33 救出
翌日、魔法学校の授業が終わって暗くなるまで時を待った。
俺とシルヴィは、先に王宮に戻りアレクには魔法学校で待機してもらった。
日が落ちて辺りが暗くなった時、アレクは校舎を出て校庭を歩く。そこにルチルがアレクに狙いを定めて弓を構えて矢を放つ。矢は真っ直ぐアレクに飛んでいき、心臓を貫いた。
アレクはそのまま地面に倒れこんだ。身動き一つせず即死だった。
「っ!」
ルチルはその光景に驚いたが、直ぐに俺の指示通りアレクに近寄ってアレクの剣を奪って走り出した。
目的地はルチルの実家だ。ルチルは実家の机の上にアレクの剣を置いて手紙を書いて王宮に向かって走り出した。
するとルチルの実家に入って行く人物を確認した。黒いローブを頭から被り、顔は見えない…。体の特徴からして男だとわかった。
しばらくすると、ルチルの実家から布で覆われた長い物を持って出てくる。あれは恐らくアレクの剣だろう。
俺は予め展開しておいた物体察知の魔法で離れて後をつけた。その人物は路地をくねくねと曲がりながら歩いていく。
時には立ち止まり、尾行を警戒している様子だった。俺はかなり離れた距離から物体察知でその人物を追っているので気づかれていない。
勿論、探知魔法でアレクの剣の所在を把握していたので見失う筈がない。するとその人物は王都の北側にあるスラム街へと移動していく。
魔法学校の生徒がスラム街に入ると怪しまれる恐れがあったので透明化の魔法を使い尾行を続けた。スラム街の中ほどまで行くとその人物はある建物の扉にノックする。
すると中から大柄の男が出てきて何やら会話している様子だった。会話は極めて短かった。恐らく合言葉か何かを受け答えしているのだろう。
その人物が建物の中に消えていったのを確認した後、物体察知で建物の中の状況を覗き見た。建物の中には男が20人…全員剣や槍やらを持って武装している。
建物の地下には手足を拘束されている男女がいる。この2人がルチルの両親なのだろうと思った。とりあえず生きていた事に胸を撫で下ろした。
問題はここからだ…。どうやって2人を救出するかだ…。建物の構造上、狭い通路や部屋で20人の男達と戦わなければならない。
魔法を使えば簡単に倒せるだろうが直ぐに全員を倒せる訳ではない。時間が掛かれば2人を人質にされてこっちの行動に制約が掛かってしまう。まごまごしていたら人質は殺されるかもしれない。
さてどうしたものか…。どちらにせよ20人と戦うなら人質を助け出してから戦う他ないようだ。
まずは人質救出が先と決めて行動を開始する。
「掘削!」
地面を魔法によって掘り進めていく。
人質の場所は把握している。音を出さないように、振動を伝えないように慎重に掘削していく。人質の真下辺りまで掘り進めて人質が捕らえられている床を少し穴を開けて声を掛ける。
「ルチルさんのご両親ですか?」
「っ!誰だ?」
突然に声を掛けられた男は驚いて声を出した。
「しっ!静かに…。助けに来ました、俺の指示に従ってください。」
「わかった。」
男は声を小さくして了承した。
「ルチルさんのご両親ですね?」
「そうだ、私はロイド、こっちは妻のルイエだ。」
男はルチルの父親ロイドと母親のルイエと答えた。ルチルから聞いた両親の名前で本人達と確認した。
「今からここに穴を開けます。穴が開いたらゆっくり降りて来て下さい。」
「わかった。」
ゆっくり音を立てずに床に穴を開けていく。人一人が十分に通れる程の穴を開けるとロイドとルイエは穴を降りてきた。
「ありがとう、助かった。」
「ありがとうございました。」
「まだ終わっていません…お礼は後で聞きます。今は静かにして着いて来て下さい。」
「「わかった」わ。」
2人を救出後、透明化の魔法をかけて王宮に戻る。
「お父さん!お母さん!よかった無事で…。」
「ルチル!すまない迷惑を掛けて…。」
「ルチル!」
ルチル、ロイド、ルイエは俺の部屋で泣きながら抱きしめあっている。
「ヴェル、よくやった。」
「ヴェル様、ご無事で何よりです。」
アレク、シルヴィは人質救出が上手くいってほっとしている。
ここにいるアレクは本物。ルチルに矢で射られたのは俺がアレクに似せて作ったゴーレムだった。薄暗くなった時間ならアレクの装いをしているゴーレムでも十分にアレクに見える。
それを利用した。
「まだ終わっていない。犯人達を叩きのめしてアレクの剣を取り戻してくる。」
「僕達は何をすればいい?」
「アレク達はここで大人しく待っていてくれ。兵を30人ばかし貸してくれ。」
「それはないよ、僕達はここでずっとヴェルを心配していたんだぞ。今度は協力させてくれよ。」
アレクもシルヴィもこれは譲れないと言い張る。仕方ないな…。
「じゃ、アレクは兵を連れて建物を囲んでてくれ。出てくる敵を一人残らず捕らえてくれ。」
「わかった。」
「ヴェル様、私は?」
「…シルヴィは…、あの親子を守っていてくれ…。」
シルヴィを危ない所に連れて行くのは気が引けた…。
「そんな!ヴェル様、私だけお留守番は嫌です。」
シルヴィは自分だけお留守番をする事に不満がっている。だから、ここは後顧の憂いを無くす為にシルヴィに言う。
「あの親子をここに残したまま行くと不安じゃないの?シルヴィは?」
「それは…。」
「もしかしたら自分達がした事を悔いて自殺するかもよ?」
「…わかりました。後の事はお任せください…。」
俺は3人が自殺をすると仄めかしてシルヴィに面倒見てもらうように説得した。シルヴィは渋々と言った様子で了承した。
「頼んだよ。」
「今回だけですよ。」
「ああ。」
そしてアレクと兵達を連れてスラム街へと向かった。アレクと兵達に建物を取り囲ませて両親を助け出した穴から建物の中に入って行く。すると、中の男達は『人質がいねぇ!』『どこ行った?』などと叫んでいた。
「ようやく気付いたのか…。遅いな…。」
敵の対応の悪さに苛立ちを覚えながら男達に攻撃魔法を放つ。
「氷柱砲弾!」
氷柱砲弾は次々に男達に命中して倒れていく。
「誰だ!?」
攻撃してきた俺に気づいた大柄の男が言い放つ。さっき扉から出てきた男だった。
「姑息な手段を使ってアレクを亡き者にしようとした奴らにお仕置きに来ました。」
俺は大柄の男に笑顔で答える。
「ガキが何ぬかしやがるっ!」
大柄の男は相手が子供だと理解すると殴りかかってきた。しかし男が殴りかかってくる事を物体察知で事前に把握していた俺は刀を抜き放って右腕を切り落とす。
「ぐあっ!」
男は痛みに耐えながら切られた右肩を左手で抑えた。
「降伏しろ!さもなければ殺す!」
全身から魔力を漂わせながら殺気を放つ。男はがくがくと身を震わせながら『ばっ、化け物!』と叫びながら逃げ去ろうとした。
「逃がすかっ!」
男の後頭部に刀の柄を強打させると気を失って倒れた。切り落とした右肩を火属性魔法で出血を止めると建物内の残りの男達を次々を気絶させていった。
「終わったよ…。」
「ヴェル!犯人達は?」
アレクの剣を片手に建物から出てきた俺にアレクは訪ねてきた。
「皆、寝てるよ。」
「そうか…。」
「後は任せるよ。」
「わかった。」
アレクは兵達に命じて建物の中の男達を次々と捕らえていった。
翌日、男達の尋問が始まって男達はルチルの名前を出した。ルチルは男達の仲間でアレクを襲った犯人だと言い張った。しかし、アレクはそんな事実はないと否定した。
「お前達は王宮に勤めるルチルの両親を攫ってルチルに身代金を要求した。ルチルはその事を僕に相談してきたからこそお前達を捕らえたのだ!言い逃れはできんぞ!」
アレクはルチルを庇って男達を裁きにかける気だ。
「そんなバカな!ルチルは…。」
「ルチル!この男達が言う事は真実か?」
アレクは男の言葉を遮ってルチルに問う。
「…いえ、アレックス王大使殿下の言う通りに御座います。」
ルチルはアレクを支持した。
「法務卿、これが我々がこの者達を捕らえた正統なる理由です。厳正なる裁きを!」
法務卿、この国の法律を司る部署のトップだ。通常はその下の下級裁判官が担当する筈なのだがアレクが自ら兵を率いて男達を捕らえた事でその正当性を審査する為に法務卿自ら出向いてきた。
「捕らえられていたロイド、ルイエの証言からも明らかである。誘拐の罪、身代金を要求し私腹を肥やそうとしたばかりでなく、神聖なる裁判に嘘偽りを行った者共の罪は重い。」
「「「「…。」」」」
法務卿の言葉にアレク、ルチル、ロイド、ルイエは黙って聞き入る。
「この者共を打ち首の刑に処すものとする。以上。」
「そっ、そんな…。こんな事が…。」
法務卿の裁きに納得できずに騒ぎ立てる男達を兵達が制して牢に連れて行った。
「それにしてもアレックス殿下、お手柄でしたな。」
「いえ、当然の事をしたまでです。」
「さすがは未来の国王で在らせられます。」
「お言葉、身に余る光栄でございます。これからも民の為に精進を重ねます。」
「頼もしいですな。アルネイ王国の未来は安泰ですな。」
法務卿は満足してその場を立ち去って行った。
「アレックス様、ありがとうございました。」
「「ありがとうございました。」」
ルチルと両親はアレクに平伏して礼を述べていた。
「いや、ご両親が無事で何よりだ。」
「いえ、両親の命の為とはいえ、アレックス様のおいの…。」
「しーっ、そんな事実はなかったよ。」
アレクは口元に指を立てて答えていた。その様子を見てルチル達は周囲が気になったのか言葉を飲んだ。
「それに僕は何もしてないさ。礼を言われるのはヴェルだ。」
アレクは俺に視線を向けてきた。
「ヴェルナルド様、本当にありがとうございました。」
「「ありがとうございました。」」
ルチル達は俺にまで平伏してきた。
「いえ、当然の事をしたまでです。」
そう、当然の事をしたまでだ…。決してルチルのあの晩の出来事を脳内ハードディスクに保存させてもらった礼で助けたわけじゃない…。ごめん…失言だった…。
「いえ、ヴェルナルド様が助けて下さらなかったら今頃はどうなっていたか…。」
「本当にありがとうございました。」
ルチルの両親は礼を言いっぱなしだった。
「いえ、ルチルさんには日頃からお世話になってますのでそのお礼です。礼を言う必要はありません。」
「ですが…。」
「お気持ちは十分に伝わりましたからお立ち下さい。」
ロイド、ルイエは俺の言葉に従って立ち上がって頭を下げた。
「ヴェルナルド様…。本当にありがとうございました。」
「いえ、ルチルさん。本当にもういいですから…。」
ルチルさんの顔が見れない…。あの事を思い出しちゃうから…。
「いえ、このお礼は必ずさせて頂きます。夜伽でも何でもお命じ下さい。」
夜伽の言葉に反応したシルヴィの目が俺に突き刺さる。しないって…、しませんからシルヴィ…。だから、レイピアを鞘に戻そうね。ね?
「ヴェル様…。」
「しませんよ、しませんからシルヴィアさん…。」
シルヴィの鋭い視線が怖い…。助けてよ…、アレク…。助けを求める目をアレクに向けるとアレクは既にいなかった…。
あの野郎!逃げやがったな!友達を置いて逃げるとか…。逃げるとかぁ~!?
「ヴェ・ル・さ・ま…。」
怖いよ…シルヴィ…。その笑顔が怖いよ…。目がね…、笑ってないのよ…。寧ろ、殺気がね…。籠っているのよ…。
「本当ですって、シルヴィ。ルチルさんも冗談だって言ってください!」
「いえ、本気ですよ…。」
ちょっ!おいっ!ルチル…、お前は俺を殺す気か!?
「ヴェ・ル・さ・ま…。」
「アーレークー!」
俺の声が王宮に響き渡った…。
その日、シルヴィは怖かった…。ルチルは何やらうきうきしているし…。こうしてアレク暗殺未遂事件は終わりを告げたのだった…。
痛む体に治癒魔法をかけつつ、こう思う。
アレク…、覚えてろよ…。と心の中で仕返しを決意するのであった…。