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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第四章・廃都の残滓
14/59

第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第四章・「廃都の残滓」 ――十六年前に滅亡した錬金術師の都に現れる亡霊とは

 ヴァルディール公国は、ルテティアより南東に馬で約十五日の距離にある辺境国家である。南西にフェルナーデ王国領内ではルアール山脈を望み、北にはその氷河湖であるロアンヌ湖に囲まれた、風光明媚な小国である。

 古くからフェルナーデの属国という歴史を持つが、高い自治性を維持しており、半ばフェルナーデ領内の独立国家に近い存在であった。それを維持できたのは、この土地が持つ資産である。ヴァルディール公国の名を関する、この国の最奥にあるヴァルディール渓谷に公国の首都はある。古くから良質の砂金と砂鉄を採取でき、また錬金術にも重宝される鉱物が数多く産出されていた。ヴァルディールは鉱業と錬金術で莫大な富と益を得て、その経済力から強い自治権をフェルナーデから得ていたのである。二〇〇年の時間、ヴァルディールとフェルナーデは、属国と主権国の間柄でありながらお互いの利害関係を一致させて共栄を紡いできた仲だった。

 しかし、十六年前、ヴァルディールとフェルナーデの間に突如として戦争がおこる。その八年前には、前王の妹が、ヴァルディール公の息子と婚姻を結んだばかりであった。

 フェルナーデによる公式の発表では、ヴァルディールの謀反に端を発するとある。しかし、本当の理由は無論ほかにあった。

 その数年前より、二国の間で政治的な軋轢が発生していた。

 ヴァルディールの砂金、砂鉄の算出は年々減っており、その鉱脈は尽きかけていた。ヴァルディールはそれを理由に、フェルナーデへの上納金の減額を求めていた。しかし、ヴァルディールの財政は、長く続いた繁栄のため特に逼迫された状況ではなかった。一方フェルナーデは外患内憂に財政は傾いており、ヴァルディールの豊かな財力は非常に魅力的であった。

 両国の交渉は長く続いたが、交渉は難航した。フェルナーデ側から派遣された外交官は、王の信頼厚いオズボーンという男で、その年の春から粘り強く交渉を続けていたが、秋の深まるころ毒物によって暗殺されてしまうことになる。オズボーンの暗殺を口実に、フェルナーデはヴァルディールと戦端を開くことになる。この事件は、当時からオズボーンの暗殺はフェルナーデ内部によるものだと噂が絶えない。難航中の交渉とはいえ、ヴァルディールが彼を殺す動機はほとんどなかったからである。

 そうしてフェルナーデ歴四〇一年晩秋、ヴァルディール戦役は口火を切る。

 大国と、その一属国でしかない小国との戦は、始まる前からその帰趨は見えていた。

 ヴァルディールは谷の最深部である都を天然の要塞とし、傭兵を雇って堅固な防御陣を引いた。

 フェルナーデ軍は大軍を持ってヴァルディールを包囲し強行な攻撃を行った。二者の戦力差を鑑みれば、大軍の力を持って押しつぶすのは容易だと思えた。だが、地の利を生かしたヴァルディールは、苛烈で的確な迎撃戦を行い、フェルナーデ軍を散々に追い払う。特にヴァルディール公の息子、ジェラールが自ら率いた親衛隊の活躍は目覚ましいものであった。ヴァルディールの象徴である、赤色で彩られた軍服に身を包んだ騎兵の彼らは、フェルナーデ軍から『赤色の死神』と呼ばれ、彼らが戦場に現れるだけでフェルナーデ軍の部隊は恐慌に陥るほどだった。

 年を越す頃、フェルナーデ軍はすっかり萎縮してしまい、どちらが攻め手でどちらが守り手かわからなくなっていた。

 フェルナーデ軍上層部は事態を重く見て、当初の司令官を更迭しその上役であった、ジョアン・デ・リュセフィーヌ侯爵を司令官に立てる。フェルナーデとしては決して負けられぬ戦である。大国のフェルナーデが辺境の小国に負けたとあっては、その威信は地に落ちる。属国に甘んじている国々や、大きな力を持つ諸侯に独立のきっかけを与えかねなかった。

 ジョアンは華麗な戦術も鮮烈な武勇を持つ男ではなかったが、代々軍の名門としてフェルナーデを支えた一家の名を汚すほど愚鈍でもなかった。彼は自分の才能と性分をわきまえており、地味ながらも堅実な戦略を持って戦いを挑んだ。

 その戦略は大兵力を生かし、ヴァルディールを徹底した包囲と、小規模ながら絶え間ない攻撃を続けて、抗戦するヴァルディールを衰弱死させるものだった。

 補給を絶たれ、絶え間ない攻撃に晒されたヴァルディールは、市民の支援もあり頑強な抵抗を続けたが、二ケ月後には戦いを続けられる状況ではなくなっていた。

 誇り高く戦ったヴァルディールに対しジョアンは寛大な処置を約束して降伏を呼びかけたが、ヴァルディールは降伏を承諾しなかった。ヴァルディールにとってはフェルナーデの陰謀により押し付けられた戦争である。彼らはこの戦いの中一貫してフェルナーデに疑心を抱いており、多くのものが憎悪を持って戦いを維持してきたのだった。

 結果として、彼らがフェルナーデに下ることはなかった。

 ジョアンの最後の降伏勧告を蹴った彼らは、最後の戦いが残されていた。そしてそれはヴァルディールの歴史の終幕を彩る最後の戦いだった。



 以来十六年、渓谷の最奥にあるヴァルディールの都は誰も住まぬ無人の都市となった。辺境の地の亡びた国とはいえ、無人のままと言うのは通常ありえない話である。

 ヴァルディール滅亡後、制圧に入ったフェルナーデの一軍は怨嗟と悲鳴のあと、帰ってこなかったと言う。原因は今もって不明であり、制圧と金品の略奪を目的に入った先陣の約六〇名の兵は、いまだに行方が分かっていない。

 ジョアンも静まり返りすでに廃都の様相にあったヴァルディールに対しそれ以上の介入を避けた。中央からはヴァルディールが持つであろう、莫大な財産を確保せよと言う密命が下されていたが、部下の生命と帰還を第一とし、騎士道精神に則りその地から軍を引いて凱旋した。

 ヴァルディールの財産を期待していた財務省をはじめ、ジョアンには批判が集まったが、彼を処罰はされなかった。彼を処罰した理由が知り渡れば、宗主国が従属国の財布を目当てに戦争を起こしたと、不名誉な事実が流布されるだけだったからだ。

 先陣の約六〇名の兵も戦闘による戦死と公表された。

 だが、軍部の記録には不気味な謎が残る戦いの終幕となった。

 近くの住民も近づかず、戦争に先んじて疎開した住民たちもヴァルディールには戻らなかった。僻地の都とはいえ、町を人が完全に捨てるというのは異例のことである。

 調査隊や、盗掘を目的に何人かの人が向かった形跡はあるが、戻った者はいないと言う。不気味な噂だけが残り、ヴァルディールは死霊の渓谷とも呼ばれるようになっていた。



 フェデルタは足元に散らばる、荷車の残骸のかけらを拾い上げた。

 寂れた街道は整備もろくに行き届いておらず、ところどころ雑草や大きな石が転がっている。荷車が原型を残さずに破壊されているのは街道の荒れのせいではない。明らかに敵意を持って破壊された後だった。

「フェデルタ、どう思いますか?」

 荷車の残骸を念入りに調べていたマリア・ベネットが顔を上げ、フェデルタに尋ねた。

 彼らは二人、遠くルテティアを離れ、旧ヴァルディール領内の街道へと来ている。

「そうだな。徹底した破壊っぷりだ。それに馬の蹄の跡がはっきりと残っている。噂通りだ。だが、金目のものはすべて奪われている。亡霊の仕業としたら妙な話だ。奴らが求めるのは、金か? 死んだ奴らには必要のないものだ。亡霊が金品を集めてるなんて話、聞いたことがあるか?」

 フェデルタの返答にマリアは首を横に振った。

 亡霊が求めるものがあるとしたら、それは人間の生だ。死者である彼らは生者を憎むあまり、この世にとどまってしまった哀れな霊魂である。

「ここに来る前から大方の予想がついていたさ。おそらく犯人は、ヴァルディールの『赤色の死神』の話を聞きかじった、山賊の類だろう。このあたりじゃヴァルディールの話は有名だからな。その亡霊の真似事でもすりゃ、楽に稼げると思ったんだろうな。この程度のことなら、俺たち聖杯の騎士が出張ることじゃない。地元の部隊に調査させればすむ」

 フェデルタは呆れたように言った。

 彼らはセリオスの命によりこの地に赴いていた。

 旧ヴァルディール公国を通る寂れた街道で、交易商人たちが襲われる事件が相次いでおり、被害者の証言では、彼らを襲ったのは覆面をかぶったヴァルディールの赤色の死神の姿をしていたとの事だった。十六年前の戦争の記憶は人々の記憶に根深く、その噂は尾ひれを付けて薄気味の悪い話としてその地方に広まった。

「ロアンヌ街道にヴァルディールの亡霊騎士団が現れる。彼らは十六年前の無念を晴らすべく、今でもかの地に踏み入れる者を排除しているのだ」

 噂はこの地方に瞬く間に広まった。実際多くの商人や旅人が襲われていたため、この地方の通商に大きな影響を与えていた。

「この地の人たちはヴァルディールに深く関わることを避けているみたいです。十六年前の戦いの後、ヴァルディールの都には、誰一人いなくなったそうですから。調査に向かった人も、誰一人帰ってこなかったとか。やはり噂は……」

 フェデルタはマリアの言葉を横顔で聞き、かつて荷車であった瓦礫を一つ蹴とばした。

 これを運んでいたのは二人が雇った流れ者だ。つまり囮である。

 大した額ではないが、金品を運ばせ、もし盗賊などに襲われるようだったら、品を捨てて逃げるようにと指示してあった。ここに瓦礫と一緒に死体がないのは、彼らが指示通りうまく逃げ出せたのであろう。フェデルタはそれだけ確認し安心すると、小さくため息をついた。

「そんなバカげた話があるとは思えないな。それにしたって、地元の軍や警察は給料泥棒もいいところだ」

 フェデルタは険しく天を衝く山脈を見た。その山裾には深い森が広がっていて、その自然は人の侵入を拒んでいるかのようである。

「行くしかありませんね」

 マリアもフェデルタと同じものを見て、それでいて決意を静かに呟いた。幼い顔だが、眼光は鋭い。彼女の意志は見た目よりずっと固いことをフェデルタは悟った。

「今回のリーダーはあんただ。付き合うさ」

 ヴァルディールの調査を引き受けたのはマリアである。フェデルタは今回彼女の護衛で、それはセリオスの命によるものだった。無論フェデルタの実力に疑う点はないが、マリアがセリオスと同行者について会談しているとき、ふらりと暇そうに現れた彼に白羽の矢が立ったのであった。

 話を聞いたフェデルタはしばらく複雑な表情をして考え込んだ。

 煩わしければ即断る彼にしては珍しい態度だった。だが、彼は少しの間をおいてその依頼を受けることを返事している。マリアはその様子に違和感を感じていた。

「フェデルタ、あなたも思ったより積極的ですね? 私はかつて錬金術で栄えたヴァルディールに興味がありますが……正直、あなたはもっと自己的で、他人のすることを助けたり、興味を持ったりすることがない人だと思っていました」

 マリアはわざと言葉を選ばず、勘ぐるように言った。

「失礼な言い方だな。俺は別にそれほど冷たい人間じゃない。ただ、意味のない慈善活動や偽善が嫌いなだけさ」

 フェデルタは肩をすくめて言った。本人でもばからしい位の本音を隠した言い様だった。

「でもあんたもヴァルディールの錬金術だけが興味の対象じゃないんだろ?」

 フェデルタは話の矛先を変えるために、マリアの核心をついた。

「ヴァルディールの王家が代々継いだと言われる、七本の聖剣の一つ、聖槍グングニールだ……レルシェルの持つキャリバーンはあんたの父親が作った贋作だが、話によればヴァルディールのそれは本物の聖剣ってことだ。あんたはそれに興味があるんだろ?」

 マリアの父、アラン・ベネットは魔物を滅ぼす聖剣と呼ばれる武器の複製の錬成に成功している。マリアも若くして優秀な錬金術師ではあるが、その技術はまだない。

「親を超えたいという心理は、親が居ねえ俺には分かねえがな……」

 フェデルタはぽつりと言った。彼は孤児だった。

「父を超えたいとか、そういうつもりはないですけど……錬金術師として、聖剣のうわさを聞いて興味を覚えないはずはないわ」

 マリアは困ったような表情で返した。

 フェデルタはマリアをみて肩をすくめ、話題を変えた。

「このまま上るか? 獣道程度は残っているだろう。だが、日が暮れるのは覚悟の上だがな」

「かまいません。行きましょう」

 二人とも野宿の装備はあった。もともと最寄りの町からでも、街道が失われたヴァルディールの最深部へは一日では行けない。二人は顔を見合わせると、お互いに頷いて深い森へ足を進めた。



 深い森の中で二人は野営を開始した。深い森と言っても、人の生活圏にあった場所だ。獰猛な動物が徘徊する気配はない。

 フェデルタはともかく、マリアも思いのほか手際よく野営地を設営した。高名な錬金術師の家に生まれ、その父が追放された後も貴族の家に引き取られたマリアは、その為人からしても令嬢と言った雰囲気がある。フェデルタは予想外の彼女の動きに驚きを隠さなかった。

「おかしいですか? 錬金術師と言っても、下積み時代には錬金術に必要な薬品の原料を求めて、各地を飛び歩きます。こういう旅も良くしたものですよ」

 マリアはフェデルタの表情を察して答えた。

 フェデルタはなるほど、と思い納得をした。

 二人はどちらも多弁な人間ではなかったため、たき火を囲んで雑談を交わすようなことはなかった。

 夜が深まるころ、突如として霧が出始めた。二人は敏感にそれを察知して、あたりを警戒した。

「妙な霧だ」

「ええ、そういう風は感じられませんでしたが……」

 霧が出るときは、気温や湿度などの変化がある。

 刹那、風を切る音がした。そして一瞬遅れて土をたたく音がする。矢が射掛けられたのだ。フェデルタはマリアを背におき、たき火に土をかけた。闇夜の中でたき火など、敵に存在を教えているようなものだ。

 二人はたき火から移動し、目を凝らし耳を澄ませた。

 馬の蹄の音がする。この森の中で馬を操るには相当の技量が必要だ。かつてヴァルディールの騎兵がおそれられたのはそこにある。この深い森を騎兵の機動力をもって神出鬼没に出現し、敵陣を蹂躙したのだ。

 馬を駆る蹄の音は四方八方から聞こえる。闇夜の霧の中で、それは反響するように聞こえた。それは明らかに自然ではない。

「こいつは……いつの間にか俺たちは敵の術中にはまっていたようだ。魔法か何かだな、これは」

 フェデルタは剣を抜き、大きな木に寄った。敵の方角がわからないなら、敵の攻撃範囲を最小限にする必要がある。

 視界はあてにならない、四方から来る蹄の音に彼は集中した。

 闇の霧を割いて、大きな影が迫る。それは騎兵だった。そこから鋭く振り下ろされた剣は、若干そりがあり馬上から攻撃するに適している。

 だが、神経を集中していたフェデルタは寸前に剣で裁いた。

 闇に金属がぶつかり合う火花が散る。

 フェデルタとマリアは驚愕して目を見開いた。闇に浮かんだその騎兵の姿は、伝説に聞く「赤色の死神」の姿であったからだ。

 だが、騎兵もうろたえていた。騎兵は頭巾を深くかぶりその表情は見えないが、まさか攻撃を受け流されるとは思っていなかったようだ。彼は馬の腹を蹴り、一旦霧の中へ逃げ帰った。

 フェデルタはもう一度精神を集中し、再度の攻撃に備えた。

 だが、二回目の襲撃はなかった。徐々に霧は晴れて蹄の音も聞こえなくなっていった。二回目の攻撃はあきらめたのだろう。

 あたりが静まると、フェデルタは剣を収めた。

「まさか、本当に赤色の死神の亡霊が?」

 マリアの表情はまだ硬く、信じられないものを見たという顔でつぶやいた。

 フェデルタはしばらく黙って考えていたが、そのうち彼らしいふてぶてしい笑みを浮かべた。

「いや、亡霊じゃない。あの太刀筋は生きてる人間のものだ。それもあれは脅しだな。殺気はほとんどなかった。俺たちを驚かせて退散させようってもんだ。亡霊なら、有無を言わさず命を奪いに来るだろう」

 しかし、この森の中を自在に駆ける騎馬術は「赤色の死神」と同等であろう。それに、霧と音を使った幻覚は、魔法によるものだと彼は思った。

「ただ、亡霊じゃないにしてもただの山賊じゃないことは確かだな……」

 フェデルタは少し笑ってつぶやいた。

 森の中を俊敏に動ける騎兵と、霧と音を使った幻術を操れる魔法使い。それは確かに彼の言うとおりただの山賊ではないだろう。

 フェデルタは少しは骨のある奴がいるかもしれないと思い、微笑んだ。彼は多少の危険を愉しむような、悪い癖を持つ青年だった。

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