107 信頼の理由
お待たせしました。
「うっ、また此処を通るのか……」
遺跡最奥部から戻る道は一つしかない。つまりは、来た時に通った道を戻るしかない。
ヴェルは守護者たちと戦った時の事を思い出していた。
アイアンゴーレム、ミスリルゴーレム、オリハルコンゴーレム、そして粘々した100体を超すスライムたち……。
倒したゴーレムたちの残骸は資源の再利用を考えてきっちり回収していたのだが、スライムたちは放置していたのだ。
あの粘々としたスライムたちの残骸、さして使い道も思いつかず、触るのも気が引けたからだ。
100体を超すスライムたちの残骸は部屋一面に飛び散っている為、あまり通りたくはない。寧ろ、避けて通れるのなら避けて通りたいのだ。
しかし、道は一つしかない。「よしっ!」と両頬を軽く叩き、覚悟を決めてスライムたちの残骸が残された部屋に足を踏み入れた。
「……何だと……」
部屋に蠢く粘々としたスライムたち、その数100体以上がお出迎えしていた。
先程、スライムたちを倒し、部屋を出てから戻るまでの僅かな時間の間に、見事に復活をしているスライムたちを見て、驚愕と戦慄がヴェルを襲う。
いや、復活しているとは語弊がある。倒したスライムたちの残骸はそのまま部屋に残されたままである。
つまりは、新たに召喚されたスライムであると決定づけられた。
その証拠に、床一面に刻み込まれた魔法陣は怪しく光り輝き、その中から新たにスライムが生み出されていた。
「何で!?何で!?何で!?」と連呼を繰り返しながら、迫りくるスライムたちに攻撃を繰り出す。
スライムたちは、ヴェルの攻撃に次々と飛散し、新たな残骸を部屋に築いていく。
――あの魔法陣がやっかいだな
そう思いながら最後の一体を弾け飛ばす。
自分の置かれた状況よりも、魔法陣に興味が沸いた所為なのか、全身にも飛散したスライムの残骸を気にも留めずに魔法陣を調べ出す。
――これはっ!
魔法陣は地脈から魔力を少しづつ蓄えながら、内包された魔力によって100体を超えるまでスライムを創造し続ける仕様になっていた。
更には、魔法陣に刻み込まれた文字が、部屋を守護せよと命じている様だった。
こんな物をいつまでも放置している訳にはいかないと考えている内にも、新たなスライムが想像されていく。
「上等だ!はぁぁぁぁぁぁ!」
右拳に凄まじく凝縮された魔力を魔法陣目掛けて繰り出すと同時に、凝縮された魔力を一気に解き放つ。
ズドンともズガンとも聞き取れる衝撃音と共に、床に刻み込まれた魔法陣とスライムは粉々に砕けて陥没する。
「これでよしっ!」
どことなく満足気に笑顔を見せながら部屋を去って行った。
遺跡入り口まで戻って来たヴェルは、忍者屋敷の回転扉を思わせる扉に手を掛けて女王の間に戻って来た。
「只今戻りました」
「お帰りなさいませ。ヴェルナルド伯」
ヴェルの帰還の挨拶に、三つ指を付いてお出迎えしている女王陛下が鎮座していた。
見るからに古風な和服美人、とてもエルフの女王だとは思えないな、と内心では思ったが、金髪と尖った長い耳がやっぱりエルフなんだな、とも思う。
――相変わらず、うなじの綺麗な人だ
美人のうなじを、ついまじまじと見つめてしまうヴェルに「どうかされましたか?」と尋ねられた事に、視線を読まれたのではないかとドキッとして「いえ、何でもありません」と視線を逸らしてしまう。
「そうですか?ふふっ」と笑う女王陛下に大人の女性としての余裕を感じ、ついつい見入ってしまいそうになる。
「それで、目的の物は手に入りましたか?」
「ええ、遺跡最奥部にありました」
「それは、よう御座いました。しかし、それは大き過ぎる力。使い方を間違えると身を滅ぼす事になるかもしれません」
遺跡最奥部で兵器を手に入れたと聞いた女王は安堵しつつも、真剣な表情で警告する。
「……肝に銘じておきます」
「はい。よしなにお願いします」
「それで、遺跡に潜っている間にバーナム王国軍の動きはありましたか?」
「いえ、間者を放ってはいますが、未だ何も……」
情報は命だ。
エルフ滅亡の危機に陥っては、警戒を強める意味でもバーナム王国軍の動きを探っておかなければならない。
女王も、それは分かっているようだ。
しかし、間者からの報告がない以上、特に目立った動きがないか、捕らえられている可能性もある。
一概に、全てを信用する事は出来ない。
「そう、ですか。今後の方針を話し合う必要があると思うんですが、よろしいですか?」
「ええ、そうですね。しかし……」
真剣な面持ちで、女王は言葉を遮る。
「しかし?」
何だ?何か問題でもあるのか?と思った矢先、きゅるるるると可愛らしい音がした。
何の音だ?と音の発生源を特定しようとした時、女王の頬に赤みが差していた。
「お、お腹も空いてきましたので、あの、お、お食事に致しましょう」
両手を頬に添え、恥ずかしそうにしている女王。
部屋の外を見れば、夜も白み始めている。
寝ずに、ずっと帰りを待っていたのだろう。
そう言えば前世での世界で、古風な女性は亭主の帰りを寝ずに待っている、と聞いた事があったなとヴェルは思い出していた。
エルフではあるが、和服が似合う慎ましい女性像に好感を抱くヴェル。
「そうですね、俺もお腹が空きました。食事にしましょうか」
笑顔でそう答えると二人っきりの室内に笑い声が木霊した。
――可愛らしい人だ
女王の後に続いて歩くヴェルは、そう思ったのだった。
女王自らが調理した料理を頂いた後、湯のみで茶を啜る女王とヴェル。
女王が用意した食事は、ほかほかに炊きあげられた米、山菜をふんだんに使われた煮物、豆腐に味噌汁だった。
まさか、ここで日本食を味わえるとは夢にも思っていなかったヴェルは、感激で涙を流しながら一口一口を味わうかの如く食していたのだった。
日本家屋、日本庭園、和服とくれば、日本食が出て来ても可笑しくはない状況だが、此処はエルフの国である。
ますますエルフと言う種族が分からなくなる一方で、それと同時に親近感を強めるヴェルであった。
「ふう、満腹です」
「お粗末様でした」
「いえ、全然ご馳走でした」
「ありがとう御座います」
「昔を思い出します」
「……昔、ですか?」
女王の返答にしまった、と前世の記憶を思い出して呟いた事に気付いた。
「い、いえ、実家は片田舎の出ですので、山菜の煮物によく似た食べ物もあったのです」
「そうですか」
咄嗟の言い訳にも似た言葉に女王は微笑みを浮かべて答えている。
「ええ、そうですとも……」
誤魔化せたのかな?と内心ではヒヤヒヤしているが、後に言葉が続かず、シンとした室内に変な空気が漂い始める。
しかし、そんな室内の空気を破ったのは女王だった。
「それで、」
女王が一拍を置いて言葉を続ける。
「兵器を手に入れたヴェルナルド伯は、これからどうしようと言うのです?」
室内に新たな話題が生まれた事で、内心ではホッとしつつも真面目な話を始める。
「勿論、エルフの国を救う為に使います」
「それは、シャーリーの為ですか?」
何故、ここでシャーリーの名前が?とは思いつつも、本音を話そうとするヴェル。
「それもあります」
「他にも理由があると?」
「はい」
「お聞きしてもよろしいですか?」
「勿論です。俺は、生まれた時からある夢を見るのです」
「夢、ですか?」
「そうです。その夢には魔王の様な人物と戦い、そして殺される夢です」
それで?と頷き返す女王。
「何度も何度も同じ夢を見る俺は思いました。これは未来に起きる出来事、予知夢ではなかろうかと。」
「……」
女王は瞳を閉ざし、聞き入っている。
「そんな中、ある事件に巻き込まれた」
「アルネイ王国の内乱、ですね?」
「そうです。あの戦いの裏には魔王の配下の者が糸を引いていました」
「っ!それは、確かなのですか?」
「残念ながら、真実です」
「……」
「そして、バーナム王国軍の中にも魔族がいました。これは偶然ではなく、必然なのだと理解しました。これまでの俺は、心のどこかで嘘であって欲しいと願いつつも、夢の出来事に抗う為に戦い、必死に生きてきました。」
「……」
「状況が理解に変わり、理解が確信に変わる様に俺も覚悟を決めました。これもシャーリーのお陰ですね」
シャーリーの笑顔を思い出すと同時に、エルフの国を救ってくれと懇願して来た時の表情を思い出した。
――シャーリーを泣かしちゃだめだ。
「あの子のお陰ですか?」
「シャーリーが救ってくれと頼んで来たからこそ、今此処に俺がいます。恐らく、これが俺の宿命であると言う様にね。だからこそ、俺は戦います。エルフの国を救って見せます」
「……分かりました。全て、ヴェルナルド伯を信用してお任せします。いえ、お願い致します」
「ありがとうございます。……でも、いいんですか?そんなに簡単に俺を信用して……」
「はい」
即答だった。
女王の透き通るような美しい声に、たった二文字の短い返事には強い意思を感じられた。
「それは、ありがとうございます。……理由をお聞きしても?」
「理由は二つあります。その前に、お伺いしたい事が御座います」
「?何でしょうか?」
「もしやと思いますが、ヴェルナルド伯は我らが主、アルフォード様と何かご関係がおありのように見受けられますが?」
よく気付いたな、と同時に何故分かった、と疑念を持つが正直に答える。
「アルフォードは、俺の魔法の師匠です」
「やはり」
「やはり?」
何だ?どこでバレた?と思いつつ、聞き返す。
「我らが主は仰いました。いずれ、僕の意思を受け継ぐ者が訪れる。その時は、その者を助けてやってくれ、と。これが一つ目の理由です」
「師匠がそんな事を……」
師匠は何かを予期していたのだろうか?と頭を過り、続いて、だから俺の元に現れたのかな?と思った。
「ええ。そして二つ目の理由は……」
女王が二つ目の理由を一拍置く。
一つ目の理由で師匠の名前が出た事の驚きからだろうか、緊張してゴクリと喉を鳴らし、言葉を待つ。
どんな理由なのだろうか?と緊張の汗が流れ始める。
「シャーリーが信じたからですね」
ガクッとズッコケた。
シャーリーかよ!と突っ込みを入れたがったが、満面の笑顔で答える女王に惚れ惚れしさと可愛らしさを感じて何も言えなかった。
大人の色香を纏う仕草にシャーリーと甲乙付けがたい程の美女かと思えば、茶目っ気もあるギャップに心を動かされそうになるヴェルは、必死に高鳴る鼓動を抑えるのだった。
いつも読んでい頂いてありがとうございます。これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。




