36 ヴェルナルドのお買い物
フレイムのお披露目が住んで数日が過ぎ、魔法学校の休日がやってきた。今日は待ちに待った散策の日です。
実は昨日からうきうきしていました。最近、嫌な事や仕事してる感が半端なく感じていたので今日は思いっきり遊ぼうと思います。
王城の東側、商業区の入口の前にある噴水広場でシルヴィ、エマ、カナと待ち合わせをしている。待ち合わせの時間より2時間も前に来てしまっていた。
時間が経つのが遅いなと思っていた時だった。目の前に1台の荷馬車が通り過ぎる。荷馬車の荷台には数人の子供が牢に入れられて運ばれていた。子供達はボロ布のような服を着せられていた。
『何だ、あれは?』と思った時、その中の一人と目が合った。その子は背中まで伸びた黒髪の少女だった。その瞳はまるで生気を感じさせない死んだような目をしていた。
俺は、その子に興味が沸いた。
何故だかわからなかったが俺は荷馬車の後を追った。荷馬車は大きいドームのような建物の中に入って行った。俺も後に続こうとすると大柄な男に止められた。
「おい坊主、ここは子供が来るようなところじゃないぞ。」
見るからに厳つい禿げ頭の屈強そうな男だった。
「ここは何をしている所ですか?」
黒髪の少女がここで何をしているのか気になったので聞いてみる事にした。
「ここは奴隷市場だ。坊主が遊びに来ていい所じゃないぞ。」
「買うなら入ってもいいんですか?」
大柄の男は子供が奴隷を買いに来た事に驚いていた。
「買うなら別に入っても構わないが、あまり子供がいてもいい所じゃないから長居はせんようにな。」
「はい。」
男の了承を得た俺は堂々と建物の中に入って行った。
子供が建物の中を歩いている光景に周囲の人の視線が痛い…。しかし、目的の少女に会うまでは帰るつもりはなかった。
建物の中はいろいろな所にお立ち台のような場所があった。そこには裸の女の人や獣人などさまざまな人種が立って見世物になっていた。
奴隷をよく見せて買わせようとしているのか…。
建物の中ほどまで歩くと一人の男が話し掛けてきた。
「何かお探しですか?」
「5歳ぐらいの女の子を探している。種族は問わない。いますか?」
男は10歳の男の子が5歳の女の子を探していると聞くと怪しんでいたが話を続けた。
「探してどうなされるおつもりですか?」
「気に入ったのなら買う。」
そう答えると男は俺の身なりを見て納得したのか笑顔で案内した。
「こちらで御座います。お探しのお相手は見つかりましたか?」
案内された所は幼い少女達がボロ布を着せられて牢に繋がれていた。少女達は死んだように無表情だった。
「この子達は何故ここにいるんですか?」
素朴な疑問を男に投げ掛けてみた。
「この子達は借金の形に売られた子供や親が犯罪を犯して行き場のない子供達ですな。」
「…。」
だから、皆死んだような表情をしているのか…。きっと両親と別れて二度と会う事も許されず、言う事を聞かなければ殴られ続けて生きる気力も無くなったのだろう…。
そう思いつつ少女達を見ているとさっきすれ違った黒髪の少女を発見した。
「あの子は?」
「おお、お目が高い。あの子は先程仕入れたばかりの商品ですな。黒髪は珍しく希少価値がありますな。少し訳ありの商品ですが…。」
「訳あり?」
「はい。何でも親がおらず盗みばかりしていた所を捕まって奴隷の身分に落とされた犯罪者ですな。」
「…。」
犯罪者か…。親もいなければ身寄りもない。だから、生きる為に盗みを犯す…。よくある話だな。
「如何ですか?お気に召されたのであればお安く致しますよ。」
「おいくらですか?」
「100万ジュールです。」
やっす!仮にも人一人の命の代金とは思えない。いくら奴隷だからと言ってもそれは安くない?何かあるのか?それとも奴隷の値段なんてそんなものなのか?
まあ、いい…わからない事は置いておいて、この子が気になったのだ。買って帰る事にしよう。
「買います。」
「畏まりました。それでは準備致しますので少々お待ちください。」
男はそう言うと黒髪の少女を連れてどこかに消えて行った。
しばらく待つと男と少女がやってきた。少女は風呂に入れられたのか綺麗になっていたがボロ布を纏ったままだった。
「お待たせ致しました。それでは奴隷紋の契約を致しますのでこちらにご署名を…。」
奴隷紋?何だそれ?
「奴隷紋って何ですか?」
「主と奴隷を結ぶ契約に御座います。契約されますと奴隷が逃げてもすぐに居場所がわかりますな。他にも命令すれば命令に従いますな。」
異世界物のファンタジーによくある契約と言ったところか…。
「奴隷紋の契約は要りません。このまま連れて帰ります。」
「…よろしいのですか?逃亡されても何もできませんよ?」
このまま何もせずに連れて帰ると聞いた男は驚きつつ念を押してきた。
「構いません。」
「畏まりました。」
100万ジュールを支払って少女を連れて建物を出て行った。
少女は黙って俺に着いてくる。今の所、逃亡する気はないようだ。
少女を連れて噴水広場に到着するとシルヴィ、エマ、カナは御立腹だった。
「ヴェル様、遅いです!」
「女性を待たせるなんて殿方のする事では御座いませんわ。」
「ヴェル様、遅い。」
「ごめんなさい。」
素直に謝った。2時間も前に来ていたのだがちょっと寄り道をしてきて遅れたのは事実だったからだ。
「ヴェル様、何をしていたんですか?」
「ちょっと買い物を…。」
「呆れましたわ。女性を待たせて買い物なんて…。」
「ヴェル様…。」
「ごめんなさい。」
何も言い返せないのでひたすら謝る…。
「ところでその子は?」
シルヴィは俺の後ろにいる少女が気になったのか尋ねる。
「ちょっとこの子を買いに…。」
「「「っ!」」」
3人は絶句した。
「ヴェル様…どう言う事でしょうか?」
「ヴェル様、見損ないましたわ。女性を待たせて奴隷を買いに行くなんて…。一体どうなされたのですか?」
「ヴェル君、何か訳でも?」
シルヴィ、エマ、カナの言葉が痛かった…。
「本当は2時間も前にここに来てたんだけど待ってたらこの子が奴隷商の荷馬車で運ばれてるのが気になって後を追ったんだけど…結局、買う事になりました。」
「「「…。」」」
3人は呆れていた。ですよね…。うん、知ってた。こうなる事はわかってたさ…。だけどどうしても気になったんだもん…。
「ごめんなさい…。今日の事は、また今度埋め合わせをさせてほしい。」
「仕方ないですね。」
「仕方ないですわね。」
「わかったよ。」
「ありがとう…。」
3人は俺の言葉に素直に了承してくれた。本当にありがとう…。
「それで、これからどうされるのですか?」
シルヴィがこれからの予定を聞いてきたその時、『ぐるぅぅぅぐぅぅ』と音が鳴った。音の主は少女からだった。大きな音をお腹から出していると言うのに無表情だった。
空腹に慣れているのか?
「…、とりあえず食事をしてからこの子の洋服を買いに行こうかなと…。」
「そうですね。では行きましょうか。」
「え?着いて来てくれるの?」
意外だった。このまま解散して終わると思ってた。
「この子の洋服は兎も角として、下着までヴェル様が選ぶのですか?」
「ヴェル様、この子には他の物も必要になると思います。男性の方が買われるより、私達女性の方がいろいろと都合がよろしいと思いますわ。」
「この子の似合う洋服を選んでみたい。」
シルヴィ達らしいや…ああだこうだと言っておきながら結局、面倒を見てくれる子達だ。正直、助かる。
下着まで買わないといけない事に気づいていなかった。それはそれとして着せ替えして遊ぶなんて事はないよね?信じてるよ?
少しは遊んでもいいけどあんまり遊ばないでねと思いつつ大衆食堂に向かった。俺達が行くレストランはこの子の服装からしてNGだからだ。仕方ないので奴隷でも行ける大衆食堂に行く事になった。
「何が食べたい?」
「…。」
奴隷の少女に何がいいか聞いてみると少女は何も言わなかった。何を食べたいのか、どうしたらいいのかわからず困惑している様子だった。
「それじゃ、俺が見繕ってみてもいい?」
少女は黙って頷いた。
「すみません、店員さん。」
「はあい、ご注文はお決まりですか?」
女性の店員さんが元気な声で注文を取りに来た。恐らくこの店の看板娘なのだろう。
「ええ、ここからここまで全部。」
「「「「「え?」」」」」
その場にいた全員一斉に驚いた。
だって選ぶの面倒くさいんだもん…。こう言う時は金で物を言わせるのだ…。一回こんな事をやってみたかっただけだったりもするけど…。
「ヴェル様、そんなに食べきれませんよ。」
シルヴィが止めに入るが気にしない。
「大丈夫、余った分は後でフレイムに食べてもらおう。」
「人任せ…、龍任せだね…ヴェル様。」
上手い事を言うなカナ。
「まあ、いいじゃないか。一度、こんな頼み方してみたかっただけだ。」
「それはいいのですけど、この子もびっくりして目を丸くしてますわ。」
「…。」
少女は目を丸くしている様子を見られて恥ずかしくなったのか俯いてしまう。
「ところでヴェル君。この子の名前は何て言うの?」
「…。」
あっ、忘れてた。まだ名前聞いてなかった…。
「ヴェル君?」
カナの質問に答えなかった俺の顔の前にシルヴィが手を振る。
「ごめん、カナ。まだ聞いてなかった…。」
シルヴィ、エマ、カナはずっこけた。
「やっぱりヴェル様はどこか抜けてますね…。そこが可愛いんですけど。」
「いざと言う時は頼りになりますけど普段は抜けてますわね。」
「ヴェル君らしいね。」
三者三様に言ってくる。
「それ、貶してるよね?」
3人にジト目を向けると『そんなは事ない』と言い張ってくる。
納得いかない…。俺、がんばってるよ?がんばってるよね?
まあ、それは置いておいてこの子の名前を聞く方が先だな。
「君の名前は何て言うのかな?」
「…。」
少女は少し考え込んで答える。
「わからない。」
「わからない?」
「名前、呼ばれた事ない…。」
「そっか…。」
この子は親がいない。
初めはいたかもしれないが物心が付いた頃にはもう既にいなかったのかもしれない。
不憫な…。よしっ、名前を付けてあげよう。
「名前がないか…。じゃ、名前を付けてあげよう。」
「「「「…。」」」」
「あれ?皆、協力してくれないの?」
「この子はヴェル様が買ってきたのでしょう?ヴェル様が名前を付けるのは当然です。」
それもそうか…。
「何がいいか考えておくよ。その前にあの大量に運ばれてくる料理を手分けしよう…。」
俺の言葉にシルヴィ、エマ、カナと少女は絶句していた。すごい量だった。見ているだけで胸焼けしそうだった。
フレイムを研究室に置いてきたのが悔やまれた…。ある程度までは皆でがんばったけど食べても食べても減らない食事を見てうんざりした。
結局、残った食事を魔法の袋に仕舞い込んで1時間は動けずに休憩するハメになった…。
どこからか『ご利用は計画的に』とテロップが出た気がした…。次からは…そうする…うっぷ…。
ちなみに少女の名前は『ユイ』と名付ける事にした…。決して、某エロゲーに出てきそうな八重歯の似合う妹系ヒロインを思い浮かべて名付けた訳じゃない。
お兄ちゃんと甘い声で甘えて来てくれる事を期待して名付けた訳じゃ、ないんだからねっ!