閑話 シリヴィア・リ・アルネイ
私の名前は、シルヴィア・リ・アルネイ。アルネイ王国の王女です。
10歳の誕生日を迎える少し前、お父様がお倒れになった。原因は分からないのだけれど、早く良くなってほしいと祈るばかりです。
今日は、お父様の代理で兄である第一王子のアレックス兄様と、国境施設に赴く事になった。
お父様がお倒れになって、心配と寂しい気持ちだったけど、久し振りに王都から出る開放感が、私を明るくしてくれた。
アレクお兄様は、お父様がお倒れになって塞ぎ込んでいた私を元気付ける為に、国境施設への同行を半ば強引ではあったけど、連れて行ってくれた。今となっては、アレクお兄様に感謝している。
さて、今日は私達が龍に襲われた時からの話をしましょう。
あれは国境施設への視察が終わり、王都への帰路に着いていた途中に龍に襲われた。よく見ると、火竜だった。
ここら辺では絶対に見ない筈の火竜が、何故私達を?と思ったけど、今は、そんな事を考えている場合じゃない事は分かった。
アレクお兄様は私を庇いつつ、逃げ場を探していた。護衛の兵士たち数十人は、火竜のファイヤーブレスで一気に、焼き払われたみたい。
ショックだった。
実際に人が死ぬのを見て、初めて死への恐怖を抱いた。足が竦み、体の震えは止まらない。思うように動けず、必死にアレクお兄様にしがみついていた。
(誰か助けて)
と思った瞬間、目の前に一人の少年が現れた。
茶髪のストレートヘアーに整った顔立ち、鍛えこまれた身体付きに逞しくも思った矢先に、火龍の尻尾に攻撃を喰らっていた。もうだめかと思ったけど、少年は黒いオーラを漂わせながら、火竜に戦いを挑んでいった。
火竜の攻撃を受けて相当なダメージを受けている筈の少年は、勇ましくも戦っていた。戦う少年の姿に見入っていると、瞬く間に火竜を退治した。
「すごい!」
思わず口に出して感想を述べていた。
アレク兄様も呆気に取られていたが、少年に見入っていた様子だった。
私もそうだった。
戦う少年に、一目惚れをしていたのに気が付いた。
火竜との戦いに勝利した少年の事ばかり気になってしまい、いつの間にかアレク兄様と少年の傍へとやってきて声を掛けていた。彼を離したくないと思い、アレク兄様に頼んで王宮でお礼をする事になった。
彼はヴェルナルド・フォン・グナイストと名乗っていた。ああ、ヴェルナルド様…。いつの間にか、そう呼んでいた。もっと身近に、彼を感じたいと強く願った。
自然と、ヴェル様と呼んでいた事に気付いた。気付いた時には、顔が真っ赤になっているんじゃないかとヒヤヒヤした。王宮で培ってきた貴族との対応で、何とか気持ちを落ち着かせて、笑顔で接する事ができた。
その後、何故火竜は私達を襲ったのか疑問に思ったが、ヴェル様がとんでもない物に気が付いた。
火竜の卵だ。
繁殖期の火竜の卵を、私達が持っていたのだ。
アマーディアの代官に渡された、お父様への貢物の中に入っていたのだ。
何でこんな物をと思ったけど、答えはアレクお兄様が仰った。
第二皇子グスタフ。
私達を、殺害しようとしたのだ。私は、頭の中が真っ白になった。顔から、血の気が引いて行くのが分かった。
どうすればいいのか分からず、アレク兄様の言葉に従った。このまま、王都に堂々と凱旋しようとしている。
アレク兄様が、頼もしく思えた。そして、隣にはヴェル様がいる。鬼に金棒だと思えた。
王都に到着してすぐに、お父様に事の顛末を報告した。第二皇子グスタフの事も…。
確証がなかったから、今回はお父様に任せる事になった。この先、毒殺や暗殺されないか不安だったけど、ヴェル様の事を考えると不思議と勇気が沸いてきた。
これが、人を好きになる気持ち。お父様やお母様、アレク兄様が好きな気持ちとは、ちょっと違う。
そう、これはヴェル様を愛しているからだと、改めて気付いた。
嬉しかったが、謁見を済ませた後、ヴェル様がお見合いをする事になったのが酷く嫌になった。ヴェル様を嫌いになったわけじゃない。
私が嫉妬していると気づいた時の、醜い感情に嫌になった。こんな気持ちを知ったら、ヴェル様は嫌いになるのでしょうか?
そう思ったら、急に怖くなった。
それから、一週間が経ってヴェル様がお見合いに行ってしまった。その日一日、落ち着かなかった。
アレク兄様は、そんな私を見て宥めてくれた。
でも、私の心の中にはヴェル様が誰かに取られるんじゃないかと、気が気でなかった。
お見合いが終わり、ヴェル様が帰ってきた。
楽しそうに話すヴェル様に、腹が立ってしまって、暫く無視してしまった。無視するつもりはなかったけど、ヴェル様と会話をする勇気がなかった。もし、こんな私の気持ちに気付いたら、ヴェル様はどう思うでしょうか?
きっと、嫌いになって王宮から出て行くと言うかもしれないと思った。怖かった。だけど、ヴェル様は私を気遣ってくれて、仲直りしようと言ってくれた。
ヴェル様と買い物に行く約束をして、これはデートだと後で気づいた。
一人部屋の中で、顔を真っ赤にして悶えてしまった。ベッドの上に寝転がり、明日の事を考えてごろごろしっぱなしだった。
明日、何着て行こうかな?いつもドレス姿だから、もっと可愛い女の子って言う感じで攻めてみたいな。ヴェル様は可愛いって言ってくれるかな?
クローゼットから私服を全部出して、鏡の前でファッションショーをしてみた。なかなか決まらない。
どうしようかと迷っていたら、いつの間にかアレク兄様が部屋にいたのに気が付いた。一人で明日の為に、ファッションショーをしている事がバレて恥ずかしかった。
「もうアレク兄様!ノックもしないで入ってくるなんて失礼ですよ?」
恥ずかしくなって、つい声が大きくなった。
「何度もノックをしたさ。」
自分の事で一杯一杯になってしまって、ノックに気付かなかった。
服装に迷っている私に対して、アレク兄様は助言してくれた。
「初めから気合いを入れて行ったら、ヴェルもひいてしまうよ。」
「え!?それは嫌です。」
ひかれるのはいやだと思った。
「アレク兄様、どうしたらいいですか?」
「そうだな、こんな感じはどうかな?」
清楚な白のブラウスにピンクのスカート、それに薄いブラウンのブレザーだった。
うん、これならヴェル様も気に入ってくれるかなと思った。明日の服装は、これで決まりです。
「アレク兄様、ありがとうございます。」
「迷える妹に、救いの手を差し伸べるのは兄の役目さ。」
そう言って、アレク兄様は立ち去った。
本当にアレク兄様は、頼りになる。自慢のお兄様だと、自信をもって言える。
翌日デートの待ち合わせに向かったら、ヴェル様が先に来ていた。
ヴェル様に可愛い似合ってるよって言ってもらえて、すごく嬉しかった。ヴェル様も凛々しく、そして眩しく見えた。ああ、ヴェル様。ヴェル様の事を想うと、顔が真っ赤になる。いけないいけない、冷静に冷静に。
自分に言い聞かせながら、笑顔を保った。いえ、笑顔が零れ落ちている感じだった。
最初は、私のお洋服と小物を見て廻ったけど、いつの間にかヴェル様の服を見るようになった。ヴェル様にもっと格好良く、もっと凛々しくなってもらいたかったからです。
ヴェル様のお洋服を選んでいると、あの2人がやってきた。
そう、ヴェル様のお見合い相手エマさんと、自称婚約者のカナリエさんだ。
ご機嫌麗しゅう存じますと平静を保って言えたが、2人は私達の距離感を計っているようだった。すると、ヴェル様は私の事をシルヴィア様と呼んだので、少しイラッとしてしまった。私は咄嗟に、シルヴィと呼び捨てにしてくださいと言ってしまった。
正直、やっちゃった感はあったけど、2人に負けたくないと思ったので、このまま行く事にした。
2人との会話はそれで終わり、立ち去って行ったけど、遠くからヴェル様を見つめる視線は恋してる目だった。私と同じ、恋する乙女だとはっきり分かった。ヴェル様、格好いいもんね。仕方がないかと正直思った。
ヴェル様が、私の機嫌を直そうと贈り物を贈ると言ってきた。正直、嬉しかったけど、そんな事では騙されないです!もう、ヴェル様ったら贈り物で女の子の機嫌を直そうとするなんて…、と思ったら4階に上がり奥へと進んでいく。
あれ?ここって貴金属売り場じゃ…。
すると、ヴェル様は辺りを散策し、商品を隅々まで吟味してから、これにしようと決めた。
え?これって指輪。しかも、こんなに高価な指輪だなんて…。受け取れない。私の、自分勝手な気持ちに振り回して、こんな高価な指輪なんて受け取れないと思って断ったけど、是非にと言われ迷う。
迷っている内に代金を払い、商品を受け取るヴェル様を見ると、受け取らざるを得ない状況になっていた。…ううん、違う。
私は、期待していたのだ。
ヴェル様に指輪を買って貰えると期待して、迷った振りをしていたのだ。
私に、指輪の入った綺麗に包装してある木箱を笑顔で真剣に贈ろうとするヴェル様を見て、申し訳なさと嬉しさが同時に押し寄せてきた。でも、受け取ってからは、もう嬉しさしか頭になかった。
部屋に戻り、木箱の包装を慎重に剥がし、木箱を開けてみた。きらきらと光った豪華な指輪を見て、私の心はヴェル様で一杯になった。もう、ヴェル様しか見えない。
何時間も指輪を眺めては、顔を真っ赤にしてまた眺める。いつの間にか、疲れて眠ってしまっていた。翌朝、恐る恐る木箱から指輪を出して指輪を嵌めてみた。
左手の薬指に…。
自然と笑みが零れてきた。こんな顔、ヴェル様には見せられないなと思いつつも、時折、指輪を眺めてうっとりしているのをヴェル様に見られて、恥ずかしくて顔を真っ赤にした。
私は指輪を見て、ヴェル様と結婚しようと決心した。例え、お父様、お母様、お兄様や重臣の皆に反対されても、この決心だけは貫くと決めた。
そして、今日も指輪を見つめながら眠る事にする。
(ああ、ヴェル様。好きです。愛しています。)