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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第四章・廃都の残滓
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第4話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第四章・「廃都の残滓」 ――十六年前に滅亡した錬金術師の都に現れる亡霊とは

 リカルドをはじめとした山賊達がざわつき始めた。

「ようやくここが開くんだろう? はやくお宝を見せてくれ」

 リカルドがアーヴェントにつめ寄って言った。

 アーヴェントはここの調査に人手が必要だったし、リカルドらはこの町に残された財宝は、彼らが一生遊んで暮らせるほどだと踏んでいた。両者の利害関係はそれにあった。

 実際には町に残された財はそれほど大きくはなかった。それでも一介の山賊には大きな収入となったが、欲をかいた彼らは地下の宝物庫に大きな期待を寄せていた。何せ、大国フェルナーデがその財宝を目当てにヴァルディールを攻めたと噂された財宝である。

 アーヴェントはリカルド達を満足させる必要がある。そう思って頷いた。

「わかった。彼女にここを開けてもらう。財宝は君たちのものでいい。私が必要としているものは、一つだ。それさえ手に入れば後は君たちの自由にしていい」

 アーヴェントの言から、ヴァルディールの再興は彼の頭にないことがわかる。もし巨大な財宝があるとしたら、再興のために大きな資金となるに違いないがそれを山賊に与えると言うのだ。

 マリアはアーヴェントの意志をそう読み取ると、封印された扉の前に立った。

 それに追従して、フェデルタが立つ。

「魔物の気配はしないな」

「ええ……もし仮に十六年前に魔物がここに進入した部隊を全滅させたとしても、ここには留まっているほど気が長い魔物はいないのでしょう」

 マリアの意見にフェデルタは頷いた。だが緊張感は解かずに、いつでも銃を抜ける状態にする。

 マリアは門に右手を置くと意識を集中した。

 錬金術とは物質を分解し、再構成する術である。それを行うためには、その物質が何であるか知る必要がある。マリアはそれを手のひらで感覚的に知り、封印が何でできているかを知った。

 右手を扉に置いたまま左手でポーチから、薬品を取り出す。銀色の砂のような薬品で、フェデルタにはそれが何なのか判断はつかない。

 マリアはそれを手のひらにこぼして、口元に持っていくと、勢いよく息を吹きかけた。粉は扉の中心で四散し、付着する。同時にその粉がかかった場所で小さな爆発がいくつも起きた。それが連鎖的に作動し、扉を封じた錬金術を破壊していく。

「案外と力技なんだな」

「錬金術は基本、破壊と再構築の連続。錬金術の封を解くには、錬金術で破壊するのが一番効率的なのですよ」

 フェデルタの感想にマリアは微笑んで答えた。彼女は右手を扉から話すと、左手に残った薬品を丁寧に払った。彼女の仕事は終わったのだ。

 軋むような音を立てて、扉がゆっくりと開く。

「おお、開くぞ……」

 山賊達が感嘆のざわめきを起こした。

 扉が開き、奥の闇が姿を現す。

 だが、彼らが想像していた闇に閉ざされていた黄金と宝石の山はなかった。

 がらんとした宝物庫の中には、財宝は何一つ残されていなかったのだ。いや、もともとその扉は財宝を守るものではなかったのかもしれない。

 その中央には小高い黒い塊の上に、少し傾いた形で槍が突き刺さっていた。

 大きな槍ではない。それに宝飾で彩られた豪華なものではない。白い柄と銀の鉾。わずかに刻まれた彫刻だけが飾りと言えば飾りだろう。だが、それは神秘的な光に包まれていた。

「聖剣……グングニール……」

 アーヴェントがつぶやいた。彼も実物を見るのは初めてだった。だが、神々しい光を帯びるそれは、見る者には畏れさえ抱かせる。聖剣と名付けられているが、グングニールは槍の形をしている。それは他の聖剣も同じで『聖剣』とは天使より賜れし、武器の総称にしか過ぎない。

 アーヴェントは言わば『聖槍』グングニールを見つめ、大きな感慨にふけっていた。

「おい、これはどういうことだ!」

 十六年の年月を思いふけっていたアーヴェントに水を差す声がした。リカルドだ。この宝物庫の財宝を当てにしていた彼にしてはもっともな言葉だ。

 彼とその仲間は埃っぽい空間に踏み込み、大声で叫んだ。彼らの望むものはそこに何一つなかったのだ。

 頭に血が上ったリカルドは、大股でグングニールに近づいた。

「くそっ。こんな槍、売っても大したことなさそうだが、せめてこれくらい……」

 彼は無造作にグングニールを引き抜こうとした。

 アーヴェントは彼の行動にはっとした。

「よせ! それに触るな!」

 その声は意外にもフェデルタのものだった。それを叫んでから、彼は何故叫んだかわからず、目を丸くした。その声は彼の意志のものではないかのようだった。

 だが、リカルドが槍に触れるか否かのとき、地鳴りのような音がして、次いでヴァルディールの大地が大きく揺れる。

「じ、地震か?」

 山賊達はうろたえた。それほどの揺れだったのである。

 だが、フェデルタとマリアは別の脅威に背中を冷たくしていた。

「たしか、グングニールは魔物の世界との出入り口を封印しているのだったか?」

 フェデルタはひきつった笑みを浮かべて、アーヴェントに言った。

「あ、ああ?」

 アーヴェントには地震以外の違和感はないようだ。

「フェデルタ……これは……」

 マリアがこわばった顔で言った。

「ああ、魔物だ。魔物が現れる。それもとびきりのやつがな」

 フェデルタは生唾を飲み込み、マリアに答えた。銃を抜くが、感じる気配から勝算が浮かばない。それほど圧倒的な気配が彼らを包んでいた。

 乾いた音を立てて槍が転がる。

「そうか、グングニールは錬金術であの場所に固着されていた。でも、あれほどの『物質』を固着するには、錬金術を定期的にかけなおす必要がある。この十六年の間でその力は失われて……」

 マリアは愕然とした表情で言った。

 グングニールを支えていた黒い何かは、錬金術でできた何かのなれの果てなのだろう。

 グングニールからは強い精霊の力を感じられた。それは物質に宿り、近くの物体に影響を与え変化する。そのため、この封印を守るためヴァルディールの錬金術師は、代々封印に錬金術をかけ続けていたのだろう。

 グングニールが突如はじけ飛んだ。

 乾いた音を立てて石畳の床に落ちた。

 その刹那、暗く沈んだ大地から激しい咆哮が轟いた。それは魔獣の咆哮だった。宝物庫に入った人間は全てその咆哮に足をすくませた。

「ぐぎゃあ!」

 突如悲鳴が聞こえた。リカルドのものだ。グングニールに一番近かった彼は、闇から現れた魔物に食いちぎられていた。

 漆黒の毛皮に包まれた、三つの頭を持つ獣だった。明らかに、この世のものではない。竜の尾と蛇の髭を持つ巨大な獣は魔物の世界とこの世界をつなぐ門番である。

「ケルベロス……まさか、神話に伝わる魔獣がここに……」

 マリアは愕然としてつぶやいた。

 彼女たちが戦ってきた魔物とは格が違った。人間が変化して人を襲うようになった魔物と、魔物の世界から現れたそれとは肌で感じるそれが違う。言わば目の前にしたそれは『魔神』と呼んで語弊はないだろう。数々の魔物との戦いを経験した彼女ですら、足をすくませて呆然と立ち尽くすしかなかった。

 ケルベロスは獰猛な咆哮をあげ、凶悪な爪と牙で山賊達を切り裂いた。彼らも長く山賊として暮らし、いくつもの修羅場を乗り越えた者だ。だが人間など魔獣の前では紙切れ同然だった。

 圧倒的な力に人間たちは動けなかった。

「……ぞう、小僧。俺を拾え。この中ではお前が一番見込みがある」

 同様に我を忘れていたフェデルタは耳元でささやく声に気が付いた。いや、耳元と言うよりは脳内に直接語りかけてくるような声だった。

 フェデルタは初めての経験に驚き、あたりを見渡した。それは子供のような甲高い声である。子供などこの場所には当然いない。

「だれだ?」

 彼は低くつぶやき、神経を張り巡らした。

 常の冷静さを取り戻し神経をとがらせた彼は、その声の方向を見極めることができた。それは石畳に落ちた、グングニールだ。闇の中で、それはわずかに青白い光を放ってフェデルタに話しかけてきていた。

「お前だよ、お前。ここで一番腕の立つ人間だと自覚はないのか?」

 グングニールは声変わりもまだの少年の声でフェデルタを呼びかけた。

「なんだんだ、これは……グングニールに何か憑りついているのか?」

 フェデルタは脳内を響く声に煩わしそうに片手を当てて答えた。

「憑りつく? 失礼なことを言うな。俺は聖槍グングニールだぞ」

 声は不満そうに言った。フェデルタはその声に驚いて槍を見た。

「驚いた。聖剣とは天使より賜りしものだと聞く。だから神通力や不可思議な力が宿っていたとしても不思議ではないと思っていたが、話しかけられるとはさすがに想像していなかったな。しかし……ほかの皆には聞こえていないようだが?」

 フェデルタは呆れた声で言った。

「俺は直接脳に話しかけている。気に入ったやつじゃないと話す気は起きない」

 少年の声は生意気で、フェデルタは苦笑した。

 しかしフェデルタはセリオスに聖剣は自ら使い手を選ぶと聞いている。伝説上の話との前置きだったため真剣にはとらえてはいなかったが、この少年の声のように聖剣自身に意識が宿っているとしたら、ありえない話ではない。

「わかった。まずどうすればいい?」

 フェデルタは表情を引き締めるとつぶやいた。

「まずは俺を拾え。話はそれからだ」

 グングニールは言った。フェデルタも確かにと思うが、それが難題だった。グングニールは彼らと魔獣を挟んで反対側に落ちている。

「前の持ち主はへたれでな。この門を守る魔神に俺を突き立てて封をするのが精いっぱいだった。この魔神さえ倒してしまえば、こんな門、自然に閉じてしまうだろう」

 前の持ち主と言えばヴァルディールを建国した英雄アリオン公の事だ。

「伝説の英雄がへたれかよ」

「中途半端な封印しかできないやつはへたれだ。それにあんな下級の魔神、俺の力を引き出せれば問題なく倒せるはずだ」

 フェデルタは深く息をついた。この目の前で山賊達をたやすく蹂躙し、彼自身やマリアを圧倒する力を放つケロべロスですら下級だとグングニールは言う。あの闇の向こうにはどんな魔物が存在すると言うのだろう。フェデルタは想像したくなかった。

「とにかく奴は四〇〇年の封印で力が弱っている。今ならおまえでもなんとかなる」

「でも、は余計だ」

 フェデルタはそううそぶくと、前進をはじめた。

 ゆっくりと足を進めたが、ケルベロスは明敏に察知しその竜の尾でフェデルタを襲った。フェデルタも寸前でかわすことができたが、その脅威を肌で感じた彼は背筋に冷たいものを感じた。身軽さでもケルベロスのほうが一枚も二枚も上手だろう。まともに行ってはグングニールを拾うのもままならない。

「早くしろ! 放っておけば開いた門から他の魔物も現れるぞ」

 グングニールの叫びを聞きながらフェデルタはケルベロスを睨みつけると、少しの時間を考えに費やした。

「マリア。すまないが、少しの間でいい、あれを引き付けてくれ」

 フェデルタの発言に、マリアは驚いた顔で彼を見た。

「え? ちょっとそれって……」

 マリアは当然抗議の声を上げる。

 彼女は戦闘の専門家ではない。彼女の力量を信頼しての発言ではなく、この場で敵の注意を引き付けられる可能性があるのは彼女だけだと思っただけだった。フェデルタにはそれしか選択肢がなかった。

「あれを俺が拾う。それまででいい」

 フェデルタはひきつった笑みを浮かべて言った。

 マリアは憮然とした表情でフェデルタを見つめたが、フェデルタの表情の中に決死の覚悟があることを感じた。そして彼女もこの地獄の門を放置するわけにはいかないと、本能的に感じていた。

「無茶もいいところだわ」

 彼女はそういうとケルベロスを眺め、懐から金属の小玉をいくつか取り出した。

 マリアはそれをケルベロスに投げつけると、印を組んで精神を集中する。ケルベロスに向かったその小玉は、急激に変化をはじめ、鋭利な刃物となって魔獣に襲いかかった。錬金術による物質の変化を利用した攻撃だ。

 咆哮をあげたケルベロスは、その強烈な攻撃をその鋭い刃で噛み砕いた。鋼鉄の巨大な刃すら、薄い木版のようだ。マリアはその凶悪さに戦慄したが、手を緩めなかった。バラバラに砕け散った鋼鉄の板も、彼女にとっては錬金術で操作可能な要素である。彼女は床に両手をつくと術を発動させた。

 砕け散った鋼鉄は各々が絡み合い、鉄の鎖へと変化した。それはケルベロスの体に巻きつき、大地とつないでその動きを絡みとる。

「なかなかやるじゃないか」

 フェデルタはマリアの動きを見て、素直に感心した。

 ケルベロスの注意は完全にマリアに向いており、フェデルタは行動の自由を得る。彼は石畳の床を蹴ると、魔獣を迂回してグングニールを目指した。

 魔獣はひときわ大きく吠えると、力任せにマリアの鎖を引きちぎる。激怒した魔獣はその胸を大きく膨らませると、それを炎にかえて一気に吐き出した。それは触れたものを消し炭にする地獄の炎だ。マリアは跳躍してその直撃を避けたが、爆炎に吹き飛ばされて石畳を舐めた。

 マリアが身を起こそうとすると、魔獣はもう一度胸を膨らませていた。起き上がって躱す時間は許されていない。マリアは両手をもう一度大地に叩きつけた。魔獣の炎が彼女を襲う寸前、石畳が隆起して彼女の盾となる。乱暴な錬金術だ。マリアはそう毒付きたかったが、二回の炎で彼女の肺は焼けて咳き込むが精一杯だった。その彼女がよろめきながら立ち上あがった。威圧的な視線を感じて視線をあげると、ケルベロスは彼女の目の前に迫っていた。山賊達を食い殺した、血生臭い吐息が彼女の鼻先にかかる。

 やはり歯が立つ相手ではない。彼女は魔獣を見たとき、魔獣の強さの見積が誤っていなかったことを知ったが、それは将来に役に立ちそうにはなかった。

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