが選んだ服だ。
青のジーンズのスカートに白のTシャツ、紺色のジャケットだった。カナらしいボーイッシュ的な感じだ。
帽子を被っているのが特徴で好印象だった。これもいい…。
「これもよく似合っている。」
「ありがと、ヴェル君。」
3人が選んだ服を見比べているとどれも似合っていて決めかねてしまう。
「よしっ!決めた!」
「「「どれ!?(ですか!?)(ですの!?)」」」
声を揃えてどうした?あれ?気のせいかな?シルヴィとエマとカナの3人の間に火花が散っているように見える。
「ヴェル様!?私が選んだ服ですよね!?」
「いいえ。私が選んだ服ですわよね!?」
「僕だよね!?ヴェル様!?」
何で張り合ってるの!?俺にどうしろと?
「しっ「よっしゃー!」…。」
シルヴィが先読みして奇声を上げる。それを聞いたエマとカナは鋭い視線を俺に向ける。
だから、何なの?って言うかシルヴィがよっしゃー!?だと!?馬鹿な…。一国の王女様がよっしゃー!何ていうわけがない!そうだ!これは聞き間違いだ。うん。聞き間違いだ…。
「しっ、仕方ないな…。」「チッ。」
え?シルヴィ、今舌打ちしなかった?あれ?あれれ?
「えっ「うぉっしゃー!」…。」
今度はエマが先読みした。そして、シルヴィとカナの鋭い視線が俺に突き刺さる。
だから、なんでやねん!…うぉっしゃー!?あれ?最近、耳の調子が悪くなったかな?治癒魔法でもかけるか…。
「えっ、えっと…。」「チッ」
え?ええ!?エマ…、舌打ち…した?上品なエマが?あれあれ?
「かっ「どっしゃー!」…。」
…俺、ちょっと今日調子悪いみたいだ。早く帰って寝よう。
「かっ、可愛いのがいいかな…。」「チッ」
ああ、やっぱり具合が悪いや…。何か冷や汗が止まらない。
「ヴェル様?」
「ヴェル様?」
「ヴェル君?」
「…何でしょうか?」
「「「死にたいの?」」」
なんでやねん!君達、急にどうしたの!?俺、何か悪いことした!?身に覚えがないんだけど…。しかし、ここで誰かを選んだら確実に死ぬ…。くそっ…、こうなったら…。
「全部ください!」
「「「全部!?」」」
ドロー!引き分け!勝者なし!
「だって全部似合いすぎて決めかねちゃうんだもん。それに着回しもあるからね。」
あと、死にたくないから…。
シルヴィ達は納得して頷いた。それからいくつかのバリエーションを選んで服を購入した。今日のお詫びとユイの服選びを手伝ってくれたお礼に3人に服を買って贈り物にした。
ユイの服を選んでようやく目的を達成した感じだった。疲れた…。女の子の買い物は長くて疲れるよ…。それに…、何で勝負してたの?それが聞きたい。でも、聞けなかった。あのギラギラした女の戦いに巻き込まれたくなかったから…。
帰ろうとしたところにシルヴィ達は『次は下着ですね』と答えた。
は?え?何ですと?下着ですか?忘れてた。俺の最大の難関が、今そこにあった。
「じゃ、あとはシルヴィ達に任せるよ…。」
シルヴィ達に任せようとしたが腕を組まれて連行された。どうやら逃がしてくれないらしい…。『さあ、次行きましょう』と意気揚々、連れて行かれるのであった。
女の戦いはまだ始まったばかりだった。