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119   激闘の末

負の槍ネガティブスピア

「っ!」


 ヴェルの腹部を貫いた。

 腹部に感じる強烈な痛みの中、ヴェルは思考を巡らせる。


(くっ……な、何が起こった?魔法?あの魔族の男が……?)


 腹部を貫かれたヴェルは、勢いよく後方に弾き飛ばされる。背中を地面に叩きつけてゴロゴロと転がって制止する。

 強烈な痛みで顔が歪み、腹部からは大量の出血で蹲る。


(治癒魔法を……早く、治癒魔法を……。ぐっ、集中、できない……)


 腹部に両の手を当てて治癒魔法を発動しようにも、負の槍で貫かれた強烈な痛みが魔法の発動を阻害する。


「くっくっくっ、俺が魔法を使えないと思っていたか?」


 不敵な笑みを浮かべる魔族の男がゆっくりと近付いて来る。


(確かにそうだ……、俺は魔族の男が魔法を使えないと思っていた。いや、思わされていた。あの男が魔法を使うところを一度も見ていなかったから、そう思わされていたんだ!くっ、ぬかった……)


 エルフの森の北東付近にある遺跡で初めて対峙した時から魔族の男は魔法を使う素振りもなく、近接格闘戦でのみヴェルと戦っていた。その戦闘スタイルは凝縮した魔力を拳に乗せて戦うスタイルだった。威力は絶大。正に一撃必殺の格闘術だ。

 その戦闘スタイルを目の当たりにしたヴェルは勘違いを犯していた。魔力を凝縮できるという事は、魔力操作ができるという事。それは即ち、魔法を発動できるという事だ。その勘違いが致命傷になったのだ。

 本物の命のやり取りを主軸とした戦いはヴェルにとっては二回しかない。戦闘経験豊富な魔族の男の策略にまんまと乗せられたという事だ。


「これで止めだっ!」


 凝縮した魔力を纏った拳がヴェルに放たれる。


 ガキィィィィン!


 しかし、魔族の男の拳はヴェルに届く事はなかった。

 ヴェルと魔族の男との間に結界が展開されていたからだ。銀色に輝く翼が四枚、直角に折れ曲がって菱形を形成、その内部には結界が張られていた。


(あれはっ、銀色の翼っ!シャーリーに持たせた銀色の翼じゃないか!?何故、ここに?)


「むぅっ!」

「離れなさいっ!翼よっ!」


 シャーリーの掛け声と共に銀色の翼がコの字に折れ曲がり、魔力弾を魔族の男に向かって放つ。


「むぉっ!」

「翼よっ!」


 銀色の翼が宙を舞い、位置や角度を変えながら矢継ぎ早に魔力弾を放ち続ける。連携の取れた攻撃に魔族の男はたまらず後退を余儀なくされて距離を取る。


「ヴェル様!?」

「うぐっ……、シャー……リー……?」

「酷い怪我!?待ってください。すぐに治癒魔法を」

「させるかっ!」

「キャッ!」


 シャーリーが治癒魔法を発動しようとした瞬間、魔族の男が阻止すべく攻撃を繰り出す。


聖なる領域セイクリッドドメイン!」


 再び魔族の男の攻撃が結界魔法によって阻止される。


「何者だっ!」

「ユイちゃんっ!」

爆風ブラストウェーブ!」


 魔族の男に向かってユイは爆風を叩きこむ。


「むぉっ!」

「翼よっ!」


 爆風によって無理やり距離を取らされた魔族の男に追撃とばかりに銀色の翼が攻撃を放つ。


「ユイちゃん、ヴェル様をお願い」

「ん」


 トテテ、と駆け寄ってきたユイにシャーリーはヴェルを託すと魔族の男との戦闘に集中しだす。


聖なる癒しセイクリッドヒール!」


 ヴェルの腹部に手を当てて回復魔法を発動する。


(ユイも何故ここに!?バーナム王国軍はどうした!?いや、そんな事よりもシャーリー止めるんだ!そいつはシャーリーの手には負えない相手だ!)


「お兄ちゃん、死なないで」


 必死に回復魔法を掛け続けるユイは「お兄ちゃん、死なないで。死んじゃやだよ」と呟く。目には大粒の涙が頬を伝ってヴェルの頬に滴り落ちる。

 ヴェルの腹部の傷が次第に塞がり癒えていく。


(ああ、死ねないな。まだ俺はこんなところでは、死ねない)


 回復魔法で傷が癒えたとはいえ、失った血液までは戻らない。ふらふらとする体に鞭打ってゆっくりと立ち上がる。

 ヴェルは「ありがとう、ユイ」と言葉を掛け、ユイも「ん」と頷く。

 その直後、「キャアアァァァ」と大きな悲鳴が聞こえ、無理向くとシャーリーが吹き飛ばされた。

 大きく弧を描くように吹き飛ばされるシャーリーの胸元には黒く禍々しい魔法の槍が突き刺さっていた。


「シャーリーィィィィィィ!」


 吹き飛ばされたシャーリーに声を大にして呼び掛ける。


「シャーリー!?シャーリー!!」

「ゴホッ、ヴェ、ヴェル、様……。よ、よか、った。無事で」


 口から吐血し、胸元からは大量の血が流れ出ているシャーリーは自分の事よりもヴェルの事を気遣った。


「そんな事を言っている場合じゃない。待ってろ、直ぐに治癒魔法をっ!」

「ヴェ、ヴェル、様。わ、私、ヴェル様に、会えて、よか……た……」


 そう言うとシャーリーは、ガクン、と全身から力が抜けた。


「う、そ、だろ?シャーリー?目を開けてくれ!シャーリー!?シャーリーィィィィィ!?」


 返事はなかった。動かなくなったシャーリーを前にしてヴェルは、ガクン、と地面に手を付いた。


(嘘だろ?シャーリーが、死ん、だ?あの泣き虫のシャーリーが?揶揄うと直ぐに怒るシャーリーが?いつも明るく言葉を掛けてくれるシャーリーが?ちょっとドジなところのあるシャーリーが?俺が落ち込んだ時に優しく抱きしめてくれたシャーリーが?よくちびっちゃうシャーリーが?……死んだ?何で?何故?殺された?誰が殺した?……ああ、そうだ。魔族の男か……あいつが……あいつが殺したのか!?)


 ゆっくりと立ち上がったヴェルの全身から溢れんばかりの黒い魔力が溢れ出す。ゆらゆらと陽炎のように立ち昇る魔力が禍々しく周囲を染め上げる。


「ユイ、シャーリーを頼んだ」


 ユイの返事を聞く事なく魔族の男に視線を移す。


「っ!」


 魔族の男に緊張が走る。周囲を圧倒するほど禍々しい魔力を垂れ流すヴェルの姿を見た魔族の男の脳裏にあるイメージが浮かぶ。


 そのイメージとは、



 ――死神――



 死を司る神、死神だった。唐突に目の前に現れては死を運び、命を刈り取る死神だった。

 魔族の男は恐怖した。大量に放出される黒い禍々しい魔力に。周囲を圧殺するかの如く巻き散らかした殺気に。そして修羅と化したヴェルの鬼の形相に飲まれた瞬間だった。

 ノソリ、ノソリとヴェルが一歩前進する度に魔族の男はザっ、ザっと素早い動きで後退る。また一歩前進する度に距離を取る。


 許さない。


 絶対に許さない。


 お前が、シャーリーを殺した。


 お前さえいなければ、シャーリーは死ぬ事はなかった。


 何故、殺した?


 何でシャーリーは死ななければならない?


 俺がお前の敵だからか?


 俺がシャーリーを殺した?


 俺が?


 俺が……?


 ……俺が!?


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 突然の咆哮。

 俺は自分が許せなかった。

 力無い俺を許せなかった。

 エルフの国を救うと言ったのに、シャーリー一人を救う事もできずにいる俺を……。

 魔法は万能だと思っていた……。

 魔法さえあれば、全てを救えると思っていた。しかし、現実は違った。魔法を使っているつもりが、魔法を使えていなかった。いや、使い切れていなかった。

 シャーリー……。シャーリー……。シャーリー……。シャーリー……。シャーリー……。シャーリー……。

 シャーリーへの想いが溢れ出る。

 だから俺は叫んだ。力の限り叫んだ。そして願った。必死に願った。力をくれと……。誰にも負ける事のない力を……。目の前の敵を殺す力をくれと……。

 目の前が真っ暗になった。


 俺の拳に炸裂する衝撃が伝わる。魔族の男が吹き飛ぶ。面白いほど回転して転がっていく。

 逃がさない。

 直ぐに後を追う。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 魔族の男が吹き飛ぶ。

 魔族の男に馬乗りになってひたすら殴る。

 もっとだ。もっと力を。もっと力をよこせっ!


「がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 魔族の男はピクリとも動かない。

 死んだふりか……。いい度胸だ……。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 地面にクレーターができる。殴る度に地面に亀裂が入り、穴を広げ、深みを増していく。


「うがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


「ヴェル様やめてっ!」


 不意に背中に硬い・・何かが触れる。

 何だ?邪魔をするな……。シャーリーの仇を……仇を討たせろ!

 背中に纏わり付く何かを振り解く。しかし、離れてはすぐに硬い・・何かが覆いかぶさるように接触して来る。


「邪魔だっ!」


 覆いかぶさるモノを振り解いて、振り向きざまに拳を繰り出す。


「ヴェル様……」


 不意にシャーリーの声がした。死んだはずのシャーリーの声が。目元から大粒の涙をボロボロ、と溢れさせながら、それでいて優しい笑顔を浮かべて……。

 そんな気がした。俺は拳を止める。例え、これがシャーリーの幻影でも俺は殴れなかった。だって、シャーリーだもの。大切な人を殴れるわけがなかった。

 俺は気付いた。シャーリーが好きな事を。俺はシャーリーを好きになっていた事を。殴れるわけないじゃないか……。


「よかった……。正気に戻ったんですね?」

「……シャー、リー……!?」

「はい。シャーリーです」

「死んだんじゃ、なかった、の?」

「勝手に殺さないで下さい!……死にかけました。でも、ユイちゃんが助けてくれました」


 そう言ってシャーリーはユイに視線を移す。

 俺の服の端をちょこんと摘まんだユイがいた。エグッ、エグッ、と嗚咽を漏らしながら涙を流すユイが……。


「ど、どうしたんだ!?ユイ、誰かに泣かされたのか!?誰だ!?一体何をされたんだ!?」

「何をバカな事を言ってるんですか?全部、ヴェル様の所為ですよ?ヴェル様が泣かせたんです」

「お、俺が?」

「お兄ちゃん……。心配……」

「そうか……。ユイが救って、くれ、たの……か」


 ヴェルの体が揺らぐ。膝から崩れ落ちるように大地に倒れた。


「ヴェル様!?ヴェル様!?」

「お兄ちゃん?お兄ちゃん?」

「大変!すごい熱が!?ユイちゃん、回復魔法を」

「ん」


 ゼエゼエ、と息を荒げ、体の熱で全身が赤く紅潮したヴェルにユイは治癒魔法を掛ける。

 しかし、ヴェルの症状は一向に治まる気配がない。


「効かない」

「そんな!?治癒魔法が効かないだなんて……。どうしよう、どうすればいいの?ユイちゃん、ヴェル様を連れて里に帰ろう。お母様なら、お母様なら何とかできる手段を知ってるかも」

「ん」


 ドゴオォォォォォォン!


 ヴェルを担ごうとするシャーリーの後方で爆音が響き渡る。


「何!?そんな!?結界が」


 エルフの森を覆っていた結界がバリバリ、と音を立てて消失していく。

 バーナム王国軍が放った大砲の直撃を受けた結果だった。ヴェルと魔族の男の戦闘の間もバーナム王国軍は攻撃を続けていた。ヴェルの用意した自立歩行型アイアンゴーレムたちは戦闘の最中に数を減らし、最後の一体までも失っていた。

 そして、恐れていた事が起こった。


 ドゴオォォォォォォン!


 結界のないエルフの森の上空を轟音を轟かせながら魔力弾が飛来していく。

 目標はエルフの国の首都、一際目立つ大きな木、大聖樹と呼ばれる風の精霊の依り木。

 ドオォォォォォォン!という音と衝撃波が伝わる。

 シャーリーとユイの目には赤く染まった空と燃え上がる大聖樹が映る。


「そ、そんな……大聖樹が……。お母様……みんなが……」


 へなへな、と腰を落としたシャーリーの顔に絶望の色が浮かぶ。


「シャーリー、シャーリー……」

「ユイ、ちゃん……」

「ダメだった……。皆を守れなかった。ティアラを取り戻したのに、ヴェル様も協力してくれたのに、皆を守れなかった!」

「大丈夫。みんな生きてる」

「っ!何で分かるのよ!?結界が、大聖樹が燃えているのに何で分かるのよ!?」

「ユイにはわかる。今はお兄ちゃんの方が心配」


 高熱で苦しそうに息を荒げるヴェルにユイはそっと手を握った。


「そう、ね。分かったわ。ユイちゃんを信じる。……でも、どうすればいいの?ヴェル様には回復魔法が効かなかったんだよ?」

「お兄ちゃんの体から魔力が感じられない。だから、補充する」

「補充って……」


 ヴェルの顔にゆっくりと顔を近付けるユイ。そして、触れ合う唇と唇。

 ユイはヴェルにキスをした。そして絡み合う舌と舌、ユイの唾液とヴェルの唾液が混ざり合う音が聞こえてくる。


「えっ!?ユイちゃん、何、して……はっ!」


 ユイ体内の魔力がヴェルの体内へと魔力が注ぎ込まれる。唇を伝ってヴェルの体へと吸い込まれていく。


「ん……んぅ、ん……」

「ユイちゃん!?」


 ガクッ、とユイの体から力が抜けてヴェルの体の上に倒れ込む。急激な魔力の使用に体が負荷に耐えきれず気絶したのだった。


「ユイちゃん!?ユイちゃん!」

「ん、んん、もっと……もっとだ。もっと、魔力を……よこせ……」

「ヴェル様!?ヴェル様!?」


 ヴェルが気が付いたかと思って体を揺らし、呼び掛けてみるもヴェルからの返事はない。返ってくのは「魔力をよこせ」とうわごとのように繰り返している。


「どうすればいいの?キ、ス、すればいい、いいの?」


 先程のユイがヴェルに口付けをしていた事を思い出し、一瞬で顔を赤くするシャーリー。

 絡み合う舌と舌、混ざり合う唾液と唾液、大人のキスを目の前で見ていたシャーリーは心臓の鼓動がドクン、ドクン、と加速を始める。


「こっ、これは医療行為。そう!医療行為なのよ。そう!決して疚しい気持ちでヴェル様にキ、キスをするんじゃないんだからっ!」


 ふぅ、ふぅ、と荒い息を整えてヴェルを見る。ヴェルの中性的な顔立ちに思わず顔の火照りが増していく。ヴェルの唇を見つめてゴクッ、と喉をらして意を決したかのようにゆっくりとヴェルの口元に近づいていく。


「ヴェル様……」


 シャーリーの唇がヴェルの唇に触れた。

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