116 北東戦線
今回はいつもよりちょっと長いです。
街道沿いに大量に舞い散る土煙がゆっくりと移動しながら立ち上っている。土煙の正体はびっしりと街道沿いに埋め尽くされた人、人、人……人の群れである。大量の人たちが無人の荒野を駆け抜けるが如く――ゆっくりとだが――移動すれば、その周囲には砂塵が舞起こる。
土煙の先頭に見えるは、青を基調とした全身鎧に身を包んだ武装集団。バーナム王国の軍勢である。その数、ざっと見繕っても二十万は超えるだろう。
一糸乱れぬ統率を見せる動きに、軍勢の練度が高く、強者であると思わせる。
「バルギス将軍、あと半日ほどでエルフ王国の北東の森に到着します」
「うむ……」
副官の報告に黒を基調としたフルプレートに身を包んだバルギスは頷きを返す。
「どうかされましたか?」
「エルフの国を攻めるのに、果たしてこれだけの数が必要なのか?」
「先の戦いでは十万の軍勢が追い払われたと聞き及んでいます」
「それ程、厄介な敵だったか?エルフとは、」
「それが……詳細は分かりませんが、突如爆発が起こったと……」
「ふむ、強力な魔法使いがエルフにいると?」
「かも、しれません」
「だからか、その魔法使いを警戒してこれだけの軍勢を持って三方から攻め立てる理由は、」
「……その魔法使いがこちら側に来なければよいのですが……」
バルギスと副官の会話に割り込むように兵の一人が駆けて来る。
「報告!前方三キロ地点に砦が築かれております」
「何!?我が領内だぞ?ラーディッシュ、聞いておるか?」
「いえ、我が領内に砦を築いたとの報告は聞いておりません」
「ならば、エルフが築いた可能性が高いな……よし、お前!グレゴール南部総督にこの事を伝えろ!」
「はっ!」
本陣への報告を兵に任せたバルギスは、すぐ様全軍停止命令を発した。
「バルギス将軍、これからどうしますか?」
「総督からの命令を待つ。攻めよと言うのなら攻める他ない」
バルギスの言葉に頷きを返すラーディッシュだが、その表情はどこか晴れないでいる。
「ラーディッシュ、具合でも悪いのか?表情が優れないぞ?」
「い、いえ、どこも悪くは御座いません……」
「では、どうしたと言うのだ?」
「……いえ、どうも胸騒ぎがするのです。我々は、いえ、勝てるでしょうか?」
「何を馬鹿な事を言っておる。まだ戦いも始まってもおらんのにそんな弱音を吐いてどうする?これだけの大軍だ、滅多な事で敗北はありえない」
「はっ、申し訳ありません。そうですな、どうも弱気になっていたようです」
「うむ。働きに期待しているぞ」
「はっ!」
総督の命を待つバルギスとラーディッシュの下に先程の兵が再びやって来る。
「ご報告申し上げます。総督が仰るには、砦は敵のもので間違いない。ただちに攻めよ、と命を下されました」
「あい、分かった。全軍に進軍命令を!」
「はっ!全軍、進撃を開始せよ!」
総督の命を受けたバルギスはラーディッシュに命じて進軍を開始した。
エルフ王国北東の森から数キロ地点、バーナム王国領内に築かれた砦の屋上に佇む二つの人影があった。
金髪の長い美しい髪が風にさらさらと靡き、太陽の光を浴びてまるで女神のような神々しさを放つエルフの女性、シャーリーとがっしりとした体格に鍛えこまれたであろう筋肉が屈強な戦士を思わせるガガイルだった。
「……」
「……」
二人の間には会話がなく、非常に気まずい空気が周囲を覆っていた。
それもその筈である。先日、ガガイルはシャーリーに告白をして見事に玉砕をしたのだから、お互いがどう言葉を掛けていいのかが分からないままなのである。
そんな二人がバーナム王国領内に築き上げられた砦の屋上に二人でいるのには理由があった。シャーリーはヴェルから託された銀翼の翼を使い、バーナム王国軍が使用する大砲を結界にて防ぐ役割がある。
そして、ガガイルにも役割があった。ヴェルは魔力式レールライフルの命中率が極めて高い精鋭を別動隊として分けて砦に配置したのだ。その別動隊の指揮を任されたのがガガイルだったのだ。
ガガイルを振った手前、どんな顔をして接したらいいのか困惑しているシャーリーは、戦時中でもあり、領土侵犯とも呼べる状況下で何時までもこのままでは部隊全体の士気に関わると意を決して声を掛ける事にした。
「あ、あの、」
「シャーリー」
シャーリーが声を掛けると同時にガガイルもシャーリーを呼んだ。
「……」
「……」
再び沈黙が訪れた。
気まずい二人が同時に声を掛け合った事に驚きと困惑があったからだ。
「な、何?ガガイル」
「折角の会話のチャンスが……私の馬鹿!」と内心で思いつつも視線を逸らしてガガイルに話の続きを促す。
「シャーリーこそ、何だ?」
「ガ、ガガイルこそ何よ?」
「……」
「……」
お互いがお互いを牽制し合うように言葉を続けさせようとするが、上手くいかずに再び沈黙が訪れる。
「そのな、」
「はあ」と溜息を漏らしてからガガイルは意を決したように話し始めた。
「うん」
「シャーリーに告白して振られた事。俺、気にしてないから……」
「……嘘、吐いてるでしょ?」
「……やっぱり、バレるか」
「当然よ。何年の付き合いだと思ってるの?」
「だよ、な」
「うん」
シャーリーの頷きに、数秒間を置いてからガガイルは言葉を紡ぐ。
「振られた事を気にしてないってのは嘘だけど、振られてよかったとも思う」
「どうして?」
「ヴェルナルド伯は本当にすごい奴だ。あんなに小さいのに――」
「それを言ったら怒られるわよ?」
ガガイルの言葉を遮って忠告したシャーリーの言葉に肩を竦めるガガイル。
「おっと失言だった。まだ子供なのにこんなに強力な武器を造り、作戦を考え、そして強力な魔法まで扱える。俺には、正直無理だと思った。きっと彼には勝てないと思ったよ」
「そんな理由で――」
シャーリーの言葉を「でも、」と遮って更に言葉を続ける。
「好きなんだろ?」
「っ!……うん」
消え入りそうなシャーリーの頷きを聞いたガガイルは、シャーリーの背中を叩いて「応援するよ」と言葉を続けた。
「ちょっと、痛いって」
「ははは。ま、頑張れよ!」
「うん」
ガガイルに元気付けられたシャーリーの表情に笑顔が戻ったのを確認したガガイルは前方に視線を向けると、大量の土煙が近付いて来るのを見つけた。
「っ!シャーリー、敵だ」
「っ!お父さんに合図を!それと持ち場に戻って!」
「了解。頑張れよ」
「ガガイルもね!」
シャーリーの応援に「おうよ」と相槌を打って持ち場に戻るガガイルの背中を頼もしく見つめるシャーリーは「よしっ!」と両頬叩いて気合いを入れ直した。
「絶対に皆を守って見せる!」
覚悟を決めたシャーリーは前方に迫りくる敵軍を睨みつけた。
「バルギス将軍、大砲の準備が出来ました」
「一気に形を付けるぞ!放て!」
強大な魔力が込められた大砲から「ズゴーン!」と轟音が響き渡ると同時に球状の魔力の塊が放出された。
「っ!来るっ!翼よ!」
シャーリーの掛け声と共に勢い良く射出される銀翼の翼を構成する羽たちが直角に折れ曲がって菱形を形成する。
銀翼の羽が形作られた菱形の内側に強力な結界が張り巡らされる。
球状の魔力の塊の軸線上に移動した銀翼の羽は「ズバーン!」とぶつかり合う音を轟かせながら押し戻されそうになっている。
「っ!翼よ!」
シャーリーの「押し戻せ!」のイメージ通りに球状の魔力の塊を押し戻して消滅させる。
「くっ!何て威力なの!?」
大砲から射出される魔力の塊は、エルフ王国の森を覆う強力な結界を数度打ち込めば結界を消滅させる事が出来るほどの威力だ。
生半可な結界では防ぐ事は出来ない。しかし、シャーリーが背負った銀翼の翼は、シャーリーのイメージ通りの強固な結界を張る事が出来る。その分、魔力を消費する事になるのだが、シャーリーはエルフの女王ラメラの一人娘であり、女王の魔力を受け継いだ魔力総量がある。
そして、ヴェルから施された特訓の成果で非常に強固な結界を張るに至ったのだ。
防げないわけがない。
「でも、まだまだ!ヴェル様の特訓はこんなものじゃなかった!幾らでも来なさい!」
ヴェルが施した特訓を思い出して、身震いしながらも前方の敵軍を睨みつけるシャーリー。
「お父さん、ガガイル。今が好機よ」
近くにはいないモンロウとガガイルに念じるように思いを言葉に出した。
「総員、構えろ!狙いは大砲操者、次いで結界担当と思われる魔法士だ!」
「「「「「サー!イエッサー!」」」」」
砦から別動隊を指揮したガガイルは目標を指定して足早に指示を出した。
「撃て!」
ガガイルの命の下、「ズガガガーン!」と一斉に射撃音が響き渡った。
砦からバーナム王国軍の大砲が配置される場所までは言うに二キロは離れてはいるが、ガガイルたちに配備された魔力式レールライフルにはヴェルお手製の狙撃用スコープが装着されている。
レールライフルの扱いに長け、命中率も極めて高い精鋭部隊には敵の頭に銃口を当てて引き金を引くが如く容易に目標に命中させていく。
「っ!ラーディッシュ!何処からだ!?どこからの攻撃だ!」
「分かりません!倒れた兵の向きから、恐らくは前方からかと」
「そんな馬鹿な!砦まで二キロはあるんだぞ!?攻撃が届く筈がない!近くに敵兵はいないか!?」
「見当たりません!敵は何らかの魔法を仕掛けてきているかもしれません!」
「くっ!結界だ!結界を張れ!」
どこから攻撃されているか訳が分からなくなっているバルギスは歯を食い縛って部下に指示を出す。
「結界魔法士もおりません!討ち死にしています!」
「なん、だと」
たった一度の反撃だけで、大砲操者、結界魔法士を失った事で驚きとショックを受けたバルギスの顔はみるみる内に青ざめていく。
砦を一気に攻め滅ぼそうと大砲を使用したにも関わらず、攻め落とすどころか反撃を許して結界魔法士までも失った恐怖に身を竦める。
敵の攻撃の正体が分からない以上、結界を張って防がなければならないが、結界を担当する魔法士はガガイル率いる狙撃部隊によって倒された。
バルギスの頭の中には困惑が渦巻いていた。
――不味い、不味い、不味い!どうする?敵の攻撃は何だ?いや、それよりもどこから?砦からなのか?いいや、ありえない!砦までは二キロはあるんだぞ!?
「バルギス将軍!どうしますか?このままでは――」
副官のラーディッシュの言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
「っ!ラーディッシュ!どうした!?おい?ラーディッ――」
目の前で崩れ落ちたラーディッシュに詰めかけて言葉を掛けるが、ラーディッシュの頭部は削り取られたかのように消え失せていた事にラーディッシュの名前を最後まで言い終える事が出来なかった。
「あ、あ、あ、ラーディッシュ、ラーディッシュー!と、突撃だ!全軍突撃しろ!」
「しかし、将軍!ここから二キロは離れています!」
「だから何だ!このままでは全員死ぬぞ!いいから突撃しろー!」
「はっ!」
混乱極まったバルギスは尤も下策である突撃を選択した。いや、選択せざるを得なかったと言っていいだろう。
敵の攻撃の正体は不明、大砲操者と結界魔法士たちの戦死、そして最も頼りにしていた副官のラーディッシュが目の前で殺されたのだ。「次は自分が殺されるかもしれない」という恐怖と目の前で殺された戦友の死の怒りで正常な判断が下せなかったのだ。
バルギスの命令の下、突撃すべく全軍が駆け出して行く。大きなうねりが街道を駆け抜けながら、大量の土煙と地響きを唸らせて砦へと迫る。
大軍が砦の目前にまで迫る時、事態は動いた。
「今だ!第一列放てぇ!」
砦の周辺に配置されたモンロウ率いる三万のエルフ兵の第一列目、一万のレールライフルを装備したエルフ兵が一斉に攻撃を放った。
砦まで目前にまで迫ったバーナム王国軍の先頭集団から次々と命が刈り取られていく。
「第二列目放てぇ!」
第一列目の攻撃を放った瞬間、即座に最後尾へと一糸乱れぬ動きで最後尾へと移動し、第二列目の攻撃が間髪入れずに開始された。
休む間もなく攻撃が続けられる中、バーナム王国軍の数が次々と掻き消えていく。そして、その中にバルギスの姿もあった。黒を基調としたフルプレートの鎧に身を包んだ頭部の欠けた死体が横たわっていた。
指揮官を失ったバーナム王国軍の兵士たちは恐怖し、「退却だ!」と次々と連呼して退却を開始するが、モンロウ率いるエルフ兵たちは攻撃の手を緩める事はしなかった。
執拗に必要以上を刈り取るが如くレールライフルの銃声は木霊し続ける。一.五キロの距離でも命中率九十%を超えるエルフ兵たちの苛烈な攻撃がバーナム王国軍前衛集団七万の命を刈り取る作業は、極短時間で終わりを告げた。
「よしっ!打ち方止め!」
モンロウの攻撃中止命令を受けたエルフ兵たちは一斉に動きを止めた。
ヴェルから受け取った魔力式レールライフルの威力に驚愕を覚えながらも、あっさりと敵の前衛集団を屠り去ったモンロウは次なる作戦を決行すべく作戦前にヴェルから渡された小袋を開く。
作戦前にヴェルから「前衛集団を一掃した後にこれを開け」と指示されていたのだ。中に入っていたのは一枚の紙切れだった。その紙切れには短文で一言添えられていた。
『全軍現在の持ち場を放棄し、鶴翼陣にて進軍を開始せよ』
ヴェルの指示通りに砦の別動隊とシャーリーを加え、隊列を組み直したモンロウは進軍を開始して行った。
「グレゴール南部総督!ご報告申し上げます」
「何だ?」
「バルギス将軍率いる先鋒七万が壊滅!バルギス将軍の生死不明!」
本陣で休憩中だったグレゴール南部総督は手に持っていたグラスを落とし、「なっ、何?」と伝令兵に視線を合わせた。
「はっはっはっ、冗談はよせ」
伝令役の兵の言葉が信じられないグレゴールは、「悪い冗談だ」と言葉を続けた。しかし、伝令役の兵から返ってきた言葉は「偽りでは御座いません」と聞き、唖然とした。
「敵エルフ軍、鶴翼陣にてこちらに向かっております」
伝令役の兵から言葉が続けられた事で我に返ったグレゴールは全軍に迎撃命令を発した。
しかし、時すでに遅しである。本陣にまであと五百メートルの距離まで迫ったモンロウ率いるエルフ兵たちは、バルギス将軍率いる七万の大軍を屠った時と同様に三段銃陣で攻撃を開始し始めた。
「第三列!放て!」
モンロウの掛け声の下、三列目のエルフ兵たちが一斉に轟音を轟かせる。
騎馬兵を主力とするバーナム王国軍は、その機動力を駆使してエルフ兵達の目前にまで迫りくるが、あと一歩というところで騎馬諸共崩れ落ちる。
ヴェルが指示した戦法は三段銃陣。部隊を三列に分けて、順番に入れ替わり立ち代わり攻撃していくというものだ。ヴェルの考案したレールライフルは威力が凄まじく、貫通力があるのだ。その為、攻撃の一手を最大限活用する為に十二分に敵を引き付けて攻撃、貫通力を駆使して目の前の敵の後にいる敵さえも貫いて倒している。
敵から見れば、エルフ兵達の攻撃の後に目の前の味方兵達が次々と地に伏していく様は、まさに地獄絵図だった。
「くっ、大砲を放て!」
「し、しかし、味方にまで被害が及びます!」
「このままでは全滅だ!いいから攻撃せよ!」
「はっ!」
本陣横に集結させてあった大砲群に急速に魔力が集まり出す。十分に魔力を凝縮した大砲は、エルフ兵目掛けて一斉に大砲を放った。
「翼よ!」
シャーリーの銀翼の翼が巨大な菱形を形成、大砲の射線軸に立ち塞がった。
「バチバチバチバチ」とぶつかり合う音を轟かせながら、大砲から放たれる凝縮した魔力弾を防いだ。
銀翼の翼を構成する羽たちは全部で八枚。結界を張る羽が四枚使う為、物理的に二枚の結界しか張れない。つまりは大砲から放たれる魔力弾は一度で二つしか防ぐ事が出来ないのだ。しかし、敵本陣から放たれた魔力弾は一斉に十発放たれた。
通常では十発の魔力弾を一度で防ぐ事が出来ないのだが、ヴェルからの指示通りに菱形の大きさを広げて――その分、結界の強度が薄くなる――二段構えで結界を張り巡らせた。ヴェルの地獄とも呼べる特訓と不屈の精神とも呼べるイメージで結界強度を限界にまで引き上げて、これを防いだのだ。
「馬鹿、な。ぐぬぬ、次だ!次を放て!」
「しかし、南部総督!次弾連射は大砲が持ちません!」
強力な魔力を凝縮して魔力弾を放つ大砲には弱点がある。それは、一発目を放った後に大砲の銃身部分に高温の熱が籠る為、連射が出来ないのだ。
「いいからやれ!」
「はっ!」
第二射を放つ為に魔力を凝縮しだす大砲から「グギョロロロ」と大きな奇怪音が木霊する。
十分に凝縮した魔力を解き放つ大砲の進路に再び銀翼の羽たちが立ち塞がる。
「バチバチバチバチ」とぶつかり合った直後、「パリーン」と音を立てて一枚目の結界が破られる。
「くっ!お願い!翼よ!私に力を!」
シャーリーの言葉に従って後ろに控える銀翼の羽の結界が「任せろ」と言わんばかりに魔力弾を妨害する。
しかし、十発もの強力な魔力弾が二枚目の結界を押し返そうとしている。このままでは結界を破壊されてエルフ兵たちに尋常ならざる威力を見せつけるだろう。
エルフ兵は三万五千人に対して敵バーナム王国軍の本陣総兵力は十五万。如何に三段銃陣をフル活用したとしても劣勢にある状況下での被害は致命傷になる。それを知っているシャーリーはヴェルの特訓を思い出した。
『いいか、シャーリー。魔法はイメージが大切だ。この場合、結界は何をイメージしたらいいと思う?』
『鉄……いえ、オリハルコン、でしょうか?』
『違うぞ、シャーリー。幾らオリハルコンが堅いと言っても決して折れない曲がらないわけじゃない』
『じゃ、何をイメージしたらいいんですか?』
『考えろ、シャーリー。絶対に折れる事のない、絶対に捻じ伏せる事が出来ない信念を、』
『信念、ですか?』
『シャーリーにはないのかい?これだけは譲れない、これだけは負けないと言う覚悟だ』
――信念?覚悟?譲れないもの?それは何?私にそんなものってあるの?……いいえ、ある!これだけは絶対に負けない!
「翼よ!私に力を!ヴェル様!愛しています!」
シャーリーの「これだけは絶対に負けない」思い、それはヴェルへの愛だった。
いつもおっちょこちょいでドジっ子なシャーリーは、あまり自分に自信がない。エルフの秘宝であるティアラの奪還任務に赴いては摑まって人攫いの片棒を担がされた事や森でレッドベアーに遭遇すればお漏らしをする始末だ。
それでも、ヴェルと会ってからのシャーリーはドキドキ、ワクワクの毎日だった。いつもお茶らけたヴェル、三人の婚約者に恐怖しつつも愛情を惜しまないヴェル、妹馬鹿のヴェル、そしてエルフの為に必死に考えて行動するヴェルにいつしか惹かれ始めて好きになった。その気持ちは、例えシルヴィ、エマ、カナが相手でも引けを取らないどころか負けないとまでも思っている。
それは、この危機的状況化で更に思いが固まった瞬間でもあった。
シャーリーの思いに応えるべく銀翼の羽たちはうねりを上げつつ、強固な結界の出力を上げる。
「バチバチバチ」と発せられる衝撃音と共に魔力弾を跳ね返して魔力弾を消滅させた。
「ハァハァハァ、ヴェル様。私やりました!」
如何に女王の娘で魔力総量が多くても、ヴェルからの地獄の特訓を耐えたシャーリーでも、二十発の凝縮された強力な魔力弾を防ぐには相当量の魔力を使用して既に限界が近付いていた。
「くっ!兵を三手に分けて正面、左右から攻め立てろ!その間、第三射を放て!」
「しかし、大砲はもう限界です。」
「いいからやれ!」
「はっ!」
三手に別れたバーナム王国軍が正面、左右から攻め立てようと行動を開始する。
「モンロウ戦士長!敵が左右からも来ます!」
「慌てるな!その為の鶴翼陣だ!右翼、左側を重点に射撃!左翼は右側を担当しろ!」
「「「「「はっ!」」」」」
ヴェルが指示した鶴翼陣には意味があった。
それは、エルフ兵とバーナム王国軍の圧倒的な兵力差である。敵の兵力が多ければ多いほど、次第に回り込まれて包囲、殲滅されるのは自明の理であった。
そこでヴェルは考えたのだ。魔力式レールライフルの長所は中長距離からでも正確に攻撃が出来る事だ。短所は短発式であるが為、連射が出来ない点だ。しかし、それは三段銃陣で補った。ならば、敵に回り込まれないようにする対策をすればよいのだ。
通常、三段銃陣は正面の敵に対しては絶大な威力を発揮するが、短所としては横からの攻撃に弱い。だからヴェルは鶴翼陣にしたのだ。圧倒的少数であるエルフ兵達を二手に別けて敵を反包囲する形にする事で左側から回り込もうとする敵には右翼からの射撃を、逆に右側から回り込もうとする敵には左翼からの射撃を行なえばよいだけの事。
正面の敵に対しては右翼左翼の陣から放たれる銃弾の射線軸にある為、貫通力を活用して連続射撃さえすれば事足りるだけだった。
街道沿いの開けた場所であるが為のレールライフルの長所を生かし、陣形と戦法による短所を補った戦略である。
次々と数を減らしていくバーナム王国軍は最早壊滅状態にまで陥っていた。
「ぐぬぬ!まだか!?第三射を放て!」
「はっ!準備出来ました!」
「放てぇ!」
グレゴール南部総督の命により、大砲操者は大砲のトリガーを引く。その瞬間、これまでの連続発射の不可に耐えきれなくなった大砲は、凝縮された魔力の膨大なエネルギーを抑え込む力がなくなった。
「ドカーン」と大地を震わせる轟音と衝撃波を轟かせて本陣の周囲百メートルにクレーターが出来上がった。
「くっ!何だ!いや、結界だ!結界を張れ!」
「「「「「はっ!」」」」」
大爆発の影響で放たれた衝撃波はエルフ兵達も襲い掛かった。
しかし、エルフ兵たちの結界とシャーリーが持てる力の全てを使い切った銀翼の羽の結界で事無きを得たのだった。
「シャーリー!おい!しっかりしろ!」
「……っ!お、お父、さん?」
「気付いたか?」
「え?私、寝てた?」
「魔力の使い過ぎでな」
「そっか……敵は?」
「安心しろ。我々は勝ったぞ」
「よかった……。はっ!ヴェル様」
「おっ、おい、シャーリー」
魔力を使い切ったシャーリーはモンロウの制止を振り切り、「お父さん、この馬借りるね」と返事を聞かずにモンロウの愛馬ボンタンを奪って駆け抜けて行った。
「それ、儂の馬……」
目の前に広がる夥しいほどの頭部や体を削り取られた死体の前で、力のない呟きが風に消えて行った。
次回更新は、何時になる事やら……。書きあがり次第とだけ、言っておきます。




