13 待ちに待った日
子爵とカナを見送った翌日、セドリックに庭へと呼び出された。
「何でしょうか?父様。」
「これを、持て。」
そう言って、セドリックが差し出してきた物は、木剣だった。
「これは、木剣?」
「そうだ。今日から、剣術の特訓を開始する。」
剣術?何で?あれか?昨日の仕返しか?まったく…、父様も大人げないな。
「父様…。昨日の事なら、謝りますから許してください。」
「ん?ああ…。違うぞ、ヴェル。」
何が違うんだ?昨日の今日で、いきなり剣術の特訓をする意味が分からない。
「お前の為だ。」
「僕の?何故です?」
「昨日、子爵とアルフォード様を交えて話し合った結果、お前が10歳になった時に魔法学校へ入学させる事が決まった。」
だから、何で剣術なのよ?魔法学校と剣術が結びつかない。
「魔法学校なのに、剣術…、ですか?」
「そうだ。魔法学校は、魔法を学ぶだけではない。魔法、礼儀作法、歴史、算術、そして、剣術だ。」
だから、何で剣術なのよ?それと、礼儀作法も…。
「魔法と歴史、算術はわかりますが、何で礼儀作法と剣術が入ってくるんですか?」
「魔法学校は、何も魔法使いが通う学校だけではない。魔法が使えない貴族も、一般普通科に通う事にもなっている。だからだよ。」
魔法が使えない貴族も通うから、礼儀作法と剣術も授業に入ってくる。でも、何でだ?他に学校を作って、そこに魔法が使えない人を通わせればいいんじゃないのか?
…ああ、そうか。魔法が使える人は少ないから、学校として人数が足りないから、魔法が使えない貴族も通わせていると言う事か。でも、それなら貴族学校にすればいいんじゃないのか?いや、そうすると、魔法が使える平民が通えなくなるのか。
この世界では、魔法使いは貴重だ。だが、貴族学校にしてしまえば、貴重な魔法使いを育成できなくなる。学校を二つに分ければいいのに…。それだと、お金が掛かるか…。色々と問題が出てくるのだろうな。
「わかりました。よろしくお願いします。父様。」
こうして、剣術の特訓が始まったのだが…。
毎日毎日、超厳しい特訓が続いたのだった。剣術を扱うには筋力が必要だ。だから、筋力を強化する事、体力を鍛える事、そして、剣技を学ぶ事…。剣術を指導する時の父様は、指導に熱が入り、超厳しいのだ。これ、絶対にあの時の仕返しだろと思いつつも我慢して特訓を受ける。
何故かって?それは、肉体強化と言う魔法があるからだ。この魔法は、筋力があればあるだけ能力も強化されるからだ。俺は、ただの魔法使いで終わりたくはないのだ。
それは、前世からの願いがあるからだ。強い肉体は手に入れた。魔法も扱えるようになった。なら、後は強くならなければならない。何故なら、あの夢を見ているからだ。
夢の中では、いつも俺は戦っていた。いや、戦っているというよりも、蹂躙…、そう、蹂躙されて殺されているのだ。その夢は、今でも見る。いくら戦おうが、いくら抗おうとしようが関係なく、いつも無慈悲に殺される夢だ。
肉体強化は、対人戦に最もよく効果を発揮する魔法だ。だから、強くなる為に自分を追い込む。追い込んで、追い込んで、そして、強くなって見せる。全ては未来の為に…。
剣術の特訓、魔法の修行の毎日を繰り返して、待ちに待った今日、この日がやってきた。
それは、セドリックとマリアの子が生まれてくる日だ。俺の弟か妹が、生まれてくる日だ。
セドリックは大急ぎで産婆さんを呼びに行き、クーリエがマリアの傍でずっと様子を伺っている。
俺はお湯を沸かし、清潔な布を大量に掻き集め準備を進める。
産婆さんが到着して、セドリックと共に待つ事になった。セドリックは終始ウロウロしていた。
「父様、ちょっと落ち着いてください。」
「ああ。分かってはいるんだが、どうにも落ち着かなくてな…。」
気持ちは分かる…。分かるけど、目の前をウロウロされっぱなしだと正直、うざい…。
「父様、生まれてくる子供の名前は考えたんですか?」
「ん?ああ。勿論、決めているさ。男なら…。」
セドリックが名前を答え様とした時、産声が聞こえた。
「生まれたか!?」
「ですね。行きましょう、父様。」
「ああ。」
産声を聞いたセドリックはマリアの傍に駆け寄った。俺もセドリックに続いて部屋に入ったが、部屋の空気がおかしいのに気付いた。そして、絶句したのだ。
母マリアの姿を見て絶句した。マリアの表情から、血の気がみるみるうちに青くなっていっているのだ。生まれたばかりの赤ん坊は、元気よく産声を上げているのに、母マリアだけは微かな息遣いだったからだ。
産婆は『手は尽くしたがもうこれ以上は…』と答えていた。マリアは死に掛けていたのだ。
俺は駆け寄って、無意識に全力で回復魔術を使っていた。周囲は、俺が魔法を使っているのを、ただ見つめていた。見つめる事しかできなかったのだ。俺は、必死だった。
(死なせるもんか!)
頭の中には、それだけしかなかった。
治癒魔術の甲斐あってか、何とか命を取り留めた。俺は尻餅を着いて溜息を付いた。
「ヴェルがいてくれてよかった。」
セドリックは『よくやった』と肩を叩いてくる。
「間に合ってよかったです。」
「いつの間にそんな凄い魔法を使えるようになったんだ?」
セドリックは驚きを隠せない感じで聞いてきた。
「師匠に魔法の教えを受けていますから…。」
「すごいじゃない!さすが私の息子ね。天才だわ。」
マリアが話を聞いていたのか、喜びを露わにしている。
「ヴェルのお陰で、私はもうすっかり元気よ。」
おもむろに立ち上がるが、立ち眩みをしたようだ。
「母様。傷は回復しましたが、体力までは回復させてませんよ。」
「…そうね。少し、休むわね。」
「そうして下さい。」
「それにしても凄いわね。三歳の頃から魔法の勉強をして、もうここまで魔法を使いこなせているなんて…。やっぱり、天才ね。」
「母様の息子ですからね。」
「もう、ヴェルったら。嬉しいわ。」
「あの…、僕の息子でもあるんですが…。」
「…。」
無視だった。
父様の扱いが雑だった。ここまで来ると、段々と哀れに思えてくる。父様の肩をポンポンと叩いて、自分の部屋に戻った。疲れたのだ。上級回復魔法を使い続けたから、疲れたのだ。
翌日、生まれたばかりの赤ん坊は、エルヴィスと名付けられた。昨日、治癒魔法を使って疲れ切っていたから、直ぐに寝ちゃって分からなかったが、男の子だったのだ。
それにしてもエルヴィスか…。頭の中にある人物が横切ったが、すぐに振り払った。何か偉大な事をやり遂げるかもしれないけど、あの人と重ねちゃだめだと思う。
…エルヴィス、お兄ちゃんもがんばるよ。