96 貴方の温もりに包まれて
「はい。風の精霊の力が弱まった原因とバーナム王国軍が何をしていたのかを報告する為に謁見を申し込みました。」
「原因ですか?」
「そうです。」
「一体、何があったと言うのですか?」
さっきまで楽しく笑っていた女王陛下も真剣な顔をして尋ねてきた。
真剣な表情でも美人は美人だな。エルフと呼ばれる種族は、みんな絵に描いたように美形揃いだ。芸術を思わせるほどの美女…。
シャーリーも絶世の美女と言っていいだろうが、大人の色香では女王に負けているだろう。
それは、さて置き…女王陛下の金色の瞳には吸い込まれそうになる。
不思議な人だ…。何故、着物姿なのかも疑問に思うが、立ち居振る舞いもそうだ。どことなく、日本人を思わせる。更に言えば、とてもじゃないがエルフと言う種族にはない習慣を持っている様に思えてならない。
「あの?ヴェルナルド伯爵?」
「ああ、すみません…」
報告しに来たと言うのに、他事を考えてしまった。考えるのは後にして、今は報告を優先しよう…。
「風の精霊の力が弱まった原因は、バーナム王国が原因でした」
「やはり…」
女王も薄々は感付いているようだった。
それだけバーナム王国の態度が急変した事に疑問を感じていたのだろう。
「お気づきでしたか?」
「可能性として考えてはおりました。しかし、それが何故なのかがわかってはおりませんでした」
「森の北東でバーナム王国軍が何かをしていたのはご存知でしたか?」
「何かを掘り出しているとまではわかってはおりましたが、それが何なのかまではわかってはおりませんでした」
「バーナム王国軍は地下に眠っていた大砲を掘り出していたようですね」
「大砲ですか?」
「そうです。ガガイルさんの話では、大昔ここいら辺には魔道具の研究施設があったとお聞きしました」
「ええ、一万年前…魔人大戦の時に作られた研究施設だと伝えられています」
人魔大戦…やっぱりか…。あんな威力を放つ兵器を何もない平和な世の中で作り出す必要性はない。いや、仮に他国を武力で牽制する意味でも研究が続けられて作られたとしても今の世に伝えられていないのはおかしい。
魔族との戦いで苦戦を強いられていた人族は、エルフや獣人との同盟を結んで五分五分の戦いができたと師匠は行っていた。恐らく、エルフの里で強力な兵器を開発して魔族の進行をここで防いでいたのだろう。
その開発した施設がここの地下にあるのだろう。
「その大砲を起動させるのに必要な魔力を地脈から吸収していたのが原因で風の精霊が必要とする魔力が奪われていたのです」
「そうでしたか…」
「気休めかもしれませんが安心して下さい。魔力を吸収する祭壇は破壊したので、恐らくは大丈夫かと思います」
魔力を吸収する祭壇は破壊した。恐らくは、大丈夫だろう。しかし、同じ祭壇をバーナム王国が作れるとしたら振り出しに戻るかもしれないが…。
あの祭壇はかなり高度な魔法の知識を持っていないと作れないと思う。仮に作れたとしてもすぐには無理だろう。
「…ありがとうございます。ヴェルナルド伯爵を信じます」
女王陛下は安堵した表情だった。しかし、瞳の奥には不安が残っている。ここで警戒を緩めさせるにはまだ早いのだろう。
「しかし、まだ脅威が去った訳ではありません」
「と言うと?」
「バーナム王国が魔力を吸い上げてから俺がここに来るまでの間にかなりの量の魔力を魔石に溜め込んでいる筈です。となると…」
「まだあの様な攻撃が続くと?」
「可能性はあります…。森の北東で掘り出されていた大砲については破壊しましたが、あれが全てではないように思えます」
「そうですか…」
静かに瞳を閉ざす女王…。
結界をも相殺できるほどの威力を持った大砲だ。それが、他にも存在している事の危機感がそうさせているのか、或いは対策を考えているのかわからないが女王の表情は曇っている。もし、あの大砲が複数存在しているとして、次に攻撃されたらひとたまりもないだろう。
「それともう一つお知らせしなければならない事があります」
「何でしょうか?」
「バーナム王国軍の背後にもう一つの脅威がある事がわかりました」
「もう一つの脅威?ですか?」
「はい」
「俺がエルフの国に来た理由の一つでもあります」
「…それは?」
「魔族の男の存在…」
「っ!魔族ですか?」
女王陛下は驚いていた。
それもその筈だろう…。魔族との戦いは一万年前の話だ。それまで姿を現さなかった魔族が、今になって突然現れたのだから。
「そうです。アルネイ王国の内乱があった事は知っていますね?」
「ええ…」
「あの内乱の背後にも魔族の男がいました」
「それは、本当ですか!?」
身を乗り出して聞き直す女王陛下。その表情は目を見開き、口を開け放っていた。
エルフと魔族の間に何か因縁でもあるのだろうか?
「ええ…。アルネイ王国での内乱、そして今回のバーナム王国の掌を返したような態度に近しいものがあると感じたのです」
「近しいもの?」
「アルネイ王国の内乱はベハインド公爵と現国王であるアンドリュー国王陛下との確執を利用したもの…。そして今回のバーナム王国は今まで友好関係にあったエルフの国との外交関係を破棄してまでの侵略…。俺からしてみれば急すぎるのです。最も、アルネイ王国の内乱はじっくり時間を掛けて行っていた様ですが、内乱を起こすタイミングが早すぎるのです」
「…」
「アルネイ王国で倒した魔族の男が言っていました。魔王様にこの世界を差し上げるのだと…。なら侵略を行うタイミングから見ても何かあるのではと思ったのです」
「なるほど…。それで確かめに来たと?」
「そうです。まあ、シャーリーに頼まれたと言うのもありますがね」
「そうですか…。シャーリーが…」
シャーリーが俺を連れてこなかったら、エルフの国は今頃全滅していたのかもしれない。
シャーリーをフロスト商会から救い出していなければ、俺はアルネイ王国にいただろう。そして何も知らされる事もなくエルフの国は亡ぶ。最悪の結末だ。
仮にシャーリーの頼みを断っていたとしたら、一人帰路の途中。そして帰った頃には亡んだ国を目の当たりにして泣き崩れるシャーリーが想像できる。
頼み事を聞いて、此処まで着た事は間違ってはいない。いや、寧ろエルフの国を助けれた事は僥倖だったかもしれない。まだ危険は過ぎ去っていないがね…。
女王と今後の方針について話しておこうと思う。
「確かめに来たのは正解でした。魔族の男は俺が抑えます。女王陛下には大砲の存在を知った上でバーナム王国との戦いに備えてほしいのです」
「分かりました」
バーナム王国との戦いに備えて、女王との行動方針を決めた。
俺は魔族の男を、バーナム王国軍はエルフ達が抑える。
しかし、エルフの数は圧倒的に少ない。だから、ユイをエルフ達に付けようと思う。
「それから俺の妹のユイですが、ユイは上級の魔法を扱える魔法使いであり、魔獣召喚も行える魔法使いです。ユイをバーナム王国の対応に控えさせようと思います」
「大丈夫なのですか?まだ、年端もいかない少女だとお聞きしていますが…」
「ユイなら大丈夫ですよ。まあ、俺を信じて下さい」
「…わかりました。風の精霊様を救って頂いたヴェルナルド伯爵を信じましょう」
「ありがとうございます」
大まかな、行動方針はこれで決まった。後は、その時の状況次第だな。
「それで、もう一つ…」
「まだ、何かあるのですか?」
「いえ、そう言う訳ではありませんが、お耳に入れておいた方がいいのかと思いまして…」
「何でしょうか?」
「バーナム王国軍が掘り出していた遺跡の内部で一人の少女が殺されそうになっていました」
「少女ですか?」
「少女から正確に話を聞いていないのですが、バーナム王国の姫だと思います」
「っ!それで、少女は今どいこに?」
「モンロウさんの家で匿っていますが、その子の事は俺に任せてはもらえませんか?」
だめだと言っても俺が面倒を見るけどね。正式に許可を取った方がやりやすい。
「…危険はないのですか?」
「大丈夫かと思われます。もし、信用できないのであれば森の外で匿う事にでもしますが?」
「…わかりました。その少女を助けたのはヴェルナルド伯爵です。少女の事はヴェルナルド伯爵にお任せします」
「ありがとうございます」
正式に許可を取ったし、少女と話をしてみようと思う。
女王陛下に報告を済ませた俺はモンロウさんの家に向かった。
コツコツ
ペタペタ
コツコツ
ペタペタ
「「…」」
コツコツ
ペタペタ
コツコツ
ペタペタ
「…シャーリー…」
「何も言わないで下さい…」
じゃ、何とかしてよ。鳩さん、ずっと着いて来てるよ。
「鳩さんや…」
「クルッポゥ?」
「出歩いてていいのかね?」
「クルッポウゥ!」
両翼を広げて元気一杯に返事する鳩さん。
いや、何言ってるのかわからない…。
「シャーリー、何て言ってるの?」
「…大丈夫だそうです…」
ほんとかよ!?この間まで弱ってたんじゃないのか?えらく元気だな…。
「シャーリー、本当に弱ってたのか?鳩…コホン、風の精霊様…」
「この間まで床に臥せっておいででした。」
床?今、床って言った?鳩さん、床の間で寝てるのか?巣じゃなくて?
「すごい元気そうですが?」
「魔力の供給が元に戻ったので回復されたと思います」
早えな…。遺跡潰してから、ほんの数時間だと思うけど元気そうだな。
「クルッポゥ…」
「まだ、本調子ではないみたいです」
じゃ、ちゃんと寝てろや…。いざって時に力が使えませんでしたじゃ済みませんよ?
「鳩さん…ちゃんと寝てなさい…」
「クルッポゥ…」
頭を垂れてしょげている様に見える鳩さん。元気になったら、また遊んであげるから帰りなさい。
「鳩さん、豆上げるから帰って大人しく寝てなさい…」
「クルッポゥ!」
元気一杯に返事を返す鳩さん。
仕方ないので魔法の袋から豆を取り出して餌付する。
「クルックルッポッポゥ!」
勢いよく豆を食べ始める鳩さん。
何だろう…。癒されるわぁ…。このまま抱き付いて胸辺りのもさもさしたところで顔を埋めてみたいな。柔らかそうだからさぞ気持ちがいいんだろうな。ちょっと触ってみようかな?
左手は豆を持っているので右手で鳩さんの胸元に手を置く。
モフッ
モフ?
すげぇ柔らかい!何だこれ…気持ちいい。
モフモフ…
パクパク
モフモフ
パクパク
ああ…。言い知れない、モフモフ感。犬でもない、猫でもないこの触り心地…。そう、これは真綿を詰め込んだ柔らかな人形の様な感じだ。
そして鳩さんの温かいぬくもりが心地いい。結構、体温高いのね。おっ!中に吸い込まれるぞ。
これはいいな…。抱き付いたらこのもさもさした産毛?みたいなところに包まれる。うぅ~ん…温かい…。
「ちょっと、ヴェル様!どこ行くんですか?」
「ん?」
気付いたら、鳩さんの胸元の産毛のところに吸い込まれる形で顔だけ出していた。そして、豆を食べ終えた鳩さんに巣まで持って帰られるところだった。
「うわっと…。危ない危ない…」
不思議な空間だった。
今度、お散歩に連れて行ってもらおう…。勿論、ユイも一緒だ。ユイと仲良く鳩さんの胸元で寝かせてもらおうと思う。
「だから、ヴェル様!鳩さ…風の精霊様で遊ばないで下さい!」
鳩って言った!?今、鳩って言ったよね?シャーリー、やっぱり鳩だと思ってたんじゃないか!
「シャーリー?今、鳩さんって言わなかった?」
「いっ、言ってませんよ!」
「ほんとかな~?風の精霊様って言い直さなかったかな?」
「~~~~~言ってません!」
顔を朱に染めつつ歩き出すシャーリー。
怒っちゃったよ…。
「ごめん…シャーリー待ってくれよ」
「知りませんっ!」
もう、シャーリーったら怒りんぼさんだな。
「待ってくれよぉ…」




