118 ヴェルの誤算
更新が遅くなってすみません。いろいろと忙しくてなかなか執筆できませんでした。
「ふう」っと溜息を吐いたヴェルは空を見上げていた。その瞳はどこか遠くを見つめながら、想いに耽っている様子だった。
「ユイとシャーリーは上手くやっているかな?」
エルフ王国東の街道沿いの空高くに呟きが消えていく。
バーナム王国と戦う為、魔力式レールライフルを製造してエルフたちに持たせた。血の滲む地獄とも呼べる訓練も受けさせた。実際、エルフたちの人差し指にはレールライフルのトリガーを何度も引いてできたであろう水膨れが、何度も破けた痕が残っていた。
鋼鉄のトリガーに何度も皮膚が擦れてできる水膨れは、低温摩擦の火傷よるものだ。一日何千何万回とトリガーを引いていたのだから当然の事だ。それでも文句を言わずに――言わせる暇を与えなかったのだが――トリガーを引き続けるエルフたち極道衆。
彼等も知っているのだ。ここで手を抜いた後に待つのは滅亡である事に、エルフ族としての種の存続が懸かっている戦いである事に。だからこそ、必死だったのだ。その必死なエルフたちの姿を見たヴェルは心を鬼にして地獄の訓練を科していたのだった。
魔力式レールライフルと勝利する為の作戦を授けたのだ。後は彼らの働き次第で何とかなるだろう、とヴェルは思っている。しかし、ここで心配になったのがユイとシャーリーの事だった。
ユイはヴェルの魔法の弟子であり、強力な魔法を扱える。ヴェルには劣るが莫大な魔力総量を持っている。魔法戦に於いては何ら問題はないだろう。ここで心配になるのは、ビィーストテイマーとしての能力だった。フレイムやクーパーを魔獣契約によって発現させた能力は、ヴェルにとっても未知の力だったのだ。
果たしてどこまでやれるものなのか、と心配になっていたのだった。その心配は杞憂に終わるのだが、今のヴェルには知る由もない。
「まあ、スライムたちも契約できたから大丈夫だろう。……問題はシャーリーか」
どちらかと言えば、脳筋の部類に片足を突っ込んだみたいなシャーリーだ。考える事が苦手で、すぐに言葉と行動に出るタイプのシャーリーは、流石は戦士長の娘だと言わざるを得ない。そして何よりも、「おっちょこちょいな性格が災いを招かなければいいが」と頭を過る。
「また、漏らしてなければいいんだが……」
ヴェルの頭の中では、シャーリーの事をお漏らし系ヒロインと位置付けている。それって流行ってるのか?と疑問が頭に浮かぶが、その疑問はすぐに消えて行った。
「お出でなさったか」
ヴェルの魔法、物体察知に反応があったからだ。
バーナム王国軍の侵攻を確認したヴェルは、千里眼の魔法でバーナム王国軍の陣形、予測到着時間を計っていたのだ。
「やけに散開してるな」
軍の力は数だ。通常、その数を利用して敵に圧倒的物量と威圧感を与えて攻撃するものだが、その逆だった。
バーナム王国軍の陣形は少数の兵を幾つもに分けて距離を取って進軍している。通常ではありえない陣形だった。しかし、距離は取っていても部隊数が多い為、お互いの部隊がお互いをカバーし合える様相を取っていた。
「頭のいい奴がいるのか?……いや、あの男かもしれないか……」
それは強力な魔法を警戒しての布陣だったのだ。距離が離れていると言う事は、全ての部隊を魔法で殲滅するのに強力な魔法を何度も発動しなければならず、その分魔力を消費すると言う事だ。ヴェルにとっては不利な布陣だったのだ。
しかし、ヴェルにも対抗策はあった。その布陣も考慮済みだ、とバーナム王国軍を待ち構える。
「今だ!行けぇ、ゴーレム!」
ヴェルの合図と共に街道の岩に偽装していたロックゴーレムたちが一斉に起動を開始する。ゴゴゴと音をうねらせながら、その巨躯をバーナム王国兵たちの前に姿を現す。
突如として目の前に姿を現したロックゴーレムたちに対応できずにバーナム王国軍は右往左往している。その混乱に乗じて逃さないとばかりにロックゴーレムたちに次々と指示を与えてはバーナム王国軍を攻め立てる。
敵は大軍ではあるが、少数の部隊を幾つもに分けて配置している為、その数を利用しての突撃力を生かし切れていなかった。剣で、槍で、弓で反撃に移るが、硬い岩でできているロックゴーレムたちに成す術もなく壊滅させられていく。
しかし、広範囲に布陣している敵部隊の全てを殲滅できるはずはなく、被害を免れた部隊が続々とロックゴーレムたちを包囲してその足を止める。そこに馬を鎖で連結した連環馬隊がロックゴーレムたちの足を狙って突撃を開始する。鎖で足を薙ぎ払われたロックゴーレムたちは次々と倒れ伏していく。
倒れ伏したロックゴーレムたち目掛けて、包囲した部隊が鉄球を投げつける。身動きの取れないロックゴーレムたちはいい標的である。鎖に繋いだ鉄球を投げつけられては、堅い岩でできたロックゴーレムたちの体に亀裂を作って攻撃を仕掛ける。
敵を包囲して各個撃破する。近接戦闘戦での常套手段だ。仮にヴェルも立場が違えば同じ事をしただろう。しかし、敵が取るであろう戦術をただ指を咥えて見ているほど、ヴェルも馬鹿じゃない。敵の行動を予測しては対抗策を講じている。戦争とは先の先までを読んでこそ勝利を得るものだ、とヴェルは考えている。
「頃合いだな。やれ!」
ヴェルの合図にロックゴーレムたちは「オォォォン」と雄叫びを発しながら自爆した。
その瞬間、ロックゴーレムたちを包囲していた敵部隊が次々と倒れていく。自爆したロックゴーレムたちから飛ばされてきた岩の破片が包囲していた部隊を襲ったのだ。
ヴェルが造り出したロックゴーレムたちの体の中には大量の火薬が詰め込まれ、それが爆発したのだ。バーナム王国軍の鉄球による攻撃でできた亀裂が、爆発と同時に岩の破片へと姿を変えて飛散したのだ。それは、言わば爆弾だ。
ヴェルが造り出したのは、旧日本軍が使用した人間魚雷を参考にしたロックゴーレムたちだった。ヴェルの指示通りに敵の懐に入り込んでは猛威を振るい、いざ倒されそうになると自爆して周囲を巻き込む動く爆弾だった。
敵から見ればロックゴーレム一体でも強敵になりうる存在なのに、それが自爆して周囲を巻き込む兵器となるのだ。近付けば倒され、離れれば爆発に巻き込まれる。成す術はない。こと戦いの事となるとヴェルの性格が出ている嫌がらせにも似た質の悪い兵器である。
ロックゴーレムが一体、また一体と弾け飛ぶ中、敵兵の数が減っていく。
「大爆発!」
敵軍の数を十分に減らしてから上級火属性魔法を発動して、バーナム王国軍前衛部隊を殲滅したヴェルは次の目標である敵本体に視線を向ける。
しかし、敵本隊の動きが早く、既にヴェルの目前にまで迫っていた。
「いつの間にこんなに近くにっ!」
ズドォォン!
目前にまで迫っているバーナム王国軍の後方から轟音と共に発射された魔力弾がヴェルの上空を飛んでいく。
「まずいっ!究極の聖域!」
魔力弾の軌道上に結界を張って、魔力弾を間一髪のところで防ぐ。
しかし、直ぐに敵の大砲群から第二射を発射するべく急速に魔力の高まりを感じたヴェルは、結界を維持しようと努める。
「そうはさせん!」
声と共にヴェルの顔面目掛けて黒い魔力を纏った拳が飛んでくる。
「くっ!」
身を捩って拳を回避するが、ヴェルの顔には一筋の赤い痕が付いていた。
「ほぉ、よく避けたな」
「出たな、この糞魔族」
「酷い言われようだな」
「お前にはそれで十分だ」
ズドォォン!
魔族の男とヴェルが向き合っている中、敵の第二射が発射された。
「くっ!究極の」
「させるかっ!」
ヴェルの結界を阻止しようと魔族の男の拳がヴェルに差し向けられる。
魔族の男の拳を左手を回転させ、廻し受け流して反撃とばかりに右正拳突きをお見舞いするが、魔族の男は攻撃を避けられた時点で後方に飛び退いて回避した。
「ゴーレムっ!」
ヴェルたちの主戦場より後方からズドォンと何かかが打ち上げられた音が木霊する。
第二射の魔力弾と打ち上げらたものが、ドンとぶつかり合って爆発する。
「聖なる領域!」
爆発直後にヴェルは自信を守護する結界を張り巡らせた。
「むっ!はぁ!」
魔族の男は何かに気付いたのか、宙に拳を繰り出す。
ガキン、と弾いたものを見た魔族の男は「何だこれは?」と呟いた。
「鉄の塊だよ」
「鉄、だと?」
「正確にはアイアンゴーレム、だったものだけどね」
ヴェルたち主戦場より後方から発射して魔力弾を防いだ物の正体はアイアンゴーレムだったのだ。魔力弾を防ぐ最中に魔族の男が現れた時を想定して用意しておいた対防空兵器だ。火薬を用いてアイアンゴーレムをアイアンゴーレム自身が打ち上げて目標である魔力弾を防いだのだ。
魔族の男と戦いながら魔力弾を防ぐにはヴェル一人では手が足りない。その為の苦肉の策だったのだ。戦いの序盤でよもや使用しなければならなくなるとは想定外だったのだが……。
「なるほど……。では、ゴーレムに指示を出す余裕さえ与えなければいい!」
言葉を言い終わるな否や攻撃を仕掛けてくる魔族の男にヴェルも攻撃を仕掛ける。
拳には廻し受けて反撃を、蹴りには身を捩って回避、即カウンター攻撃……。打ち合っては互いに身を傷付け、防いではカウンターの打ち合い、激しい攻防が続く中、バーナム王国軍後方より第三射が発射される。
「くっ!しまった!」
「させるかっ!」
第三射に気を取られた隙を突いて魔族の男が殴りかかって来る。
「な~んて、ねっ!」
「むぉ!」
魔族の男の攻撃にサマーソルトキックでカウンター攻撃。しかし、魔族の男は首を捻って回避して顔を霞める。
その直後、上空でドンとぶつかり合う音が木霊する。
「っ!いつ、ゴーレムに指示をだした?」
「指示なんて出してないさ」
「では、どうやって動かした?」
「種明かしをしよう。AIさ」
「……A、I?」
「ゴーレムたちを一度起動させたら、自分たちで考えて行動する自立歩行型アイアンゴーレムだ」
「何だソレは?」
「お前に言っても分からない、さっ!」
ヴェルの魔力を帯びた拳が魔族の男を襲う。
右、左、右ボディブロー、しかし、それらは全て空を切る。流石は近接格闘を得意とする魔族の男である。ヴェルの攻撃を捌き受け流し、反撃のカウンターを仕掛ける。
胴回し蹴りからの後廻し蹴り、右ストレートからの裏拳、自身の軸回転運動を利用した見事な連続攻撃に攻守交代である。
更に魔族の男の攻撃は続く。
「くっ!爆風!」
耐えきれなくなったヴェルは、自身と魔族の男との間に爆風を発生させて距離を取る。
「ぐっ!」
「かはっ!」
密着しそうなほど肉薄したヴェルと魔族の男の距離が近付きすぎたせいか、2人は苦痛の声を漏らしながらダメージを負う。
「流石はボーマーを倒した魔法使いだ。威力が強いな」
「それは、どうも……」
近接格闘戦ではヴェルは魔族の男に敵わない。それもその筈である。ヴェルは魔法使いである。単純に魔法勝負ならヴェルの方に軍配は上がるかもしれないが、こと近接格闘戦に限っては魔族の男の方が一枚も二枚も上手である。
ならばどうするか?ヴェルの頭の中は魔族の男との戦い方、戦術でいっぱいだった。魔力式レールライフル製造やエルフたちの訓練で時間的にも厳しい状況下ではあったが、魔族の男との戦いに何も考えていないヴェルではなかった。
魔族の男との戦いに勝利する方法、魔法戦に持ち込めばいいだけだ。しかし、魔族の男はそれを許さず、なかなか距離を取らせてはくれない。そこでヴェルは考えた。
爆風によって2人の距離が離れたとみるや、ヴェルは魔法を発動すべく魔力を操りだす。しかし、魔族の男は魔法を発動させまいと突撃を開始する。
「はっ!」
超加速した魔族の男の拳がヴェルに向けて放たれる。
「六枚の光翼!」
ガキーン、と激突音を響かせ、魔族の男の拳が止まる。
「っ!何?」
魔族の男は、渾身の一撃ともいうべき拳が防がれた事に驚愕の表情を浮かべて後ろに下がる。
「結界、か?」
「半分正解だ」
ヴェルの周囲には、6枚の光る壁が展開されていた。その光る壁たちは魔族の男の拳を防いだ後、ヴェルの周囲を飛び回っている。魔族の男と距離を取る方法、それは魔族の男の攻撃を完全に防ぐ事。攻撃が当たらなければ自然と距離が離れていくと考えたヴェルは、シャーリーに持たせた銀色の翼をモチーフに考え出した魔法だった。
「行くぞ!氷柱砲弾!」
「くっ!」
ヴェルの放った攻撃魔法を回避して突撃してくる魔族の男に六枚の光翼の内、2枚が突撃する。
「っ!」
ガキーン、と光翼の1枚を拳で防ぐが、残りの1枚には対応できずに脇腹を掠める。魔族の男の腹部に血が滴り落ちる。
「半分正解とは、この事か」
「そうだ、この六枚の光翼は盾にも刃にもなる。お前を倒す為だけに考えた秘策だよ」
六枚の光翼はヴェルの思い描いたイメージによって、その形を変化させる。防御時は厚みを増して強度を高め、攻撃時は硬く薄い刃のように変幻自在であった。魔法とはイメージが大事である、正に言葉の通り体現した魔法そのものだった。
「行けっ!光翼たち!」
ヴェルの命令に従って3枚の光翼が魔族の男に襲いかかる。
「くっ!」
魔族の男は全力で防ぐも、光翼は3枚、4枚と魔族の男を襲う数を増やす。ある時は刃に見立てた光翼が、ある時は砲弾をイメージした光翼が魔族の男の体に食い込み、傷をつける。次第に魔族の男の体に血が滲み、流血していく。
「そろそろ決着を付けよう。泥沼!」
ヴェルの発動した魔法によって、魔族の男の足が泥沼に沈みこむ。
「むっ!」
足を封じられた魔族の男は動きが鈍くなる。そこをすかさず六枚の光翼たちを突撃させる。
1枚、2枚、3枚と光翼を拳で弾き返す魔族の男に4枚目の光翼が砲弾となって腹部に命中。
「ぐっ!」
5枚目の光翼が眩い光を発して魔族の男の視界を奪う。そこを6枚目の光翼が刃となって魔族の男の右腕を切り取った。
「覚悟っ!」
魔族の男の右腕を切り取った瞬間、止めとばかりにヴェルは突撃を開始して渾身の一撃を放った時、それは起こった。
最後の瞬間を迎えようとした魔族の男の口端が吊り上がり――
「負の槍」
「っ!」
ヴェルの腹部を貫いた。




