16 いざ!王都へ
剣術でセドリックに一応の合格点をもらえた俺は、一年の歳月を掛けて鍛えこまれた。
先日、生まれてから9年が経過した時にセドリックと全力で戦った。
勝敗は辛うじて俺が勝てた。何とか勝たせてもたったと言っていいだろう。
セドリックは己の剣術、体術だけで戦ったが、俺は3年間鍛えた体に肉体強化の魔法を使用して戦ったからだ。
セドリックは『とうとう、負けてしまったか』と残念がっていたが、息子の成長に誇りを持っている様子だった。
剣術で勝った褒美に『何か一つ欲しい物はないか?』と尋ねられたので、こう答えた。
「今度は、妹が欲しいです。父様。」
「お?おう…。頑張る。」
おう!頑張れ!後で、母様にもそれとなくお願いしておこう。いつも雑に扱われている父様への、ささやかな褒美として…。うひひ。
「それにしても、ヴェルはもう9歳か…。」
「そうですね。父様。」
「大きくなったな。」
「まだ、小さいですけどね…。」
「身長の話じゃないさ。」
分かってるよ!五月蠅いな…。これから、育つんだよ。今に見てろよ…。
「本当に大きくなったよ。強くもなった。」
「ありがとうございます。」
「もう、僕より強いんじゃないか?」
「そんな事はないでしょう。僕は、魔法を使わないと、父様には勝てません。」
普通に剣技だけでは父様には遠く及ばない。これまでの修行で戦えたのは、魔法で体を強化、補助していたから戦えた。
「そんな事もないさ…。来年は、いよいよ魔法学校だな。」
「そうですね。父様。」
魔法学校は10歳から入学を許される。つまり、来年の4月1日になると10歳になり、入学すると言う事だ。
「頑張れよ。ヴェル。」
「はい。父様。」
「さて…、続きやるか?」
「是非に…。」
こうして、休憩を挟みつつ剣術の修行を再開した。
その日の夜、母様に妹が欲しいなとそれとなくお願いしておいた。そして、母様はこう言った。
「ヴェル~。母さん、頑張るからね。ヴェルの為に頑張るからね」
あっ、うん…。
効果は絶大だった…。毎晩、ギシギシと煩かった…。そして…、日に日に痩せ衰えていくセドリック…。
どんだけ激しいの!?と突っ込みを入れたかったが、想像したくないのでスルーしておいた。
年が明け、王都に向かう準備に、慌ただしくあったある日の事…。
「やっぱり、心配だわ。」
と、突然言い放つマリア。
これに対して、セドリックが言う。
「大丈夫だって…。ヴェルを信じて、行かせてあげよう。」
「でも、ヴェルはまだ9歳なのよ?」
マリアは心配している。無理もない。此処から王都まで、一ケ月は掛かる。勿論、徒歩ではない。馬車でだ。それを、9歳の少年が一人で王都に向かうのだから、心配になるのも当然だった。
何故、一人で行く事が決まったかと言うと…。それは、マリアのお腹に新しい生命が宿ったからだ。毎晩、お盛んに励んでいたセドリックとマリアなのだから、できていてもおかしくはない。
マリアは子の為、クーリエはマリアの面倒を見る為、そして、セドリックは領主の仕事がある。だから、俺一人で王都に向かう事になったのだ。
「それはわかっている。でも、ヴェルはしっかりしているし、魔法の才能もある。剣術だって、僕と互角に戦った。だから、大丈夫だよ。」
セドリックの言葉に、マリアは納得できていなかった。
「こんな事なら、仕込むんじゃなかった。」
子供の前で、仕込むとか言うなし…。
「母様。そんな事、言わないで下さい。」
「でも、ヴェルが…。」
「母様。このお腹の中に、僕とエルの弟か妹になる子供がいるんですよ。嬉しいじゃないですか。だから、そんな事を言わないで下さい。」
「ヴェル~。」
俺の名前を呼びながら、縋り付いてくるマリア。
クーリエは『旦那様がお決めになった事ですので』とセドリックの決断を支持している。
クーリエが正しい。もし、一緒に行ってお腹の子供に何かあったら、それこそ大変だからだ。
エルは、俺と離れるのが嫌なようで、抱きついてきて泣いている。
「エル。お兄ちゃんも、エルと別れるのはつらいけど、わかっておくれ…。」
「やだ…。」
必死に、しがみついてくる。
どうしよう…。
何とか説得しようとするが首を縦に振ってくれなかった。ずっとしがみついて、俺から離れなかった。その日の夜は、エルと一緒に寝る事になった。一緒に寝るエルの頭を、ずっと撫でて抱きしめていた。
エルはまだ2歳、言葉で言ってもまだわからないだろう。それでも、俺は魔法の研究がしたいと思った。師匠が、完成させる事ができなかった魔法を…。弟子の俺が完成させると誓ったのだ。だから、エルが嫌がっていても、俺は旅立とうと思う。
「エル、ごめんね。」
眠るエルの頭を撫でながら、呟いて眠りについた。
翌日、起きてからも、エルは俺から離れなかった。歩いて行くと、どうしても距離が離れそうになるが、必死でついてくる。俺も、エルの傍を離れなかった。距離が離れると、待っていたからだ。
このままじゃいけないと思いつつも、エルの行動に嬉しく思っていたからだ。でも、けじめをつけなければ、前には進めない。だから、エルに真剣に言う。
「エル、お前は男の子なんだ。強くなれ。父様や僕よりも、強くなってほしい。お兄ちゃんがいない間は、お前が家族を守ってくれ。」
そう言って、俺が持っている刀をエルに差し出した。エルが受け取るまで、ずっと無言で差し出した。
「…。」
エルは無言で頷き、刀を受け取った。いや、重くて受け取れなかったが、それでも必死に受け取ろうとしている。
そんなエルを微笑ましくも思う。しかし、ここで助ける訳にはいかない。俺がいなくなったら、エルは一人だからだ。父様、母様、クーリエはいるけど、俺は傍にいないから、一人でできるように見守る。
途中、何度も休憩を挟みつつ、家までしっかりと抱え込んで持って帰った。それを、最後まで見守った俺は、エルの頭を撫でた。
「エル。よくやった。えらいぞ。」
「うん。」
エルは元気いっぱいの笑顔だった。
翌日から、エルも俺と剣術の修行を開始した。と言っても、エルは刀が持てないから小さい木刀を作ってあげた。エルは喜んで素振りをするがすぐに疲れて休んでしまう。
それは仕方がない。だって、まだ2歳だもの…。本来なら素振りだってできないだろう…。
時間を掛けて、必死に素振りをするが、疲れていつの間にか眠ってしまう。エルを抱き抱え、リビングに戻って寝かせる。そして、また剣術の修行に戻る毎日を過ごした。
そして、瞬く間に月日は過ぎ去る。
もうすぐ10歳になる。魔法学校に入学するには、九歳で試験を受け、合格すれば入学を許される。しかし、俺は入学試験が免除されているらしい。何故かは分からないが、グランネル子爵が後ろ盾となり、推薦してくれたからだ。
魔術学院は、10歳から入学して、15歳で卒業するらしい。成績優秀者には、特別生として学費、寮費は免除されるそうだが、俺は何枠で入学するのか知らない。
先日、少し早いが、10歳の誕生日会を催してもらった。10歳だから、準成人の祝いらしいが…。
10歳の誕生日は、魔法学校を入学した後に、最低限必要になる洋服やローブをプレゼントしてくれた。
「もうすぐ、ヴェルがいなくなっちゃう。」
そう言いながら、マリアは俺の頭を胸元に引き寄せて、抱きしめてくる。
大きめの胸に顔をうずめて気持ちがいいのだが、母の胸だと思うと興奮しない…。
「苦しい。母様、苦しいです。」
「ごめんなさい。」
マリアは、寂しそうだ。
「ヴェル。王都に行ったら、お前は一人だ。だが、心配はしていない。一人でも、立派にやり遂げると信じてるから、がんばって帰ってこい。」
「はい、父様。」
セドリックは、凛々しく答えた。
「父様…。」
「どうした?」
「僕がいない間、浮気しないように。」
「ばっ、ばか。そんな気力はないよ。」
本当ですか?信じられません。たまに、クーリエの胸元をチラ見してるじゃないですか?10年間も、よく我慢してるなと、思ったりもしたから心配でな…。
「あ・な・た。」
マリアの目が怖かった…。
怒れる魔神を呼び起こしてしまったのかも…。
「こっ、これはヴェルの冗談だから!」
「気力があったら、するのね?」
「そっ、そんな事はないぞー!」
「明日から、家事全般をやってもらいましょうか…。」
「そんな、殺生な…。」
信じてますよ?父様…。そして…、頑張って下さい…。
「兄様、がんばって。」
「うん。がんばるよ。エルも、一緒にがんばろうな。」
「うん。兄様。」
エルも寂しい気持ちはあるだろうが、それでも笑顔を向けてくれる。
ありがたい事だ。
「ヴェルナルド様、ご立派になられて…。私も嬉しく思います。」
「まだまだですよ。クーリエさんは、僕のもう一人の母だと思ってます。」
クーリエは、目に涙を浮かべて感動している。
「父様と母様、それに、エルの事をよろしくお願いしますね。」
「心得ました。」
「それと…、父様に気を付けてください。」
その言葉に、セドリックは慌ててマリアに言い訳をする。マリアはつんとして聞く耳を持たなかった。
笑える。
「もう、ヴェルナルド様は、冗談がお好きですね。」
と言って、笑っている。
でも、少し顔が赤いのは何故だ?実は、もう既に?って事はないよね?
セドリックにジト目をするが『変な事、言うな』という目で返してきた。
信じてますよ?父様…。
そんなこんなで、王都に旅立つ日を迎えた。
旅の費用と学費を、セドリックから受け取って、無くさないように魔法の袋に仕舞い込こんだ。
決して裕福ではないが、少しづつ貯めたお金を貰ったのだ。節約できるものは、節約していこうと思う。
「それでは父様、母様、クーリエさん、行ってきます。」
「ああ。気を付けてな。」
「ヴェル。何も心配はいらないと思うけど、気を付けてね。たまには近況を知らせてね。」
「はい。、父様、母様。」
両親に別れを告げ、クーリエの方に振り向く。
「ヴェルナルド様。ご健勝とご多幸を、お祈りしております。」
「僕は、大丈夫ですよ。それよりも父様と母様、それにエルをよろしくお願いします。」
「畏まりました。どうぞ、お気をつけて。」
「はい。行ってきます。」
クーリエに家族の事を任せて、弟に別れの言葉を告げる。
「エル。父様と母様、それに、クーリエさんの言う事をちゃんと聞くんだよ?」
「うん。兄様。」
「じゃ、行ってくるね。」
「うん。がんばって。」
エルヴィスは名残惜しそうに返事をする。
今思えば、エルヴィスはお兄ちゃん子だったな。何かしようとすれば真似をするし、どこかに行こうとすれば着いてくる。決して嫌じゃなかった。寧ろ、嬉しかったからよく遊んでやったのだ。
名残惜しいのは俺も同じか…。
両親と弟、メイドに別れを告げて馬車に乗り込む。
目的地はいざ、王都だ!