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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第一章・嘘の手紙
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第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第一章・「嘘の手紙」――少女と魔物に犯された青年の優しい嘘――

 淡いランプで照らされた酒場は、深い陰影を刻み、仕事帰りの男達は上品ではないが清々しい喧騒を奏でる。これは一つの美だ、とカウンターで一人いる少女は心の中でつぶやいた。

 入り口のドアが開き、一人の少女が駆け込んでくる。ブラウンの髪を左右でまとめた可憐な少女だ。無骨な男達が集う酒場には似合わない、とカウンターの少女は思った。当の本人もこんな場所には似合わない可憐な容姿の持ち主で、またその容姿に似合わない王国軍人の制服を着込んでいた。

 入り口の少女は落ち着かない様子で店内に視線を走らせると、一人の人物を見つけて表情を輝かせた。そこには一人の青年がいた。

「ユリアン! 兄さんから手紙が届いたの!」

 彼女は懐から封筒を取り出すと、急いで彼に駆け寄った。

 青年は笑顔で答えると、少女が差し出した手紙を受け取ると、一言「読むよ」と断って、その文を読み始めた。

「……マリア、元気にしてるかい? 私は平和に、と言うわけにはいかないが、前線のキャンプで仲間と共に元気にやっています……」

 青年の声は穏やかでやさしく、少女の耳に柔らかく届いていた。

 カウンターの少女はそれを不思議そうに見つめた。

「テオ、あれはなんだい?」

「レルシェルは知らなかったか、あれは代書屋だよ。読み書きができない連中に手紙を書いたり読んだりしてやるのさ」

「へえ……」

 レルシェルと呼ばれた少女は関心したように頷いた。この時代、識字率は高くない。商人ですら、数字以外の文字を扱うことは少なかったし、文書と言うものはもっぱら学者か貴族のものであった。一般市民には文字が読み書きできなくても、特に生活に支障はなかったが、時折それが必要になることがある。そこで生まれた商売が代書屋だ。貧乏な学生などが副業で行っていることが多い。

「しかしユリアンのヤツ、いつの間に読み書きなんて覚えたんだ? 大工に読み書きなんか要らんだろう」

 店の主人テオの声には幾分か嫉妬が感じられる。代書屋で稼ぎ、若い娘と親しげに話をする彼を妬んでいるのだろう。ただその感情は素朴であり、悪意のあるものではないとレルシェルは思った。

「あの子は?」

「ああ、マリアか。花売りだよ」

 花売りとは隠語である。レルシェルも若い女だ。テオはそれ以上の説明を避けたが、レルシェルもその言葉を意味を理解した。

「兄貴が戦争にとられてな、そうするしか仕方がないらしい。それでああやって時々手紙のやり取りをしているみたいだ。たしか戦場は北の……」

「ユグラット戦線か」

「ああ、そうそうユグラットだ。流石だな」

 レルシェルは目を細めてマリアの横顔見た。曇りのない笑顔だ。それは兄からの言葉を信じて疑わない顔だ。

 レルシェルは傍らのエール酒の杯を飲み干した。

 北方の戦場、ユグラット戦線での戦闘は二年も前に終了していた。辺境に派遣された軍は、異民族の奇襲により大敗し、多くがそのときに殺された。王国は、賠償金と領土の一部を条件に講和をしている。王国はその事実を隠し、戦場からはるか離れた王都の人間でそれを知る者は少ない。その現在は存在しない戦場から手紙が届くわけなどない。レルシェルは眉をひそめた。

「仲のいい兄妹だ。レルシェル、あんたのところも姉さんが二人いたよな?」

「ああ、仲は良くないけどね」

 テオの質問に彼女は苦笑いをして答えた。

 レルシェル・デ・リュセフィーヌ。王国でも五本の指に入る大貴族、リュセフィーヌ侯爵の末娘だ。その彼女が軍服を着て、場末の酒場に入り浸っているのには、相応の理由があった。





 王都ルテティアは四〇〇年と言う歴史を繁栄というインクで鮮やかに彩られている。フェルナーデと言う大国は、大陸の西端、ガリア平原の中心にこの都市を建設した。その時から、この都市は政治、経済、文化、軍事の中心都市となった。栄華はさまざまな色をこの都市に呼び込んだ。その色はさまざまな反応を見せ、新しい色を生み出して時に人を驚かせ、新たな繁栄をさらに呼んだ。

 四〇〇年と言う月日に、ガリア平原は人口増加に疲れ、フェルナーデと言う国も驕り、ルテティアの色にも濁りが見え始めていた。

 その濁りは王国から徐々に活力を奪っていった。活力の衰退は、周辺の辺境諸国や異民族、異種族の侵入を許した。外からの攻撃は王国の憂鬱の小さな一つにしか過ぎなかった。辺境諸国や異民族の要求は大きくはない。だが大国であるフェルナーデは、その威信と権威を守るため、それらと戦った。その力はさらに王国から力を削り取った。

 それよりも王国の中心で起こっている権力闘争が、老体となった王国いくつかの病巣となってはびこり、生き延びるためには大規模な手術が必要になっていた。手術に必要な体力があるうちにそれは行わなければならない。だが、王国の指導者はお互いの足の引っ張り合いに忙しく、その決断と能力はなかった。

 王国は外敵の侵入を名目に辺境諸国や異民族への遠征を繰り返し、民衆の目は内患から逸らされた。

 豊饒だった大地は人口増加に疲れ、痩せた。経済は徐々に滞り、浮浪者はその数を増やしている。

 このままでは、いずれ滅びる。

 皆々がその不安を胸に抱き、それでも毎日に追われている。

 ルテティアには大きな感情の闇が渦巻いていた。


 それは闇の中でなおぬらぬらと鈍い光を放っていた。生命の源であるそれは、主の体内からあふれ出し、無情にも石畳へと吸い込まれていく。青年の前に倒れている立派な体躯の中年男はもう事切れていた。

「う……ああ……」

 青年はおびえた表情でそれを見下ろした。彼の左腕は血にまみれている。青年が加害者で中年が被害者であることは傍目にも明らかだった。

 二人は共に大工で、師弟の関係にあった。当然年長が師である。師は仕事に厳しかったし、青年、ユリアンには大工の才能はなかった。失敗に師は毎日のように怒鳴り声で叱責した。そんな関係であったから、お互いに大きな軋轢があり、師は弟子の青年に不満を持っていたし、弟子は師に恨みに近い感情を持っていた。

 それでも命を奪うほどの感情ではなかった。

 ユリアンは最近副業として代書屋を始めていた。その収入が大きく金回りが良かった。それを感づいた師がユリアンの懐を探ろうとして、ユリアンがそれを見つけたのだ。師は一瞬赤面したが、己の体面を持つために、一方的に彼を殴りつけた。体格でユリアンは師に腕力で適わない。その理不尽さと日ごろのストレスから青年の感情は爆発した。

 クビになっても構わない。日ごろの鬱憤を言葉で吐き出してやろう、そう思ったそのときだ。

 彼の右腕からどす黒いモヤが現れたかと思うと、それは彼の師匠の喉元を掻き切っていた。一瞬のことに、ユリアンは目を丸くして驚く。師は悲鳴を上げようとしたが、喉を切られたために断末魔すらあげることができず、驚愕と恐怖の表情のままその巨体を横たわらせた。

 ユリアンは右腕を恐る恐る見た。鮮血にまみれ、彼が見慣れた右腕とは違う。黒く鱗のように覆われて、一回り大きくなった手の先には禍々しい鉤爪が露になっていた。明らかに人間のものではない。

 その腕からはまだ暖かい血が滴り落ちていた。

「うわあっ!」

 ユリアンは混乱し、上着でそれを隠すと、一目散にその場を離れた。

 自らの意思ではないにしろ、殺人を犯したと言う恐怖。そしてその凶器となった悪魔のような腕。殺人現場とその腕を誰かに見られては、彼は殺人犯として捕らえられるだろう。その恐怖から逃げるように、彼は全速で通りを駆けた。

 不意に彼の目の前に人影が現れる。全速力の彼には避けられない。

「きゃっ!」

 被害者は小柄で、ユリアンに跳ね飛ばされて小さな悲鳴を上げた。ユリアンも足が縺れて転ぶと、慌てて謝った。

「すいません! 急いでいたもので!」

 青年は愚直に頭を下げて、被害者を見るとその幼さの残る顔は、彼の知っている顔だった。

「マリア……」

「もう、ユリアンったら何をそんなに慌てているの?」

 マリアは頬を膨らまして、打ち付けた腰を擦った。

 ユリアンはこの彼女に一目ぼれをしていた。花売りとしてまだ駆け出しなのか、質素なドレスを纏い、垢抜けない表情の彼女は憂いがあって純朴な青年を惹きつけた。唯一の肉親である兄を戦争で取られ、一人帰りを待つと言う境遇がそれに拍車をかける。

「ごめん、怪我はないかい?」

「平気よ。それより、あなた右腕が……」

 マリアは訝しげな顔でユリアンの右腕を見た。転んだ拍子に上着は外れていた。ユリアンは血の気が引く思いがした。彼の右腕は彼の右腕ではなくなってしまっているのだ。ユリアンは慌てて右腕を隠すようにして見た。

 だが、その右腕は何の変哲もない見慣れた右腕だった。

「あれ……」

 ユリアンは間抜けな声を上げ、目を瞬いた。あの悪魔のような右腕は、まるで幻だったかのようだ。

「どうしたの、ユリアン? 怪我でもした?」

 ユリアンの不審な動きに、マリアは怪訝そうに言った。

「ユリアン、血が出てるよ? やっぱり怪我したんじゃ……」

 ユリアンの右腕には血糊がついていた。もちろん彼自身の怪我ではない。それは彼の師匠の血だった。彼の右腕は元に戻っていたが、その血を見て、師匠を殺したのは夢でも幻でもないと彼は思い青ざめた。

「いや! これはちがうよ! これは仕事でちょっと切っただけなんだ! 大したことはないんだ。平気だよ!」

 心配そうに覗き込もうとするマリアを遮って、ユリアンは愚かしいほどに動揺して右手をかばった。

「じゃ、じゃあマリア、またね。おやすみ!」

 ユリアンは狼狽しながら後ずさると、逃げ出すように走り出した。

 街灯の少ないこの地域ではあっという間に彼の姿は闇に消えてしまう。マリアはその闇をじっと見つめ続けた。

 マリアが立ち止まっていると、彼女の背後から激しい足音が聞こえた。

 マリアはまたぶつかられてはたまらないと、その音の方向を向いた。

 そこには闇にも明るい二人の若者がいた。

 一人は長い金髪を後ろでまとめ、軍服で身を固め、腰には長剣を刺している。端正で意志の強そうな瞳を持つその若者は一見少年のような風貌だが、よく見るとその体つきは女性のそれであった。レルシェルである。

「殺人があった。怪しい者を見かけなかったか?」

 やはり声も女のものであり、言葉は簡素だがその声は夜の闇にも鮮やかなほど美しい。マリアはユリアンの腕に血がついていたことを思い出してはっとなったが、首を横に振った。彼女が知るユリアンは心優しく、人を殺すような男ではない。

「そうか、魔物の気配がしたんだが……」

「あなたは?」

 マリアが問う。女の軍人は珍しい。それによく見れば、さげた剣は立派な紋章が刻まれている。家紋だろう。相当の地位についている者だとわかる。

「ああ、私はレルシェル・デ・リュセフィーヌ。北壁騎士団団長だ。市民に不安を与えて申し訳ない」

 女はそう言うと深々と頭を下げた。

 マリアは驚いてその彼女を見た。有名な大貴族の末妹だ。そしてレルシェルは、女性でありながら、武技に長け、王都の剣術大会で並み居る腕自慢の男達を退けて優勝している。その名誉を受け、彼女は王都の北門地区を警備する北壁騎士団の団長に任命されていた。

 騎士団長就任以来は、悪化していた王都の治安を回復に努めている。清廉潔白で精力的な彼女の働きは見る間に成果を上げ、北壁騎士団の名は、王都中に響いている。美しく若い女騎士レルシェルはその才能と名声に、羨望と名声と嫉妬を一身に受けていた。

 そんな王都の英雄ともいえる彼女が、一市民、花売りの少女に深々と頭を下げる。その姿にマリアはさらに驚きを深めた。

「魔物の気配が消えたな……」

 レルシェルに付き従っていた青年がつぶやいた。兵士のようには見えない。派手な赤い髪を無造作に伸ばし、使い込んだと言えば聞こえがいいが、ボロボロのマントを羽織った男だ。精悍な顔立ちで、その目は何事も看過せぬように鋭い。

「フェデルタ、お前もか。見失ったか……今度のヤツはやっかいだな」

「ああ」

 彼は一言だけつぶやくと、緊張をほぐすかのように肩の力を抜いた。そのときの彼の表情は穏やかでやさしいが、少し寂しさを感じる。

「あの、魔物って……街で噂されてる?」

 マリアは二人に訊いた。

 レルシェルは少し視線をはずしたが、すぐに向き直り、彼女の性格を表すように真っ直ぐに言った。

「その通りよ。だからあなたも夜は早めに帰りなさい」

 今、街には殺人事件、怪死事件が多発し、それに纏わる噂とは、『影の魔物』と呼ばれる者が犯人だという話が市民の間で広まっていた。目撃情報も少なくなく、体の一部、あるいは全身が影のように黒く、人を超えた力で惨殺すると言うものだった。実際に発見された死体は、まるで猛獣に引き裂かれたかのように無残で、人が成せる物ではなかった。そんな事件が続いた後、犯人と目された人物が、忽然と姿を消す。そんな怪事件が数ヶ月毎に発生していた。王都の調査隊はその事件の犯人に一定の目星をつけると蒸発してしまい、振り出しに戻される。それの繰り返しだった。北壁騎士団の管轄にそれが現れたのが今回が初めてだったが、レルシェル自身はその腕を買われて、他の管轄地にも姿を現していた。

「もう少し探してみよう。どこかに潜んでいるかもしれない」

「そうだな」

 レルシェルは細い腰に手を置き、フェデルタを促した。二人はユリアンが消えたほうへ走り始める。

 その姿を見てマリアは不安に思った。ユリアンの態度がいつもと違ったからだ。

「あ、あの!」

「どうした?」

 レルシェルは立ち止まり、振り返った。

「いえ……なんでも……ないです」

 それはユリアンのための時間稼ぎだった。マリア自身、何故そうしたのか分からなかったが、靄のかかったような不安がそうさせたのだった。


 闇夜に乾いた金属音が響いた。闇でなお輝く白銀の剣で、レルシェルは漆黒の闇を受け止めた。それは剣の形をしているが、炎のように形状を不規則に変化し、不気味な圧力を彼女に与えた。

 それは街灯が届かぬ闇からの襲撃だった。本能的に剣を抜いて、それに対応できたのは彼女だからこそだ。まるで影法師を立体化したような、真っ黒の人影だった。暗闇では顔は判別できない。つばの大きな帽子をかぶっており、その奥の目がギラリと見るものを威圧した。

 レルシェルは強引に剣を振るって相手を押しのけた。得体の知れない恐怖から間合いを取ったのだ。

「貴様……何者だ!」

 剣を構え威圧する。声を出し、己を奮い立たせる。でなければ、恐怖に負けそうだった。何より奴の剣筋は、剣術大会のどんな達人よりも鋭かった。

「魔物だ。人じゃない……お前では荷が重い」

 後ろにいたフェデルタが前に出て言った。大きな背中がレルシェルの眼前を覆う。

「な?」

 フェデルタは腰の銃を抜く。銃口が二つある、大型の銃だ。この時代、銃は軍や警官にある程度普及していたが、連射性や命中精度、実用射程において信用性がなく、クロスボウなどの武器に遅れをとっていた。しかし、先見性のある軍人の中にはこの武器の将来性を見出している者もいる。フェデルタも剣よりも間合いの広いこの武器を愛用している。実戦で最も重要な一つは相手の届かない距離から先手をとることだ。

「待て、フェデルタ。私も『聖杯の騎士』に選ばれた一人だぞ。魔物ごとき、相手にできずにどうすると言うのだ!」

 レルシェルはフェデルタを押しのけて魔物に突進した。『聖杯の騎士』とは、フェルナーデ第十四代王のセリオス三世が組織した、秘密組織である。表向きはただの外交官であるが、その実は諜報員のごとく活動を行っている。フェデルタはその一人だ。

 聖杯の騎士が他の諜報員と違う点は二つ、聖杯の騎士はセリオス三世の直属であることと、類まれなる能力を持つと言う点だ。セリオス三世は貴族達の権力争いから人間嫌いに陥っていたが、市民や王国の憂鬱を良く知っており、特にルテティアの街を愛していた。そのルテティアにはこびる魔物を排除するため、聖杯の騎士を組織したのである。

 フェデルタはその聖杯の騎士に選ばれた。身分出自を一切無視した選出だった。フェデルタは孤児で、偶然レルシェルの父に拾われた彼は、使用人として、またレルシェルの友人として、武家貴族であるリュセフィーヌ家に厳しく育てられた。体格にも恵まれ剣の才能はレルシェルをも凌いだ。レルシェルのように表立った栄光はなかったが、その実力を買われたのである。

 レルシェルはそのフェデルタに一つの劣等感を持っていた。自分より彼のほうが優れている。それが彼女の自尊心を常に刺激していたのである。

「レルシェル! くそっ」

 無謀にも突進して行くレルシェルの行動は彼にとって予想外だった。だが、一瞬の狼狽の後に彼はフォローの行動を起こしていた。その迅速さは百戦錬磨の証である。

 レルシェルは激しい勢いで剣を繰り出した。その速さと正確さはこの地上で最も優れている一つに見えた。

 だが、直線的で無謀なそれは魔物に冷笑を与えた。不規則な形状の剣でレルシェルの剣を裁くと、返す刀で反撃を加えた。それはまずレルシェルの左肩を捕らえた。鮮血が舞うが傷は浅かった。魔物は追撃を加え、レルシェルはとっさにそれを剣で受けたが、あまりの力に吹き飛ばされて、彼女の身体は石畳を舐めた。

 痛みにうめくレルシェルに止めとばかりに魔物は襲いかかった。その刹那、銃声が轟き、魔物を銃弾が掠めて行った。フェデルタの銃である。もし魔物が身体をそらさなければ直撃だっただろう。

 魔物が飛びのいてフェデルタをにらんだ。フェデルタは不適な笑みを浮かべて銃口を向けた。

「そんなもので私を倒せると思うのか?」

「どうだろうな? 普通の弾丸ではお前に傷一つつけられんだろう。だが、これは聖水と銀で練成された弾丸だ。魔力で実体化したお前でも、風穴の一つや二つ開けられるぜ」

「貴様……聖杯の騎士か」

 魔物は威圧的に放った言葉を返されて舌打ちした。フェデルタは魔物退治の専門家だ。相応の武器を持っている。

「俺たちも有名になったもんだな。さあどうする? あの間抜けだって二度は不覚をとらんぞ。形勢は逆転だ」

「間抜けは余計だ!」

 魔物の背後でレルシェルが立ち上がっていた。剣を構える。その剣も王から授かった宝剣で、魔物に対応するだけの力を持っている。

「なるほど、王の猟犬と言われることだけの力はあるようだ。今日は私が不利か。出直すとしよう」

 魔物はそうつぶやくと、纏った闇を振りまいた。それは霧のように広がり、二人の視界を奪う。

「くっ! しまった!」

 レルシェルは視界を奪われて焦った。闇雲に走ろうとするが、それをフェデルタが制した。

「逃がしてしまうぞ!」

「もう遅い。それに奴は今回の件の犯人じゃない」

「何?」

「お前の傷が証拠だ。被害者の傷跡はこんなものじゃない。剣で切られたような綺麗な傷ではなかった。もっと獣か何かに引き裂かれたような感じだった」

「そうか……」

 フェデルタは冷静に状況を判断しながら、腰の皮袋から止血帯を取り出して、レルシェルの手当てをした。レルシェルはそれでようやく自らの傷を思い出して、痛みに顔を歪めた。

「しかし、奴が裏を引いている可能性は高い。ここで奴と遭遇したのはただの偶然ではないはず」

 レルシェルはそうつぶやいた。フェデルタもその意見に概ねの賛成を示し、頷く。レルシェルは脈を打つ痛みを無視して闇を見つめた。


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