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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第七章・レルシェルの初陣
32/59

第3話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第七章・「レルシェルの初陣」

ついに勃発した大規模な反乱。

英雄レルシェルは王都旅団を率い初陣に発つ。

だが、味方の軍が総崩れし孤立した王都旅団は――?

 月光を頼りに森と森を縫うように走る街道をリシェールたちは南下していた。

 アルノは先頭を行くリシェールに馬を並べると話しかけた。

「レルシェル・デ・リュセフィーヌは君の目にどう映った?」

 アルノの質問にリシェールはにやりと笑って答えた。

「若いが、なかなかの良将だな。そして良い指導者になれるだろう」

 老練なリシェールの言い方にアルノは思わず噴出しそうになった。

「先を見る戦略眼はあるし、戦場でも勘がよい。戦場の潮目って奴を見極められる力があるな。信念もあり、加えて人をひきつける魅力に溢れている。これは天性と言う奴だ」

 リシェールはレルシェルを高く評価していた。

「多少強引でも仲間に引き込むべきだったかな?」

 その質問にはリシェールは首を横に振った。

「たしかにあれだけの美人を口説き落とせなかったのは残念だが、やはり彼女は俺たちとは違う水を飲んでいる人間だ。どちらが悪いというものではないが、彼女に俺たちの水は合わないと思う」

 アルノはリシェールの言葉に頷いた。レルシェルはこれまで長く培われてきた貴族による階級社会に根付いての改革を目指している。その方法は旧態然化しつつも、多くの人が慣れ親しんだ価値観の中で行なわれるもので、民衆や社会に与えるショックは少ない。改革は緩やかなものになるだろうが、民衆が彼女を熱狂的に支持するところを見ると確かに正しい道の一つである。

 リシェールたちが目指すのは、王も貴族も政治に必要としない民衆が自ら政治を主導する共和主義だ。これまでの階級社会とはまるで方向性が違う。彼らの夢が実現すれば社会は大きく揺れ、中には時代の変化に取り残されるものも現れよう。だが、四〇〇年の間に腐敗した王国はすでに死に体で、この王国と言う宿木に固執していては国も民衆も共倒れになってしまうというのが彼らの考えだった。

「まあもとよりすべてのものが俺たちに賛同してくれるとは鼻から思ってない。そんな素敵な世界であれば、この世に戦争など一度も起こらないだろうよ」

 リシェールは笑って言った。

「しかし、彼女が敵となると少々厄介な存在になるかもしれないな」

 アルノの意見にリシェールは頷いた。だが口の端をゆがめて彼は愉快そうに笑った。

「敵にも少しくらい骨のある奴がいないと面白くないさ」

 リシェールは不敵な表情で言った。

 彼の中で警戒すべき将帥は外敵との戦いですでに名声と実績を上げているヴァーテンベルク辺境伯であったが、現在のところ彼に動きはない。目下の意識すべき相手はレルシェル・デ・リュセフィーヌとなった。

「俺は勝てるかな?」

 リシェールの質問にアルノは少し慌てた。

「勝ってもらわなければ困る。それにそんなことを兵の前で……」

「俺はお前と二人だから言っているんだよ」

 リシェールの声は真剣だった。アルノはしばらく黙って考えた。

「君と彼女の将器が互角であれば、その配下……副将が勝敗を分けるだろう」

 アルノの答えにリシェールは満足そうに笑った。

「ならば俺の勝ちだな」

「どういう意味だ?」

「さっきの男……アンティウスと言ったか。戦場でも有能な男だと見たが、俺はお前が奴より劣るとは到底思えないな」

 王都でレルシェルの副官として働くアンティウスの情報も彼らは手にしていた。その上でリシェールは互いの副将を評価し、強い表情でアルノに言った。

 アルノは驚いた顔でリシェールを見た。リシェールはこの腹心に絶大なる信頼を置いていた。単に長い月日を過ごしたからではない。リシェールはそう言う評価をしない。彼はアルノの能力を高く買っていた。アルノはリシェールの性格をよく知っていたから、彼の期待をむず痒くも嬉しく感じた。

「まったく、君は人を乗せるのが上手い。わかったよ、私が君を勝たせてやる」

 アルノは嬉しいような困ったような声で答えて馬を飛ばした。

 リシェール・ヴィルトールとアルノ・デ・トリュフォー。竹馬の友たる彼らは司令官とその参謀としてこの反乱の中で最も鮮やかな彩りをとる人物となる。



 天幕に戻ったレルシェルはやや辟易とした顔をしていた。

 レルシェルは母親の記憶がない。彼女の母は彼女を産んで間もなく亡くなってしまったからだ。

 もし母親と言うものがいたら、こう言う存在だったかもしれない。レルシェルはこの時そう思った。

「ですから、ここは戦場です。戦場でなくても女性の夜の一人歩きは危険なのですから」

 厳しい声色で言うのはアンティウスだった。天幕に戻るまでもずっとこの調子でいるので、レルシェルは少々うんざりしてため息をついた。

「だからすまないといっているじゃないか」

「本当にそう思っていますか? あなたは少し無茶なところがあるから……」

 アンティウスが口うるさく言うのも無理もない。彼が野営の陣に問題がないか見回りを終えて帰ってきたところ、レルシェルの天幕を警備する兵士が倒れていて、その天幕の主であるレルシェルの姿は消えていたのだ。彼がどれだけ肝を冷やしたかは推して知るべしである。

 そして騒ぎにならない程度の数の部下を動かしようやく彼女を発見すると、彼女は敵の司令官とその参謀と密談をしているわけだから、彼も気が気ではない。

「私は一人散歩をする自由もないのか」

「ありません」

「えっ」

 アンティウスは腰に手を置き、ため息をついた。

「作戦行動中です。司令官とはいつ何時も連絡がつかねばならない。そりゃたまには一人になりたいときもあるでしょう。それはかまいません。そうされたいときは誰かに言付けをしてください。あなたは司令官なのですよ、それも特別な!」

 アンティウスの言うことは正しい。レルシェルもよく理解が出来た。

 司令官職であることはもちろん、彼女は王都の英雄であり、若く美しい女性の軍人と言う特別を持ち合わせていた。彼女は自分が戦場において「異質」であることを自覚している。

 レルシェルはアンティウスの真剣な表情を見て微笑んだ。彼は真に彼女のことを思って言ってくれている。

「アンティウス、本当にすまなかった。私は未熟だな。以後気をつける。これからも私に足りないところがあれば忌憚なく言ってくれ」

 レルシェルは微笑んで言った。天幕のランプに照らし出された深い陰影の表情は絶妙に柔らかく、アンティウスの心に刺さった。アンティウスも若い男である。レルシェルのような美貌にそのような表情をされて動揺しないわけがなかった。

「と、ところで彼らとは何を話していたんです?」

 生真面目なアンティウスは動揺を押し殺して訊ねた。

「ああ、そうだな……卿には話しておくべきだろうな」

 レルシェルは頷いた。

 彼女はリシェールたちが現れてアンティウスがレルシェルを見つけるまでの顛末をすべて話した。

 アンティウスは驚いたが、レルシェルが反乱軍に加わらないことと、その理由と信念を聞いて安心した。それは彼が信望するレルシェルの姿だったからだ。

「しかし油断なりませんね。ここまで思い切った行動をしてくるとは……」

「ああ……私も油断していた」

「油断? どう言うことです?」

「あ、いや……なんでもない」

 レルシェルはそっぽを向いてごまかした。言えなかった。

「まさか裸を見られたなんてこの男に知られたら」

 レルシェルは苦笑いしながら心の中で言った。半裸であったとは言え、もしそれをこの律儀な騎士が知ることになれば、すぐにでもこの天幕を出て最大戦速をもってリシェールたちを斬りに行きかねない。

 レルシェルは洗いざらいを話したが、それだけは言えなかった。



 マコンの会戦の二日後、夕刻になってレルシェルは王国軍司令部へと呼び出された。ようやくと言うべきだった。後から合流したレルシェルは、反乱鎮圧部隊の総司令であるオーギュストに面会を求めていたが、マコンで被害を受けた部隊の再編に手間取り、これだけの時間が空いてしまったのだった。

 この遅さは反乱軍が付け入る隙となる。レルシェルはそう評した。事実彼女の王都旅団は兵力六千名であり反乱軍全軍が攻撃してきた場合、単独で対応できる戦力ではない。一刻も早く連携を取るべきではあったが、相手が拒否するところに押しかけるわけにも行かない。彼女は斥候を飛ばして反乱軍の襲撃に備えたが、幸いにもその間リシェールらの攻撃はなかった。

 軍議はレルシェルらと他の師団を預かる将軍や参謀との顔合わせと、状況報告、今後の方針について語り合われた。

 なお被害については王都旅団は報告するまでもなく軽微であり、一方で三個師団はあわせて二千名ほどの被害を出していた。師団が作戦行動を続行できないほどではないが、手痛い損耗を受けていた。

 軍議は日が落ちてしばらくした頃に終わった。その軍議が有意義であったかどうかは、帰途に着いたレルシェルたちの顔を見ればわかる。王都旅団から参加したレルシェルとアンティウスは怒り半分、呆れ半分と言った様子だった。

「良かったのですか? レルシェル様。あのような要求を受けて……」

 アンティウスはレルシェルの心境を伺うように言った。

「しかたがない。言い出したのは私だし、それに妬み嫉みの対象になることはもう慣れっこになってしまったようだ。彼らにしてみれば、私が失敗すればそれこそ良い気味だと言いたいのではないか?」

 軍議では反乱軍はもう大規模な野戦を仕掛けてくる確率は少なく、レオン近郊北にあるヌーヴィルの城塞に拠って篭城戦に持ち込んでくるだろうと結論付けた。それはレルシェルも同じ考えだった。王都旅団との合流を阻止できなかった今、数で劣る反乱軍が不利な野戦を挑む理由はない。

 ヌーヴィルは近代的な土塁を幾重にも持つ、堅固な城塞である。王都旅団を加えた王国軍は四万二千まで数を膨らませていたが、その兵力を持ってもヌーヴィル攻略は時間と犠牲が必要だと考えられた。オーギュストがマコンで大きな戦果を求める戦術に出たのは、野戦で反乱軍を早期に殲滅できる一遇の好機であったからだ。だが、王国軍は戦術的敗北を喫して反乱軍は数と秩序を維持したまま南に後退した。

 ヌーヴィルを攻略する案として、城塞より数キロ南西にあるアルビンの丘の確保をレルシェルは提案した。この小高い丘は城塞を一望でき、攻城の観測地点としては最適であり、また南方のレオンとの街道に近く、反乱勢力の本拠地のレオンの喉下に刃を突きつけた形となる。ヌーヴィルとレオンの連絡と兵站に圧力をかけることも期待できたし、レオンの市民に対する圧力にもなる場所だった。

 だが、王国軍は北から進軍している。アルビンの丘を制圧するには、城塞を迂回し南側に回る必要があった。王国軍としても兵站、連絡の面でもリスクを負っての進出が必要となる。

 作戦は承認されたが、丘の攻略任務に充てられた王国旅団であった。

「だが、失敗は出来ないな。私一人が笑われるのであれば良いが、今回は皆の命がかかっている。簡単にはいかないと思うが、絶対に成功させる」

 レルシェルは力強く微笑んで言った。その表情は人を納得させるに十分なものだとアンティウスは思う。

「リュセフィーヌ将軍!」

 二人の後方から声が飛んできた。二人は振り返ると、慌てた様子の将校が馬を走らせてきた。

「卿は確か……」

 やや小太りで人のよさそうな顔に二人は見覚えがあった。軍議に参加していたオーギュストの第三師団の参謀、ペーター・シトロエンだった。

「リュセフィーヌ将軍に追加で伝令です。王都より連絡があり二個師団が追加で鎮圧に加わることになりました。それにより我が第三師団も援軍到着次第、王都旅団を追ってアルビンの丘制圧に加わることになりました」

 シトロエンの言葉にアンティウスは疑問を覚えた。二個師団と言う大軍を追加するに、決定は今であったにしろ事前の情報をオーギュストが知らなかったとは思えない。何故軍議でそれを口にしなかったのか彼は疑った。

「総司令自らが我らの後詰としてきてくれるのか」

 レルシェルはやや皮肉っぽい口調で言った。二個師団の援軍はいつごろになるのかわからないが、これからの準備であれば年内に戦場に到着することはないだろう。その頃には丘の制圧の帰趨は決まっている。つまりオーギュストはレルシェルら王都旅団が丘を確保した後を狙って現れる魂胆だと彼女は思った。

「お気づきですか」

 シトロエンは言った。その言葉にレルシェルたちは小さな驚きの顔を見せた。

「我が司令官は間もなく退役です。その前に大きな功績を手に入れたいとお考えのようです。この出征も私的なルートでテオドール公に取り入り、総司令の座を得ました。今回も援軍の知らせを得て、この行動を決断されました。アルビンの丘を制したならばそれはこの戦いで最大の功績となるでしょう。リュセフィーヌ殿が作戦に成功すれば、それを支援した司令官として、失敗すれば英雄を助けた者として、どちらにせよオーギュスト将軍の名誉となることを目論んでいるのです」

 シトロエンの声は申し訳なさそうだ。

「しかしオーギュスト将軍も悪いお方ではないのです。それはわかっていただきたい」

 人を利用しておいて悪くないと言い張るのもどうか、とアンティウスは思ったが、それを告白したシトロエンを責める気にはなれなかった。

「何故そんな話を私に?」

 レルシェルが問いかけた。

「あなたは信用が置ける人だと思ったからと、あなたには将来があると思ったからです。あなたのような人にそんなくだらない理由で命を危険に晒して欲しくないからです」

 シトロエンの率直な言葉にレルシェルは驚いた。

 シトロエンはレルシェルを高く評価していた。王都での評判は勿論、マコン会戦での臨機応変な働き、軍議での優れた戦略眼を目の当たりにし次代を担うにふさわしい人物だと感じていた。

「案外真っ直ぐに物事を言う人だな。どうにも不自由な生き方だろう」

「ええ、まったくその通りで」

 レルシェルは苦笑いをしながら言うと、シトロエンも肩をすくめて笑った。シトロエンは平民出身でありながら、地道に功績を重ね高級将校の地位にいる男だ。世渡りが上手ければ将軍にまで上り詰めたかもしれない。

「感謝する。卿は私を心配してくれているのだな。まったくこのアンティウスと言い私は誰彼に心配されてばかりだ。多少の自覚はあるが、やはり私は子供なのかな?」

 レルシェルが言うとシトロエンは首を横に振った。

「いいえ、確かにあなたはまだ若く未熟なところもあるでしょう。しかし確実にあなたには人を惹きつけるものがある。あなたにはついて行きたいと思わせる何かが。あなたの周りの人はそう言うあなただからこそ、世話を焼きたくなるのだと思いますよ」

 倍以上年齢のちがう男に言われてレルシェルは少々むず痒い思いをしたが、悪い気にはならなかった。

「オーギュスト将軍の狙いはわかった。それ自体、我らに対して善意も悪意もないことだろう。私も利用されることにはそろそろ慣れた。私程度の『英雄』が将軍の花道になるのであれば、私とて将軍の意に沿おう。だが私は私の仕事に集中するだけだ」

 レルシェルは力強く微笑んで言った。その言葉の透明感にシトロエンは軽い感動を覚えた。

 レルシェルは馬上だがシトロエンに敬礼し、馬を自陣に向けた。アンティウスも彼女に付き従う。

「アンティウス殿!」

 その彼をシトロエンは呼び止めた。

「あなたは良い上官をお持ちだな。とてもうらやましい」

 シトロエンの素直な言葉にアンティウスは振り向いて彼を見た。アンティウスもまた上官に恵まれなかった時期がある。シトロエンに同情しつつもレルシェルに仕えられることの幸せを実感した。

「ええ、そうですね。とてもありがたいことです」

「ご武運を」

「シトロエン殿も」

 二人の副将は敬礼して別れた。どちらも実直で生真面目な軍人だった。それゆえに気苦労の絶えない人生を送っている。二人はどこか似たところを共感していた。


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