35 お披露目
アレク暗殺未遂事件の真犯人を生け捕りにする事ができず、死なせる結果になった。これで真犯人の男の正体だけでなく、その背後にいるであろう人物の存在にまで辿りつけなくなった。
完全に手掛かりを失って深い溜息しか出なかった。『他に手掛かりはないのか?』と思い、男の体をくまなく調べた。男の所持品は剣、短剣、ナイフ、そして幾らかの所持金だけだった。
やっぱり手掛かりはなかったかと思い、立ち上がった時だった。床に『コロン』と何かが落ちる音がした。落ちた物を広って見てみると小指ほどのバッジのような物だった。よく見てみるとバッジには紋章が刻まれていた。
「これは…。」
見覚えがある。これはこの国の王族の紋章だった。でも少し違う…。この紋章が刻まれたバッジは四角形なのだ。
通常、この国の王族や貴族が持つ紋章は六角形の中に刻み込まれる。しかし、このバッジは四角形なのだ。どこかで見たような気がするが思い出せない。
「アレクにでも聞いてみるかな…。」
わからない事はわかる人に聞けばいい…。
そう思って紋章が刻み込まれたバッジを持ち帰る事にした。男の亡骸に結界を張ってから火属性魔法で焼き払い、灰も残さないほど完全に消し去ってから王宮に戻った。
翌日、紋章の事を聞く為に魔法学校の研究室でアレクと待ち合わせした。
「待ったかい?ヴェル。」
「いや、今来たところだよ。」
授業を終えたアレクが研究室に来た。
「聞きたい事って何だい?」
「これを見た事ある?」
「っ!これをどこで?」
アレクは紋章の刻み込まれたバッジを見るなり驚いていた。
「真犯人の黒尽くめの男が持っていたんだ。生け捕りにしようと思ったけど自決されてしまったよ…。」
「…そうか…。」
アレクは残念そうにしていたが完全に手掛かりを失った訳じゃなかったので考え込んでいる。
「そのバッジは四角形だよね?それって何か意味があるのか?」
「…これは王族に仕える限られた者に与えられる物だ。」
何ですと?じゃ、それって王族に信用がある人しか持てない物なのか…。
「これを預からせてもらえないか?」
「いいよ。俺が持っていても調べられそうにないからね。アレクに任せるよ。」
バッジの事はアレクに任せる事にした。
「ああ、わかった。」
バッジを見てからと言うものアレクは難しい顔をしたままだった。
そんなにやばい代物なのか…と思っていた時だった。シルヴィ、エマ、カナが授業を終えて研究室に訪れた。
「アレク兄様、どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ。ちょっと考え事をしていただけさ。」
「そう…ですか。」
シルヴィはアレクの険しい顔を見て心配した様子だったが、アレクの言葉に頷いた。
「ヴェル様、お聞きしましたわ。誘拐犯達のアジトにお一人で潜入されたとか。」
誰にも言ってないのに…、シルヴィに聞いたのか…。
「ええ、ただのごろつき達だったから楽でしたよ。」
「あまり、無茶をしないでくださいね。」
「ありがとう、エマ。」
エマは心配して気遣ってくれた。この子達の為にもあまり無茶はしないようにしないとな…。
「それにしてもヴェル様はすごいね。接近戦で剣術と魔法を使いこなして戦うなんて。」
「慣れですよ。カナにもできるよ。」
「僕は剣術が苦手だから無理だよ。」
カナは剣術が苦手らしい。でも魔法が使えるならそれでいいじゃないか。
「魔法でも戦えるように鍛えてあげますよ。」
『ニヤリ』と笑みを浮かべてカナを見る。
「…お手柔らかにお願いします…。」
カナは俺の笑みを見て萎縮しながら返事した。
「グギャ(遊んで)」
「おお、よしよし。」
最近、一人で置いておかれる事が多かったフレイムは寂しかったのか俺に擦りついてくる。
「ごめんな、フレイム。寂しかったかい?」
「グギャ(うん)」
「じゃあ、今日は目一杯遊ぼうか。」
「グギャ(うん)」
最近、仕事してる感が半端なかったからストレスが溜まっている。だから、愛くるしい子供と遊んでストレスを発散しようと決めた。
そろそろフレイムのお披露目も兼ねて外で遊んでもいい頃かなと思った。フレイムが生まれてからずっと見てきたが危険は無いように感じた。今日はいっぱい遊んでやるぞ。
「ヴェル様、私達とは遊んで下さらないのですか?」
「「…。」」
シルヴィ、エマ、カナの視線が痛い…。
「今度の休みにでも遊びに行きましょうか…。」
「はい。」
「わかりましたわ。」
「やった。」
シルヴィ達にも心配掛けていたし、不安がっていただろう…。
そのお詫びも兼ねて今度の休みの日にでも遊びに連れて行こうと思う。決して美少女3人組を見て目の保養をする為じゃない事だけは言っておこう…。
(ホントダヨ?マジ…ダヨ?)
翌日、研究室からフレイムを肩に乗せて教室に向かう。
教室に向かう途中、すれ違う生徒達は驚愕していた。俺とフレイムに視線を交互に向けながら絶句している。
そりゃそうだ…。だって火龍の子供だもん…。通常、火龍は危険な存在だからね。教室に入るや否や教室内の空気は静まり返る事になった。
「さぁ、フレイム。ここが教室だぞ。」
「グギャ(そか)」
興味なさそうだな…。こいつは何に興味があるんだ?
「ヴェル君、フレイムおはよう。」
静まり返った教室内にカナの元気一杯な声が響き渡る。
「おはよう、カナ。」
「グギャ(おはよう)」
俺達がカナに挨拶するとカナはフレイムの頭を撫でる。フレイムは気持ちよさそうにして机の上で丸くなって眠りに入る。
その様子をクラスメート達が興味津々で見つめている。
「今日はフレイムに透明化の魔術を掛けてないの?」
「うん、そろそろフレイムも外に出しても大丈夫かなって思ったからね。」
「そっか、いきなり連れてくるんだもん。びっくりしちゃった。」
「ごめんね。」
いつも透明化の魔法を掛けて大人しくさせてたから可愛そうだった。でも、今日から普通に生活させて皆と仲良くできるようにしていこうと思う。
「授業をはじ…。」
授業を始めようと教師が入ってきたが、フレイムを見て言葉を失ったようだ。
「どうしました?先生?」
「…いや、ヴェルナルド君…それは?」
教師が恐る恐る訪ねてきた。
「火龍の子供ですが何か?」
何事も無く平然として言い放ってやった。『何か悪い事でもしました?』と言わんばかりに答えてみた。
「教室にペットの持ち込みは…。」
「フレイム!」
「グギャ(何?)」
俺がフレイムを呼ぶと机の上で寝ていた筈のフレイムが起き上がり返事をする。
「あいつは敵だ!俺の子供のフレイムをペット扱いしやがった。」
冗談交じりに教師に指差してフレイムに言うと…
「グギャー(敵は許さない)」
「っ!」
フレイムは教師に睨むと教師は震えだしたが生徒達が見ているので何とか立ち直ったみたいだった。
「さ、授業を始める。」
何事も無かったかのように教師は授業を始めようとする。どうやら黙認されたようだ。
「フレイム、俺の勘違いだったよ。あの人はいい人だ。」
「グギャ(そか)」
俺の言葉にフレイムは落ち着き、頭を撫でてやるとまた机の上で眠りに入る。教師とのやり取りを見ていたクラスメート達は笑いを堪えながら見入っていた様子だった。
授業が終わると教師はそそくさと教室を後にした。
「あの、ヴェルナルド君。その子を紹介してもらってもいい?」
教師が出て行って直ぐに一人の女生徒が話し掛けてきた。この女学生はクラリス・ヴェネラウと言ってこのクラスの委員長だ。顔は普通、体型も普通のまさに普通がぴったりと言える委員長だ。
よく見ると足が少し震えているようにも見えた。恐らく、クラスを代表して勇気を振り絞って来たに違いない…。
「この子はフレイムって言うんだ。」
「フレイムちゃんか…。」
委員長はフレイムをまじまじと見つめる。
「フレイム、クラリスさんに挨拶しなさい。」
「グギャ(よろしく)」
俺の言葉にフレイムはお辞儀して答える。
「賢い子だね。」
「グギャ(ありがと)」
「ありがとだって。」
「言葉がわかるの?」
「俺とシルヴィはわかるみたい。」
「え?シルヴィア王女殿下もわかるの?」
委員長はシルヴィもわかると聞いて驚いていた。
「何でだかわからないけど、フレイムが産まれた時に傍にいた俺を父親でシルヴィが母親として認識してるみたい。」
「何かすごいね…。」
クラリスは驚き過ぎて目を丸くしていた。
「アレクとエマとカナにも懐いてるよ。」
「うんうん。」
俺とクラリスの会話を聞いていたカナも頷いている。
「アレックス殿下にも?ほんとにすごいね。ちょっと触ってみてもいい?」
「大丈夫だよ。この子は大人しいから危なくないしね。」
クラリスは恐る恐るフレイムの頭を撫でた。
「何か可愛いね。」
「グギャ(照れるぜ)」
俺はフレイムの頭を軽く叩いた。
「グギャ(痛い)」
「え?どうしたの??」
俺がフレイムの頭を叩いたのを見てクラリスは困惑していた。
「いや、クラリスさんが可愛いって言ったらフレイムが照れるぜって…。」
「あはは、ほんとに可愛いよ。」
『照れるぜ』の言葉にクラリスは大笑いしている。
「この子も産まれたばかりでまだ寂しがり屋だから仲良くしてほしい。」
「こんなに可愛いんだもん大丈夫だよ。ね、皆?」
すっかりフレイムに心を開いたクラリスはクラスメート達に問いかける。すると『うんうん』とか『よろしくね、フレイムちゃん』などと声が返ってきた。
「グギャ(よろしく)」
「よろしくだって。」
こうしてクラスメート達にフレイムのお披露目が済んだ。
翌日から俺とすれ違うクラスメート達はフレイムに言葉を掛けたりしてくれている。それを見ていた他のクラスの生徒達は唖然としていたが、興味を引かれたのか少しづつ声を掛けてくる生徒も増えてきた。
少しづつでいい…少しづつでも学校の生徒達に打ち解けていければいいと思う。
フレイムをお披露目してから数日、アレク達といつもの研究室でお茶会をしているとフレイムの話になった。
「それにしてもヴェル、この数日でフレイムの人気が出てきたね。」
「そうだね…。びっくりしたよ。」
この数日、シルヴィにフレイムを任せていたのだった。
シルヴィの屈託のない笑顔にいつも傍にいるフレイムはさながらお伽話によくあるお姫様を守護するドラゴンのようだった。その光景を見ていた生徒達は憧れるように魅了されていたようだ。
今では噂が噂を呼び、その光景を一目見ようと魔法学校を覗きに来る人もいるようだ。
「さすが、シルヴィだね。屈託のない笑顔に寄り添う龍…絵になるね。」
「いえ、そんな事はないですよ。」
急に褒められたシルヴィは顔を赤くして否定する。
「またまた、シルヴィは謙虚してるね。」
「フレイムが可愛いからです。」
更に顔を赤くしてシルヴィは答える。
う~ん、可愛いな。
「エマもカナもありがとうね。」
「私は何もしてませんわ。」
「何にもしてないと思うけど…。」
「そんな事ないよ。カナはフレイムがクラスに溶け込む為にいつも通りに接してくれたし、エマはフレイムの事をいろいろ話してくれてたじゃないか。」
カナはフレイムを初めてクラスに連れて行った時、静まり返った教室に元気な笑顔で接してクラスメート達と打ち解けさせる機会を与えてくれた。
エマは俺達といつも行動を共にしているからフレイムに興味を持った生徒達に話を聞かれて産まれてからのエピソードやフレイムのお間抜けな話をしたりして盛り上げてくれた。
「いえ、大した事はしていませんわ。」
「フレイムの魅力が皆に通じただけだよ。」
エマもカナも優しいな。さすが女の子だねと思った。女の子は話が上手いし場の雰囲気を大事にしてくれる。感謝してるよ。
「あと、アレクも役に立ったね。」
「そうか?」
「この国の王太子殿下が火龍の子供とじゃれているのも皆の不安を消し去ってくれたからね。ありがとう。」
アレクは時間がある時にはフレイムと遊んでくれていた。王太子と言う立場上、影響力は絶大だった。
「役に立ててよかったよ。」
こんな日が続けばいいと思う。
最近、暗殺や毒殺に警戒する日々だった気がするからな…。勿論、楽しい事もあったからそれだけじゃなかったけど王都に来て一人だと思っていた俺にはありがたい存在だ。
これからも『よろしく』と心の中で感謝してお茶会は終わりを告げた。