2話
それから数日後、俺達は国境を越え鳥綱の国から窮鼠の国までやってきた。
やってきたと言っても国境を越えただけで景色が目まぐるしく変わったというわけでもない。
相変わらず整備された街道を進むだけでこれといった変化はない。
いや景色に変化はないが空気は少し変わったような気がする。言葉ではうまく言い表せないがなんだか嫌な感じの空気だ。何かめんどうなことがおこりそうな気がする。
「日が暮れる前には宿に着きたいな」
季節は冬ということもあり野宿すれば凍死だってありえる。まだ日は高いが早めに泊まる場所を見つけないといけない。そういえば国境を超えてしばらく経つけど茶屋とか休憩どころは一切みかけないな。鳥綱の国ではよく見かけたのに。
「あと半刻も歩けば宿場があるはずだよ」
とまだらが言う。
「あと半刻か。それなら日暮れ前には着きそうだな。……ってか何でお前はそこまで知ってるんだ?」
「それはもちろん鳥綱の国を落としたら次は窮鼠の国を攻めるつもりだったからね。下調べにぬかりはないのさ」
「あっそう。だったら取り越し苦労だったな」
「そうでもないさ。こうやって君の旅の役に立つのならあながち無駄ではなかったよ」
そうまだらが語ると栞那がムスッと不機嫌そうな顔をする。
「まあ私も知ってましたけどね」
「ふーん、後からならいくらでも言えるもんね」
「どういう意味ですか」
剣呑な空気を醸し出す二人。こんなところでケンカとかやめてくれよ。栞那もいちいちまだらに突っかからなければいいのに。
「まこちゃんは大丈夫か? 疲れてないか」
バチバチと視線をかわす二人を無視してまこちゃんに声をかける。過保護かもしれないけどまこちゃんは俺らと違ってまだ子供だ。俺も子供だけど一二歳と一八歳じゃ体力が全然違うからな。
「大丈夫ですよ。旅には慣れていますから」
とまこちゃんはニコッと屈託のない笑みを浮かべて返事をする。そうは言っているがまこちゃんは但馬の国のお姫様なんだよな。けど足取りは軽く嘘を言っている様子はない。
「そうか。ならいいけど。もし辛くなったら言ってくれ。おんぶぐらいしてあげるから」
「もー大丈夫ですよ。わたしだってもう子供じゃないんですから」
可愛らしくほっぺを膨らませて抗議するまこちゃん。
そうそうこういうほのぼのとした空気を俺は望んでいるんだよ。
「大和、僕は少し足が疲れたな」
「そうか。頑張れ」
「あれっ? 僕にはおんぶしてくれるって言ってくれないの?」
「当たり前だ」
「ちぇっ、残念」
と言って疲れた様子もみせず歩き続けるまだらだったがすぐに何かを思い出したかのように言う。
「あっ、そうそう。この国じゃ盗賊があちこちに出るらしいから警戒していた方がいいよ」
「盗賊ねぇ」
鳥綱の国じゃ全くみなかったけど、それだけこの国は治安が悪いってことか。茶屋や休憩所が少ないのも治安が悪いのが原因なのかもな。
「ほら、噂をすれば」
「ん?」
言われてまだらの指差した先を見れば五人組の集団が俺達の前に立ちはだかってきた。
「おいお前ら! 命が惜しければあり金と食料をおいてどっかにいきやがれ!」
「これが盗賊ねぇ。随分可愛い盗賊がいるもんだな」
俺達の目の前に現れたのはまこちゃんと同じ年ぐらいかそれよりも幼い少年達。こんな時代だから盗賊がいるのに疑問はないけどまさかこんな小さな子供までもがこんなことをしなくちゃならないとはな。
「可愛いだと! ふざけるな」
可愛いと言われてリーダー格の少年が顔を歪ませて怒鳴る。必死に恐い顔をしようとしているのだが幼い子供が凄んでも恐くは見えない。おまけに武器もリーダー格の少年はボロボロの包丁のようなものを持っているがその後ろの子供達が持っているのは竹槍だ。それも先端も尖っているわけでなく子供の力で突いても人を殺すことなどできない。
「まったく、こんな子供が盗賊まがいなことをするなんてこの国も末ですね」
栞那は憐れむように子供達を見ながら刀を抜く。
「ここで引くのなら命まではとりませんがどうします」
どうやら子供とはいえ暴力で他人から物を奪うようなことをやるものなら容赦なく斬り捨てる考えのようだ。問答無用で斬り捨てないのは栞那なりの優しさなんだろう。
「うるさい婆!」
「ば、婆」
婆と呼ばれて栞那のこめかみがひくつく。
「少しお話が必要ですね」
「落ち着け栞那」
刀を構えながら少年たちに歩み寄ろうとする栞那を手で制止させる。
「いちいち子供の言うことを真に受けてたらきりがないぞ。ここは俺に任せておけ」
子供相手に大人が何人も出て行ってもみっともないしな。あの程度の子供が相手なら俺一人でも十分手加減してやれる。
「やる気かすけこまし!」
リーダー格の少年が俺を見ながらそんなことを言ってきた。
おやっ? もしかしてすけこましとは俺のことか? いやいやまさか俺ほど一途な男がすけこましなわけがない。きっと何かの聞き間違いかな。
「どうしたすけこまし野郎! 女に囲まれていい気になってるんじゃねーぞ。お前みたいな女にだらしないやつなんて返り討ちにしてやるよ」
「少しお仕置きが必要のようだな」
よりにもよって紳士である俺に向かってそんなことを言うなんていい度胸じゃないか。
俺は指を鳴らしながら少年たちの元へゆっくりと向かう。
「やっちまえ!」
近づく俺を見て少年達は持っていた武器を手に俺へ攻撃を仕掛けてくる。
「うおおお!」
しかしそんな攻撃は俺には当たらない。武器の取り扱いになれていないのか持ち方もなっていないし周囲の仲間との連携も全くとれていない。
俺はそんな少年達の繰り出す攻撃をなんなくかわし少年達をのしていく。
「……いぐっ!」
「……うぐっ!」
もちろん大人な俺はちゃんと手加減をしている。ちゃんと後遺症が残らないように骨や臓器を傷つけずなおかつしばらく痛みが残るであろうポイントを狙うというサービスつきで。優しいな俺。
「……な、何もんだあんた!」
次々と仲間が倒されとうとう一人になったリーダー格の少年はボロボロの包丁を両手で構えながら怯えたように俺を見る。
「ただの通りすがりの旅人だ」
そう言って俺は少年が持っていた包丁を蹴り落としそこからさらに踏み込んで拳を叩きこむ。
「くはっ!」
俺の攻撃を喰らった少年はドタリと地面に倒れ伏すが、完全に気を失っておらず怨めしそうにこちらを睨み付けてきた。他の子よりも強めに殴ったのに気絶をしないとは随分頑丈だな。
俺はそんな少年の前にしゃがみ込むと、目を合わせる。
「ほら、食料と金だ。全部はやれないけどこれだけあれば冬は越せるだろ」
少年の目の前に食料の入った袋と金の入った袋を置いてやる。
「……」
施しを受けた少年は警戒しつつも意味がわからないって顔をしていた。
「何……が……目的……だ」
こういった施しを素直に受け取れないってことはそれだけ荒んだ生き方をしてきたってことか。
「いらないならそれでもいい。ただし受け取ったならもう二度とこんな真似はするなよ。次は命の保証はないからな」
「……っ」
少年は返事をする前に気絶した。少し強く殴り過ぎたか。だがその手には金と食料の入った袋を握りしめていた。
「あなたは何を考えているんですか」
立ち上がると栞那が腕を組みながら俺を見据えていた。
「え? 何が」
「なぜあのようなことをする者に施しを与えるのですかと聞いているのです」
「うん、それは僕も気になるな」
語気を強める栞那に珍しくまだらが同意する。
「だってこいつら腹が減ってしょうがなくやったんだろ。だったら腹がいっぱいになったらこんなことをしないかなってさ」
「……はぁ」
俺の答えを聞いてあきれる様にため息を吐く栞那。
「あなたは甘すぎます」
「そうか?」
「そうです。こんなことをしても彼らはまた同じことを繰り返すだけですよ」
「そうだね。君は甘い。彼らはこれに味を占めてまた同じことを繰り返すさ」
と同じことを言う二人。実は仲がいいのか? 何て思っていたら栞那がキッとまだらを睨み付けまだらはそれを小馬鹿にするように見つめ返す。やっぱりいつも通りの二人だった。
「まあ確かにお前らの言うことももっともかもしれないな。けど変わるきっかけぐらいあってもいいんじゃないか?」
大人がいないってことはあいつらは親に捨てられたかそれとも先立たれたかのどっちかってところだろう。いくらなんでもあの歳で盗賊をしなければいけないほど切羽詰まっているというもの可哀想だ。かといってあの子供達のめんどうを見るだけの甲斐性は今の俺にはない。
だからせめてそのきっかけぐらいは与えてみようと思っただけだ。
変わりたいのなら貰った金を元手に商売でもすればいい。同じ歳くらいのまこちゃんだって自分で屋台をやっていたぐらいだしこのぐらいの歳でも何かできるはずだ。
まあそれを言って素直に聞くようなガキじゃなさそうだから盗賊なんてやっていたら痛い目に会うんだと考えさせるために強めに殴ったわけだし。これに懲りて盗賊まがいのことをやめればいいし、やめなければそのうち返り討ちにあって死ぬだけだ。
幸い前の戦働きで紫苑のやつから金はそれなりにもらっているからこの程度の出費なら何の問題もない。
「……きっかけ」
俺の話を聞いてやや驚いた顔をするまだら。こいつがこんな顔をするなんて珍しい。
「どうかしたのか?」
「……いや、少しお館様のことを思い出してね」
「はあ?」
何がどう転んであのハゲ爺に思い至ったのかわからず俺は首を傾げる。しかしまだらはそれ以上何も言うことなく歩き出す。
俺もそれ以上聞くことはせずさっさと宿場を目指すことにした。