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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第六章・トゥールズの休日
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第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第六章・「トゥールズの休日」 休暇中のフェデルタは旧友トゥルーズ公テオドアの元を訪れるが、その街にも魔を宿した盲目の少女――魔物の気配があった。

 メイドの女がワインを二つのグラスに注いだ。深い赤が火に照らされて揺らめく光を放つ。

 暖炉とランプで照らされた室内は、その部屋のオーナーの身分から考えるととてつもなく質素だった。彼は清廉を美徳としているわけではない。単にそう言ったものに興味がないのだ。ただ、ワインは上等なものを用意した。正直彼には味の良し悪しを判断できなかったが、大切な友人を迎えるのにそれくらいは振舞いたかったのだ。

 トゥールズ公テオドアは今年五十五を迎える初老の貴族だ。およそ二十年前に家督を継いでからこの地の領主として統治に勤めている。

 そのテオドアの元にフェデルタが訪れていた。フェデルタとテオドアの間には大きな身分差がある。テオドアは公爵、フェデルタは現在は王の親衛隊の騎士とは言え、出自としては孤児の扱いである。また二人には親子ほどの年齢差があった。

「久しぶりだな、フェデルタ。しかし相変わらず酷い格好をしている。セリオスは親衛隊にもまともな給金を払えんのか? なあフェデルタ、いっそセリオスのところは辞めてわしの所に来ぬか? お前ほどの腕なら高く雇うぞ」

 テオドアはフェデルタに気さくな笑顔でフェデルタにワイングラスを勧めて、笑いながら言った。公爵号を持つ名領主と言う肩書きからは想像出来ないほどの気安さである。テオドアは作法など気にせずワインを口につけ、フェデルタも苦笑しながら彼に倣った。

「金には興味はねえよ。それにこの格好は趣味だ。金がなくてこの格好をしているわけじゃない」

 フェデルタは呆れたような声で言った。

「そうか。悪趣味だな」

 テオドアはしれっと言ったが、フェデルタが睨むとテオドアは叱られた悪がきのように肩をすくめた。

 このようにテオドアは身分と年齢に反して、子供っぽく好奇心豊かで自由な気質の男だった。フェデルタはセリオスとの関係がそうであるように、このテオドアとも対等な関係の振る舞いをした。それはフェデルタが旧ヴァルディール公王家の血を引いていることと関係がない。それは彼の性分であり、彼とテオドアの信頼関係がそうさせていているのだ。フェデルタはテオドアを為政者としてもその人と為りに好意と尊敬を抱いていたし、テオドアはフェデルタの強さと無礼だが虚飾のない性格を気に入っていた。

「それで、今回のここまでわざわざ来たからには、それを見せてくれるんだろう?」

 テオドアは老いが見える瞳を少年のように輝かせて言った。

「ああ、こいつがへそを曲げていなければな」

 フェデルタは肩にかけていた長い布に包まれていた棒状のものを肩からはずした。聖剣の一つ『グングニール』だ。聖剣と言っても、グングニールの形状は槍である。四〇〇年前、フェルナーデ王国の祖、アーシェルが天使から受け取ったと言う七本の武器を総じて聖剣と呼んでいるに過ぎない。

「ほう、聖剣には意思が宿っているというのは本当なのだな」

「ああ。ただしこいつは俺としか意思疎通ができない。というか他の人間と話す気がないらしい。だから、こいつの言うことは俺にしか聞こえない」

 フェデルタは布に包まれたグングニールを見つめて言った。

「つまり、お前より人付き合いがめんどくさいやつということか」

 テオドアはフェデルタの性格を皮肉った。

「うるさいな。とにかく俺が妄想癖に突然目覚めたわけでなければ、こいつには意志が宿っている。ま……確かにあんたの言うとおりめんどくさいやつだよ。ガキだしな」

 フェデルタは小さくため息をつきながら言った。

「おい、若造。俺をガキ呼ばわりするな。俺はお前よりずっと長い間生きているんだぞ」

 グングニールの声がフェデルタに聞こえた。どう聞いても声変わり時期の少年の声なので、フェデルタからするとわがままな性格も相まってまるで子供のようなのだ。

「そう言われてもな。で、前に言った通りこのおっさんにお前を見せるわけだが、気が変わったわけじゃないだろうな?」

「まったく俺の何が知りたいと言うんだ? 何も出てきやしないし、俺は今のところお前意外に話しかけるつもりもない。見るだけならまあかまわないが」

 グングニールはぶつぶつと言った。

 フェデルタは頷くとグングニールを覆っていた布をはずし、テオドアに手渡した。

「かまわんだとよ。まあ丁重に扱ってやってくれ」

 グングニールは槍といっても投擲が出来る小型の槍だが、受け取ったテオドアはその軽さに驚いた。

「おお、これが聖剣グングニールか。これは興味深い」

 テオドアは目を輝かせて言った。まるで少年のような目だ。

「そんなに珍しい金属なのか?」

「ああ、こんなものは見たことも聞いたこともない。こんなものがこの世にあるなんてなあ。この軽さと質感だけでも見たこともないのに、この金属には意志が宿っているのだろう? 錬金術師でこのような物質を見て心ときめかぬものはおるまい。わし程度ではこれがどうやってできているのか検討もつかん」

 テオドアは興奮した口調でグングニールを見つめて言った。テオドアは貴族であるが錬金術に明るく、彼自身も相当の腕前の錬金術師だった。彼は貪欲な知識欲があり、興味の持った分野であれば手当たり次第と言う性格だった。

「まったくこのためにはるばるルテティアから来させるんだからな」

「どうせ休暇ついでだろうが。それにグングニールを見せてもらうかわりに、セリオスに『聖杯の騎士』候補を一人紹介してやろうというのだからな」

 ルテティアで多発する魔物に対処するため、セリオスは新たな聖杯の騎士を求めていた。聖杯の騎士は誰でもなれるわけではなく、魔物の気配を察知できるもの、そして魔物と戦うだけの技量を持ったものでなければならない。フェデルタは休暇を得てここにきていたが、半ばテオドアへ使者のような役割だった。

「俺自身に何の見返りもないじゃないか」

「若いうちはそれくらいで丁度良いと思うがね」

 テオドアは嫌味を含めた笑顔で言った。フェデルタはため息をついた。

「フェデルタ、お前休暇中ということは暇なんだろ?」

「休暇と暇は同義じゃないぞ」

「同じようなもんじゃないか」

 テオドアは呆れた声を上げたが、やや表情を厳しくしてフェデルタを見た。フェデルタもその雰囲気に気づいて表情を改めた。

「頼みごとがある」

 テオドアは低い声で呟いた。フェデルタはワイングラスを置き、テオドアを見つめた。

「このトゥールズにも魔物が現れた」

 テオドアの言葉にフェデルタはわずかに眉を顰めた。

 このトゥールズは比較的安定した町だ。流通の要衝であり外洋を流れる暖流の影響で比較的温暖な気候に恵まれ冷害に苦しむフェルナーデの中でも安定した収穫がある。領主のテオドアも温厚で思慮深く、また公正な人柄であった彼の統治は評価が高い。

 魔物は人の心の闇、不安や欲望に巣食うといわれる。このトゥールズでも魔物が現れると言うことにフェデルタはこの国の現状を改めて見た気がした。

「俺にその魔物を倒せってことか。だが、ここには聖杯の騎士候補がいるんだろ? 何故そいつにやらせない。頼りにならない奴だったら、俺だって連れて返るわけには行かない」

 フェデルタの言葉はもっともだ。テオドアは頷いた。

「いや、実力は保障しよう。だが、この件には少し事情があってだ……トゥルーズの郊外にファヴァールと言う土地があって孤児院をかねた修道院がある。そこでこのところ不可思議なことが起こっていると言う報告があってな。今のところ被害者は出ていないのだが」

 テオドアの言葉は歯切れが悪い。フェデルタはしばらく訝しげていたが、一つ息をついて軽く笑った。

「わかった、引き受けよう」

 フェデルタは静かに言った。テオドアの言葉だけではそれが魔物かどうかもわからないが、友人の力になることはやぶさかではなかった。普段皮肉屋でぶっきらぼうな彼は他人に対して冷たい人間と思われがちだがそうではない。テオドアはそれを知っていたから、逆に申し訳ない気持ちになった。

「引き受けてくれるか。すまんな、フェデルタ。無論、報酬は払う」

 テオドアは本当にすまなさそうに頭を下げて言うものだから、フェデルタは肩をすくめた。

「こいつは上等なワインだな。こんなのを飲んだのは久しぶりだ。報酬はそれでいい」

 フェデルタはそう言って微笑むと、グラスに残った紅玉石の液体を飲み干した。



 翌日、トゥールズの地理に明るくないフェデルタはファヴァール修道院への道案内をテオドアに頼んだ。テオドア自身は身分や立場もあり、またグングニールへの興味で動こうとしなかった。

「大丈夫だ。わしよりも案内にぴったりな者がいるから少し待て」

 フェデルタもテオドア自身に道案内をしてもらおうと思っていたわけではない。テオドアの言葉に従って門の下で待っていた。

 だが、彼の元に現れたテオドアの使いは予想の斜め上を行っていた。

 フェデルタは無言でその使いを見た。いや、見下ろしたというべきか。

 彼の目にはメイド服の小柄な少女が映っていた。

「あんたがフェデルタね? なんだか貧乏くさそうな人だなあ。まあいいや、私はリゼット・ド・ヴィリエ。リズって呼んでいいわ」

 リズは細い腰に手をあて、はっきりした口調で言った。明るい橙色の髪を後ろでまとめ、活発そうな少女だ。

 フェデルタは可愛い道案内役に肩をすくめた。子供でも道案内くらいはできるか、と彼は気を取り直すと少女に話しかけた。

「よろしく頼むよ、リズ。リズは貴族なのか?」

 名前の響から察してフェデルタは言った。

「そうよ。ヴィリエ家は伝統あるトゥールズ公爵家に仕える由緒ある家柄なの。爵位がないからと言って侮らないでね」

 リズは小さな胸を張って言った。フェデルタは元々家柄も爵位も気にしない人間である。だが、リズが家に誇りを持っているならば、それは個人の考えだから否定はしない。

「しかしあのテオドアに仕えるのはいろいろと気苦労が絶えないだろうな、リズの親は」

 フェデルタは含みのある笑みを浮かべて言った。テオドアは型通りの貴族ではない。むしろ貴族としては変人の域にあるだろう。それでこそフェデルタは彼に気を許しているわけなのだが。

 リズはフェデルタから視線をはずし、少し声のトーンを低くした。

「私の親は公爵様に仕えていないよ」

「どういうことだ?」

「ヴィリエ家は公爵家に仕える貴族の家柄であることは間違いないわ。でもその家はこの間まで断絶していたの。公爵様は孤児だった私を拾ってくれて、ヴァリエ家の姓と地位を与えてくれた。私はその恩に報いるため、ヴァリエ家の名を誇るため、公爵様に仕えているの」

 リズは誇らしげに言った。この明朗さは心地よい。そしてテオドアが気に入りそうだとフェデルタは思った。

「しかし孤児ばっかりだな」

「なんのこと?」

「なんでもないさ。俺も孤児だし、これから行くところも孤児院だろ?」

「フェデルタも孤児なんだ? へええ」

 リズはそう言うと興味深そうにフェデルタの顔を覗き込んだ。孤児と言う境遇の出に共感を感じたのだろうか。多感そうな少女は少し嬉しそうに微笑んだ。

「トゥールズに孤児は増えているよ。ルテティアほどじゃないかもだけど、流民が増えてるから。交易の拠点だから人の往来は元々多い町だし、公爵様は積極的に事業を立ち上げたり、自警団の設立を促したりして、彼らの保護と治安の維持を図ってるけど……そうね、やっぱり少しづつ良くないほうに流れていると思う」

 リズは不安そうに言った。だが彼女の顔はすぐに怒った顔になった。くるくると良く表情が変わる。

「それなのに公爵様、私にルテティアに行けって言うの。聖杯の騎士になるために」

 その言葉にフェデルタは驚いてリズを見た。

「今……なんて言った?」

「ルテティア?」

「いや、違う」

「ああ、聖杯の騎士ね。フェデルタは聖杯の騎士なんでしょ? よろしくね、先輩」

 リズは歯を見せて笑い、悪戯っぽく言った。フェデルタは憮然とした表情で少女を見つめた。 確かに今回彼はテオドアにグングニールを見せるという理由のほかに、聖杯の騎士候補の人材に会う、と言う目的でこの地を訪れていた。だが、まさかこんな小さな少女がその候補だとは、柔軟な思考の持ち主の彼でも想像だにしなかった。

 彼に女性に対する偏見があったわけではない。むしろ彼はレルシェルやマリアと言う現役の聖杯の騎士の女性を知っている。彼女らの実力は決して侮れるものではない。特にレルシェルは女性でありながら、彼とまともに打ち合うことが出来る数少ない剣士だ。その才能は並の男など寄せ付けない。

 だが、リズは見たところ普通の少女だ。仮に魔物の気配を察する才能があったとしても、戦う能力があるようには思えなかった。

「フェデルタ! 何してんの? 早く行こう」

 リズはすでに歩き始めていた。数歩前を行く少女の後姿を見て、フェデルタはしばらく呆然としていたが、考えを切り替えて彼女の後を追った。彼女が聖杯の騎士になりうる人物かどうかは自分が見極めれば良い。

 フェデルタはいつもの冷静な彼になってリズの後姿を追った。

「リズ、そのファヴァールに魔物がいると感じたのか?」

 聖杯の騎士となる人間には魔物の気配を感じる力がある。テオドアがファヴァールに魔物が現れたと言うには根拠があるだろう。リズが聖杯の騎士候補であるなら彼女の感覚が根拠になった可能性が高い。

 リズはそれまでの明るい表情とまったく正反対の顔で振り向いた。

「そう、私は感じた。よりにもよってあの場所で、あの子の中に」

 リズはフェデルタを見た。愛嬌がよさそうだった目が今は冷たく輝く。

「フェデルタ、助けて。あの子を……エリーゼを助けて」

 リズの声は静かだった。静かだが強く訴えかけるものがフェデルタの胸に刺さった。


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