1話
空が綺麗だ。
季節は冬と言うこともあって空気が澄んでいるおかげか突き抜けるような青空が広がっている。そんな青空を一匹の鳶が飛んでいるのが目に入った。
こんなよく晴れた青空の下で茶屋でお茶を啜りながら団子を食す。これはある意味旅の醍醐味ではないだろうか。
まだ冬ということもあって肌寒さを感じるがそれがまた茶の温もりをよりいっそう味わえるというもの。この世界は砂糖が高価で市場に出回っていないせいで団子は甘くはないが、このよもぎの素朴な味がたまらないな。
つい先月まで戦という殺伐とした世界に身を置いていたせいでこういったほのぼのとした時間が愛おしく思える。
「平和だなぁ」
「大和さん。現実から目を逸らさないでください」
俺が偽りの平和を満喫していると隣の席に座っていたまこちゃんが現実に引き戻す。やっぱりダメか。
俺は仕方なく現実を直視する。
「だからどうしてあなたが大和の席の隣に座ろうとするのですか!」
そう怒鳴り散らすのは真面目を絵にかいたような栞那だ。栞那は普段からつり目だが今はよりいっそうつりあがっている。
「何を言っているのさ? 僕は大和の許嫁なんだから何も問題はないはずだよ」
それに対して悪びれもせず飄々とした態度で受け流すまだら。
「大有りです! あなたはついこの間まで敵だった人間です! そんな人間を大和の隣に座らせるわけにはいきません!」
栞那の言うことももっともだ。
まだらのやつはつい先月まで戦をしていた蛇骨の国の軍師をやっていた人間だ。こいつのせいでまこちゃんが誘拐されたりして大変だったんだからな。それにまこちゃんの兄である馬頭も間接的とはいえこいつのせいで死んだんだ。
一応俺の許嫁という立場にはなっているが俺はこいつのことが好きではない。むしろ嫌いだ。だからこうして嫁を探すために旅に出たわけだ。
しかしまだらのやつの考えがわからない。こいつからしたら俺は国を負かすのに一役買った男だ。そんな男の許嫁になれと言われて納得できるのか? 俺なら無理だ。
なのにこいつはわざわざ俺の嫁探しの旅に同行してきやがった。最初は寝首を掻きに来たのかと勘繰ってみたがそういった素振りは今のところは一切ない。いったい何を考えているのやら……。
かといってまだらを追い返すわけにもいかないんだよな。そんなことをしたら約束を反故にしたと言って蛟の爺さんが鳥綱の国にまた戦を仕掛けてくるかもしれない。向こうの敗北を認める条件がまだらを許嫁にするってのが条件だったわけだし。今考えると何でそんな意味の分からない条件を出したのか謎だけど。
まあともかくこいつを追い返したら俺の親友である蓮ちゃんに迷惑がかかるかもしれないからな。親友には迷惑はかけられない。
「敵だったのは昔の話でしょ。今は大和の許嫁だからね」
まだらは勝ち誇ったように言うと俺の隣の席に腰掛ける。
何が許嫁だからね、だ。俺が何のために旅に出たと思っているんだ。お前と結婚しないためにお嫁さんを探しに行くんだぞ。
「何勝手に座ってるんですか!」
勝手に座るまだらに栞那が声を荒げると抜刀する。
いやいや、栞那さん。さすがに席に座っただけで刀を抜くのはまずいでしょ。そんなんじゃおちおちフルーツバスケットも出来ないじゃないか。まあやるつもりはないけど。
「ふーん。殺るなら殺るで僕は構わないよ、珠」
まだらに名前を呼ばれるとどこからともなく忍び装束に身を包んだ一人の少女がまだらと栞那の間に割って入る。彼女はまだらの忍びだ。無口で一言も発さないからこいつのことはよくわからない。
「……」
「……っ!」
珠が現れると栞那は押し黙る。
栞那は珠が苦手なのかそれとも何か借りでもあるのか珠を前にすると何も言えなくなってしまった。
まあとりあえず気が削がれたのなら少しは話を聞いてくれるか。
俺は栞那に諭すように話しかける。
「落ち着け栞那。席に座るぐらいでそんなに怒っていたら身が持たないぞ」
「ですがこの者はつい先日まで敵だったのですよ」
「わかっているさ。けどこいつのやることなすこと全てに目くじらを立てていてもしょうがないだろう」
というかこれからの旅の道中こんなやり取りをされたら俺の方が持たない。いちいち席に座っただけで刀を抜かれていたらたまったもんじゃないからな。俺はもっと平和的に生きたいんだよ。
「その通りだよ。僕が許嫁に変なことをすると思うのかい」
「お前もお前だ」
しゃしゃり出るまだらにデコピンをお見舞いする。
「……いつっ!」
額を押さえながらまだらは俺をうらめしそうに見つめる。
「ひどいなぁ。僕の顔に傷がついたらどうするつもりなんだい? 責任をとってくれるならいいんだけどね」
「そんなんで傷がつくかよ。お前も余計な騒ぎを起こすな。めんどうだ」
「別に僕が騒ぎを起こしたくて起こしてるわけじゃないんだけどね」
まだらは反省した態度を見せず額に手を当てたまま栞那に視線を送る。
栞那はそんなまだらを睨み付けるように見返す。
……はぁ。仲良くとは言わないけどこれからしばらく一緒に旅をするんだから折り合いをつけてやってくれればいいんだけどなぁ。
「ほら、栞那も早く席に座れ。俺の後ろにもまだ座れる余裕はある」
幸いこの茶屋の椅子は縦にも長いから栞那が後ろに座っても座れるぐらいの余裕はある。
「大和の後ろ……。つまり背中を私に預けると言うことですか。わかりました。何があろうとあなたの背中は守って見せます」
「お、おう」
意気込む栞那に俺はたじたじになる。
別にそういう意味は一切なかったんだけどな。まあ機嫌が良くなったからそれでいいか。
そういえば栞那はどうして俺の嫁探しの旅についてきたんだ?
あの時は勢い呑まれて栞那が旅についてくることを了承したけどわざわざ名家の養子になる話を断ってまで俺についてきて本当によかったのだろうか。
傍からみればそれって俺のことが好きでついてきたのだろうとか思うかもしれないがそれはないだろう。だって俺は初対面で栞那にゲロをぶちまけたことがある。そんな相手を好きになるやつなんているだろうか?
そういえばその時に戦場では背後に気をつけろと言っていたな。……はっ! ってことは今の俺はピンチじゃないか!
「どうかしましたか?」
ふと後ろを振り返ると栞那と目が合った。
「いや……何でもない」
いくらなんでも気がついたら背後からブスリなんてことはないはずだ。真面目な栞那のことだしやるなら正面からだろうな。って結局刺されてるじゃん。
……まあこれでも一緒に死線を潜り抜けてきた中だし信用してもいいと思う。たぶんこうやって旅についてくるのも前の戦で命を助けたから恩義に感じているだけなのかもしれないしな。律儀なやつだ。
ふと視線を前に戻すと珠だけが席に座らず突っ立っていた。
「えーっと珠だったな。お前も座ったらどうだ」
「……」
珠はふるふると首を横に振って遠慮する。
「じゃあ団子でも食うか?」
団子の乗った皿を珠に突きだす。それを見たまだらが面白そうに口を挟んでくる。
「おや? 僕という者がいながら珠を口説くつもりかい?」
「うるせえな。いちいち突っかかって来るな。俺はただ仲間外れとかが嫌いなんだよ。俺がずっとそうだったから」
「最後の一言がなければ格好よかったのに」
クスクスと笑うまだら。
「ほっとけ」
「……」
そんなことを言っていたら珠が皿に乗った団子を取ると姿を消す。
「あれ?」
「ああ、彼女は恥ずかしがり屋だからね。人前で食べている姿は見られたくないんだよ」
「そういうもんか?」
「彼女の一族はちょっと特殊でね。あまり人前に出ることはないんだ。いや正確には人前に出られないと言うべきか」
「なんだそりゃ?」
要領の得ない説明に俺は首を傾げる。
「まあ彼女のことについてはまたいつか知る機会があるんじゃないかな」
とまだらは意味深なセリフを言うと団子を口にする。
詳しくは説明する気はないようだ。
それならそれで訊くものあれだしいいか。
そんなことを考えていると今まで大人しくしていたまこちゃんが何か聞きたそうに話しかけてきた。
「大和さん」
「どうしたまこちゃん?」
「旅に出て数日経ちますけどこれからどこに向かうつもりなんですか?」
「ああ」
まこちゃんの疑問ももっともだ。嫁探しの旅に出るとは言ったけどぐらい敵にどこに行くとは言ってなかったな。
「とりあえず北に向かって窮鼠の国に行こうかと考えている」
「窮鼠の国ですか……」
「亜希に会いに行こうと思っている」
「亜希さんに? じゃあ亜希さんが大和さんのお嫁さんになるんですか?」
まこちゃんが不安そうに訊ねる。それと同時に栞那が茶を吹き出してたけど大丈夫か?
「違う違う。そういうつもりじゃないよ」
亜希は嫁と言うよりも友達と言う感覚に近い。そう言えば別れ際に一緒に来ないかと誘われたんだよな。結局断っちゃったけど亜希のやつ怒っているだろうか?
「亜希には高価な薬をもらったり借りがあるから礼を言いに行こうと思ってさ」
亜希はケジメをつけにいくと言って国に帰ったみたいだけどあれっきり何の音沙汰もないし今頃何をしているのか気になっていたしな。
「そうですか」
とまこちゃんはどこか安堵したような表情を浮かべる。
俺はそれからお茶を飲み干すとグッと伸びをしながら立ち上がると周りを見回してみる。みんな団子を食べ終えお茶を飲んでいた。
「さて、休憩もしたしそろそろ出発しようか。目指すは窮鼠の国だ」