18話
「ここが天竺か」
亜希が出立したと知ってからすでに二日が経った。準備やら馬の手配やらがあって少し遅れたが俺達は天竺へとやってきた。
今回は時間に余裕がないため速さ重視での移動だったからまこちゃんや伊織達子供連中は置いてきた。後から亜希の家臣達がちゃんと送り届けてくるらしいけど念のため栞那を護衛につけてきた。栞那がいれば何かがあっても大丈夫だと思う。
まあそんなわけで今ここにいる面子は五人。俺とまだら、里沙って子と信三に時雨。それと姿は見せないがくノ一の珠もどこかにいるだろうから正確には六人か。
少し人数が心許ないが無駄に人数を増やして移動にかかる時間をとられたくなかったから仕方がなかった。
窮鼠の国の首都である天竺はこれまで見てきた貧困に喘いでいた村とは様子が全く違った。活気に満ち溢れていたのだ。
街の中を歩けばあちこちで商人が物を売り歩いていたり、呼び込みを行っていて道行く人がそれを買っている光景が街のあちこちで目に入る。
これだけの賑わいは鳥綱の国でも見たことがない。
「驚いたな。道中で見た村とは大違いだな」
あの盗賊に協力をしていた村はまるでお通やのように静かで活気がなかったしここに来る途中によった村も他と変わらず静かだったのにこの天竺は別の世界のように活気に満ち溢れていていた。
「それはそうだよ。この天竺はこの大陸で唯一海の向こうの大陸と商売をしている国だからね。この大陸では取れない物資や珍しい文化もあるから他国からもここを訪れる人は多いはずだ。北の方に行けばそのための港もあるはずだ」
とまだらが不思議そうに街を見回している俺に説明してくれる。
道理でなんだか異国情緒あふれるものがそこらに目に入るわけだ。店先ではたまに和服ではない洋服をみかけたりもする。あとパンツとかもあった。
ここはあれだろうか? ここは江戸時代の長崎の出島みたいなところって解釈でいいだろうか。
「ふーん。けど何でここだけが海の向こうの大陸とやりとりできるんだ? 他の国は取引しちゃダメなのか?」
「駄目に決まっているさ。かつて帝様がそう決めた以上どこの国も逆らうことなんてするはずがないんだよ。そのきまり覆せるとしたら帝様以外にはいないさ」
やれやれとあきれる様に言うまだらだったがふと思いついたかのようにニヤリと笑みを浮かべながら質問をしてくる。
「それとも君がそのきまりを覆すかい?」
「まさか。見たところこの国はあまり農作業に向いた環境じゃなかったっぽいしな。その帝ってやつはそれを見越してこの国に海の向こうの大陸とのやりとりを許可したんじゃないのか? 貿易が出来れば不作でも飢える人間を減らせるだろうし」
聞けばこの国の三割以上が商人だとか。これだけ商人がいるのもそういったことが関係しているのかもしれない。
まあそれが実際に飢える人間を減らせているかといえば微妙だ。この天竺は潤っているようだがそれ以外の農村部では結局飢えに悩まされて貧富の差が出ているのだから。
「何をあなた方はのんきに雑談をしているのですか。一刻も早く亜希様を助けないといけないというのに」
街を見て回っていると里沙が苛立たしそうに俺達を睨み付けてきた。
「別にのんきにしているつもりはないけどな」
「どこがですか! 仲睦まじくいちゃついていたではないですか」
「どこがだよ」
こいつには俺とまだらがどう映ったのかこっぴどく問いただしたくなる。
「いちゃついていたうんぬんは置いておいて今は何もできることはないって言っていたのはあんただろ」
そう俺としては亜希を助けるために一刻も早く動きたいのだが動けない。
亜希の捕まっている場所はわかっている。この天竺にある城の地下牢だ。
理由はそこが一番敵にとって安全だからだそうだ。
確かに城の地下牢に侵入するのは難しい。どうあがいても途中で見つかってしまう。見つかっても構わないのなら今すぐ突撃しているところだが、敵に見つかったら亜希の命が危うくなるだけだ。俺達がたどり着く前に亜希が殺されたら意味がない。
ヘタに刺激をすれば亜希の身が危険に晒されるとあってこっちはむやみやたらと動くことはできない。
「当然です。亜希様の安全が確保できるまで動くことは許しません。ここは万全を期して動くべきです。亜希様はあなたのことを信用しているようですが私はあなたのことを信用でいていませんから」
「それで手遅れになったら意味がないけどね」
火に油を注ぐまだら。
まったくこれから忙しくなると言うのに足並みがそろわないな。
「とりあえず情報を整理するために宿に行きましょうか」
険悪な雰囲気を察して信三がそう提案する。伊達に長生きはしていない。
俺は信三の意見に賛成してじっくり話ができそうな宿場を探しに向かう。




