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117   ユイの大行進

お待たせしました。今回も長いです。書くのに時間が掛かり過ぎたよ……。

 エルフ王国北の森から数キロ地点。


「うげぇ!こ、こっちに来るな!」

「ひえぇぇ!だ、誰か、たすけ――」

「く、この――」

「お、俺の腕が……」


 阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 周囲に埋め尽くすほどのモンスターの群れ、群れ、群れ……。大小種類を問わず、エルフの森に巣くうモンスターの群れ群れが一斉にバーナム王国軍に襲い掛かっている。周囲から聞こえて来るは、悲鳴、怒声、救済を求める声とモンスターの唸り声と共に轟響く地鳴りの音が交じり合う。


「な、何でこんな事に……」

「しょ、将軍!退却の合図を――」

「い、いや、ならん!防げ!ここを抜かれたら我が国に甚大な被害を齎してしまう。防げ防げ!」


 青の鎧に身を包んだバーナム王国軍前衛指揮官であるクライツ将軍の副官ロンダーが退却を進言するも、最後まで言葉を紡ぐ事なくクライツ将軍に一蹴させられる。


「し、しかし、このままでは我が軍は全滅してしまいます」

「くっ!た、大砲だ!大砲を準備しろ!」

「はっ!」


 バーナム王国軍前衛部隊は突如として現れたモンスターの群れに襲撃を受けて壊滅寸前にまで陥り、起死回生の手段としてクライツ将軍は大砲の使用を命じた。

 クライツ将軍、ロンダー副官共に青ざめた表情で次々と命令を下してはいるが、その全ての命令が空振りに終わる。ある部隊はモンスターの群れに押し潰され、ある部隊は命令が届く前に瓦解し、ある部隊は勇敢に突撃を仕掛けるも数千のモンスターの群れに突き飛ばされ、噛み砕かれ、食い千切られ、一飲みされて命の灯が掻き消されていく。

 五万を誇るバーナム王国軍前衛部隊の命運は最早尽きかけている中、急速に魔力を凝縮し始める大砲が目標であるモンスターの群れ群れに砲口を向ける。


「魔力充電完了!いつでも放てます!」

「よし!放――」


 クライツ将軍の命令が下される瞬間、「ドパン」と何かが弾ける音と赤黒い液体が飛散する。それはクライツ将軍の頭部が弾け飛ぶ音と首から噴き出す血液だった。


「ひっ!あ、あ、あ、放て!放て!放て!放てぇー!」


 目の前で崩れ落ちる頭部を失ったクライツ将軍だったモノを目にした副官のロンダーは、死の恐怖と迫りくるモンスターの群れの唸り声に腰を抜かしながらも助かりたい一心で命令を下す。

 副官ロンダーの命令を受けた大砲操者は一斉に大砲を放つが、突如として出現した強力な結界を前にモンスターの群れに届く事はなかった。次の瞬間、股間を盛大に濡らした副官ロンダーだったモノが横たわり、次々と爆発していく大砲群。

 指揮官と強力な兵器を失ったバーナム王国軍前衛部隊は混乱を極め、退却する事も敵わずにモンスターの餌食となって全滅した。


「す、すごい……」

「お、お姉ちゃん、私、怖い……」


 金髪の長い髪を結った和服美女のエルフと金髪のポニーテールを揺らした美女がヘナヘナと座り込んでいた。

 彼女たちの手に握られた狙撃用スコープが装着された魔力式レールライフルを胸に抱きながら目の前の惨状を凝視していた。モンスターの群れに恐怖していたのか、モンスターの群れを統率して指揮した目の前の幼い少女に恐怖したのかは判別できないが、彼女たちはぶるぶると震えていた。


「ラティシア、レイシア」

「「……」」


 ぶるぶると震えている彼女たちの名前を呼ぶ声の主と呼ばれた彼女たち、ラティシアとレイシアが視線を交わせる。


「よくやった。先に行く」

「ちょ、ちょっと待ってユイちゃん。こ、腰が……」

「わ、私も腰が抜けちゃって……」


 ラティシアとレイシアの腰が抜けた姿を見た黒髪の美少女ユイが溜息を吐いてクーパーを呼び出した。


「ガウ?」

「運んで」


 ユイの指示にクーパーはゆっくりとラティシアとレイシアに近づき、クンクンと臭いを嗅ぎだす。

「ひっ」と可愛い悲鳴を上げつつも腰を抜かして動けないラティシアとレイシアはクーパーのなされるがままに表情を曇らせる。

 ラティシアとレイシアの臭いを嗅いだクーパーは嫌そうに「これ、乗せるの?」と言わんばかりにユイに視線を向ける。


「運んで」


 ユイの指示に「仕方がない」と言わんばかりに溜息を吐いたクーパーはラティシアとレイシアの襟首を噛んで放り投げた。「キャー!」と悲鳴が二つ木霊しながら宙を舞うラティシアとレイシアは弧を描きつつ、見事にクーパーの背中に着地した。


「行く」

「ガウ」


 ユイの言葉とクーパーの返事に顔を見合わせるラティシアとレイシアは抱き合いながら連行されていく中、ラティシアとレイシアの座り込んでいた場所に視線を移したユイが「シャーリーと一緒」と呟きを漏らして歩みを進めた。











 エルフ王国の北の森での戦いが開始される一週間前に時間は遡る。


「いいか、ユイ。頼んだぞ」

「ん」

「何かあったらすぐにお兄ちゃんに電話するんだぞ?」

「ん」

「何かなくてもお兄ちゃんに電話するんだぞ?」

「ん」

「ちゃんとご飯を食べるんだよ?」

「ん」

「ちゃんと歯磨きするんだよ?」

「ん」

「寝る前にお兄ちゃんにおやすみの電話をするんだよ?」

「ん」


 ヴェルはとても心配性だった。

 それもその筈だ。溺愛し過ぎてると言っても過言ではないほどに溺愛している妹のユイが、初めてヴェルから離れて行動しようと言うのだ。いつもならシルヴィ、エマ、カナ、アレクの内、誰かが付いてくれているのだから安心して任せられたが、今回は違う。

 魔力式レールライフル製造に時間が取られる中でも決してユイの事を置き去りにする事なく、遠距離通信機アルフォンをこっそり製造してユイに持たせていたのだ。


「えーっと、えーっと、他には、」

「いつまでやってるんですか!?」


 あんまりにもユイを心配するヴェルに堪えられなくなったシャーリーが突っ込みを入れた。


「なっ、何だと?いつまでもない!こんなに可愛いユイが、初めてのお使いだぞ?心配じゃないのか?」

「そりゃ心配ですけど、ちょっと過保護過ぎじゃないですか?」

「そんな事はない!ユイに過保護なんて言葉はあり得ない!」


 ヴェルは妹馬鹿である。それも、近年で稀に見るほどの妹馬鹿っぷりである。


「どんだけですか……そんなに心配なら、バーナム王国軍と戦わせなければいいんじゃないんですか?」

「馬鹿野郎!そっちは心配ない。それよりもずっと一緒だったユイが初めてのお使いに行くんだぞ?誘拐されたらどうするんだ!?」


 お留守番をさせた事は数あるが、お使いに行かせた事のないヴェルは初めての子供が初めてのお使いに行かせる時の親のように心中穏やかではなかった。と言うよりも、バーナム王国軍と戦わせるよりもお使いに行かせる方が心配になるヴェルの方が頭がおかしいとシャーリーは疑問に思ったが、言葉を飲み込んだ。


「……ヴェル様、ばか?」


 やっぱり堪え切れなかったようだ。


「だ、誰が馬鹿やねん?」


 何故か関西弁になるヴェルに「どこの方言やねん」と返すシャーリーもまた、どこかおかしかった。

 恐らくはイントネーションが違うからだと思いたい。


「そんな事よりも、行きますよ!」

「あぁ、待って、ユイがぁ~、ユイがぁ~」


 ヴェルの襟首を掴んだままズルズルと引きづりながら「ユイちゃん、気を付けてね」と言葉を残して立ち去って行った。


「「「……」」」


 その場に取り残された三人は顔を見合わせてから、もう一度ヴェルたちの消えて行った方を見ていた。

 この場にいたのは、ヴェル、シャーリーとユイの他にも二人の女エルフがいた。一人はおっとりとした清楚なお嬢様を思わせる佇まいに、金髪の髪を結ったうなじの綺麗な和服美女のラティシア。もう一人は活発な洋服を着こなすポニーテールの美女レイシアだ。

 二人はラメラ女王の侍女で身の回りの世話係をしている。今回、森の北側の戦場をユイに任せるにあたって、一週間もユイを一人にする事に危機感を持ったヴェルはラメラ女王に頼み込んで二人を借り受けたのだ。

 ヴェルが危惧していたのは食事と寝床の用意、知らないおじさんたちに唆されて拉致、監禁されないかを心配したからだった。そこにはバーナム王国軍と戦う事に何の不安も入っていない。それほど戦いの事に関しては絶大の信頼を寄せてはいるヴェルだが、これまで料理経験は勿論、洗濯や掃除までもをさせた事のないユイが森の中で一週間も生活出来るわけがないと危惧したヴェルは、身の回りの世話係としてラティシアとレイシアを同行させたのだった。


「レイシア、どうしましょう?」

「と、とりあえず、行こっか……お姉ちゃん」

「そ、そうね。あれ?ユイちゃんは?」

「え?」


 ラティシアとレイシアが視線を彷徨わせている中、スタスタと森に向かって歩いて行くユイ。

 漸くユイを見つけたラティシアとレイシアが追いかけて来る最中、遠距離通信機アルフォンが音を奏でる。


「ん」

「ユイか?」

「ん」

「言い忘れたけど……」

「ん?」

「ハンカチ持ったか?」

「ん」


 ユイが返事を返すと同時にアルフォンの受話口から「ヴェル様!」と甲高い声が木霊していた。


「行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてな」

「ん」


 アルフォンの通話を切る直前に「ち、違うんだ。忘れ物はないかを聞こうとしたんだ」とヴェルのいいわけの言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだとユイは思った。


「待って、ユイちゃん」

「やっと追いついた。先に行かないでよ」


 追い付いて来たラティシアとレイシアに「遅い」と言いながら歩みを進めるユイに、溜息を漏らしつつ付き添うように連れ立つラティシアとレイシアは思った。


『大丈夫かしら?』

『大丈夫かな?』




 森に入ったユイたち御一行様はヴェルの指示通りに森の東側から南、西、そして北へと進路を進める予定だ。


「フレイム、クーパー」

「グギャー!」

「ガア!」


 ユイの呼び声にユイの体の中から姿を現したフレイムとクーパーは己の存在を示すが如く、大きな唸り声を上げた。

 その瞬間、森の至る所からがさがさと動き出す音が遠のいて行く。


「追って」

「グギャー」

「ガウ」


 ユイの指示にフレイム、クーパーが一斉に動き出す。

 スタスタと歩き出すユイに腰を抜かしそうになるのを耐え抜いたラティシアとレイシアが「待って」と追いかけていく。


「ユイの傍を離れないで」

「「はっ、はい」」


 ユイの言葉に返事して後を追ってくるラティシアとレイシアに「死にたくなかったら」と続けて言葉を紡ぐユイに、青冷めた表情でまるで張り付いたようにユイの傍を離れなかった。


「「?」」


 急に立ち止まるユイに躓きそうになるラティシアとレイシアに「何か来る」と呟くユイの前にレッドベアーが姿を現した。

 その数、十体。「ひっ!」と悲鳴を漏らすラティシアとレイシアを他所に体中から黒い魔力を纏わせたユイがレッドベアーの群れの前に進み出る。

「グォ」と悲鳴にも似た可愛い声がレッドベアーの群れから聞こえだす中、後方の森の奥から「グギャー!」と轟聞こえてくるフレイムの咆哮にブルブルと震えだすレッドベーア―の群れたちは、目の前の魔力を纏ったユイと火龍の咆哮に狼狽えだす。


「後ろに並ぶ」


 ユイの威圧にも感じられる言葉を前にがくがくと震えだしながらゆっくりと移動し始めるレッドベアーの群れに身を竦ませるラティシアとレイシアは恐怖でユイに抱き着く。

「邪魔」とあっさりと振り払われるラティシアとレイシアは驚愕する。恐怖に身を竦めて必死にユイに抱き着いた筈ではあるが、黒い魔力を纏ったユイに意図容易く振り払われたのだ。女性ではあるが大人の力を埃でも払うように容易く振り払ったユイに理解が追い付かなかったのだ。


「行く」


 スタスタと歩き出すユイに後を追うようにレッドベアーたちが横切る中、へたり込むラティシアとレイシアに再び言葉が投げかけられる。


「何、してる?」

「「え?」」


 同時に聞き返すラティシアとレイシアに溜息を漏らしつつ、レッドベアーの一体に視線を向けて顎で指示を出すと、指示を受けたレッドベアーはラティシアとレイシアの襟首を掴んで歩き出した。

「キャー」「イヤー」と悲鳴を上げつつも、引き摺られて成されるがままの美人エルフ姉妹は意識を手放した。


「静かになった」


 そう呟いて歩みを進めるユイにレッドベアーたちはきっとこう思ったに違いない。『逆らうな』と……。




 フレイムとクーパーに誘導されてユイの前に姿を現したモンスターの群れは次々とユイの支配下に入っては、その数を増やしていく。


「お腹空いた」


 ラティシアとレイシアに向かって投げかけられた言葉に「遂に来た」と決意を込めた表情で「食事に致しましょう」と答えを返すラティシアに料理に使う器具を準備しだすレイシア。

 彼女らの瞳には戦いを前に決意を漲らせる戦士のそれと同じだった。森の東側から南、西、北へと幾日も彷徨い続ける中、日増しに数を増やしていくモンスターの群れにも食事を与える係になっていたラティシアとレイシアは必死だった。

「満足のいく料理を出せなかったら、きっと死ぬ」「お父さん、お母さん、今までありがとう」と毎回覚悟を決めていたのだ。


「餌、取って来る」

「「「「「グワワ!」」」」」

「「「「「シャー!」」」」」

「「「「「ギャワオーン!」」」」」


 ユイの指示に一斉に動き出すモンスターの群れに慣れ切ったのかピクリともせずに料理の準備をテキパキと動き出すラティシアとレイシア。モンスターの群れに反応を示している余裕すらなかったのかもしれないが、兎に角効率よく洗練された動きだった。

 幾日もユイとモンスターの群れの食事を用意してきたからこその動きだ。時間を掛けていては自分たちの食事も用意できないからだった。始めの内は良かった。モンスターの数が少ない時の話だが、全員に満足のいく料理を提供できていた。しかし、今は違う。日増しに増えるモンスターの群れに提供できる料理の数に限界が訪れるのは早かった。数千を超えるモンスターの群れ全員に二人だけで料理しきるのは物理的に無理なのだ。だからこそ、今では質ではなく量を優先していたのだ。そうでなければ、自分たちの食事も用意できなかったからだ。

 残像を残す勢いで目まぐるしく効率のいい洗練された動きを習得する他、生き残る術はなかったのだ。


「ラティシア」

「ひゃい!」


 高速で動くラティシアにユイが言葉を掛けると、流れる動きを阻害されたラティシアは足を縺れさせて転倒した。


「痛たたた」

「大丈夫?」

「あっ、はい。大丈夫です」


 自分の姉が転倒したと言うのに動きを止める事なく料理をし続けるレイシアは、こちらを見るでもなく舌打ちを鳴らして姉の担当分の仕事までカバーし始めた。


「これ、食べれる?」


 ラティシアの前に差し出されたモンスターを前に「キャー!」と悲鳴を上げる。

 ユイが差し出したモンスターは昆虫系のモンスターだった。昆虫が大嫌いなラティシアは「む、無理です!」と両手と首をぶんぶんと左右に振りながら後退りする。


「こっちは?」


 粘体系のモンスターだった。


「こ、これも無理です」

「これは?」


 血の気の引いた青白い表情をしたまま、首を残像が残る速度で左右に振り続けている。その姿は普段おっとりとしたラティシアからはとてもじゃないが想像できないほどだった。


「こ、これは、」


 最後にユイが差し出したのは銀色の狐、シルバーフォックスだった。B級のモンスターランクに位置付けられるシルバーフォックスが目を潤ませてラティシアを上目がちに見ている。その姿は、さながら助けを求める小動物のようだった。

 シルバーフォックスは理解している。ここでラティシアが首を縦に振れば美味しく頂かれてしまう事に、だからこそ全力で自分を可愛く見せようとラティシアに愛想を振りまいているのだ。それを察したラティシアは気付いてしまった。

 ユイが差し出してきた昆虫系モンスター、粘体系モンスターが安堵している事に、そして目の前に懇願するシルバーフォックスに。普段のシルバーフォックスは群れを成さない一匹狼を気取る孤高の戦士を思わせるが、ここに連れて来られたシルバーフォックスの救済を求める懇願した瞳の数々を前に「うっ」とたじろいでしまう。


「こ、これは……」


 ラティシアの言葉に「クゥン、クゥ~ン」と愛らしい言葉を奏で始めるシルバーフォックスたち。潤んだ瞳でじっと上目遣いに視線を合わせてくるシルバーフォックスたちにラティシアの心が大きく揺れ動く。


「くっ、む、無理、です」

「そっか。お前たち列に並ぶ」


 残念とばかりに、そう言い残して立ち去るユイに乾いた笑いを漏らすラティシア。

 命を助けられた昆虫系モンスター、粘体系モンスターの群がラティシアに忍び寄る。


「ひっ、こ、来ないで」


 ラティシアと昆虫系、粘体系のモンスターの間にシルバーフォックスたちが入り込む。


「グルルルル」


 昆虫系、粘体系のモンスターの群れを威嚇し始めるシルバーフォックスの後から「ご、ごめんなさい。苦手でごめんなさい」と連呼するラティシアの言葉に立ち去っていくモンスター。

「クゥン、クゥ~ン」と鳴き始めるシルバーフォックスに「あ、ありがとうございます」とお礼を言うラティシアに頭を下げて立ち去って行くシルバーフォックスたち。

 実の所、昆虫系、粘体系のモンスターたちは命を助けられた事にお礼が言いたかっただけなのであるが、昆虫も粘体も苦手なラティシアが拒絶した事で最も命の恩を感じているシルバーフォックスたちが近寄らせないようにしただけなのだった。

 へなへなと座り込んでいるラティシアに怒声が響き渡る。


「お姉ちゃん!早く手伝ってよ!」

「え?あ、うん。ごめんね、レイシア」


 重い腰を漸く上げたラティシアは料理を手伝うべくレイシアの下に移動し始めた。


「……ところで、レイシア?」

「何?お姉ちゃん」

「さっき、舌打ちしなかった?」

「や、やだなぁ。私がそんな事するわけないじゃない。気のせいだよ」

「ソウ……」

「う、うん。キノセイダヨ」


「あはははは」と乾いた笑いを漏らしたラティシアとレイシアは共に料理をしに戻って行った。

 姉妹仲に若干のヒビが入った気がするが、それはまた別のお話だ。




 数千のモンスター群を引き連れたユイたち御一行様はバーナム王国軍を迎え撃つべく森の北側街道付近に陣取った。

 土の下を住処とするモンスター、サンドワームたちを中心に街道を包囲する形で溝を掘らせて埋伏させたユイは、バーナム王国軍が姿を現すまでじっと身を潜めていた。

 偵察に出していたワイバーンがユイの下に戻るとユイは、すぐ様行動を開始した。

 十分に敵を引き付けた後、引き連れたモンスターたちに合図を飛ばせば、バーナム王国軍に一斉に襲い掛かるモンスターたちはまさにモンスターの氾濫だった。それも数千を超えるモンスターの氾濫は大氾濫と呼ばれる大規模なものであり、これを防ぐには大規模な討伐隊を用意しなければならない。

 如何にバーナム王国軍が大軍であっても大氾濫とも呼べる奇襲攻撃に成す術もなく壊滅させられていった。

 敵兵にはモンスター群を、敵指揮官にはラティシアとレイシアの狙撃を、大砲にはユイの結界を以って容易く屠り去った。


「よくやった。先に行く」

「ちょ、ちょっと待ってユイちゃん。こ、腰が……」

「わ、私も腰が抜けちゃって……」


 ラティシアとレイシアの腰が抜けた姿を見た黒髪の美少女ユイが溜息を吐いてクーパーを呼び出した。


「ガウ?」

「運んで」


 ユイの指示にクーパーはゆっくりとラティシアとレイシアに近づき、クンクンと臭いを嗅ぎだす。

「ひっ」と可愛い悲鳴を上げつつも腰を抜かして動けないラティシアとレイシアはクーパーのなされるがままに表情を曇らせる。

 ラティシアとレイシアの臭いを嗅いだクーパーは嫌そうに「これ、乗せるの?」と言わんばかりにユイに視線を向ける。


「運んで」


 ユイの指示に「仕方がない」と言わんばかりに溜息を吐いたクーパーはラティシアとレイシアの襟首を噛んで放り投げた。「キャー!」と悲鳴が二つ木霊しながら宙を舞うラティシアとレイシアは弧を描きつつ、見事にクーパーの背中に着地した。


「行く」

「ガウ」


 ユイの言葉とクーパーの返事に顔を見合わせるラティシアとレイシアは抱き合いながら連行されていく中、ラティシアとレイシアの座り込んでいた場所に視線を移したユイが「シャーリーと一緒」と呟きを漏らして歩みを進めた。




 モンスターの大氾濫を聞き付けたバーナム王国軍本隊は迎撃態勢を整えて進軍を開始して来る。


「お前たちはあっち、お前たちはこっち、あとは真っ直ぐ」


 ユイの簡素な命令に地響きと唸り声を盛大に上げたモンスター群はバーナム王国軍正面、右翼、左翼に一斉に突撃を開始して行く。


「ゴルネル西部総督!モンスターの群れが三方に別れて攻撃を開始してきました!」

「何!?モンスターに統率がとれているだと?不味いな……右翼、左翼に伝令、正面のモンスター群を討伐するまで時間を稼げと伝えろ!」

「はっ!」

「大砲用意!目標、正面のモンスター群だ!」

「はっ!」


 急速に魔力が凝縮された大砲から轟音と共に放たれる魔力弾。


究極の聖域オーティミッツサンクチュアリー!」


 ユイは魔力弾を防ごうと禁術級結界魔法を発動させて、これを凌ぐ。


「何だ、あの結界は!?」

「もしや、先の戦いで現れた強力な魔法を扱う魔法使いがいるのやもしれません!」

「っ!ならば、大砲を一発ずつ放ってゆけ!波状攻撃だ!」

「はっ!」


 バーナム王国軍本隊の大砲群十台から間を置かずに魔力弾がユイの結界を押し込み始める。


「ん!」


 広範囲に張り巡らした禁術級結界を矢継ぎ早に魔力弾が迫りくる中、ユイは結界維持に全力を出さずにはいられなかった。


「ユイちゃん、ダメ。相手の指揮官は結界で守られてるから狙撃が通じないわ」

「あっちもダメ。モンスターたちの足が止められているよ。このままじゃ押し返されるかも」


 ゴルネル西部総督の指示は適切を極めていた証拠だった。モンスターの足を止めつつ包囲して個々にモンスターを撃退していく。


「分かった。一号から千号は右、千一号から二千号は左に行って」


 ユイが指示するとユイの体の中から召喚された怪しく蠢く粘体のスライムたちが一斉に突撃を開始した。

 ユイが召喚したスライムたちは、エルフ王国出発前にヴェルが魔法陣から召喚した物理攻撃が効かない遺跡の奥深くに蠢いていたスライムたちだった。バーナム王国軍と戦うユイの為に改良した魔法陣から出現したスライムたちを魔獣契約で従わせたユイ専用の奥の手だった。

 物理攻撃の利かないスライムたちはバーナム王国軍を押し退けてモンスター群をサポートしてゆく。

 形勢逆転とばかりに勢い付いたモンスター群は右翼、左翼を壊滅させて正面のバーナム王国軍を反包囲状態で攻め立てる。


「二千一号から四千号は正面から行って」


 新たに召喚されたスライムたちとモンスター群がバーナム王国軍本隊の本陣部隊を殲滅するのに時間は左程必要としなかった。

 如何に強力な大砲が一発ずつ放たれたと言っても、限界はあった。強力な魔力を帯び続けた大砲の砲身は高熱に耐え続ける事ができなかった。

 次第に大砲から放たれる魔力弾の数が減り、攻撃手段のなくなったバーナム王国軍に最早結界を張る必要がなくなったユイの大規模攻撃魔法で戦いの終わりを告げたのだった。


「帰る」

「「え?」」


 スタスタと歩き出すユイに呆気に取られたラティシアとレイシアは、その小さな背中に恐怖しつつ『絶対に怒らせてはいけない』と頷いてから後を追ったのだった。





















 ――お兄ちゃん、褒めてくれるかな?

次回、更新日:予定は未定^^;が、がんばる。

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