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13話

 窮鼠の国の本城がある天竺。この天竺は北の方に海に面した大きな港があり、貿易のため毎日いくつもの船が来港し出港していく。


 それだけこの国は貿易が盛んで、大陸内だけでなく大陸の外とも商売を行っている商いの国である。


 それもこれも窮鼠の国の当主である火鼠かそ家がかつて帝より算術を授けられたからと言われている。これにより窮鼠の国では商売に長ける者が多く他の国に比べて商人が多いのだ。なのでこの国の住民の三分の一が商人だとも言われておりそれだけ商売が盛んなのだ。


 だが逆に言えばそれだけで成り立っていると言っても過言ではない。


 商売のことばかりに力を入れ国の内政はほとんどないがしろにされがちであった。そのおかげで本城である天竺は栄えたがそれ以外の地方が貧困にあえぐと言う歪な国となっていた。近年それがますます悪化していき治安の悪化により盗賊が出没してきていた。


 そしてそんな窮鼠の国を動かしているのは当主ではなく摂政を務める原田弾正という人物だ。当主はまだ一二歳と幼く大人達の話が難しくついていけないのだ。


 今も天竺にある評定の間で評定が行われているのだが当主のひよりは話の内容がわからずつまらなそうな顔をしていた。思わず出そうになるあくびを着物で口元を覆って誤魔化すほどに。


「のう弾正。妾は話がまったくついていけぬのだが何を話しておるのじゃ?」


 あまりにも暇過ぎて隣に座っている摂政の弾正に話の内容を訊ねる。


 訊ねられた弾正は眉雪びせつを寄せながら答える。


「そうですな。姫には少々難しい話でしたのう」


 自分の孫……いやヘタをしたらひ孫ほど年が離れている相手だと言うのに最大限の敬意を払いながら弾正は嫌な顔せず同意する。


「そうじゃ。妾にはちと難しすぎるのだ」


 自分がわからなくてもおかしくはないと免罪符を出されたことでどこか安堵するようにひよりは頷く。


「だから妾にもわかるよう説明してくれぬのか」


「……わかり申した。今我々が話していたのはこの国で不穏な動きをする輩がいるという話です」


「なんと! それは不味いのではないか! 具体的にはどんなことをしておるのだ」


「なんでも食料を村々に配って回っているそうですな」


「なぬ? それは悪いことなのだ? 食料を配るのは良いことではないのか? 今年は不作だったとどこかで聞いたような気がするのじゃ。飢えている民に食料を与えるのはまずいことなのか?」


「さすが姫。物知りですな」


「当たり前なのじゃ。妾は当主じゃからの」


 褒められたことでむっふんと胸を張るひより。


「ええ。そうですね。ですが今回の場合は少し特殊なのです。姫には少し難しいことかもしれませんが問題は正体不明の輩が食料を飢えた民に配っていることなのです」


「んん?」


 ひよりは弾正の言っている意味がわからず首をひねる。


「どういうことじゃ? それの何が問題なのじゃ」


「もし姫がお腹の空いた状態だとします。我慢できますかな?」


「うむ、無理じゃ。空腹は辛いのじゃ」


「ならお腹いっぱい食べさせてあげるからこちらの言うことを聞けと言われたらどうします?」


「むむむ。条件によるのじゃ」


 眉間に皺を寄せながら必死に答えを出すひなた。


「さすが姫ですな。浅はかな民とは違いちゃんと考えることができていらっしゃる」


 ひなたの答えに満足そうに褒める弾正。傍からみれば孫の世話をする孫馬鹿なお祖父ちゃんといった感じだろうか。


「そうなのじゃ。妾はそこら辺の下々の者とは違うのじゃ」


「そう姫ならばそうできるかもしれませぬが下々の者は違います。目先の餌につられて考えてしまうのです」


「なるほどなのじゃ。……けどそれがどうだと言うのじゃ?」


「例えば食料を与える代わりにこの天竺に攻め込めと言われたら愚かな下々な連中はこぞってここに攻めてくるでしょう。自分達が飢えているのは当主が無能だからだと理由をこじつけて」


「なんだじゃと! 妾が無能だというのか!」


「たとえ話です姫」


 怒りをあらわにするひよりを宥める弾正。


「ですが下々の者には上に立つ人間の気持ちなどわかりませんから自分達の無能を棚に上げて誰かを責めようとするのです」


「むー困った連中じゃのう。ならばどうしたらいいのじゃ?」


「ですから今はそのことについて話しておりました」


「そうじゃったのか。さすが弾正じゃ。頼りになる。三年前もお前のおかげで妾を暗殺しようとした輩から守ってくれたしのう。弾正に任せておけば間違いがないのじゃ」


「ええ。我々にお任せください。……しかし、気になることがございます」


「なんじゃ?」


「実はその暗殺を画策していた愛宕家が今回の件にも関わっているようなのです。もしや民を扇動して下剋上を画策してるやもしれませぬ」


「なんじゃと! 妾がせっかく命だけは見逃してやったというのにそのようなことを企んでおるのか!」


「そうなのです。愛宕家の者共は姫の温情を無にして己の欲のために国を惑わそうとしているのです」


「許せぬのう。大丈夫なのか」


「心配ご無用。こんなこともあろうかとわたくしに考えがございます。さっきそれを言おうとしていたところです」


「おおさすが弾正じゃの。ならば後は弾正に任せるのじゃ。弾正に全て任せておけば安心なのじゃ。妾は大陸の外から仕入れたというおもちゃで遊んでくるのじゃ。よいかの?」


「ええ。後のことは我々にお任せください」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべながら弾正はひなたが退室するのを見送る。


「さすが弾正殿。口が達者ですな」


 ひなたが部屋の外に出てトタトタと駆けていく音を聞いて評定の間にいた家臣が口を開く。


「はて? なんのことやら?」


 弾正はとぼけて聞き流す。それを見て家臣も口を閉ざす。


「おっと口が過ぎましたな」


 この場にいるのは弾正の手の者ばかり。弾正がひなたに話していたことに突っ込みを入れる者などは当然いなかった。


「それにしましても愛宕家の当主が帰ってきているとは驚きですな」


「そうですな。あのまま国外にいればよかったものの。またこの国で騒ぎを起こすつもりですかね?」


「まったく青臭い正論を吐いてまた我らを困らせつもりなのだろうか。下々の連中がいくら飢え死にしようがどうでもよいことだというのに」


「……」


 評定の間にいた者達が次々と愛宕家について愚痴をこぼす。そんな中一人の女性だけがただ無表情でその話を聞いていた。彼女が白露。亜希が無二の親友だと思い時雨の姉でもある人物だ。


「それで愛宕家はどうするおつもりですかな? 未だに潜伏先はわからないのでしょう? 叩くならば早いうちがよいのではありませんか?」


 家臣の一人が問うと弾正はさっきまでひよりに向けていた好々爺の笑みではなくあくどい笑みを浮かべながら答える。


「なに心配はいらぬ。すでに手は打ってある。あの小娘のことよ。すぐにこの城に飛び込んでくるに違いあるまい」


「おお。さすが弾正殿」


「しょせんは小娘。年季が違うのよ。だが……もしもの時は白露、お主にも働いてもらうぞ」


「……はっ」


 弾正の言葉に白露は淡々と頭を下げるのであった。


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