14 別れ
エルヴィスが産まれて一ケ月が経った。エルヴィスは、兎に角よく泣いた。セドリックもマリアもクーリエも大忙しだ。
なかなか泣き止まないので、俺があやすと不思議とすぐに泣き止むので、俺が面倒みる事になった。
「よしよし、エル。お兄ちゃんだよ。」
「あー、あうー」
エルヴィスは俺がいると、いつも笑っている。
「エル。お兄ちゃん、ちょっと出掛けてくるから、いい子にしてるんだよ。」
「あー、あー」
エルヴィスをベッドに戻そうとすると、離してくれない。いや、直ぐにでも引き剥がせるのだが、いつも掴もうとしてくる。
「でもお兄ちゃん、今から剣術の修行なんだ。わかっておくれ。」
「あー、あー」
分かってくれないらしい。ですよね。まだ、言葉なんてわかる筈ないもんね…。
いや、待てよ。俺が生まれた時は、言葉は分からなかったが、前世の記憶はあった。『エルも前世の記憶があるのだろうか?』と思ったが、今は分からないので置いておくとしよう。
とりあえず…、仕方がないので、エルを連れて父様の所に行こう。
「父様。」
「ん?どうした?」
「エルが離してくれなくて…。」
「よっぽど、気に入られたんだな。」
「どうしましょうって、お前…。どうしよう?」
聞き返すなよ…。
「こんにちわ。」
父様と悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「師匠!?どうしたんですか?魔法の修行は、午後からじゃ?」
「ヴェルの困っている声が聞こえたから、寄ってみたんだ。」
寄ってみたって…、って言うか、聞こえたのか?心の声が?まじか?エスパーなのか?…いや、魔法使いだったな。何かの魔法かな?
「こんにちわ。アルフォード様。」
「寄らせてもらいました。」
「アルフォード様なら、いつでも大歓迎ですよ。それで、どうしました?」
「ヴェルが困っていたようなので、寄らせてもらいました。」
「そうですか。いや、実はですね…、ヴェルの剣術の修行をしようと思っているんですが、エルがヴェルを離さなくて困ってしまって…。」
エルが俺を離してくれなくてね…。剣術の修行ができない…。エルが嫌いなわけじゃないよ?強くなる為の、修行ができないだけなのよ…。
「なら、私が面倒を見ましょう。」
「アルフォード様が?いや、しかし…、エルが…。」
父様がエルの反応を見ながら、悩んでいた。エルが師匠に気を許すか、分からないからだ。
しかし、予想を裏切った。師匠がエルをあやそうとすると、エルが俺から離れたのだ。
「何っ!?」
「エルっ!?」
「あー、あー。」
俺とセドリックの驚きを他所に、エルは師匠に懐き出した。
「おー、よしよし。可愛いね。エル君。」
「あー、あー。」
「師匠!?エルに、何をしたんですか?もしかして、魔法ですか?」
「ん?何もしてないよ?」
何もしてない、だと…。俺以外にも、こんなに懐くエルは、初めてだった。
「さあ、これで剣術の修行ができるね。」
「ええ、そうですね…。」
「ああ、そうだね…。」
師匠とエルの反応に、呆気に取られながらも剣術の修行を開始した。しかし、あんまりにも驚いていた為、その日の剣術の修行は身が入らなかった。
エル…、何でよ?
翌日も、そのまた翌日も、師匠にあやされたエルを見ながら、剣術の修行は続いていった。
そんなある日の事だった。
「ヴェル…。」
「何ですか?父様」
「お前には剣術の才能はないと思う…。」
唐突に言われた言葉に、ショックを覚えるた。
「そうですか…。少し考えさせてもらえませんか?」
「わかった。」
軽いショックを受けつつ自室に戻って考える事にした。
この世界の剣術は俺には合わない…。しかし、ここで諦めたくない。でも、全然上達しないのは事実だ。元々、俺は日本人だ。この世界の剣術、前世での西洋剣術に似た剣術が合わないのかもしれない。どうしようか…。
この世界の剣術が合わないのなら、いっその事、前世の世界での剣術で勝負してみようか…。剣道がどこまで通用するか分からないが、やってみようと思う。
他には、何ができるのか?日本の剣術は、何も剣道だけじゃないな。居合いもある。剣道と居合いを組み合わせて自己流でできないか試してみるのも、面白いかもしれない。やってみるか…。
「父様。」
「考えが、まとまったか?」
「はい。試してみたい事があるので、模擬戦をやってもらえませんか?」
「いいだろう。」
セドリックと距離を取って対峙する。
「それは剣か?」
セドリックは、俺が持つ剣を珍しそうに見ている。
「はい。これは、刀と言う武器に似せた剣です。」
「面白い形をしているな。」
「でしょうね。」
珍しくて当然だ。この世界には、刀なんて代物はないだろう。刀に似た形の剣ならあるかもしれないが、正真正銘の刀はない筈だ。
「では、いきます。」
「いつでもこい。」
『いやー』と言う掛け声と共に、セドリックに切り掛かる。しかし、セドリックは難なく回避して、反撃してくる。いつもなら、これで勝負ありだが、体をねじってセドリックの剣を受ける。このまま力任せに押し切られると確実に負けてしまうが、セドリックは体を離す。
「さっきよりは、いいじゃないか。」
「ありがとうございます。」
「次、いくぞ。」
「はい、いつでも」
直ぐに剣を構え直して対峙する。
今度は、セドリックから剣を繰り出す。しかし、それを木刀で受け流して、反撃する。セドリックは体を捩って回避し、そのまま上段から切り掛かる。しかし、こちらも反撃した時の勢いを利用して、そのまま回転、セドリックの剣を受け止める。セドリックは、そのまま剣を跳ね除けて距離を離した。
「面白い型だな。」
「色々…考えました…。」
「その剣術ならヴェルに合いそうだな。」
「だと、いいんですが…。」
不安だった。これでもダメなら剣術はもう諦めるしかないと思った。
「かなり粗削りだが、及第点っと言ったところか。」
意外だった。剣術ではセドリックの足元にも及ばない。
才能がないと言われて、苦し紛れではあったが、剣道と居合いを組み合わせた剣術が、俺には合っていたようだ。
「ありがとうございます。」
「その剣術、自分で考えたのか?」
「そう…、なりますね。」
「いいだろう。それを、自分なりに昇華させてみろ。自分で納得ができるようになったら、もう一度稽古をつけてやる。」
「ありがとうございます。」
一応、セドリックは認めてくれたようだ。このまま突き詰めていって、自分の流派を作ってみるのも面白い。やってみるかと考えていたら、後ろでぱちぱちと拍手する音が聞こえた。
振り返って見ると師匠だった。『おー』と言いながら拍手しているようだ。
「どうしました?師匠。」
「いや、ヴェルの剣術が面白そうだと思ってね。」
師匠は、感心した様子だった。
「いえ、まだまだ粗削りですが…。」
そう、自分で考えたと言っても剣道と居合いを組み合わせただけだからだ。この世界では剣道も居合いもないのだろう。だから、俺が考えた事にしておいた。
だって、そうだろう?説明が面倒だからだ。異世界の剣術をどう悦明する?僕は異世界人ですって説明するのか?それは、ちょっと頭がおかしくなったかと言われそうだ。そんなのは、嫌だ。
それから半年が経過した。
剣術は、自分なりに型を組み合わせて試行錯誤している。しかし、未だ完成の域には足していない。
そりゃそうだ。まだ半年だもの…。剣術の開祖とかは長い年月を費やしてようやく完成させるものだからね。根気よくやっていこうと思う。
魔法はと言うと、師匠と出会ってから3年が経過している。師匠の知っている上級魔法までの魔法は、完璧に習得している。禁術級に至っては、数種類の魔法を覚えた。しかし、全てではない。魔法に全てはないらしい。
幾つもの魔法を組み合わせた混合魔法、自分独自に開発したオリジナル魔法があるかららしい。魔法に不可能はないが師匠の言だ。
「ヴェルと出会って、3年が経ったね…。」
突然、思い返すように師匠が言った。
「そうですね、長いようで短かったですね。それがどうしました?」
「3年でヴェルは、禁術級にまで上達した。」
「はい、師匠のお陰です。」
「あと、君に教えることができるのは、これが最後の魔法だ。」
「え?最後?」
「そう、最後だ。僕にはもう残された時間があと僅かなのさ…。」
寂しそうに、そして残念そうに師匠は言った。
「え?嘘でしょ?」
「嘘じゃないんだよ。残念な事にね…。」
「嘘って言ってくれよ。師匠」
「ごめんね。しかし、一万年も旅して君に出会えた事は、本当に偶然で幸運だったよ。僕はもう満足だ。あとは、最後の魔法をヴェルに教えて、あの世でゆっくりと過ごすとするよ…」
「師匠!そんな事言わないで下さい。お願いだからずっと傍にいてください。」
いつの間にか俺の頬に大粒の涙がこぼれ、泣いていた。
「ごめんね、ヴェル。これが、師匠として弟子に授ける最後の魔法だ。僕を安心させてあの世に行かせておくれ…。」
「……はい………。」
師匠はずっと弟子を探していた。一万年も、それこそ気が遠くなるような永い時間を掛けてだ。やっとの思いで見つけた弟子に、がっかりさせたくない。俺が弟子で良かったと、誇って成仏できるように静かに強く頷いた。
「それじゃ、いくよ。これが最後の魔法だ。」
師匠の最後の魔法が、俺の脳内にイメージとして流れ込んでくる。
「これは最悪にして最凶の破壊魔法だ。できれば、これをヴェルには使ってほしくない。これは決して使ってはならない。これを使えば、地形が変わるほど破壊される。この魔法を、イメージとして持っていてくれ。だけど、これを生涯使わないようにしてほしい。」
脳内に流れ込んだイメージは、激しい光を発しながら轟音と共に地形が失われていく…、そう核爆発のように…。
確かにこれは危険だ。危険すぎる。でも、何故こんな魔法をと疑問がよぎる。
「この魔法は、魔神ステイグマに最後の最後で勝利した魔法だ。こんな魔法は、あの時の一回で十分だ。この魔法は、絶対に使わないでほしい。魔法とは、力であり武器だ。力は、弱者の為に使われるべきだ。力ある者は、責任を持たなければならない。だからこそ、こう言う魔法がある事だけは、覚えていてほしい。」
「はい、師匠。お約束します。絶対に、この魔法は使わないと。」
「よくできました、ではヴェル。最後にこれを君に授けます。」
青白く光る球体が目の前に現れた。そして、その光の球体は姿を変えていった。
「これは?」
「これは、僕が研究に研究を重ねてきた魔法を書き記した魔導書だ。受け取ってほしい。魔法の師匠である僕の全てが、ここに書き記されている。これからの魔法使いとしての人生に、役立てておくれ。」
「はい、師匠。」
魔導書を受け取ると、師匠はほっとしたようだ。まるで肩の荷が取れたような…。
「まだまだ研究中の魔法も、そこには書かれている。いつかヴェルが完成させてほしい。」
「わかりました。必ず、完成させてみせます。」
「うん、頼んだよ。」
師匠は優しい笑みを浮かべていた。
「じゃあ、ヴェル。僕は、もう行くよ。」
「師匠。今まで、ありがとうございました。」
俺は、涙が止まらなかった。師匠といた時間は、3年しか経っていなかったが、もう何十年も連れ添った夫婦のような感じにも似た感覚だったからだ。師匠には色んな事を教えてもらった。
魔法の事、歴史の事、魔族の事、他の種族の事、様々な事を教えてもらった。別れが寂しくないわけがない。かけがえのない存在なのだと、初めて思った。俺の自慢の師匠だ。だからこそ、師匠が弟子を誇れるように別れを決めた。
「ヴェル。君に会えて、本当に良かった。さようなら、我が最高の弟子よ…。」
そう言い残して、師匠の体は消えて行った。
「師匠ー!」
その場に崩れるように倒れ込んで、ひたすら泣いた。師匠を想い、師匠を惜しむように…
そして、俺は決意した。師匠に誇れるような偉大な魔法使いになると…。