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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第五章・革命の火種
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第5話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第五章・「革命の火種」 辺境から現れたもう一人の英雄と王都についに放たれた革命の火種の黒幕は――

 レルシェルは背筋が凍る気配を感じ、反射的に体を翻した。

 黒い閃光が彼女の左肩を掠め、その衣服を切り裂いた。レルシェルは体勢を整えながら閃光が来た方角を見た。それと同時に強烈な悪寒を感じる。魔物を目の前にしたときの、それだ。

 王宮内大会議室の敵勢力を制圧したレルシェルは残敵の確認のため、廊下に出たところだった。

「レルシェル、どうし……」

「ダメだ、ディアーヌ様!」

 近寄ってきたディアーヌを危険を感じたレルシェルは乱暴につき返した。身体能力はさしたるものを持たないディアーヌは、レルシェルに突き倒される。その直後、彼女らの周りで爆発が起きた。

 二人は悲鳴を上げた。レルシェルに突き倒されたため、体勢の低かったディアーヌは直撃を避けられたが、レルシェルは爆発を受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ぐっ……今のは、魔法の力?」

 レルシェルは痛みに耐えよろよろと立ち上がる。確かに精霊の力を彼女を感じていた。

 彼女の視界には黒い衣を纏い、左手に本を持ったルクレール候ベルナルドの姿が見えた。その姿はおどろおどろしく歪んでおり、彼女は彼が人ではないと感じた。

「ルクレール候なのか……その姿は……」

「レル……シェル・ド・リュセフィーヌ……」

 レルシェルの問い掛けはベルナルドに届いていなかった。ベルナルドの声は怨嗟のみに支配されており、理性が伴っているものには思えなかった。

 ベルナルドが纏っていた黒い衣が刃となり、レルシェルを襲う。少女はよろけるようにそれを辛うじて避けた。刃は彼女が背にしていた石の壁を砕く。その威力は直撃すれば少女の薄い体など簡単に貫くであろう。

 体勢を崩したレルシェルに再度刃が襲う。それに反応する時間は彼女に与えられていなかった。

 だがその刃を切り裂く者がいた。オスカー・フォン・ヴァーテンベルクである。剣を抜き放った彼は電光石火で、レルシェルを襲う黒き衣を断ち切った。

「ヴァーテンベルク伯!」

 九死に一生を得たレルシェルは思わずその名を呼んだ。

「あれは何だ。俺の知っているルクレール候ベルナルドではない」

 オスカーはレルシェルをかばう様に立ち、ベルナルドを油断無くにらみつけた。戦場を駆け、百戦錬磨の英雄の彼もベルナルドが纏う異様な空気は初めての経験だった。

「あれは……もはや伯の剣では殺せぬ敵だ」

 レルシェルは立ち上がり、初撃と爆風でぼろぼろの軍服を整え、剣を抜いた。聖剣キャリバーンの複製品は、確かに魔物と渡り合えるだけの力を持つ。

「どういうことだ、リュセフィーヌ……うおっ?」

 オスカーは驚愕した。彼の切り裂いた布は霧のように散り、そしてベルナルドの体に吸収されてすぐに再生した。オスカーは信じられない光景に呆然とした。ベルナルドはその隙を逃さなかった。

 再生した黒い刃がオスカーを襲う。オスカーは虚を疲れた形になった。

 その不覚を今度はレルシェルが救う形になった。剣を振り上げ刃を切断する。キャリバーンに切断された黒い刃は今度は灰となって霧散した。

「これで貸し借りはなしと言うことで」

 レルシェルが傷ついた顔で微笑むと、オスカーは驚いた顔の次に肩をすくめて事態を把握した。

「そうだな。そしてその剣でなければ、あいつは倒せない。そういうことだな?」

 レルシェルの剣技がオスカーのそれと比べて極めて優れていたわけではない。そうでなければ差は得物にある。

「なるほど……それを貸してくれ、と言うのは図々しいというものか」

「これは陛下から預かったものだ。伯とはいえ軽々しく貸してよいものではない」

「もとより貸す気などないのだろう?」

 オスカーは挑発的に笑った。

 レルシェルも不敵に笑って応えた。

「無論。武人としての矜持が折れるまでは」

 二人の様子を見たベルナルドは激高した。レルシェルだけでなくオスカーにも嫉妬のある彼は、その二人がそろうことで負の感情が高まっていく。その感情がメフィストの力と換わって行った。

「リュセフィーヌ……ヴァーテンベルク……二人してこの私を嘲るか!」

 ベルナルドはメフィストを突き出した。メフィストはパラパラとページがめくれ、あるページが垂直に立つ。その直後レルシェルは強い魔法の力を感じて戦慄した。

 二人を大爆発が包んだ。

 耳を引き裂くような爆音にレルシェルは悲鳴を上げたが、体が受けた衝撃はそれほど大きくなかった。驚いた彼女が周りを確認すると、そこにはセリカが立っていた。ドレスがぼろぼろに避け、普段の清楚な彼女の姿はどこにもない。

「セリカ!」

「だ、大丈夫です。見た目ほどひどくはありません」

 セリカは咄嗟に魔法を唱えて、水の障壁を張っていた。戦術魔術師ではない彼女はこう言った戦闘の経験はない。だが咄嗟の判断は、彼女の才能の高さを示していた。

「馬鹿! どれだけ肝を冷やしたか……」

 レルシェルが駆け寄った。実の姉以上に慕うセリカの身を心配したのだ。

「レルシェル様……その言葉、そっくりそのままお返しします。あなたの怪我を見るたび、私は気が遠くなるのを感じていたのですよ」

 セリカの手厳しい返しにレルシェルはぐうの音も出なかった。

 セリカの傷は大きなものではなかった。だが、安心はしていられない。ベルナルドは次の攻撃に移ってくるだろう。

 レルシェルはベルナルドに突進した。強力な魔法を持つ彼に迂闊に飛び込むのは危険だが、剣しか武器のない彼女にとって、その間合いは接近戦以外にありえない。懐に飛び込めば魔法も封じることができる。その思い切りの良さはオスカーも素直に賞賛した。

 ベルナルドは駆け込んでくるレルシェルを見て、メフィストのあるページを開いた。幼少より共にあるその本の何ページに何があるか、彼はそれをすべて知っている。ページが開いた瞬間にレルシェルの周りの床石が跳ね上がった。

「無詠唱!」

 セリカが思わず叫んだ。一般的な魔術師は呪文の詠唱や念、手振り身振りなどを行う。人が精霊の力を借りるには精霊との対話が必要であるためだ。いかに優れた魔術師であれ魔法の発動には精霊との対話の時間が必要となる。それが魔術師の最大の隙であるが、ベルナルドをそれなしで行った。つまり彼は精霊との交渉を一切無く魔法を発動できるのだ。それは人を超越した存在だとセリカは感じた。

 予想外の方向からの攻撃にレルシェルの反応は遅れた。

「ぐはっ……」

 足元から隆起した床石に下腹部を突き上げられる。同時に左右からも床石がわき腹を襲った。肋骨を直撃し、体の中でいやな音が聞こえた。

「レルシェル様!」

 セリカが叫んで駆け寄ろうとした。その瞬間、彼女を大爆発が襲う。注意がレルシェルに集中していた彼女は対処ができずに吹き飛ばされて気を失った。

「くっ……」

 レルシェルはセリカが吹き飛ばされるのを見て苦しそうにうめいた。駆け寄りたかったが、腹部と胸部の痛みで動くことができなかった。



「まったく、えらいことになっていやがる」

 混乱する王都を早馬で駆け抜け、フェデルタはつぶやいた。

「それだけ現状に市民は不満を抱いていた、と言うことでしょう。それにしたってこの数……魔物が現れる温床になるはずだわ」

 マリアはフェデルタのすぐ後ろについて言った。彼女の騎馬術ではフェデルタについていくのが精一杯だったが、フェデルタも上手くマリアの馬を誘導していた。

 ヴァルディールから戻ったばかりの二人はセリオスの別荘「白薔薇の園」から王都の異変に駆けつけていた。深夜北壁から派遣されたギャランたちの報告を受けたセリオスは、レルシェルらを助けるために二人を急行させたのである。

「ルクレール候には予も何度か会ったことがある。彼自身がどうと言うことはないが、彼の持つ本には特別な力を感じたことがある。魔物の気配のようなものだ。フェデルタが持ち帰ったグングニールにも似たものを感じている。フェデルタはその槍と意思の疎通ができると言うのならば、そういった形の『魔物』と言うものが存在すると言うことにならないか? もしそれが相手であれば、戦いになったときレルシェル一人で戦うのは難しい」

 セリオスの言葉はおそらく正鵠を射ている。フェデルタはそう思い焦燥に駆られた。

 グングニールを含め七本の聖剣と呼ばれる、もしくはそれに類似する武具はグングニールに良く似た性質を持つのだろう。魔獣にも対抗しえたグングニールの力を考えれば、それと同等のものを持つ者と戦うのは容易い事ではない。レルシェルの持つキャリバーンは魔物に対して有効とはいえ、所詮模造品である。

「それでなくてもあいつの実力じゃあ厳しい」

 フェデルタの声にマリアは思わず嫉妬にかられ苦笑した。

「ずいぶん大切なのね。あなたから見れば、リュセフィーヌ家は仇でしょうに」

「興味が無いな、そんなことには。俺が心配しているのは、この暴動はあいつでなければ止められん。魔物は俺が倒せば済むが、人の暴動は俺では止められない。だがあいつにはそれができる。それがあいつが未熟者でも英雄たる所以だ」

 フェデルタの言葉は的確だ。だが、それは事象に対してだ。彼自身の心象に対して素直な言葉であったかどうか、マリアは訊くのが馬鹿らしくなって肩をすくめた。

 二人は王宮の外壁にたどり着いた。門ではない箇所だが、壁の中の気配を二人は感じ取ることができた。

「なるほど……」

 マリアは魔物の気配を感じて思わず漏らした。それほどまで強力な力が外壁の外まで届いていたのだ。二人を目を合わせて頷き、レルシェルの救援を急いだ。



 ベルナルドはレルシェルやオスカーに向かって攻撃を続けた。強力な爆発が二人を襲い、二人は魔法に対抗する術が無い。

「何故だ……何故そんな魔法が、複数の精霊を扱うことができる……?」

 レルシェルはうめきながら言った。レルシェル自身は魔法を使うことができないが、基礎知識は学んでいる。魔術師は基本的に同時に属性の違う魔法を扱うことができない。だがベルナルドは火の精霊で爆発を、土の精霊で床石を動かした。それにこれほどまでに連続して魔法を使うことは人の精神力では不可能なことだ。

「それが……メフィストの力ですよ」

 オスカーの前に立ち、ベルナルドの攻撃を弾いた者が居た。イリアである。

「イリア……お前なのか?」

 オスカーの声は驚きに満ちていた。彼の前に建つイリアは彼の知るイリアの姿ではなかった。

 美しい白磁のような肌には刺青のような紋様が、黒髪からは山羊のような二つの角が生えていた。姿だけではない。彼女はベルナルドに似た強力な魔力を纏っていた。

「オスカー……申し訳ありません。このような姿は、一生見せないつもりで居ましたが……」

 イリアは悲しそうな目で言った。彼女は魔物であることを、隠してオスカーに仕えていたのだ。彼女の偽装は見た目だけでなく、レルシェルのような聖杯の騎士にも気取られないようにしていた。レルシェルが初見で感じた違和感はそれだったのだ。

「やはりあなたは魔物だったのか」

 レルシェルが息を切らしながら言った。

「魔物……か。あなたたちにとっては同じようものなのでしょうが、魔がこの世の者にとり憑いた姿を言う。あなたたち聖杯の騎士が主に相手にしていたのはそれなのでしょう。我々はその魔を操る、魔族」

 レルシェルは驚いてイリアを見た。確かにイリアは魔物と化した人間、ユリアンやリヒャルトとは違う感覚だった。彼女は人間から変化した者ではなく、生まれたときからその姿であったのだ。そしてレルシェルは知らないが、フェデルタたちがヴァルディールで出会った悪魔ともまた違う存在だった。

 イリアはさらにリヒャルトの攻撃を弾いた。

「私たちの味方をするというのか?」

 レルシェルの問いに、イリアは複雑な笑みを浮かべた。

「人間は、すべての人間に味方でいられますか?」

 その言葉は非常に明快だった。人間同士の諍いなど星の数ほどある。それは魔物であれ変わりはしないのだろう。

「私はオスカーが好きです。愛しています。私は人ではないが、オスカーの味方でありたい」

 イリアの言葉はさらに明快だ。レルシェルは心を雷に打たれたようにイリアを見つめた。人と魔物。魔物と言うだけでレルシェルにとってそれは排除すべき敵だった。だが、イリアは違う。

「イリア。わかった、お前が何であれ俺の隣にいるべき女はお前一人だ。お前が何であろうが、俺はかまわない! もし人間がお前を害すとき、俺はお前の盾となる!」

 オスカーもイリアに応えて叫んだ。レルシェルは人と魔物でありながら、同属と敵対することを厭わない。そんな者もいることを知り衝撃を受けていた。

「イリア。あいつをなんとかできるか?」

 オスカーの問いかけに、イリアは力なく笑って言った。

「相手はメフィスト。我々魔族とも魔物ともまた少し違った存在です。その格は私よりもさらに上。残念ですが、私一人の手では……」

 イリアは厳しい表情でベルナルドとメフィストを見つめた。

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