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15話

 話は遡ること数日前。


「た、大変です!」


「どないしたんや?」


 慌てた様子へ部屋に入ってくる家臣に亜希が問う


「実は天竺にてとある御触れが出されました。これはその書き写しでございます」


 家臣は一枚の紙切れを懐から取り出し亜希に渡す。


「これは……」


 御触れの内容を書き写した紙を見た亜希は驚愕する。


「これは……間違いないんか?」


「はい」


 家臣は亜希の問いに首肯する。


「どんな内容だったんですか亜希様?」


 里沙は亜希の反応からどんな内容か気になり亜希の見ていた御触れの書き写しを横から盗み見る。


「……何ですかこの内容は!」


 御触れの書き写しを見た里沙は憤る。


 御触れの書き写しには『最近食料を配り農民達を率いて謀反を企む輩がいる。その下手人が名乗り出るのならよし、名乗り出ないのなら国を挙げて征伐に乗り出す』という内容が書かれていた。


「言いがかりにもほどがあります。どうして亜希様が謀反を企んでいるなどと言うでたらめが書かれているのですか! 亜希様は謀反など企んでいません。飢えた民のことを思いやり食料を配ったのに。自分達は何もせず民から税として貴重な食料を奪っていくくせにどうして民のために動いた亜希様が悪人になるのですか!」


「これはおそらく敵が亜希様をおびき出すための罠かと」


 怒りを露わにする里沙に御触れの内容を持ってきた家臣は気まずそうに告げる。


 家臣の見立て通りこの御触れの内容は亜希をおびき寄せる罠だった。この御触れ通り出て行けば亜希は捉えられて処断されることは間違いない。


「それならば亜希様がわざわざ出ていく必要はありません! こんなの無視をすればいいんですよ」


 里沙の意見に家臣が反論する。


「しかしこのまま見過ごすわけにはいかないかと」


 そう、家臣の言う通り御触れの内容は事実無根だが無視をすることはできない。


「もしそのようなことをすれば関係のない民が虐殺されます」


「いくらなんでもそこまで国の連中も愚かではないでしょう」


「いや、あの男なら本当にやるで」


 と亜希。


「あの男といいますと原田弾正のことですか?」


「せや」


「いくらなんでも国の民を犠牲にしてまでやるわけが……」


「間違いなくやつはやるで」


 確信を持って断言する亜希。


 やつにとって国の民がいくら死のうと関係ない。民など路傍の石ころと変わらないと考えているのだから。だからやつらそれを平気でやる。 原田弾正という人物はそういう男だ。


 亜希は以前話をかわした時にそれを如実に実感した。


 だから亜希の取るべき選択肢は三つ。


 このまま敵の言葉を鵜呑みにしてのこのこと出て行って殺されるか、民が殺されるのを見ているか、それとも民を率いて国と戦うか。


「亜希様、それならば徹底的にやってやりましょう。このようなふざけた御触れを出したことを後悔させてやりましょう。亜希様が一声かければ民も立ち上がります」


 里沙の言う通り亜希が戦うと宣言すれば民も味方にはなってくれるだろう。飢饉のときに国は何もせず、それどころか重税をして農民達を苦しめた。その怨みを利用すればたちまち国中で一揆が起こるだろう。


「ですがそれでは勝ったとしても国を疲弊させるだけでは」


 里沙の意見に家臣が正論を述べる。


 確かに民を味方につければ勝てるかもしれない。しかし被害も甚大になる。鳥綱の国と蛇骨の国との戦以降各国で国盗りの動きが活発になっている以上そんなことをすればあっという間に他国に国を奪われてしまう。


 それだけはなんとしてもさけねばならなかった。


 亜希としては民も大事だがこの国も大事なのだ。


「だったらどうするというのですか! このまま亜希様を敵に差し出せと言うのですか」


「それは……」


 言葉が詰まる家臣。


 家臣としてもこのまま亜希を差し出したいわけではない。


 ただ打つ手がないのだ。


「……ちいと一人で考えさせてくれへんか」


「亜希様!?」


「不甲斐ない主ですまんのう」


「滅相もありません。我々は亜希様の御意思に従います」


「……そうか。頼むで」


「「はっ」」


 里沙と家臣が恭しく頭を下げると部屋を出ていく。


 しんと静まり返った部屋で亜希は頭を抱えて懊悩する。


「うちはどないしたらええねん」


 答えのない自問自答。


 自分一人が命を投げ出せば民の虐殺は行われないだろう。だけど国は変わることもない。このままゆっくりと衰退していくだけだ。


 だからといって民を犠牲にして静観するわけにもいかない。自分が生き延びても守るべき民を犠牲にするわけにはいかないのだ。


 ならば民を率いて国と戦うのか?


 そんなことをしても国の寿命を縮めるだけだ。それは亜希の願いではない。


 ならどうすればいいのか?


 そんな答えの出ない答えを探して亜希は苦悩する。


「こんな時大和がおってくれたらなんていうやろか……」


 こんな時あの男なら。自分が惚れた男ならどうするだろうか?


 今さらながら大和にすがろうにも時間が足りない。今から鳥綱の国に使者を出しても大和が亜希のところにやってくるのに一月はかかるだろう。それまで問題を保留にはできない。


 そうしている間にも弾正は行動に移す。


 時は金なり。


 この商いの国では時間がどれだけ貴重かわかっているからこそ弾正は迅速に行動する。急がないと数日中には見せしめとして近くの村を攻撃してくるやもしれない。


「……そうや」


 亜希は閃く。時間がないのなら作ればいい。自分の命と引き換えに。


 自分が出て行けば弾正も大人しくなる。その隙に大和に任せれば上手くやってくれるはずだ。


 自分は死んでも大和が後を引き継いでくれるかもしれない。そのことに希望を託して亜希は文を書く


 一通は家臣へと、もう一通は大和へと。


「うちは最低やな……」


 自分の命と引き換えにそんなことをする亜希は自嘲する。


「すまへん大和。最後に甘えさせてくれへんか」


 大和なら自分の遺言だと知ったら受け入れてくれるだろうと信じて。


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