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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第九章・導く者のイデア
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第5話

ワルティユの監獄から救出されたレルシェル。

傷ついた身体を癒す間もなく、ルテティアでは王国軍と革命軍の決戦が始まろうとしていた。彼女はその戦いに身を投じることを決意する――。


第九章・完結!

「テオドール公! テオドール公はどこにおいでか!」

 自ら声を張り上げて王宮内を慌ただしく歩き回っているのは王妃ディアーヌである。

 ルテティアの王宮には軍部も含めて各所の責任者が集まっている。だが現在のフェルナーデで最も権力と責任を持つ者、宰相であり軍部の総帥権をもつテオドール公アドヴァンの姿はついに見当たらなかった。

 ルテティアの市街では各所で暴動が起きていた。明らかに革命軍に呼応した動きである。おそらくは革命軍と市内の活動家とは前もって密約があったのだろう。その数は時間と共に膨れ上がり、扇動された市民は――いや、日頃から積み重ねられた不満と言う火薬に火をつけられた市民は暴徒と化して爆発した。

 そんな非常事態にテオドールの姿は王宮から忽然と姿を消していた。

 ディアーヌは爪を噛み、歯ぎしりをした。

「ディアーヌ様、北壁騎士団から報告が……」

 一人の騎士が困った顔をして報告に駆け寄った。その騎士を見て、ディアーヌは嫌な予感がした。

「おそらくテオドール公だと思われる一団が、北壁を抜けて郊外に向かったと……」

 ディアーヌは予測しながらも、その報告を聞いて愕然とした。

 彼女の周りにいた官僚や高級将校たちがざわついた。

 テオドールは軍や治安維持の最高責任者でもある。その彼が権限と責任を放棄して逃亡したと言う事だった。

 ありえない――! 信じられない――!

 ディアーヌは心の中で慟哭した。周りに誰も居なかったら叫んでいたことだろう。

 権力を得、富と地位を得るのは良い。だがそれには責任と言う対価が必要だ。巨大な権力を振るう代わりに彼は有事の際に責任を果たさねばならない。それなのにだ。

 ディアーヌは怒りに肩を震わせた。

「デ、ディアーヌ様……いかがいたしましょう。街では至る所で暴動が起こっているようですが」

 軍の参謀らしき男が恐る恐るディアーヌに尋ねてきた。

 それを考えるのが軍部の、参謀の仕事ではないのか。ディアーヌはさらに怒りを重ねたが、彼女は大きく深呼吸をすると自らの心を落ち着かせた。落ち着かせようと努めた。

 ディアーヌはあたりを見渡した。将軍クラスの軍人や高級官僚がお互いの顔を見合わせたり、ディアーヌの様子を伺っているものがほとんどだ。誰もこの状況を引き継ごうとする者はいなかった。引き継げば、確実に暴動を沈めることが出来なければ責任を取らねばならなくなるだろう。

 ディアーヌはこれが我が国の現状なのだと再確認した。それは官僚時代、十分に知ったことではなかったか。ディアーヌは小さくため息をついた。

「仕方ありません。私が指揮を引き継ぎます」

 その声は冷たかった。

 その言葉に集っていた軍人や官僚たちからどよめきが起こった。その大半は安堵の声にディアーヌは感じた。

 ディアーヌは良識と知性を十分に備えていたが、軍隊の指揮の経験も知識もない。治安維持に関しても素人同然だ。その彼女が権限と責任を負わなくてはならないのは不幸だった。

「では、ディアーヌ様どういたしましょうか?」

 軍人の男が聞いた。ディアーヌはすでに気持ちを切り替えていて、本来の冷静な判断力を取り戻していた。

「状況は?」

「市街のいたるところで暴動が起こっています。各騎士団が出動してこれの対応に当たっていますが、市民の数が多く対応しきれいない状況です」

 ディアーヌは報告を聞いて腕組みをした。北壁騎士団など王都に常駐する騎士団は革命軍との決戦のために半数を引き抜かれていた。それが裏目に出たのだ。

 ルクレール候の反乱の時と似たような状況か、それ以上に悪い状況だと彼女は判断した。あの時はレルシェルが市民を説得しなんとか場を収めることが出来たが、そのレルシェルは現在戦場にあってこの場にはいない。

「近衛騎士団は?」

「健在です。念のため招集をかけてこの王宮に待機させております」

「近衛騎士団も暴動に当たらせなさい。各騎士団では数が足りないのでしょう?」

 ディアーヌの指示に軍人たちは戸惑った。

 近衛騎士団の管轄は王宮を守ることだ。ルテティアでは各騎士団の管轄を超えて活動することは長らく禁忌とされ連携に問題があった。レルシェルも北壁騎士団の領分を超えて活動を行ったときに他の騎士団とトラブルを起こしている。

 ディアーヌはため息をついた。

「今は緊急事態です。平時の理がなんの役に立ちますか!」

「し、しかし、近衛騎士団まで出動させてしまうと、この王宮は……」

 ディアーヌは怒りのこもった目でその男を見た。

「この王宮だけが無事で何の意味があると言うのですか」

 その声に反論する者はいなかった。自らの身の安全を図りたいことはわかる。だが、ディアーヌの言葉は全く正しかった。

 ディアーヌは一つ咳ばらいをした。

「ここは早急に暴動を押さえる必要があります。今、反乱軍との戦いの最中のはず、王都で何かあればそちらの戦局にも影響があるでしょう……相手は市民です。本来ならばこのようなことは許されないかと思いますが、すみやかに事態を収拾するには多少手荒なこともやむを得ないでしょう」

 ディアーヌはこの時、目的を達成するために手段を選んでいる余裕がなかった。と言うよりはそうするしか手段がなかったと言えるだろう。王都の異変が戦場に伝われば、王国軍の士気は下がり革命軍は勢いづくだろう。フィルマンやレルシェルのためにもいち早く暴動を沈める必要があった。



 この時のディアーヌの指示は事態を思わぬ方向へ進ませることになる。

 近衛騎士団はこの後王宮を出て市民たちの暴動に対応するために行動を起こした。だが近衛騎士団とルテティアの各騎士団を合わせても二千名ほどの数で、十万を越す市民に対応することはもともと不可能であった。ルテティアの人口比から考えて実に四人に一人は暴動に加わると言う未曽有の事態であった。

 革命軍の扇動と言うきっかけがあったにしろ、それだけの数の人間が大きな不満を抱えていたと言う実態の表れだった。

 対応に窮した騎士団は剣と銃を市民に向かって突きつけた。本来、市民を守るべき騎士たちの剣はその市民に向けられてしまった。それは市民たちの怒りをさらに過熱させた。

「王妃が市民に剣を向けることを許可したのだ」

 市民に捕まって私刑を受けていた騎士の一人がそう証言した。

 その言葉は瞬く間に市民の間に広がって言った。

 いままで有象無象としていた王国への憎悪は、その言葉によってディアーヌ個人への憎悪へと変わった。

 元より王妃でありながら、王を差し置いて行政に口出しをする彼女の評判は分かれるところであった。

 さまざまな憎悪を抱えた市民たちは王宮へ殺到した。

 それが正しいことなのかどうかは彼らには必要ではなかった。怒り狂った彼らには必要なのは正義ではなく、憎しみのはけ口となる生贄を捧げることだった。



「王都に行ってくれないか、リュセフィーヌ殿。無茶も危険も承知している。こうなってはしまっては、頼れるのはあなたしかいない」

 王都に上がる炎と煙を見て、フィルマンは沈痛な表情でレルシェルに向かい、そして頭を下げた。

 レルシェルはそのフィルマンを見て、次いでその王都を見た。

 彼女は唇を結ぶと意を決した。

「いえ、閣下が止めても、私は行ったでしょう」

 レルシェルはルテティアをじっと見つめたまま言った。

「あそこには私の大切な人たちがいる。いや、ルテティアに住まうすべての人が私の大切な人です。彼らを止めなければ……彼らを止められるのが私だとすれば、私は命を賭けてでもあそこに行かねばならない」

 レルシェルはそう言って、頼りない足取りで自分の馬へ跨ろうとした。

「レルシェル!」

 そこへ馬で割り込む者がいた。フェデルタだ。

 レルシェルが驚いているとフェデルタは手を差し伸べた。

「俺が乗せて行く。お前の馬では間に合わんだろう」

「私の馬術を馬鹿にするな。走るだけならお前にもひけはとらん」

「技術の問題じゃねえよ。体力の問題だ。お前、ここまでの指揮だけで限界なんじゃないのか?」

 レルシェルは口籠った。

 長きに渡る拷問と監禁によりレルシェルの体力は著しく衰え、回復はまだ途上だった。馬上にいるだけでも相当体力的に厳しいはずだ。フェデルタは彼女の家族も同様である。彼は彼女の状態を良くわかっていた。

 レルシェルは一瞬逡巡した。だがフェデルタの不器用な優しさを良く知っている彼女は微笑んで彼の手を取った。

「頼む、フェデルタ!」

 フェデルタはレルシェルを引き上げ、背に乗せた。

「リュセフィーヌ! 王妃を……オルティアナを頼む!」

 馬上のレルシェルに向かってフィルマンが叫んだ。レルシェルは力強く頷く。そしてフェデルタに体を預けた。フェデルタは背中にあるレルシェルの気配を感じると馬を王都に向けて走らせた。



 ディアーヌは王の間で佇んでいた。王の間は国王に公式に謁見をするとき使われる、王宮でもっとも王宮らしい場所だ。その解りやすい場所に彼女はいた。

 市民たちはすでに王宮を取り囲み、最後の門が開かれるのは時間の問題だった。

 彼女の周りには彼女が必要とした侍女一人と、わずかに騎士数人。それも彼女がどこかで目をかけた、個人的なつながりのある騎士たちだ。

 本来ここにいるべきはずの高級士官や官僚たちはすでにどこかへ逃げてしまった。

 これが王朝の最後と言う風景なのだ。王家は求心力を失い、最後を添い遂げようとする者はいない。滅びゆく王国と言うものはなんと悲しい末路なのだろう。それも外敵に滅ぼされるのではなく、愛すべき民によって処されるのだ。

 ディアーヌは玉座を見た。

 玉座は空席である。セリオス三世は政治闘争の末、愛する家族を失いここに座ることを拒否した。ディアーヌは三番目のセリオスの妻となり、彼に成り代わって国政を立て直そうと、国を導こうと努力した。

 足りなかった。彼女の才覚を持ってしても。この傾いた国は重すぎたのだ。

 ディアーヌは高い天井を見上げ、仰いだ。悔いがないと言えば嘘になる。

 彼女の願いは愛するセリオスとその一族がたとえ王の座から降ろされようとも、生きながらえること。そしてこの国が悪しき方向へ流れて行かないこと。そのための手は打った。

「あなたたちもお逃げなさい。市民たちは私の身柄があれば、今はそれで納得するでしょう」

 ディアーヌは僅かに残った従者たちに言った。

「まさか王妃様……」

 察しの良い侍女がディアーヌを見て行った。

 ディアーヌは微笑んで頷いた。言葉にしなかったが侍女にはディアーヌの想いが分かった。

 ディアーヌは市民の感情を一身に受けることで、セリオスや他の王国の指導者たちに憎悪が向かないようにしたのだ。また感情に方向性を与えることで、市民が王宮以外を怒りの対象外にすることでルテティア市街の被害を軽減させるようにしたのだ。

 侍女は両手を口に当て、涙を流した。

「いやです。どこにも行きません。私はディアーヌ様と共にここにいます」

 彼女は震える声で言った。だが声には強い意志の力を感じた。他の従者たちも一様に彼女に賛同して頷いた。

「馬鹿ね。私に付き合っても銀貨一枚にもなりませんよ」

 ディアーヌは困った顔をしながら、一人ではないことの心強さを感じて微笑んだ。

 しばらくして門が破られ、王宮内は乱入した市民たちで騒然となった。

 そしてとある市民の集団が王の間にたどり着く。その数は数百人にも及んだ。

 ディアーヌは静かに彼らを向かい入れた。恐怖や無念と言う感情に支配されていたが、この期に及んで醜態は晒すまいと言う矜持が彼女を支えていた。

 そのとき、銃声が二発鳴った。次いでガラス窓が激しく割られる音が続く。王の間に一体の騎馬が乱入した。

 ディアーヌも市民らも驚いてその乱入者を見た。

 それはレルシェルとフェデルタだった。

 フェデルタは戦場から驚異的な速度で馬を飛ばし、この場面に間に合わせた。フェデルタに身体を預けていたレルシェルは、まるで疾風になったかのように感じていた。

 馬を降りたレルシェルはやや頼りない足取りでディアーヌと市民たちとの間に進んだ。

 市民たちからどよめきが起こった。

 顔や身体の一部を包帯で覆っていた彼女であったが、レルシェル・デ・リュセフィーヌの姿は市民たちにもはっきりと分かった。

 英雄レルシェルは王国を裏切ってルテティアの市民を見捨てた。いや、元々改革派だった彼女は革命に通じていた。彼女はそもそも裏切ってなどいない。

 市民たちはそれぞれが聞いたレルシェルの失踪の噂を口にした。

 レルシェルは王宮の間の中央に敷かれる深い赤の絨毯の上に立った。

 彼女の身体は決して大きいほうではない。だが、その姿は否応にも注目を集める特異な存在感があった。

「ルテティアの民よ――! 我が同胞たちよ――!」

 レルシェルは大きな声で叫んだ。その声は大音量でありながら凛としており透明感に満ちていた。

 フェデルタはそれを厳しい表情で見つめた。レルシェルはもう体力の限界のはずだ。声を張ることすら苦痛を伴うだろう。それでも彼女はこの場所に立つ決意をした。フェデルタにはそれを止めることができなかった。否、止める事は彼女を否定することだった。

 レルシェルは跪いて頭を垂れた。

「まずは詫びねばならない。先だって私は貴兄らに対話の場を用意すると約束をした。だがその約束が果たされぬまま、貴兄らの怒りはこう言う形となった。私は導く者の一人として、力及ばず反省し深く謝らねばならないところだ」

 レルシェルの言葉に市民らはざわついた。レルシェル個人に関して言えば、彼女は為政者として公明正大であり、改革に関しても市民の大多数の支持を得ているところであるから、市民たちはその彼女が頭を下げることに戸惑った。

「我らに……王政に絶望し、自由主義、共和政治を理想とし、それに希望を持つのも分かる話だ。私は皆がそれを望むのであれば、それもやむなしかと思う」

 レルシェルの言葉は、市民たちに彼女が革命勢力に傾いているのかと思わせるかの内容だった。

「だが――」

 レルシェルは再び立ち上がり、強い視線で市民たちを見つめた。

「私は王国に仕える騎士として、また一個人として、例え王族に名を連ね責任ある立場であったとしても、力なき婦女子を、ディアーヌ様を暴力で処することは許さぬ。それは決して自由主義の『自由』ではないはずだ。それただの暴虐であり、貴兄らは恥を忘れたただの暴徒でしかない。もしそれが自由主義だというのなら、貴兄らの理想だと言うのなら、私は貴兄らを軽蔑する! 誇り高きルテティアの民よ! 自由とは何だ。正しきこととは何だ! この後、自由主義と共和政治の時代となるならば、貴兄らは貴兄ら自身が我らに代わり導く者とならねばならぬ! 今一度自分自身を見つめ直して欲しい!」

 市民たちはお互いの顔を見合わせた。

 彼らはそのほとんどが扇動によって動乱に加わった者がほとんどだ。だが扇動で動かされるほど市民に不満があったことも事実だ。ルテティア市街を抜けてきたレルシェルはそれを直接見てきたし、ディアーヌもそれを悟らざるを得なかった。

 唐突にレルシェルの体勢が崩れた。体力の限界だった。

「レルシェル!」

 一番先にレルシェルに駆けつけたのは意外にもディアーヌだった。

 市民たちもレルシェルが崩れ落ちたことで、それまでの怒りを忘れて心配そうに彼女の周りを囲んだ。

 そこで市民たちが見たものは、気を失ったレルシェルを抱き、肩を震わせて泣いているディアーヌだった。それは市民たちにとって意外な光景だった。

 ディアーヌは有能がゆえに、また逼迫した王国の財政の建て直しのためにとにかく効率的、最大多数の最大幸福的な方策をとることが多かった。それは時として冷徹な判断となり情のない判断ともっていた。ゆえに市民らにディアーヌは冷たい印象を抱いているものも多数存在したのだ。

 その王妃が泣いている。

 理想を追えなかった無念と、王国が滅びる寂寥と、それでも正しい道を行こうとするレルシェルへの感謝と嫉妬を、多種多様な感情をその紫紺の両目から溢れさせていた。

 ひとしきり泣いた彼女は涙を拭い、市民たちに囲まれる中、化粧も落ちた顔で立ち上がった。

「王妃ディアーヌはフェルナーデ国王セリオスの代理人として宣言します。フェルナーデ王国は革命軍……いえ、レオン自由革命同盟に全面降伏します。無用な争いを避け、同じフェルナーデ国民同士が傷つけあうことを止めるように希望します。これが、フェルナーデ王家の、王としての最後の命令です」

 涙で乱れた彼女の顔はいつもの美しさは失われていた。

 だがこの時の王妃はそれまでのどんな姿の彼女よりも美しかった。



 共和政治とはその組織、つまり国に属するすべてのものが権利を持ち、同時に責任を果たす義務が生じるものだ。君主制、王政では寡占的な支配者が大多数の民を導いてきたが、民主主義、共和制では民が自身の手で進む道を求め示さねばならない。それはとてつもない変革だった。この時暴動に加わった市民の何割がそれを理解していただろうか。

 王妃ディアーヌはルクレール候の反乱以来、王と貴族による政治から民も参加する政治へと変化するためには、民を啓蒙しなければならないと考えていた。民に教育をしつつ徐々に権利と義務を与えるべきだと。

 しかし、間に合わなかった。革命のほうが早かったのだ。それだけ民は困窮し王政に不満を募らせていたのだ。その責任は無論、ディアーヌら王侯にある。

 ディアーヌの宣言はルテティア郊外で戦うフィルマンらに伝わり、王都防衛に善戦、いや勝利を目前としていた王国軍も暫くして降伏を受け入れた。

「勝ちを譲ってもらったようなものだな。まったく情けないことだ」

 リシェールは降伏した王国軍と自軍を見比べてため息をついた。

「勝利は勝利だ。王政府は降伏し、革命が、僕たちが勝ったんだ」

 アルノはリシェールとは対照的に誇らしげに言った。王都の暴動を扇動したのは彼の策だ。こうなることは彼の予定表の中には記されていたことだったからだ。

「しかし――」

 リシェールはそう言いかけて、口を閉ざした。

 アルノの言うとおり、戦いに勝利し王政府は降伏して革命はほぼ成し遂げた。しかし大多数の国民は自由主義や民主主義、共和政治というものを知らない。急ぎすぎたのではないのか。

 そしてレルシェル・デ・リュセフィーヌが戦場に現れたときのことを思い出す。

 彼女はその存在で戦場を支配したし、ルテティアの市民の支持も厚い。もし大多数の民衆が彼女を戴くことを望むのであれば、彼女ははたして共和政治の敵となるのであろうか、と。それともそれこそが共和政治の究極の姿なのだろうか。

 リシェールは生粋の主義者ではない。その疑問をアルノに聞こうとしたが、なぜかその時は憚れた。



 フェルナーデ暦四二〇年の春。長きに渡ってこの大国を支配した王政府は倒れた。

 革命軍およびレオン自由革命政府は堂々とルテティアに入城しその政府の名をフェルナーデ共和政府と改名し新たな時代の幕を開こうとしていた。

 しかし逼迫した財政と内乱による傷跡、また共和政府による君主制諸外国との外交と言った数々の問題点が発露することになる。混乱と暗黒の時代は王政時代よりも混沌の色を深めていると感じるものも少なくなかった。

 そんな不透明な情勢の中、レルシェル・デ・リュセフィーヌには新政府に幹部として参加せよとの命令が下された。新たな時代の導く者の一人は、この時十九回目の誕生日を迎えたばかりであった――。

革命戦争編完結!

年末年始、コミケや年末年始の帰省などによりしばらく休載いたします。

連載再開は年明け一月中旬の予定です。ご了承ください。

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