12 がんばれ!セドリック
昨夜は遅くなったので、子爵とカナは家に泊まる事になった。
俺は、目が覚めると視線に気付いた。視線の主はカナだった。カナは俺の顔をじっと見つめていたのだった。
「おはよう。ヴェル君。」
「おっ、おう。おはよう。カナ。」
寝顔を見られるのって、何か恥ずかしいな。それも、美少女に見つめられていると意識すると、余計に恥ずかしくなる。
「ヴェル君の寝顔って、可愛いね。」
「ちょっ、カナ。変な事、言わないで。」
恥ずかしい!超、恥ずかしい!
「ヴェルナルド君!カナと同衾するとは、何事じゃ!?」
部屋の扉をドガンと勢いよく開けて、怒鳴り込んでくる子爵。
朝から五月蠅いよ…。孫可愛がりも、大概にしろと言いたい。しかし、それを言う事はなかった。何故なら、子爵の後にマリアが控えていたからだ。
「グランネル子爵。また、攻撃魔法を放ったら…、わかっているわね?」
マリアはそう言うと、舌打ちと共に親指を首から下に振り下ろす。
「うっ、うむ…。」
子爵の額に、汗が滲んでいる。
恐らく、あれは冷や汗だろう。何でだかわからないが、俺にも冷や汗が流れたような気がした…。ガクブル…。
皆で、仲良く?食事を済ませた後、子爵とカナを見送りに村はずれまでやって来た。
「それでは、世話になったな。グナイスト卿。マリア嬢。」
「グランネル子爵。お気をつけて、お帰り下さい。」
「そんな事は、御座いません。またお越しくださいね。子爵様。」
「うむ。」
「でも!ヴェルは、お婿になんか行かせませんから!」
「何じゃと!?それを言うなら、カナも嫁には出さんわい!」
まだ、やってるのか…。もう、聞き飽きたよ。いい加減、帰れよ。
「ヴェル君。」
「ん?」
「お手紙書くからね。」
「うん。」
寂しそうなカナに、返事を返す。
「ちゃんと、返事返してよ?」
疑り深いな。
「うん。」
「本当にだよ?」
わかってるって。返事を返さないと、心配の手紙が何通も来そうだ。
「うん。」
「本当の本当にだよ?」
絶対に返すから…。
「うんうん。」
「本当の本当の本当にだよ?」
分かったってば…。しつこいな…。
「うん。」
「本当の本当の…。」
アー!
「わかったから、ちゃんと返事を返すから。」
執拗なまでの問いかけに耐えかねた俺は、カナの言葉を遮って返事を返した。
だって、終わらない気がするんだもん。何処まで行くの?って聞かれたら、エンドレスだよって答えると思う。
「うん。…それとね…。」
「ん?」
「これ、ありがとう。お守りにするね。」
そう言って、胸元から俺があげたペンダントを見せる。
「おう。大切にしてくれな。カナ。」
「うん。」
満面の笑みで返事を返すカナ。
やっぱり、美少女の笑顔はいいな。癒されるよ。
特に…、マリアと子爵のやり取りを聞いた後では、尚更だった。
「ヴェルナルド君。」
カナの笑顔に癒されてた俺の肩に、子爵の右手が重く圧し掛かる。
思わず、ビクッとしちゃったよ。
「はい。子爵様。」
「カナを…、いや、またいずれ会おう。」
え?嫌だよ…。もう、会いたくなんかないよ。とっとと帰れよ。って言うか、カナが何だよ?最後まで言えよ…。気になるな。
「はい。子爵様。お気をつけて…。」
「ヴェル君、元気でね。」
「うん。カナも元気でね。」
少し寂しそうだったけど、カナは笑顔だった。だから、俺も笑顔で返した。
「魔法の勉強、がんばれよ。」
「うん。見てなさい!ヴェル君を超えてやるんだからね!」
「はっはっはっ!いつでも掛かってこんかい!」
少しずつ遠ざかりながらも、会話を続ける俺とカナ。それは、声が届かなくなるまで続いた。そして、姿が見えなくなってから家に向けて歩き出した。
「ヴェル。」
ニヤニヤしながら呼びかけてくるセドリック。
「何ですか?父様。」
何となく、いじられるのを感じた俺は不愉快に言葉を返した。
「何だよ。カナちゃんがいなくなって、機嫌が悪いのか?寂しくなっちゃたの、カナ?」
五月蠅い、黙れ。最後のカナは、カナに懸けたな?この野郎…。いい度胸だ。仕返ししてやる。
「母様、父様が虐めるんです。」
母様に、縋るように泣きついた。勿論、芝居だ。最終兵器おかんだ!
「ちょ、おま…。」「あ・な・た?」
マリアの冷たい視線がセドリックを襲う。セドリックの額には大量の汗が流れ始めた。
ふん。いい気味だ。
「いっ、いや、これは違うんだ。ヴェルに元気を出してほしくてだな。」
元々、元気ですよ。貴方がいじるまではね…。
「庭の草むしり、薪割り、食材の調達、ああ、そうそう、ホーンラビットのお肉が食べたいわ~。」
「えっ、ちょ、そんなには、無理…。」
セドリックの顔は、青ざめていた。
庭の草むしり、薪割り、食材の調達(主に野菜)、それとホーンラビットの肉を手に入れる為に狩りに行く。それだけでも、半日以上掛かるのに、領主の仕事もあるのだ。無理だろう…。
「…何か?」
しかし、マリアの冷たい眼差しと、強要にも似たお言葉が、それを許さない。
「いえ…、行ってきます。」
「はい。行ってらっしゃい。」
トボトボと歩き出すセドリックに、マリアが追い打ちを掛ける。
「駆け足!」
「はいっ!」
そして、『ヴェル~、覚えてろ~』と悪役顔負けなセリフを残して、走り出すセドリック。
悪役か!?お前は、雑魚キャラ特有の悪役キャラなのか!?と心の中で突っ込んでおいた。頑張れ、セドリック。負けるな、セドリック。
「さあ、ヴェル。帰りましょう。」
「はい。母様。」
やっぱり、母様は最強だと思う。魔神ですら、屈服させられそうだ。だから、絶対に怒らせてはいけないのだ。
グナイスト家は、母様がいる限り、いや、母様が手綱を握っている限り、一生安泰だ。
「今日も、平和ね~。ヴェル。」
「そうですね。」
父様以外はな…。でも、父様もあれはあれで、楽しんでやっているようだと思う。走り際、笑っていたからな…。新しい扉でも開いたか?いや、考えるのは止めておこう。心の平和の為に…。