11 女性は偉大で強大だ
声を荒げて、怒鳴る子爵。そして、何やらぶつぶつと呟いている。
あっ、何か不味い気がする…。
「氷柱砲弾!」
「光の領域!」
咄嗟に結界を張ったお陰で、子爵の攻撃魔法を防いだ。
どうやら、嫌な予感が当たったようだ。
「ちょっ、ちょっと子爵様。止めてください。」
「儂の可愛いカナリエに、何してけつかるんじゃー!」
何してけつかるって…、子爵様。言葉が汚いよ。って言うか、落ち着いてください。
「氷柱砲弾!」
俺の言葉に聞く耳を持たないと、攻撃を続けてくる子爵。
カナの事を、かなり溺愛しているようだ。怒りが、まったく治まらないみたい。
「ちょっと、お爺様。止めてください。僕が悪いの。僕がヴェル君に抱き着いたの!」
カナの言葉に、子爵は動きを止めた。
カナの言葉なら、止まるのね…。
「なっ、何じゃと?カナが抱き着いたじゃと?」
「うん。そうだよ。だから、落ち着いてください。」
ぷるぷると体全体を揺らし始める子爵。
「カナリエを誑かしおったなー!」
そして、ぶつぶつと呟いた。
あっ、こらあかん…。あれ、詠唱だ。しかも、上級クラス…。怒りが頂点に達している気がする。
「大爆発!」
子爵の右手から放たれる上級火属性魔法。先程、俺が放った大爆発よりも、威力が勝っているであろう魔力が込められていた。
「聖なる領域!」
だがしかし、俺も素直に攻撃魔法を喰らってやるほど優しくはない。
子爵の上級攻撃魔法を、同じく上級結界魔法で防ぐ。轟音と共に土煙を巻き上げ、周囲の視界を暗闇へと誘う。
「どうじゃ!?やったか!?」
子爵の怒りを含んだ言葉を区切りに、土煙は晴れていく。そして、その場に残るは、上級攻撃魔法をびくともしない結界と、何事もなかったかのように佇む俺だった。
「なっ、何!?」
子爵は驚愕していた。
それも、その筈だ。怒りに我を忘れていたとはいえ、かなりの魔力を込めたであろう上級攻撃魔法を受けた俺が、平然としていたのだから…。
俺は5歳と言えど、偉大なる大魔法使いアルフォードの教えを受けた魔法使いだ。それに…、母様が言うように、本当に魔法の天才であるならば、これぐらいの攻撃魔法を防げないわけはない。もし、防げないのであれば、師匠が割って入っただろう。しかし、それをしなかったのは、俺が防げると確信があったからなのだろう。
最も…、魔力は使い果たす勢いでなくなったけど…。
「もう、止めてください。子爵様。話を聞いてください。」
「話、じゃと?」
「そうです。カナが、俺に抱き着いた理由を…。」
「ならば、話してみよ。」
「では、お話します。」
「待って、ヴェル君。僕が話すよ。」
子爵に事情を話そうとしたところで、カナが割って入った。
「わかった。任せるよ。」
「うん。」
そう言って、カナは子爵に向き直る。
「お爺様。」
「何じゃ?」
「僕は、悔しかった。」
「悔しかった、じゃと?何を言っているのじゃ?」
「お爺様は、王宮の筆頭魔法士。すごい魔法使いで、僕の憧れる魔法使いでした。」
「でした、じゃと?」
「うん。僕は、王宮筆頭魔法士の孫でありながら、魔法が使えません。それでも…、必死に魔法が使えるように頑張ってきました。でも、お爺様は言ったよね?いずれ、使えるようになるって。」
「そうじゃったな。」
「でも、僕は気付いてしまった。お爺様が残念そうな顔をするのを…。」
「それは…。」
「だから、僕は悔しかった。いつか、お爺様を超える魔法使いになるって夢があったから…。でも、現実は違った。あれ以来、お爺様は魔法を教えようとはしなかった。」
「…。」
「でも、ヴェル君は違った。私の悩みを聞いてくれて、魔法が使えない事がわかっても、何とかして魔法が使えるようになるには、どうしたらいいか考えてくれた。」
「…。」
「ねえ、お爺様。これ、見て。」
そう言って、何やらぶつぶつと呟き始めるカナ。
「何をじゃ?」
子爵は、カナをじっと見つめながら聞き返す。
何をしようとしているのか分かっていないようだ。しかし、俺は知っている。カナが何をしようとしているのかを…。それは、魔法だ。カナは詠唱して、魔法を発動させようとしているのだ。自分の愛する家族に、大好きなお爺様に、魔法が使えるようになった事を見せるために…。
「火弾!」
カナの右手から放たれた、火属性初級攻撃魔法、火弾。それは、子爵の頭上を大きく飛び越えて、俺の傍にあった木の枝を圧し折る。
威力は、決して強くはない。木の枝を圧し折るのが、やっとの魔法だった。しかし、それでも魔法は魔法だ。子爵の心を驚かせるには、十分だった。
「おお…。カナが…、カナが魔法を…。」
「うん。そうだよ。僕が魔法を使ったんだ。魔法使いになれたんだよ。」
よっぽど、嬉しかったんだろう。
カナも子爵も、目から大粒の涙を流していた。
「カナ。」
「お爺様。」
そして、お互いを呼び合って、抱きしめ合っていた。
「だからね、お爺様。」
子爵と抱き合っていたカナが、急に駆け出して俺の方にやってくる。
そして、俺の腕を取って抱き着き…、こう言い放つ。
「ヴェル君のお嫁さんになる!」
「「「なん(じゃとー!)(でよー!)だってー!」」」
驚いて声を上げたのは、俺だけじゃなかった。グランネル子爵とマリアもだった。
いや、子爵は分かるとして、何で母様もおどろいているのよ?
「「カナは、お嫁には出さんぞー!「ヴェルは、お婿になんか出さないわー!」」
綺麗にハモリやがった瞬間だった。
おい!子爵の気持ちは分かる。どこの馬の骨ともわからない男に、娘を嫁になどやれるかの気分なんだろう。しかし、母様は何でよ?一応、グナイスト家の跡取り息子として、婿には出せないという意味だろうか?
「ちょっと、子爵!どういう事よ!?ヴェルをお婿に出すって、どういう事よ。」
子爵に、掴みかかる騎士爵家夫人。
いや、言ってないから…。そんな事、誰も言ってないから…。
「ええい、離さんか!カナを嫁に貰うって、どういう事じゃ!?」
騎士爵家夫人に、掴みかかる子爵。
それも、言ってないから。いや、言い出したのはカナか…。
「あ゛あ゛!?」
いや、母様…。あ゛あ゛!?って…、騎士爵婦人としての上品な言葉遣いをして下さい。まじで、お願いします。子爵もガクブルしてるじゃないですか…。目が、怖いよ。父様も恐慌状態に陥ってるし…。師匠は、何やら楽しそうに眺めてるし…。ここは、クーリエに助けを求めよう。
そう思って、クーリエに視線を送るが、首を横に振っている。
クーリエも無理らしい…。じゃ、どうしろと?誰が収拾付けるのよ?俺か?俺がやるのか?嫌だよ。何で危険を冒してまで、火中の栗を拾わなきゃならないんだよ。ちょっと頼むよ…。
「にしし。」
いや、カナ…。にしし、じゃないよ。何、笑ってるんだよ…。何とかしろよ。
「ねえ、ヴェル君。」
「…何だよ?カナ。」
「今日は、僕が魔法を使えた記念に、ヴェル君が身に着けている物をくれない?」
「俺が、身に着けている物?」
「うん。お願い。だめかな?」
そう言いながら、目を潤ませながら上目遣いをしてくるカナ。
ぐっ…、可愛い。こんな美少女に上目遣いをされたら、抗えない…。こいつは、悪魔か?小悪魔なのか?あざとい…。非常に、あざとい…。
「わかったよ。仕方がないな。」
そう言って、父様から貰った魔獣避けの効果があるペンダントを、カナに差し出した。
「ヴェル君が付けてくれる?」
うっ…。だから、上目遣い止めろって…。瞳をウルウルさせないで…。
「わっ、わかった…。」
そう言って、了承する。
まったく…。美少女に弱い俺である。
カナを抱きしめるように、首に手を廻してペンダントを付けてやる。
「ほらっ。これで、いいだろ?」
カナの首から手を引き抜こうとした瞬間、カナの顔が近づく。そして、そっと俺の頬に口づけをしてくる。
俺は、あまりにも突然の行為に身を固めて、口づけされた頬を触る。すると、カナは満面の笑顔で…、
「ありがとう。」
だってよ…。まあ、頬ではあるが、美少女の口づけを貰って、素敵な笑顔を見れたんだ。よしとしよう。
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しかし、そこで話は終わらなかった…。
「そう言えば、子爵はヴェルに攻撃魔法を放っていたわね?」
マリアの蔑むような冷たい視線が子爵を睨む。
まだ…、やってたのか…。
「いっ、いや、それは…。」
「お黙りなさい!そこに正座!」
「はいっ!」
マリアに、脅されるように正座する子爵様。
見たくなかった…。騎士爵家夫人が、騎士爵よりも上位の子爵の老人を、正座させて叱る姿を…。
母マリアのお説教は、夜遅くまで続いたようだ…。
俺か?俺は、とっくの昔に寝たさ。カナに抱きつかれたままね…。だって…、離してくれないんだもん…。まあ、美少女に抱き着かれて、嬉しいからいいんだけどね。
でも…、人生って…何だかしょっぺえなと思う。