30話
……どうするべきか?
俺は思い悩む。
亜希の公開処刑が終わるまで騒ぎを起こさない。そう決めたはずだ。
騒ぎを起こせば計画に狂いが生じるかもしれないから万全を期すなら出来るだけ無難にやり過ごすべきだ。
だがこの状況はどうだ?
場所は表通りのような騒がしさのないひっそりとした路地裏。逃走ルートの確認のためにここを通ったわけだが、ちょうど角を一つ曲がった先には何やら六人ほどの人が俺の行く先を遮っていた。
よく見ると一人の少女がガラの悪そうな五人組みの連中に取り囲まれて身柄を拘束され誘拐されそうになっている。幸い向こうは誘拐することに頭がいっぱいで俺の存在に気がついてはないようだ。関わらずに逃げるなら今なわけだが……。
少女の顔立ちは整っており街を歩けば一〇人中九人が振り返るほどの美少女だ。身なりは普通の町娘だから身代金目的の誘拐ではない。となるとどこかに連れ込んで男の慰み者になるといったところだろうか……? それとも人身売買にとして売られるのか……そういえばこの世界に来てから奴隷を見てないけど奴隷制度とかあるのだろうか?
「いや! 放しなさいよ!」
俺が余計なことを考えていたら少女が誘拐犯から逃げようと手を振り払い、その手が誘拐犯の顔に当たる。
「ってえな。少しは痛い目にあわないと立場がわからないようだな」
「おいおい、せっかくの上玉だ。傷が残るようなことはするなよ。傷なんてつけて商品の価値を下げたとあっちゃ上の連中におれらの首が切られるかもしれないんだからよ」
「わかっている。だからわからないように腹を一発殴るだけだ。骨の一本ぐらい折れてもわからねーしこの生意気な女が苦痛に歪む表情もみれるからちょうどいいだろ」
そう言って誘拐犯の男は嗜虐的な笑みを浮かべて少女の腹を殴ろうと腕に力を込める。
危ない。
そう思った瞬間身体が勝手に動いていた。
「天誅!」
少女に殴りかかろうとしていた男に飛び蹴りをお見舞いしていた。飛び蹴りを喰らった男は吹っ飛んで地面を不様に転がる。
「てめぇ! 何者だ!」
誘拐犯の仲間が俺の登場に怒声をあげて襲い掛かってくる。
しまったな。騒ぎを起こすつもりはなかったってのに結局関わってしまった。
だが女の子が殴られそうになっている状況で黙っていられるほど俺は大人じゃない。
やってしまったものは仕方があるまい。こうなったら彼女を連れて逃げるしかない。
そうと決めたら迅速に動く俺。
「お前らに名乗る名前なんてないんだよ!」
「ぐあっ!」
「うぶっ!」
襲い掛かってくる誘拐犯連中を返り討ちにして蹴散らすとそのまま少女を拘束している誘拐犯に一撃を加える。
「げぼっ」
一撃を喰らって怯んだ隙に彼女の手を取って逃げ去ろうとする。
「逃げるぞ」
「え? ちょっと」
突然手を握ったせいか少女は顔を赤くして動揺する。心なしか握った手も熱い。
だけど今は相手の気持ちに配慮している暇はない。誘拐犯はさっきのやり取りの間に全員地面に転がっているが全員が気を失ったわけではない。女の子をつれたまま追いかけられたらすぐにでも追いつかれてしまう。
俺は少女の手を握り締めたまま逃げだす。
しかし誘拐犯の連中もそう簡単には許してくれなかった。
「に、逃がすか! 先生方お願いします」
誘拐犯の一人がそう言うと俺達が逃げ出した先の角からサッと誰かが現れる。
「おっとこっから先に行きたかったら用心棒のこの俺様を倒してから行くんだな!」
「邪魔だよ!」
「うぶへぅ!」
立ちふさがったいけ好かない顔をした野郎をワンパンで殴り飛ばす。なんだこいつ、弱いな。
そう思った矢先、俺は足を止める。
「あいたっ!」
俺が足を止めると手を引っ張っていた少女が俺の背中にぶつかる。そしてそれと同時に目の前に振り下ろされる一刀。
その一刀は俺の眼前をかすめ虚空を斬る。あのまま足を止めなかったら斬られていてもおかしくはなかった。
「ほお、今の一撃をかわすとはやりますね」
いつの間にか目の前に現れたそいつは嬉しそうに笑う。細身で栄養失調のようなガリガリな見た目で笑うせいかその笑みは死神の笑みかと思うほどに不気味だ。
「ここ最近骨のない相手ばかりでしたからとても楽しみです」
不気味な相手だがその実力はさっき殴り飛ばしたやつとは段違いだ。この肌がピリピリとする感じは宗麟と対峙した時と以来だ。
「あいにくあんたの相手をしている暇はないんだけどな」
こんなところで時間を喰っている場合じゃない。騒ぎになる前に逃げ出したいところだが、目の前の男相手はそれを許してくれるほど甘くはなさそうだ。おまけに今の俺は刀は持っておらず丸腰だ。
どうする? 一人でなら逃げ切れるがこっちには女の子がいる。とてもじゃないが一緒には逃げられない。
となると……。
「お嬢さん、あんた一人で逃げ切れるか?」
「あんたはどうするつもりよ」
「俺はこいつの足止めをする。その間に逃げろ。俺もあんたが逃げ切れたら逃げるから気にする必要はない」
「どうしてあんたは見ず知らずのあたしを身を挺してまで助けてくれるの?」
「困っている女の子がいたら助けるのが男の子の役目だからだ」
「なによそれ……」
少女はか細い声を出しながら俯いてしまう。了承してもらえたと考えていいのだろうか。
「ほう、この私を相手に丸腰で挑むというのですか。それは面白い。ですが、出来ますかね」
死神のような男は頬骨が浮き上がるほどに笑みをみせ中段の構えをとる。




