15 近況
師匠と別れた後、泣き続けていた。ふと、気付くと夕日が差し込んでいた。
家に帰り、師匠との事を家族に話した。皆、残念そうに惜しむような顔をしていた。エルも泣きそうになっていた。
「エル、大丈夫だよ。師匠は遠い所に旅立ったけど、これは決して悲しい事じゃないんだ。安心して旅立って行ったんだ。だからこれは喜ばしい事なんだよ。」
エルにはまだわからないが、俺は自分を諭すようにエルに話しかけていた。
「あー、あうー」
少し悲しみの残った笑顔に、エルが両手を顔に向けて伸ばしてくる。俺は、その手を掴んで両頬に添えた。
「あうー」
エルはまるで、元気出してと言っているようだった。俺は、それだけで救われたような気がした。エルに『もう大丈夫だよ』と笑顔を向けると、エルも笑顔で答えてくれた。
いつまでも悲しんではいられない。あの世で師匠に誇ってもらえるように、がんばろうと決意した。
自室に戻り、師匠の残してくれた魔導書を読んでみる事にした。様々な魔法や禁術の習得法、研究中の魔法が惜しげもなく書かれていた。
「さすが師匠…。よく、こんな魔法を考えるな…。」
師匠は、本当によく研究している。研究バカだな。師匠の後を継ぐと決めた以上、俺がそれに答えると改めて誓う。弟子だしな。師匠の生涯で、ただ一人の弟子だ。生涯じゃないな…。死後、ただ一人か…。
そんな事は、どうでもいい。まずは、何から始めようか?隅々までよく読んで、一つずつできる事からやっていこうと思う。当面は禁術級の習得からかな?しかし、禁術級の攻撃魔法は威力があり過ぎて、試すのに躊躇いがある。
禁術級の結界魔法を発動してから、その中に威力を抑えて行えば大丈夫かもしれない。
「よし!まずは、結界魔法からやってみるか。」
明日からね…。今日はもう遅いから明日からやる事にした。これはいい訳じゃないよ…。『親に何か言われて後でやるから』とかじゃ、決してないからね。もう、夜だから明日に備えて眠るのだと、誰に言っているのか分からない心の声が木霊した。
翌日、師匠のいない修行場を少し寂しくも感じつつ、修行を行う。
まずは、結界魔法のおさらいとして中級、上級の順に発動する。
「神仏の加護!」
目には見えないが、自分の周囲に障壁が展開されたのが分かる。
「聖なる領域!」
自分を中心に、立方体の結界が展開された。
「ふう、次はいよいよ禁術だな…。」
深呼吸をして逸る気持ちを落ち着かせた。イメージするのは『聖なる領域』の強化版だ。
何者も立ち入る事の許されない場所…。何者にも侵される事のない神聖なる領域…。
全身から魔力を右手に掻き集めて、イメージを強くしていく。十分な魔力、十分なイメージを行なってから魔法を発動させる。
「究極の聖域!」
目の前に巨大な結界が光と共に現れた。
成功だ!
白く、半透明な巨大な立方体のような結界。叩いてみても、びくともしない。勿論、立ち入る事もできないだろう。この結界の中なら、どんな魔法を使っても外に被害が出ないだろう…。たぶんね…。きっと…。だと、思いたい…。
試しに攻撃してみる。
「爆発!」
中級火属性攻撃魔法『爆発』を放つが、結界は微動だにしない。
「大爆発!」
今度は、上級火属性攻撃魔法『大爆発』を放つも、結界は何事もなかったように存在を主張する。
これはすごい…。この結界の中なら、どんな魔法でも練習できそうだ。よし、やるか。
全身に魔力を両手に集める。もっと強く…。もっと強大な魔力を、圧縮するように集める。
次は、イメージだ。思い描くイメージは『極寒』の強化版。全てを凍り付かせるように…。大気中の原子までも、これ以上にないほど凍り付かせるイメージを思い描く。
十分にイメージして、魔術を放つ。
「絶対零度!」
『ゴオオォォォ』と言う音と共に周囲は一瞬で凍り付く。目の前には、大気さえも凍り付くような沈黙の世界が広がっていた。
外は?外は、どうなっているんだ?
結界の外が気になって見てみると、結界の外には被害が出ていなかった。
魔法は成功したが、禁術級の魔法を2つも使って、もうへとへとに疲れてしまった。
すごい魔力を使うな…。さすが禁術だ。威力、効果範囲、強度と申し分ない。師匠、俺はやりましたよ。この調子で明日からも修行を続けようと思う。今日のところはへとへとだから、魔法修行は終わりとする。
家に戻り筋トレ、体力作りを行なってから剣術の型の練習する。夕方になり、何度もセドリックに挑みながら試行錯誤を続けた。
「それじゃ、だめだ!その動き方からの今の型は、使い物にならん!」
「はい!父様。」
厳しい意見を繰り返しもらい、剣術の型の完成度を少しずつでも上げていく。それを何度も繰り返している内に、ふとエルが俺の真似をしようとしている。まだ生まれて1年しか経っていないエルが、何とか?まり立ちをしようとしてこける。
こけてしまって、手を打ち付けて泣いた。
「よしよし、痛いのか?エル。」
「あー、あー」
エルが打ち付けたであろう腕の箇所に、手を当てて擦る。
「エル、大丈夫だよ。もう痛くない、痛くないよ。」
その言葉を聞いて、痛みは引いていったのだろうエルは、笑顔に戻っていく。
「エル、お前は男の子なんだ。これしきで泣いていたら、だめだよ。」
「あー、あうー」
「男の子は、我慢も大事だよ。エル。」
「あー、うる」
うる?今、うるって言った?もしかして、俺の名前を呼んだ?
「父様!エルが、俺を見てうるって!」
「何!喋ったのか?」
「たぶん。今うるって言いました。」
「おお。そうか、そうか。パパだよ、エル。」
セドリックは親ばかっぷりを発揮した。
あれ?俺の時はこんなんじゃなかった気がする…。何でだ?まあいいけど…。
その日の剣術指導は終わり、こんな毎日が1年は続いた。
魔法の禁術修行は、それなりに進んでいる。最初の内は、順調に進んでいたが、苦戦する時もあった。流石は、禁術級と言ったところか…。難しい…。
しかし、師匠の残してくれた魔導書が役に立った。こちらの世界のイメージを、前世の記憶と照らし合わせて翻訳して、試行錯誤の結果、何とか習得できたからだ。あとは、これを反復練習して、いつでも素早く発動できるように練習するのみだ。
剣術の方も、型の考案、習得に、セドリックと奮闘して、ようやく一段落した。
次の目標は、木刀ではなく実際に刀を造ろうと思う。前世の知識を思い出して、実際に行ってみる。
まずは、土魔法で火事場を造り、同じく土魔法で砂鉄と炭を用意する。それらを溶かしながら混ぜ合わせて、玉鋼を造る。火魔法で熱して叩いて不純物を取り除き、水魔法で急激に冷やす。
これを、何度も繰り返して日本刀に近づけるように打ち付けて、形を整えていく。最初の工程は上手くいっていたが、ひび割れや折れたりと苦戦。しかし、試行錯誤の結果、ようやく日本刀第一号が完成。
お世辞にも良い出来とは言えない。そりゃそうだろうさ…、初めてなんだもん。でも、剣術の練習用には丁度いいだろう。鍛冶の練習もしておく必要があるな。
自己流剣術の練習を開始してから、二年が過ぎていた。
剣術の腕も格段に上達したが、未だセドリックには勝てない。
魔法で何とか出来るか考えてみる。
師匠が残した魔導書や、研究レポートを読み漁って見つけた。対人戦、対魔獣戦の記述を発見したのだ。そこには、肉体強化魔法について書かれていた。
以前、師匠が言っていた事を思い出す。魔法使いが近接戦闘を行う場合、肉体強化魔法を使うと…。肉体を魔法による強化で肉体の強度、素早さ、腕力を向上させる魔法だ。
体を鍛えれば、鍛えるほど効果が出る。剣術の修行で筋トレもしているから、今ではあの時よりも強化できるだろう。
強化も、魔力総量によって能力の上昇率は違うようだ。俺の魔力総量は、8歳にして莫大に育った筈だ。一般の魔法使いに比べても上回る勢いはある。
今日は、この魔法を使って、セドリックとの模擬戦で試してみようと思う。
「父様、今日は魔法を使って能力を向上させて、戦ってみたいと思います。」
「いいぞ、やってみろ。」
「肉体強化!」
魔法を発動すると、肉体にみるみる力が沸き上がる。
「それが、魔法か?」
「そうですよ、父様。」
「…圧迫感を感じるな。」
そんなに違うように見えるのかな?確かに体に力が漲って軽い。
「そうですか?」
「ああ。では、やってみるか。」
「はい。いきますよ。」
上体を低く、刀の柄を掴む。一気に距離を詰めながら、刀身を抜き放つ。『バキィン』と音が発せられ、セドリックは剣で刀を受け止める。
「ぐっ!」
今までにない、重く、鋭い一撃に驚きつつも受け止めていた。
「すごいじゃないか。」
「ありがとうございます。」
セドリックは剣に力を乗せて、俺ごと跳ね除ける。しかし、そのままバックステップで飛び退くが、上段からセドリックの追撃が入る。
「はあ!」
「くっ!」
咄嗟に体を回転させて、剣の軌道から身を逸らす。そのまま回転を利用して、セドリックに横一撃をお見舞いするが、剣で受け止められて阻止された。
「合格だ。」
セドリックの言葉を理解するのに、時間が掛かった。
「…え?」
「合格だ。まだまだ甘いがこれから鍛えていってやる。」
「はい、よろしくお願いします。」
剣術と魔法の絡め技だったが、一応の合格点はもらえたようだ。弟の成長を見守りつつ、剣術、魔法の修行、鍛冶の練習に精を出していった。