7話
俺が合図すると珠が音もなく忍び寄り見張りの盗賊を気絶させる。
気絶させられた盗賊は何が起こったのかわからないほどの早業だ。チラリと横を向けばまだらがどうだと言わんばかりにドヤ顔で俺を見ていた。はいはい、お前の配下は優秀だよ。
見張りを気絶させると俺達は洞窟の前までやってくる。聞き耳を立ててみると、洞窟の中から話し声が聞こえてくる。
中ではまだ何人かが起きているようだ。
こうなると寝ている間に忍び込んで強襲することもできなさそうだ。
となるとやっぱあれでいくか。
「まだら」
「わかっているさ、珠」
まだらが珠に声をかけると珠は黙って頷くと懐からこぶし大の玉を取り出す。そして珠はその玉についている導火線に火をつけると洞窟の奥に向かって投げ入れる。それも一個ではなく何個も。
玉が洞窟に投げ入れられるとしばらくすると洞窟の中からもくもくと煙が外に向かって流れ出す。
そう珠が投げ入れたのは煙玉だ。
洞窟から煙が出てくるのと同時に洞窟の中にいた連中も煙に気が付きざわつき出した。
「お、おいなんだこりゃ」
「何で洞窟の中で煙が」
「煙だと?」
「なんだか焦げ臭いぞ」
「おいおいもしかして火事か?」
「火事だと! こんな狭いところで火事が起きたらたまったもんじゃねーぞ!」
よし、そろそろ頃合いか。洞窟内のパニックが伝染するのを見計らって俺は火に油を注ぐ。
「火事だー! 早く洞窟から逃げないと焼け死ぬぞー!」
「まじかよ!」
「くそっ! どけっ!」
「痛ってぇな! なにしやがる」
「うるせえ! こんなところで焼け死んでたまるかよ!」
「てめぇ待ちやがれ!」
「おい何だこの煙は!」
「大変だお頭。火事だ」
「火事だと! それを早くいいやがれ。逃げるぞ」
「お頭! 捕まえてきた女どもはどうします」
「んなもんほっとけ! 命があればまた捕まえてくればいいだろうが」
洞窟内のパニックはピークに達し誰もこれがただの煙玉の煙だとは気が付いていない。
冷静に考えれば火元がどこだとか色々気付きそうなものだが人間誰しも常に冷静でいられるわけじゃない。歴戦の武人ならともかくただの盗賊ではそこまで冷静に考えられまい。おまけ夜中ということもあってほとんどのやつが寝ぼけているから余計に頭が回らないだろう。これが昼間だったら冷静なやつが気が付いた可能性もある。
そして盗賊達は火事から逃れようと洞窟の出口まで駆け足でやってきていた。
俺はその足音を聞くと洞窟の入り口で待機していた田吾作と伊織に合図を送る。
合図を受け取った二人は手元にあった縄を思いっきり引っ張る。引っ張られた縄はピンッと張り洞窟から出てきた連中の足元をすくう。
混乱している上に夜と煙で視界が悪くなっているおかげで盗賊達は足元の縄に気付かず次々と縄に引っかかって転ぶ。
そして転んだところに俺と栞那でトドメをさしていく。
こいつらを生かしておく理由はない。どっちにしろ生かしておいても盗みを働いた以上生かしてもらえないだろう。それだけ盗賊行為というのは罪が重いのだ。そうでもしないとそういった行為をやる輩が出てくるのだから仕方がない。
しかし前はあれだけ殺すのを躊躇っていたのに今は躊躇なく殺せるようになっている自分が恐い。
もちろん殺さなければまこちゃんや栞那といった自分の周りの人間が傷つく恐れがあるからというのもある。
だが慣れというのは本当に恐い。殺すことを当たり前だと思わないように注意しないといけない。
「これで二九。あと一人ですね」
栞那は残りの一人に狙いを定めて斬り伏せようとするがそこに俺が待ったをかける。
「待った栞那」
俺が声をかけると栞那はピタリと刃を止める。止めるが残った一人が動こうとしたらすぐにでも斬り殺せるように気は抜いていない。
「そいつに後で聞きたいことがあるから生かしておいてくれ」
「……わかりました」
というと栞那は刀の柄を盗賊の首元に叩き込んで気絶させる。
「なぜこの男を生かしておくんですか?」
「ちょっとあっさりと終わったなって思って」
「どういうことです?」
「いやほら、伊織のやつ曰くこいつらは宿場に泊まった旅人が寝ているときに襲って金を巻き上げようとしていたらしいんだ。けどそれを伊織の両親が拒否したから殺されたみたいだけど」
「それがどうかしたのですか?」
「そんなことを考えるってことは少しは知恵が回るかと思ったけどあっけなく終わったなって思って」
おかげで他にも考えていた策が無駄になった。
「考えすぎだと思いますけどね」
「何も無いなら無いで構わないけど一応な」
「わかりました」
納得してくれる栞那。
「なら念のために私は中の様子を探ってきます。中で捕まっていた女性もいるかもしれないので大和はここで待っていてください」
「わかった」
確かに盗賊に捕まっていたのなら男の俺が行くよりも女の栞那が行く方がいいだろう。
「わたしも行きます」
「お、おれも!」
栞那の後にまこちゃんと伊織がついていく。伊織のやつは攫われた仲間が心配なんだろう。
「お、おらも」
「いやあんたは行くなよ」
田吾作が伊織に続いて入って行こうとしたから首根っこを掴んでやめさせる。
「おらの娘に会わせてけろ」
「あとで会えるから今は堪えろ」
「だけども!」
ジタバタと暴れて必死に抵抗する田吾作。
親としては娘の身が心配なんだろうけどここは耐えてもらうしかない。俺は田吾作のみぞをついて気絶させる。
「……っ」
「容赦がないね君も」
田吾作を気絶させるとまだらがそんなことを言ってきた。
「しょうがないだろ。親としては心配かもしれないが見られたくはないこともあるだろうしな」
「優しいんだね」
「どうだろうな?」
俺が複雑な気持ちで返すと、茂みの奥からパチパチと手を叩きながら誰かがやってきた。
「いやいや、実に見事な手際でしたね」
「誰だ!」
俺は現れた人物を観察する。まだらも俺と同じように現れた人物を警戒するように見ていた。
茂みの奥からやってきたの二人の男女。一人は初老の男性。もう一人は俺より三歳ぐらい歳下の少女だった。