8話
「お待ちくだされ。我々はあなた方の敵ではございません」
警戒する俺達に初老の男性が両手をあげて敵意がないことを示す。
「敵ではないだと? どういうことだ?」
状況が掴めないな。
盗賊を倒したと思ったら突然現れた二人組。敵ではないと言っているがこの二人組は何者で盗賊とはどういう関係なのだろうか。
「言葉の通りです。むしろ味方といった方が近いやもしれませぬ」
「味方?」
「ええ。我々はそこに転がっている盗賊達を追っておりました」
「ってことは得物を横取りにされたって言いたいのか?」
盗賊を狙っていたってことは賞金稼ぎとかそんなのだろうか? にしては二人はそこまで強そうには思えない。二人ともそれなりに修練を積んでいるみたいだけど栞那よりも弱いだろうし。
「とんでもない。我々は見ての通り二人だけ。そんな手勢で盗賊とやり合うには心元ありません。今回は敵の根城がどこにあるか偵察の予定でしたから」
「ふーん」
偵察ってことは組織として動いているってことだろうか? とりあえず賞金稼ぎの縄張り争いに巻き込まれるのはめんどくさそうだ。
「こいつらの死体が欲しいならくれてやる。俺らはあんたらと争うつもりはない」
俺の言葉に初老の男性は眉を寄せて困ったように言う。
「どうやら誤解しているようですね。盗賊狩りをしてはいますが我々は賞金稼ぎとかではなく主の命で動いています。主はここらで乱暴狼藉を働くならず者たちに心を痛めておりますゆえに」
「……」
主ということは誰かに仕えているということか? それでいて盗賊を退治しようと動くってことは国に仕える誰かってことだろうか?
俺が二人組の主について思考を巡らせているとまだらが口を開く。
「それはおかしいな? 盗賊狩りだなんて窮鼠の国の連中がするとは思えない。君たちの主は何者なんだい?」
「これは申し遅れました私は信三と申します。そしてこっちが姪の時雨です。我々は愛宕家に仕える者です」
愛宕家? 家名を言われてもわからない。この国では有名なのだろうか? 俺は知らないようだがまだらのやつは知っているようだった。
「愛宕家? それはおかしいな。愛宕家は三年前に下剋上を企み主君の暗殺を画策した疑いでお家断絶をくらった家柄だと思ったけど違うかい?」
お家断絶ということは領地と領民を取り上げられ浪人になるということだ。わかりやすく言うなら会社が倒産したようなものだ。持っていた資産は全て差し押さえられて路頭に迷うことになる。
現代社会ならまだしも武家社会のこの世界でお家断絶は一番重い懲罰だ。
主君の暗殺を企てようとしたのだとしたら当然と言えば当然の罰なのかもしれない。
「ちゃうわ!」
まだらの言葉を聞いて今まで押し黙っていたもう一人の女の子の方が声を張り上げて否定する。
「愛宕様は下剋上なんて考えてへん! この国のために動いとったんや! 利権を貪る他の連中が愛宕様を疎ましく思って陥れられたんや。この国の当主がもっとしっかりしとれば――」
「落ち着きなさい時雨」
「叔父貴!」
何故だと言わんばかりに時雨という少女は信三を見る。
「世の中ではそう言う風に伝わっている以上我々が何を言っても意味がないのです。ここで我々が何かを言っても愛宕様の名を不要に貶めるだけです」
「……っ!」
信三に諭され時雨は悔しそうに歯噛みする。
「姪が粗相をして申し訳ありません」
「別にいいさ」
肩をすくめながら謝罪を受け入れるまだら。
「それでそのお家断絶をくらった愛宕家が何で盗賊狩りなんて行っているんだい?」
「それは先ほども申しあげたように主がこの国の現状を憂いていらっしゃるからです」
「おかしいな。僕の知っている限りだと愛宕家の当主は信頼のおいていた家臣に裏切られ絶望して諸国を放浪していたんじゃなかったかな? それがどうしてこの国に戻ってきているんだい? そもそもお家断絶をくらった時点で国外追放されているはずだよね。そんな状態で国に戻ってきて捕まったら殺されるんじゃないかな?」
「……」
まだらの言葉に信三は目を一瞬だけ細めるがすぐに柔和な笑みを浮かべる。
「おや、そのことまで知っていたとは驚きました。あなたのおっしゃる通り愛宕様がこの国に戻ったことが知られれば命はないでしょう。ですがそれが知られるのも時間の問題。もしかしたらすでに知られているかもしれません。ですので我々に脅しをかけようとしても無駄ですよ」
「別に脅すつもりはないさ。思ったことを口にしただけさ」
「そうですか。これは口が過ぎましたね」
「……」
「……」
なんだか信三とまだらが見えない火花を散らしてやがる。
まあこれまでの話の状況をまとめるとこんな感じか。
三年前に愛宕家の当主が不正が横行した国を正そうと画策した。けどそれを敵対する連中に勘付かれ罠にハメられて主君暗殺の疑いをかけられて逆賊となり家を潰され国を追い出された。その際に信頼していた家臣に裏切られたショックで諸国を放浪。けどいつの間にか国に戻ってきて何やら動いているとのこと。
うん、よくわからんけど今この国でごたごたが起きようとしているってことなんとなくわかった。
「で、爺さんは何で俺達に話しかけてきたんだ? 盗賊を倒したのを確認したのならさっさと主のところに帰ればいいだろ」
「そうですね。本来ならこんなことを見ず知らずのあなた方に話す必要はないことですからね。ですがあなた方の戦いぶりを見て興味を持ちました。どうか我々に力を貸していただけないでしょうか?」