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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第六章・トゥールズの休日
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第3話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第六章・「トゥールズの休日」 休暇中のフェデルタは旧友トゥルーズ公テオドアの元を訪れるが、その街にも魔を宿した盲目の少女――魔物の気配があった。

 フェデルタはテオドアの元へ、つまりトゥールズの城に戻っていた。

 城門でフェデルタはリズと別れ、あてがわれた客室で一晩を過ごした。

 翌日、テオドアの私室へ向かう。テオドアは皺のよった顔に少年のような感情を乗せてグングニールを観察し続けていた。徹夜で没頭するほどの熱中振りだ。

「おおフェデルタ、戻っていたのか」

「あんたは……魔物のことはどういでもいいのか?」

 フェデルタは呆れたように言った。

「その件はお前に任せるよ。魔物だ何だといわれても正直わしにはさっぱりわからんのでね」

 テオドアは悪びれもなく笑って応えた。何事にも専門がおり、その道に通じたものが事に当たるべきだと言うのが彼の信念だ。

「まあいい……グングニールについて何かわかったか?」

「ああ、わしのようななまくらな錬金術師では、なーんもわからんということがわかった」

 明朗な声で言う。フェデルタは疲れた顔でため息をついた。

 テオドアは自身で言うような中途半端な錬金術師ではない。並の錬金術師なら相手にならないほどの知識と技術を持っている。

「なんとなく物質はわかるんだがなあ。ただ、これの練成方法はとんとわからん。なぜ意志が宿っているのか、という所についてはさっぱりだ」

 テオドアのぼやきを聞いて小さく息をついた。

「おい、フェデルタなんとかしてくれ。錬金術師と言う人種は嫌いだ。とにかく人の身体を興味本位で調べまくる」

 グングニールは情けない声でフェデルタに訴えかけた。

 王都では聖杯の騎士で王宮錬金術師のマリア・ベネットもグングニールについて調べたが、グングニールがある種の合金であることまでは解析できていたが、それがどんな金属の組み合わせか判明していない。無論、意志が宿っている原理もわかっていない。テオドアが一日で調べ上げられたら彼は天才の域を超えるだろう。

 フェデルタは肩をすくめた。

「しばらく付き合ってやれ。おまえ自身も自分の出自が知りたいだろ?」

 グングニールには意志があるが、どうやって自身が作られたのか、その記憶はない。錬金術師に身を委ねているのには、彼が自身の起源を知りたいという欲求もあったためだ。

「むう……」

 グングニールは複雑な心境と言った声を上げて黙った。

「ところでフェデルタ、リズはどうだった? 良い子だろう?」

 テオドアの笑いながら問いかけた。

「良い子かどうかはわからんが、魔物の気配を感じる能力はあるようだ。それもかなり敏感みたいだな」

 エリーゼと会っていたとき、フェデルタは彼女に魔物の気配を感じなかったがリズは感じていた。フェデルタはその感覚を他者と比べたことがなかったが、レルシェルやマリアに比べて劣っているとは思わなかったから、リズが優れていると言えるだろう。

「だが、それだけで聖杯の騎士にするつもりか? 魔物と戦う力がなければ意味がないだろう」

 フェデルタの言は正しい。魔物の存在を察知できても、魔物と戦える力がなければ意味がない。普通の少女にそれがあるとは思えなかった。

「なるほど、お前はリズをそう感じたのだな」

 テオドアは腕を組みにやりと笑った。フェデルタは彼の意図を読み取れず怪訝そうな顔をした。

「いいだろう。リズ、少しあいつを驚かしてやれ」

 テオドアが言った。どう言うことだとフェデルタが訊こうとしたが、彼は異様な空気の流れを察知して聞くことができなかった。

 冷たい気配が走る。

 次の瞬間、彼の喉元には白銀の刃があった。本能的に短剣を抜いて喉を守ったのはフェデルタでなければ出来なかっただろう。

 彼を襲ったのはリゼット・ド・ヴィリエだった。身に纏ったメイド服が冷たい刃と不釣合いだった。昨日の愛嬌のある目は消え失せ、今は冷徹な光を放ってフェデルタの喉元を見つめている。

 フェデルタは驚愕に目を見開いた。油断はあった。ここは敵地ではなく、友人の私室だ。それは仕方がない。リズの気配は直前までまったく感じなかった。だが、それ以上にリズがこのような冷たい刃を振るうとは予想にもしなかったのである。

「暗殺者……アサシンなのか?……」

 フェデルタは驚いた顔のまま言った。

「正解だ、フェデルタ。咄嗟の判断はさすがだな。まあ大体の人間はその事実を知ったときには、いや知らないまま死ぬことになるのだがな」

 テオドアは得意げに言った。

 テオドアが合図を出すと、リズは刃を引き、短刀をメイドドレスの中へ納めた。

「ふふふ、驚いたか? お前は昨日リズといることで、この子を普通の少女だと感じていた。相手を油断させること、『暗殺』と言う目的には非常に有効な要素の一つだ」

 暗殺とは対象を「殺す」ことである。戦いで相手を圧倒することではない。相手を警戒させないことも大きな武器となる。リズの幼く可憐な姿は殺人とはかけ離れたところにある。フェデルタも見事に騙されていた。

 フェデルタは大きく息をついた。

「わかったよ……暗殺者として一流だってことはな。だが、魔物は人じゃない。人に通じることが魔物に通じるとは限らないぞ」

「慎重だな」

 フェデルタの言葉はもっともだが、テオドアを少し辟易とさせた。

「ならばフェデルタ。真正面でやりあってみるか? お前はわしが知る限り最高の戦士だが、そのお前に互する実力ならば文句はあるまい」



 城内の中庭には少し開けた場所がある。騎士や兵士たちが訓練に使う場所で、腕に覚えのあるもの同士が試合を行い、その腕を競い合うこともある。

 フェデルタとリズはその場所に立っていた。噂を聞きつけた騎士や兵士たちも集まっていて、場をにぎわせていた。

「おいおい、見世物じゃないんだぜ」

 フェデルタは呆れたように言った。

「かまわんだろ。田舎では娯楽が少ない。それにお前さんの腕はこの城の騎士たちにも刺激になるだろうて」

 テオドアは人の食えない顔で笑った。フェデルタはわずらわしそうな表情を浮かべて、対戦相手を見た。リズはメイドドレスのままだ。たしかに動きやすい服装とは言えたが、戦いのための服ではない。これでは本当に見世物ではないか、とフェデルタはため息をついた。

「公爵様。私はどの程度の力で戦えばよいですか?」

 リズがテオドアに訊ねた。いささか奇妙な質問だったが、テオドアはにやりと笑って答えた。

「そうだな……フェデルタは強い。並大抵では本気にはならんだろうからな。リズ、お前はこのフェデルタを殺す気で戦いなさい。それでかまわんだろう? フェデルタ」

 先ほどはリズの一撃を防ぐので精一杯だった。だが真正面からの試合であれば小娘に遅れをとることはない。テオドアの挑発的な声にフェデルタは軽く笑い頷いた。

 フェデルタは腰の剣を抜いた。他に銃やグングニールと言った槍を使う彼の剣は刃渡りは五〇センチほどの短めの物を選んでいる。威力よりも小回りの効く剣を彼は好んでいた。

 その剣を右手で持ち、右手右足を前に出してリラックスした体勢で構えを取る。力を抜いた構えはどの方向からの攻撃にも柔軟に対応できる型だった。

「さあ来いよ。さっきのようにはいかないぜ」

 フェデルタはリズを挑発するように言った。リズは頷くと体勢を低くし、その反動で地面を蹴った。

 軽量なリズの体が押し出され、驚くべき速さで跳んだ。ある程度の速さを予測していたフェデルタですら驚いた。だが、対応できないほどではない。フェデルタはリズの攻撃を裁こうと動いた。その刹那、リズの体が一伸びする。次の瞬間、リズの刃がフェデルタを襲っていた。

 乾いた金属音が鳴り響く。フェデルタは辛うじてリズの刃を剣で受け止めていた。リズの得物の刃渡り二〇センチ弱の短刀はフェデルタの短剣を押し込んでいた。

「左だと?」

 フェデルタは驚いた声を上げた。リズの斬撃は左手からのものだ。右から来ると思ったフェデルタは一歩対応が遅れたのである。意表を突かれたことも驚きであったが、その斬撃の鋭さ、威力にフェデルタは驚いていた。リズの一撃は命を奪うに足るものだった。その動きに躊躇と言うものがない。

 左手でフェデルタを制したリズは、そのまま身体をひねった。右手にも同じ短刀が握られている。フェデルタは続いて戦慄を禁じえなかった。

 二刀使いか――!

 フェデルタはリズの右からの追撃が来ることを感じ、剣を力任せに押した。力と体重では当然フェデルタに分がある。体勢を崩したリズの右の斬撃は空を切った。

 フェデルタは一歩間合いを開くと構え直した。リズも二つの短刀を構えて、相対する。初撃でタネを明かしてしまったが、彼女に気後れは感じられなかった。

「まったく……物騒なメイドだぜ」

 フェデルタは呆れ口調で嘯いた。だが表情は真剣そのもので、二人は息を合わすと互いに間合いを詰めた。

 刃と刃が打ち合う音が中庭に鳴り響く。

 リズの攻撃は左右から絶え間なく、驚異的な速さでフェデルタを襲う。だが、フェデルタもそれを裁き、時折隙を突いて反撃を加える。

 二人の実力は伯仲していた。速さと攻撃の正確性ではリズが上で、力と速さのバランス、そして戦いの巧さでフェデルタが勝っていた。

 一進一退が続く。時間にして数十秒だが、中にいる二人はとてつもなく濃密な時間を過ごしていた。

 フェデルタは驚いていた。リズの実力は予想以上だった。彼はいつも共に稽古を行っているレルシェルと比較する。おそらく彼女ではリズに適うまい。力と体格ではレルシェルが勝るが、それを圧倒する早さがリズにはある。

 一方でリズもフェデルタの力量に舌を巻いていた。彼女の攻撃をこれほどまで裁ききるものなど初めてだった。

 リズは戦いの始めと同じように、氷の表情で攻撃を続けていたが、内心では焦りがあった。彼女は重大な弱点を抱えており、彼女自身それを把握していたのである。

 リズは勝負を決めるべく、最大最速でフェデルタに連続攻撃を加えた。

 その速さは相対するフェデルタでさえ切っ先を見失うほどのものだったが、フェデルタもそれに呼応して奥の手を出していた。

「かはっ……?」

 リズの表情が驚愕に満ちる。そしてすぐに苦痛が混ざる。大きく開いた口からはこみ上げた胃液が吐き出された。

 フェデルタの左拳が彼女のみぞおちに食い込み、その細い身体をくの字に曲げていた。

「悪いな、俺はフェミニストじゃないんでね。それにこれだけの腕の持ち主に、手加減は失礼だ」

 フェデルタはそう言いながら拳を振りぬく。奥の手は、リズへの最大の賛辞とも言えた。軽量のリズはなす術なく吹っ飛び、地面に落ちる。這いつくばった少女は痛みに身体を曲げ、咳き込んだ。だが、戦いの最中であったことを思い出し、痛みをこらえて立ち上がろうとする。しかし、フェデルタの剣が彼女の目前にあった。

「勝負あり、だな。さすがはフェデルタと言うところか」

 手を叩き、テオドアが言った。

「いや、紙一重だった。驚いたよ」

 フェデルタは息を一つつくと剣を収め、リズに手を差し出した。リズは悔しそうに唇をかむと、彼の手を取って立ち上がった。フェデルタは紙一重だといったが、リズはそう思わなかった。彼には剣以外にも銃やグングニールと言う切り札がある。またリズはその小柄な身体ゆえ、持久力が致命的に足りない。初撃で決められなかった時点で勝負の帰趨は決まっていたのかもしれない。

 勝負は僅差、と言えるかもしれないが実力の引き出しは大きな差があるとリズは感じていた。

「それでフェデルタ、リズの実力はどうかね?」

 テオドアの質問にフェデルタは肩をすくめた。

「現役の聖杯の騎士であるレルシェルより上だな。これなら俺からセリオスに推してやっても良いくらいだ」

 フェデルタの言葉にテオドアの表情が明るくなる。

 だが――。

 フェデルタは思う。リズの戦いの実力は確かだが、彼女の本当の力はやはり対人戦だろう。それも暗殺だ。彼女の容姿は標的を油断させるに十二分だし、逡巡のない刃は確実に命を奪うだろう。しかし、何故そのような力を彼女を身につけたかだが――。

「リズの両親は暗殺によって殺されている。幼い頃の話だ。どういう気まぐれか、彼女はその時殺されず、仇とも言えるその暗殺者に育てられた。リズの才能はそこで磨かれた」

 フェデルタの疑問を察したテオドアが言った。

「本来暗殺者と言うものは、感情を殺す術を知っている。そうでなければ暗殺者などやっていられないのだろうな。だが、リズはその感情を捨てることは出来なかった。リズは身体的には人を斬る才能には恵まれていたが、精神的には暗殺者としての資質はなかったということだな。リズはとてもやさしい子だ」

 テオドアは目を細めて言った。

 少し過去のことだ。リズはとある任務を受けて、テオドアの命を狙うことになる。孤児の少年少女を積極的に受け入れていたテオドアにリズはたやすく近づくことが出来た。だが、リズはテオドアの温厚で人情に厚い人柄を知り、彼女はテオドアを殺せなくなってしまった。またテオドアもリズの不幸な生い立ちを知って、リズは暗殺組織を抜け、十六になるまでファヴァールで過ごした後テオドアに仕えるようになる。

「どうかな、フェデルタ。リズが今の力を手に入れたのは、不幸な過去によるもの言えるだろうが、将来も不幸なままにしておくのも不毛だ。彼女の力で守られる未来もあるのではないか、とな」

 フェデルタはリズを見た。不安げな瞳がフェデルタを見つめていた。まだ幼さの残る彼女はどれだけ血に塗れた道を歩んできたのか。普段他人に同情を感じないフェデルタがこのとき彼女に同情を禁じえなかった。

「わかった……俺たちも少しでも手がほしいところだ。お前ならきっとルテティアを守る力になるだろう」

 フェデルタの声にリズの表情が明るく咲いた。

 テオドアも腕を組んで、大きく頷いた。

「リズ……お前がルテティアに行ってしまうのは寂しいが、お前の力は人の命を奪うものではない。大切なものを守れる力だ。ルテティアに行って魔物から市民を守る、それはお前の使命だ」

「はい、公爵様」

 リズは表情を引き締めてテオドアを見つめた。フェデルタには二人の絆が固いものに見えた。刺客であったリズが標的のテオドアにここまで心酔している理由をフェデルタは知る由もなかったが、二人の関係は気持ちの良いものに見えた。


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