閑話 機密
その日、とある老人が足早に廊下を歩いていた。
真っ白な石造りの壁、通路には真紅の絨毯。そして、通路を飾る色鮮やかな花々や調度品。此処が、ただの家ではない事が、それらの物が証明していた。
ここは、王宮内にある廊下だった。老人が足早に向かう先は、王宮にある一室の部屋だった。
老人は緊張した面持ちで、部屋の前で息を整えて『コンコン』と軽くノックした。
「入れ!」
部屋の中から聞こえた声は、重い声だった。老人は、ゴクリと唾を飲み込んでから部屋に入っていった。
「失礼致します。陛下に於かれましては、お忙しい中にも拘らず、お目通りをお許しになって頂き、誠に恐悦至極に存じます。」
老人は部屋に入るなり、床に片膝を着いて挨拶を述べた。挨拶を向けた相手は、陛下と呼ばれていた。陛下と呼ばれる男、それはアルネイ王国国王だった。
「グランネル子爵。堅苦しい挨拶は抜きにせよ。」
老人は、グランネル子爵だった。アルネイ王国王宮筆頭魔法士のグランネル子爵が陛下と呼ぶ相手、それは一人しかいない。アルネイ王国国王アンドリュー・ジ・アルネイだった。
「はっ!」
子爵は、勢いよく返事を返す。
「それで、用向きは何じゃ?内密の話と言う事じゃが…。」
「はっ。予言の子を見つけました。」
「っ!予言の子じゃと?」
国王は、子爵の言葉に驚いていた。
「はっ。この目で、しかと確認いたしました。」
「確かか?」
「その子は、3歳で魔法を使い始め、5歳にして、私の上級攻撃魔法を結界魔法にて容易く防ぎました。」
「っ!お主の攻撃魔法を防いだと言うのか!?」
国王は、信じられんと首を横に振っていた。
無理もない…。グランネル子爵は王国の最精鋭魔法士であり、王宮筆頭魔法士なのだ。その攻撃魔法を防いだのだ。それも、防いだ相手が5歳の子供だからだ。とてもじゃないが信じられるわけがない。
「はっ。確かです。」
しかし、子爵は真剣な面持ちで、国王に告げた。真実であると…。
「ふむ…。」
そして、国王は考え始めた。
「陛下…。」
しかし、国王が考え始めると同時に、まだ報告が終わっていないと、子爵は語り始めた。
「何じゃ?」
「そればかりでは、ありません。」
「何?」
「その子の魔法の師匠は、あの偉大なる大魔法使いアルフォード様でした。」
「何っ!ついに、現れたのか!?」
国王は、アルフォードの名前を聞いた事で、興奮が限界に達したのか、声を荒げて聞き返していた。
「はっ。しかと、この目で拝謁を致しました。」
「ふむ…。」
子爵の言う事が事実であると確認した事を聞き、再び考え始めた。
「如何いたしましょうか?」
「まだ…。時期が早い。」
「…。」
子爵は答えない。そもそも、国王が考える事の全てを、聞かされてはいないのだ。だから、答えようにも答えられなかった。
「この事は、他言無用じゃ…。」
「御意。」
誰にも言えないだろう…。言えるわけがない。5歳の子供が、王国きっての最精鋭魔法士であるグランネル子爵の攻撃魔法を、いとも簡単に防いだなんて話を、誰が信じると言うのか…。世迷言で終わるに違いないだろう。
「それと、この事を感づかれてはならん。」
「はっ。」
子爵は思った。予言の子の存在が、他に漏れれば、きっと良からぬ事を考える貴族が出てくるだろう。それだけは、決して許せる事ではない。
強大な魔法を利用して、王位の簒奪、国家の転覆を狙う者達が現れるかもしれないと、危機感を強く膨らませた。
「特に、あの者にはな…。」
「はっ。」
「これより、予言の子に対して不必要な接触を禁ずる。今は、様子を見よう…。」
「御心のままに…。」
子爵は了承した。予言の子の存在が、あの者と呼ばれる者に漏れれば、必ずや争いが起こるだろうと…。それだけは、絶対に阻止しなければならない。王国の為に…。
「それにしても、予言の子か…。」
「はい。」
「近い将来、戦いが始まるな…。」
国王の言葉に、身を強張らせる子爵。
「やはり…、起きますか?」
「確実にな…。」
「…。」
最早、子爵に言葉はなかった。
「魔法士の育成に、全力を注げ!」
「はっ!」
「今は、それしかできぬな…。」
「…。」