第6話 人生で初めてのこと
それは今日の昼食後のことだった。弁当を食べ終わったゆずねと光と紗夜の3人は、またいつものように話しこんでいた。
そこへ…
「おーい。桜坂いるかー?」
「え?あ、はーい。いますー!」
突然のことで驚いたが、ゆずねは手を挙げて、自分がいることを知らせた。
「なんか呼ばれてるぞー!」
「!」
ま…まさか…呼び出し!? = テストの点が悪い = こっ酷く叱られる = 先生…
一瞬でゆずねの頭の中は、この方程式で満たされた。一気にゆずねの顔が青ざめていく。
「い、いませ~ん。私、いませ~ん…」
もう一度手を挙げて、さっきよりもずいぶん小さな声でそう言った。
「いやいやいるじゃん」
光が当たり前のように突っ込む。
「ゆず、先生じゃないみたいだよ?」
ゆずねの様子を見て、察していた紗夜が言った。
「え?まじで?」
「早く行きなよ」
光があきれながら言う。
「あ、うん。行ってくる」
ゆずねは呼ばれた方へ向かっていった。
「誰が呼んでるの?」
さっき声をかけてくれた男子に聞くと、廊下で窓の外を見ている人を指差した。
「じゃ俺、用があるから」
「うん、ありがとう」
軽くその男子にお礼を言って、ゆずねを呼んだ張本人に声をかけた。
「あの~…」
トントンッと背中を叩くと、その人は振り向いた。
「遅い!」
「へ?」
その人はそう一言だけいうとゆずねの手を掴んで、ぐいぐいと引っ張って歩き出した。
「あの、ちょっと!」
ゆずねの言葉に聞く耳を持たなかったその男はゆずねを屋上へ連れ出した。
「到着!」
屋上へ着くと同時にゆすねを掴んでいた手は離された。
「あの…えっと…」
「ん?」
(どうしよう。私、こういう場合どうしたらいいのか全然分からない…ってか…)
「…誰?」
素でゆずねは目の前にいる男子にツッコんだ。
「うわ!ひどいな!俺のこと覚えてないん?」
ブンブンとゆずねは首を縦に振る。
「ん~」
しばらく考えた男子は、制服のポケットから何かを取りだした。
「これはな~んだ?」
「あーーー!!」
「思い出した?」
「…えーっと…あはは」
ゆずねはその男子から目線を逸らした。
「いやいやいや、なんで思い出せないかな君は…」
男は頭をかきながらストラップをゆずねに差し出す。
「そのストラップ無くしたと思ってた」
「今朝、俺とぶつかったでしょ?その時見つけて君のかなと思ったわけよ」
「わざわざ持ってきてくれたの!?」
「まぁね」
「ありがとうー!」
ゆずねはお礼を言い、差し出されたストラップを受け取った。
「これ、すっごく大切なものなんだ」
ゆずねの手の中には銀の葉っぱの形をしたストラップがあった。
「そのストラップ変わっているね」
「これね、四葉のクローバーの葉の1つなの」
右手の人差指にストラップの輪の所を通して、揺らして見せた。
「全部で4つあって、あとの3つは私の大切な人たちにあげたの」
そう言ったゆずねの顔は幸せそうに笑っていた。
「いいね。そういうの」
つられて男子もほほ笑んだ。
「桜坂さんには大切な人がいるのかー」
「ん?」
男子は空を見上げながら話し出した。
「俺も実は大切だって想える人ができたんだ」
「そうなんだ。よかったじゃん。どんな人なの?」
「…ん?君」
「…っは!?」
さっきまでほほ笑んでいたゆずねの顔が一変する。
「はい?」
ゆずねが聞き返すと、男子はゆずねの方へ顔を向けはっきりと言った。
「俺は桜坂さんのことが好きだ」
「え…えーーーーーーーーーー!!」
あまりの衝撃に屋上でゆずねは叫んだ。ちょっと待って、何か変わった人だなとは思ってはいたけど、まさかこれって、告白?いやいやいや。落ち着け自分。叫んだ後、自問自答をして黙りこむゆずねの頬に冷や汗が流れた。
「桜坂さん?おーーい?」
告白男子は黙り込んだゆずねの前で手を振ったが応答がなし。
(こんな展開初めてで、どうしたらいいのか分からないんですけど。どうしよう)
ゆずねは頭を抱え込んでその場にしゃがんだ。
「ご、ごめん。急過ぎてビックリさせちゃった?」
あまりにゆずねのリアクションが凄いので男子の方も心配になってきた。
(あ、そうか。これはあれで乗り切ろう。よし、そうしよう。決めたっ!!)
「あの、そのこお兄さん!」
「は、はい!?」
「ちょっと…」
ゆずねは手招きをして男子を自分の近くへ呼び寄せた。よく分からないといった顔をしていた男子は、ゆずねの前まできて、少し態勢を低くした。すかさずゆずねは自分の手を男子の額に当てていった。
「ね、熱がありますね」
「はい?」
「お兄さん!熱がありますよ!保健室へ行きましょうー!」
「えぇ!?」
今度はゆずねが男子の手を掴み、引っ張り出した。目指すはもちろん保健室。
ガラガラ――
「失礼します」
保健室のドアを開けると綺麗な女の先生がいた。
「はーい。どうしたの?」
「この人、熱があるみたいなんです」
ゆずねは男子の手を引っ張り、男子を前へ出した。その間、男子は訳が分からず、ゆずねにされるがままになっていた。
「じゃあ熱を測りましょう。君、そこに座ってー」
男子は言われた通りに座り、その様子をゆずねは満足げに見ていた。
「じゃ、私はこれで失礼します」
「え、あ、ちょっと待ってよ!」
「ん?」
ドアの前でゆずねは振り返る。
「今日の放課後2ー3で待ってるから!!」
「えっ!あぁ、うん・・・」
男の子の勢いに負けてつい返事を返してしまった。保健室を後にしたゆずねは教室に向かう廊下を歩きながら、返事を返してしまった自分に何やってんの!とつっこんでいた。
その頃、保健室の男は・・・
「はぁ・・・」
結局自分の名前、言えなかった。と頭を抱えていたのだった。