30 商売を始める
こんにちわ。ヴェルナルド・フォン・グナイスト魔法学校特別生です。
先日、食欲旺盛なお子様ができたのでお金が必要になりました。
お金はあるっちゃあるんだけど…、不思議ですよね…。お金は使えば使うほど無くなっちゃうんです…。どこからともなく『当たり前だ』と聞こえた気がするが聞こえなかった事にしとこうと思う…。
さて、冗談はこれぐらいにしておいて…。俺の貯金は減る一方だ…。そんな生活は長く続かないのでお金を稼ぐ方法を考えなければならなくなりました。とは言え、なかなかいいお金の稼ぎ方が思いつかないのでシルヴィとエマとカナを連れて散策がてらに市場調査をしようと王都の商業地区を訪れた。フレイムには悪いけど光の屈折を利用した魔法を使い、姿を透明にして大人しく俺の肩に乗ってもらった。
「うわー、ヴェル様すごいね。」
カナは久しぶりのデートに燥ぎながら答える。
「そうだね。どこを見ても人、人、人って感じだね。」
この王都で一番人が行きかう所だ。人に酔いそう…。
「それもそうですけど、活気が溢れていますね」
シルヴィも目を丸くしている。
商業地区には何度か足を運んだ事があるが、アルグレイ商会しか行った事がなかった。
王都の東側に位置する商業地区は食料品を売っている市場や、雑貨店、レストラン街、武器や防具を取り扱っている鍛冶場など多種多様に別れている。しかし区画整理はしっかりとなされている。
さすがは王都だと感心せざるを得ない。そして、今いる場所は食料品を売っている市場だ。市場は朝、夕を問わず一日中活気に溢れている。
耳を澄ませば『ちょっとそこのお姉さん、今日はお安くしとくよ。どうだいこのお肉!今晩のメインはこれでいこうよ。』など様々な勧誘合戦が繰り広げられている。見ていてちょっと気持ちいい。
「ヴェル様、あれは美味しそうですわね。」
「ちょっとつまみ食いしようか。」
店先に売り出しているのは、塩と胡椒で味付けられた焼き鳥だった。焼き鳥5本分の料金を支払って焼き鳥を受け取る。値段は王都だけあって少し高めだ。恐らく物価が高いのだろう。
「はい。シルヴィ、エマ、カナ、フレイム。」
3人と1匹に焼き鳥を渡す。
「「え?此処で食べるんですか?」」
シルヴィとエマは綺麗にハモった。恐らく、食べ歩きをした事がないのだろう。王族といいところの貴族の孫娘だから仕方がないか。カナはそんな事気にしない感じで食べ始めている。俺も食べよう。
「そうだけど、2人は食べ歩きした事ないの?」
「ありませんね。」
「ありえませんわ。」
ありえないって…。貴族のマナーで言えば行儀が悪いのだろうが、何か馬鹿にされてる気分だ。
「店先で売っている食品はこうやって食べるのが普通なんだよ。」
俺の説明に納得はしていないが食べ始めた。
「「美味しい!」」
「だろ?」
「はい。外でこんな風に立ちながら食べるのは初めてですね。」
「店先で出来上がったものをアツアツの内に食べるのが美味しいんだよ。」
「なるほど…。納得がいきましたわ。」
2人も気に入った様子で他の店で売っている団子なども買って食べ始めた。しかし、こう人が多いと店先の店員の勧誘がすごいな。周りの人達もどれどれと言った感じで誘われたりしている。それを見た他の店員は我負けじとお客を呼び込もうとしている。しかし、店の店主達はそこから値引き合戦が始まってお客を奪い合う。
利益率は少ないだろうが生活が懸かっているからお客を大量に呼び込んで利益を出そうとしているのだろう。そんな様子を見守りつつお腹がいっぱいになったので雑貨店街に足を運んだ。
雑貨店街の方は道行く人は多いが呼び込みなどはされていないようだ。お客が欲しいの物、見ていて気に入ったものを見つけて店に入って行くと言う感じだな。
「エマさん。あの小物入れ可愛いですね。」
「本当ですわ。この色合いといい形といい心惹かれるものがありますわね。」
お腹いっぱいに満足した2人は女子トークを始めている。俺は女子ではないので会話に着いて行けない。
「カナは何か目を奪われるような物とかあった?」
「あの杖かわいい。」
はて、杖?ああ、そうか。俺達は魔法使いだし魔法の杖に興味があるのだろう。勿論、雑貨店に売っている杖は本物の杖ではない。あれは女の子向けにおかれたレプリカだ。
「ほんとだね。可愛いね。」
「うん。ちょっと欲しくなっちゃったよ。」
カナは目を輝かして答えている。
「買ってあげようか?」
「ううん。僕だけ買ってもらったら、シルヴィさんとエマに悪いよ。」
カナは自分だけ買ってもらうのに抵抗を感じているようだ。
「大丈夫。シルヴィとエマにも買ってあげるよ。3人お揃いにしてプレゼントにしよう。」
「ほんと!?いいの?」
「未来の奥さん達に日頃の感謝を込めて贈るよ。」
折角のデートだし何か買ってあげたいなと思っていたところだ。
「ありがとう。、ヴェル君。」
「いいさ。」
「シルヴィさん、エマ。ヴェル君がこれ買ってくれるって。」
早速カナはシルヴィとエマに声を掛ける。
「ありがとうございます。ヴェル様。いいんですか?」
「ありがとうございますわ。ヴェル様、大切にしますわ。」
「うん。喜んでくれて何よりだよ。」
3人とも礼を言って笑顔で燥いでいた。
そんな楽しい時間を過ごして帰る事になったのだが、目の前にある一軒の食器を取り扱う雑貨店が目に入ったので最後に寄ってみる事にした。中に入ってみると色々な食器が並んでいた。
陶器でできた真っ白いお皿やコップ、銀製の食器やスプーンにナイフ、中には陶器でできた瀬戸物っぽい食器があった。様々なデザインを施された食器類を見てふと思った事があった。ここにはガラス製の食器がない事に…。
そう言えば、この国でガラス製の物って窓や絵画等を飾る額縁にしか見た事がないな。これはいけるかもしれないと直感したので3人を送ってから研究室に戻って考えを纏めてみる事にした。
この国にはガラス製の物は窓や額縁しか見た事がない。それ以外のガラス製の物は法律で禁止されているのだろうか?いや、違うか…。
恐らくガラス製の物を使う習慣がないだけなのかもしれない。もしくはまだそんな技術がないのかもしれない。それも違うか…。
少し工夫すればすぐにできちゃうだろう…。だとしたら何でだ?
色を付けたり文字を付ける事ができないのかもしれない…。ただの透明なガラス製の食器とか作ったら売れるかもしれなが、それじゃ直ぐに真似されてしまうかもしれない。それでは意味が無いな…。
何故かって?すぐ売れ行きが悪くなるからだ。売れ行きが悪くなると在庫が増える。売れ残った在庫が多ければ多い程、赤字額が増える。それでは商売が成り立たない。
だとしたら真似されない技法で作ればいいのかな?真似されない技法、真似されない技術…。前世の知識を総動員して考え付いた結論…。ある物に心当たりがあったので早速作ってみる事にした。
まずソーダ石灰ガラスを作ってみた。
簡単に説明すると…。ソーダ石灰ガラスはケイ砂 (SiO2)、炭酸ナトリウム (Na2CO3)、炭酸カルシウム (CaCO3) を混合して融解する事でできる。炭酸ナトリウムは融点を1千度近くまで下げて加工を容易にする為に加える。
しかし、炭酸ナトリウムを加えるとケイ酸ナトリウムを生じ水溶性になっちゃう為に炭酸カルシウムを加えることでこれを防ぐ。これでソーダ石灰ガラスができあがる。
そして、できあがったソーダ石灰ガラスを使用してコバルトやマンガンなどを混ぜ合わせて吹きガラスにする。それらを混ぜ合わせる事で様々な色合いをしたガラスを作り出した。
そう、ヴェネツィアン・ガラスだ!これなら真似されにくいし売れるだろう。
なんたってヴェネツィアンガラスはその製作技術を他に漏えいさせない為にある島に製作者やその家族、販売業者に至るまでその島に閉じ込めて製作させたという。それ程、高い技術なのだから真似される事はないだろうと判断した。
このままでも売れない事はないだろうが、更に芸術性を生み出すために花模様や文字が描かれたガラス製のグラスを作る。他にもグラスを細く引き伸ばして龍や鳥をモチーフにした複雑な装飾を施した装飾性の高いガラス製のグラスを作り出した。
初めて作った物なのでまだ売り物にできるレベルではなかったが、一ヶ月間、特訓にも似た練習を繰り返し行なってようやく売り物になるレベルのものを完成させた。
これなら売れるだろう…。
早速、アルグレイ商会に商談を持ちかけた。
「いらっしゃいませ。ヴェルナルド様。本日はどのような物をお探しで?」
いつものようにアルグレイ商会に到着するや否やアルグレイさんに声を掛けられた。だから、どこから湧いてくるんだ!と思いつつも挨拶を交わす。
「こんにちわ、アルグレイさん。今日はアルグレイさんに商談のお話があって伺いました。」
「商談…ですか?」
商談と聞いて目を鋭くした。さすが商売人だ…。
「では、こちらにどうぞ…。」
アルグレイさんに連れられていつも入らない事務所の応接室に案内された。
「では、伺いましょう…。」
いつも笑顔なアルグレイさんは真剣な顔をしている。
正直、初めて見た。これが商売人か…。
「こちらをご覧ください。」
そう言って魔法の袋から色とりどりのガラス製のグラスや色とりどりのガラス製の装飾を施したグラスを取り出した。
「っ!」
アルグレイさんは一瞬驚いたが、鋭い目で取り出した物を吟味するように観察している。
「これは素晴らしいですな!これを何処で?」
興味深そうに話を進めて来た。
「俺が作りました。製作方法は企業秘密と言う事で話せませんが…。」
「ふむ、この仕事をして長いですが初めて見ました。特にこのグラスは目を楽しませますな。」
「恐らく、貴族に売れますよ。」
俺がそう言うとアルグレイさんの背後に商売人の姿が見えた気がする。
これがスタ○ドか…。名前は恐らく…モウカリマッカ・ボチボチデンナ…だと思う…。必殺技は…タカクウリマッセー…とか叫んできそう…。
「そうですな…。なかなかに興味深い逸品ですな。」
「如何ですか?俺がアルグレイ商会に卸して、アルグレイ商会が貴族や王族に売り込むと言う事で…。」
「…。」
アルグレイさんは沈黙した。目を閉じて何かを考えている様子だ。
「しかし、それだけでは一部の貴族にしか売れないと思いますが?」
「考えがあります。」
「ほう?その考えとは?」
「例えばこの可愛らしい花の絵が描かれたガラス製のグラスにお菓子など小物を詰めてリボンを付けて贈り物用などにして売ったりとか、この色とりどりのガラス製の装飾品は引き出物に使えませんか?」
「っ!」
俺の考えに驚いた後、早速考え込む…。この沈黙が絶え辛い…。会社で部下が必死に考えた案を上司が考え込んで答えを待っているような緊張感…。
「いいでしょう!」
「ありがとうございます!」
商談は成立した。
「早速ですがこれはどれぐらい作れますか?」
「そうですね…、同じ物なら一日200個ぐらいは作れますかね…。」
本当はもっと作れるがそれ以上作るとなると時間が掛かり過ぎる。
「いいでしょう…。では一つ5000ジュールで買い取りましょう。」
え?今なんつった?5000ジュールですと?200個×5000ジュールで100万ジュールですか?まじですか?
いや、待て…。アルグレイさんは商売人だ。安く仕入れて高く売る。商売人の鉄則だ。これに承諾したらこの国で独占状態になるアルグレイ商会はうはうはになるかもしれないな。
「アルグレイさん…。この話はなかったと言う事で…。」
そう言い放ってその場を立つ。
「お待ちください!」
「何か?」
アルグレイさんが俺を呼び止めたのでわざとらしく答える。
「1万ジュールで何とか…。」
アルグレイさん…。俺がこの一ケ月間、苦労に苦労を重ねた技術をたかが1万ジュールですと?舐めてるんですか?殴っていいですか?
俺は溜息を一つついてアルグレイさんに向き直る。
「お主も悪よのう…。」
金に目がくらんだ…。仕方ないよね?200個×1万ジュールで200万ジュール。月換算で6000万ジュール。年間7億2000万ジュール。ひゃっほ~い!
「いえいえ、ヴェルナルド様ほどでは…。」
2人はあくどい顔で笑い合っていた。
商談成立後200万ジュール受け取り研究室に戻った。これで子供の食費は稼げたな。いや、おつりがくるな。1日200万…月6000万…年間7億2000万…ぼろ儲けですな…。
笑いが止まらない。
しかし、俺はまだ知る由もなかった。アルグレイさんは本物の商売人だと言う事を…。
一ケ月後、王都でヴェネツィアングラスが大流行りになり貴族どころか平民にまで飛ぶように売れていた。アルグレイ商会は月2億4000万ジュールの稼ぎを叩き出すのであった。
アルグレイさん…恐るべし…。商売人って怖いと思う…今日この頃でした。