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109   会議その1

 女王と重臣たちとの会議の刻限が近づいた来たエルフの国の森の中、ヴェルとシャーリーは連れだって歩いていた。


「なあシャーリー、いい加減機嫌を直してくれないか?」

「別に、怒ってなんかいませんよ」


 女王との同衾事件の誤解は何とか解く事は出来たが、未だに仲直りできてはいなかった。

 事の発端は、女王が仕掛けてきた事だとシャーリーも理解はしていたが、それを受け入れていたヴェルにも非がある事は明白だった為、シャーリーは怒っているのだ。

 口八丁手八丁、あの手この手で何とか誤解を解こうと苦心し、最後は土下座で平謝りして漸く誤解を解く事には成功はしたものの、シャーリーの機嫌までは直せずにいた。

 そもそも、何故シャーリーが不機嫌になるの?とヴェルも疑問を感じてはいたが、もう一つの誤解をさせたままである事をすっかり忘れているヴェルだった。


「あれは本当に誤解何だってば……」

「それは分かりましたって言ってるじゃないですか」

「じゃ、何を怒ってるんだよ?」

「別に、怒ってなんかいません。フンっ!」


 怒ってはいないと言いつつも、そっぽを向いてしまうシャーリー。

 自分が行為を寄せている相手が、自分以外の女性と何の抵抗もなく同衾し、受け入れていたのだ。決していい感情を抱くはずがない。

 しかも、その相手が自分の母親なら尚更だ。

 しかし、そんなシャーリーの乙女心を理解できるほど、ヴェルは女慣れもしていない。

 そうこうしている内に女王の屋敷に到着した。


「ほら、着きましたよ」

「ああ、うん……」


 女心は謎だ、と理解に苦しみつつ、頷いた。

 エルフの国、引いてはエルフの種の存続が掛かった重要な会議だ、と頭を切り替えて、女王の間へと歩を進める。


「失礼します」

「遅くなりました」


 不機嫌なシャーリーに続いて、頭を切り替えたヴェルが続いて女王の間へと入る。


「時間どおりです。それでは、始めましょうか」


 女王の号令の元、会議が始まった。


「女王、儂は納得できません」


 最初に口を開いたのはモンロウさんだった。


「何がです?」

「人間との戦争なのですぞ?それなのに人間の手を借りるとは……。しかも、この何処ぞの馬の骨とも分からん小僧っ子の力を、だ」


 キッと睨み、言い放つモンロウさん。

 まだ怒っていたのか、モンロウさん、と思いつつ、何故怒っているのかを思い出したヴェルは、はっとした。


 ――やばいっ!まだ、誤解を解いていなかった!


 シャーリーの父親であるモンロウさんの前でシャーリーと抱きしめ合い、尚且つ、告白めいた事を言ってしまった事を誤解させたままであると気付いたが、もう遅い。

 会議は始まっているのだ。此処で、私情を挟んで会議を滞らせる訳にはいかない。

 後で誤解を解いておこうと考えていると、女王が答える。


「何処の馬の骨とは、聞き捨てなりませんね。ヴェルナルド伯はアルネイ王国の伯爵、出自ははっきりしているではありませんか」

「うぐっ、しかし……しかしですぞ、この小僧はシャーリーを誑かした張本人ですぞ!?」


 おいっ!会議に私情を持ち込むな、と内心で突っ込みを入れつつ、沈黙する

 ここで反論してしまえば、自体は更に悪化するからだ。


「それが、どうかしましたか?」

「それがって、自分の娘を心配しない親がおるか!」


 女王の返事に顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。

 ここが、会議の場である事を忘れているかのように、全身を震わせている。相当、頭に血が上っているようだ。


 ――不味いな……。これでは、会議どころではない。


 しかし、ここで弁明をしても、怒らせるだけだ、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。


「あら、いいじゃありませんか。女王の娘とアルネイ王国の伯爵との婚姻は喜ばしい事でしょう?」

「シャーリーは政略結婚の道具ではないっ!」

「誰が政略結婚といいました?それに、シャーリーも満更でもないようですし、娘の恋心を応援して何が悪いのです?」

「反対だ!儂は絶対に認めんっ!」

「お父さん!お母さん!もう止めてよっ!」


 顔を真っ赤に染めて、止めに入るシャーリー。

 それもその筈である。エルフの存亡を懸けた重要な会議の席で、離婚はしているが自分の両親が喧嘩をしているのだ。恥ずかしくて堪らないのだろう。

 まあ、原因を作ったのはヴェルなのだが……。


「私が、誰を好きになろうと関係ないじゃないっ!ほっといてよっ!」


 自分の両親とエルフの国の重臣たちとの前で盛大に告白してしまった事に気付き、夕日よりも真っ赤に染め上げた表情でへなへなと座り込む。

 顔から蒸気が出る人を初めて見た、とヴェルは内心で思いつつ、シャーリーに視線を向けているとシャーリーと視線が合った。

 その瞬間、直ぐに視線は逸らされてしまうが、もじもじし始めるシャーリーを愛おしく思い始める。


「シャーリー!考え直せ!この小僧のどこがいいんじゃ!?」

「モンロウっ!止めんかっ!」


 見るに見かねてか、重臣の一人と思しき老齢のエルフが口を挟む。


「しかしっ!」

「ここを何処と心得る?今は会議の最中じゃ、邪魔をするなら出て行くがよい」

「うぐっ、分かり、ました」


 老齢のエルフの言葉に冷静さを欠いていた事に気付き座り込むが、一瞬鬼の形相でヴェルを睨む。


「ほっほっほっ、それでよい。ヴェルナルド伯、申し訳ない。我らエルフも種の存続が掛かって、動揺しておるのじゃろう。忘れて下され」

「いえ、お気持ちは分かります。お気になさらずに……」


 老齢のエルフの謝罪とヴェルの返答の後、場に重い空気が圧し掛かる。


「では、会議を続けましょう」


 しかし、そんな事も気にせずに女王は会議を続かせる。


「此度のバーナム王国の侵攻はヴェルナルド伯の加勢にて勝利を掴む事が出来ましたが、再度侵攻してくるものと考えられます。そこで、」


 老齢のエルフが一拍を置いて、その場に居るの全員を見渡して続ける。


「そこで問題なのはどう撃退するか、じゃが、策のある者はおるか?」

「「「「「……」」」」」


 重臣たちは、これと言った策を思いつかず黙り込んでいる。

 それもその筈だ。全体の種族数による圧倒的な兵力差、さらには強力な威力を持つ大砲を所持している軍事力の高さをそう簡単に覆す事は容易ではない。

 仮に地の利を生かして森の中で戦おうにも、相手は中遠距離に絶対的威力を持つ大砲を所持しているのだ。圧倒的不利な状況下、森の外で戦う以外選択肢はない。

 更に言えば、森の外での戦闘は圧倒的兵力差により、包囲殲滅されるのがオチだ。これを覆し、勝利に導く策が出てくる筈もない。


「「「「「……」」」」」


 ヴェルは、静かに重臣たちの言葉が紡ぎ出されるまで、そっと瞳を閉ざして鎮座する。

 どれぐらい沈黙が部屋を訪れただろうか?十分?三十分?いや、一時間だろうか?実際には五分と経ってはいないが、その場の重い空気がやけに体感時間を長く感じさせる。


「ヴェルナルド伯」


 しかし、沈黙を破ったのは、またしても女王だった。

 静まり返った重い空気が弾ける瞬間だった。

 ヴェルは突然の呼びかけにも動じずに瞳を開き、返事を返す。


「何でしょうか?」

「ヴェルナルド伯は、如何にお考えでしょうか?」

「……質問を返すようですが、よろしいでしょうか?」


 女王の質問には答えず、質問を返す。

 ヴェルにはどうしても聞いておかなければならない事があるからだ。

 エルフの国について、情報が足りないのだ。


「如何様にでも……」

「まず、エルフの国が動員できる最大戦力と最大兵数、それとエルフの国とバーナム王国を繋ぐ街道はどこにどれだけあるのか、そして、俺の指示に従うか否かを……」

「なっ!貴様っ!我らが国を私物化しようと言うのか!?」


 ヴェルの質問に対して、言葉を発したのはモンロウさんだった。


「違います。この質問の理由は三つあります」

「何だと?」


 まだ冷静さを取り戻していないのか、睨みながら答えている。


「先ず一つ目は、俺はエルフの国の事について何も知らないと言う事。知らなければ策を立てる以前の問題だ。そして二つ目、エルフの種族数と人間種としての種族数による兵力差は明らかだ。兵力差が多ければ多い程、敵は複数の道から進行してくるでしょう。そして最後に、俺なら策を用意できるからです」

「いいでしょう。お答えします」

「しかし、女王!」

「お黙りなさい!」

「っ!」


 女王の鋭い視線と静かであるが、怒りの籠った剣幕に押されて、モンロウさんは怯んでいる。


「モンロウ、先ほどから聞いていれば礼を欠いていますよ。」

「しかし、」

「先の戦いでは、我々エルフを救って頂いた客人に対して何ですかその物のいいようは?」

「うぐっ!」

「謝罪なさい」

「……」

「謝罪なさいっ!」

「……分かりました」


 女王に諭されたモンロウさんは、ヴェルに向き直り謝罪の意を表す。


「先ほどからの無礼、平にお許し下さい」


 謝罪の言葉とは裏腹に、全身を力ませている。

 まるで、子供が親に怒られて謝罪している様だった。

 モンロウさんからしてみれば、自分の愛娘を垂らし込んだと思い込んでいる相手に謝罪をしたくはないんだろうな、と内心で理解しつつ、「謝罪を受け入れます。どうかお顔をお上げください」と謝罪の言葉を受け入れるのだった。


「しかし、女王。女王は何故にそこまでしてヴェルナルド伯に肩入れするのですか?」


 老齢のエルフの言葉だった。

 確かに言われてみれば、女王がヴェルに対しての肩の入れようは異常だ、と重臣たちの脳裏に疑問が浮かび上がっていた。


「ヴェルナルド伯は、先の戦いでの恩人であり、更にはアルネイ王国の内乱をその知恵を持って鎮めた程の知者。協力を仰ぐのは必然でしょう?」

「しかし、それだけでは我々も納得がいきません」

「そうです。他国の貴族に我らの国の内情を教える道理はない筈です」

「「「そうだ、そうだ」」」


 老齢のエルフの疑問に他の重臣たちも賛同する。


「ならば、答えましょう。ヴェルナルド伯は、我らが盟主アルフォード様の意思を受け継ぎしお方だからです」

「「「「「っ!」」」」」


 女王の答えに、老齢のエルフを始めとする重臣たちに動揺が走る。

 それは、モンロウさんも同じだった。


「なっ、なっ、なっ、ほ、本当にアルフォード様の、いっ、意思を?」

「間違いありません」

「信じられんっ!何か証拠は?証拠はあるのか?」


 モンロウさんは、女王に食い入るように問いただす。


「ヴェルナルド伯。証拠をお持ちですか?」

「……証拠、ですか?」

「そうじゃ!お主が本当にアルフォード様の意思を受け継ぎし者なら証拠を持っている筈!見せてみよ!」


 モンロウさんは、ヴェルに詰めかけるように問いただす。


 ――近い近い近い近い。唾が凄い飛んでくるから離れてくれ……。


 あと、凄まないで、と内心で思いつつも、何か証拠になる様な物を考える。


「証拠、っと言っても、師匠から貰った物は、この魔法の袋と魔導書ぐらいですかね?」


 そう言って、アルフォードから託された魔法の袋と魔導書を取り出して見せる。


「「「「「っ!」」」」」

「やはり、お持ちでしたか」

「え?何をです?」


 魔法の袋と魔導書が証拠になるのか?と疑問を受けべていると女王は魔導書を丁寧に持ち上げて答える。


「この魔導書に刻み込まれた刻印は、我らが主、アルフォード様の紋様なのです」


 ――え?これが?魔法陣だとばかり思っていたけど、これが師匠の紋様だったのか……。


 女王は静かに魔導書をヴェルに手渡すと、姿勢を正し平服した。

 それを見ていた他の重臣たちも遅れて平服していく。


「なっ!止めて下さい、女王陛下!」

「どうか、どうかエルフの国をお救い下さい。伏してお願い申し上げます」

「「「「「お願い申し上げます」」」」」

「わっ、分かりましたから、元からそのつもりで此処に来てるんで、あの、だから止めて下さい」


 まさか魔導書に刻み込まれた刻印が師匠の紋様であり、エルフにここまでの敬意を込められるとは露にも思っていなかったヴェルは、驚きで慌て始める。


「ありがとうございます」

「い、いえ……」


 何故か女王の表情には、肩の荷が下りたかのように晴れ晴れとした表情だった。


「我らエルフ一同、ヴェルナルド伯にお仕えする事を此処に誓います」

「「「「「誓います」」」」」


 何で!?と心の中で突っ込みを入れつつ、頭の中が真っ白になっていくヴェルだった。

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