第10話 始まり
「う~ん…」
「大丈夫か?」
まだぼんやりとしているが友の声が聞こえたことが分かった。目を開ける。だんだん視界がはっきりとしてくる。
「…黄色?」
「…耳?」
「…う」
「浮いてる!?」
思わず飛び上がってしまった。
「なに…これ?」
ゆずねは自分の顔の前でふわふわしているものを指差しって言った。
「元気そうで何よりだ」
それを見た友が呑気に笑う。対して、ゆずねの顔は引きつっていた。
その黄色いものは、耳がうさぎみたいに長く、ふわふわと浮いていた。顔立ちはどちらかといえばねずみである。
それはまるで…
「うさぎの幽霊…?」
「し、失礼なっ!!」
「ははっ。黄色のうさぎなんかいないから」
「いやいやそこじゃないだろ」
幽霊は2人に必死でツッコミを入れる。
「ゆずね、紹介する。こいつはルナ」
「ルナね。ルナはなんの動物に入るわけ?」
「えぇーと。うさぎじゃなくて…?」
友が目を泳がせると、ルナが頬を膨らませながら言った。
「俺は幽霊でも、うさぎでもねぇよっ!元々はねずみだ」
「え…」
面影はなくはない。でも…
「ありえない。うさぎでしょ」
「真顔で否定するな傷つくだろ」
「あ~はいはい。取り敢えず、そこまで」
友は2人の間に割って入ることで一旦、場を収めた。静かになったが、お互いに納得していなかったので、2人は互とは反対の方向へ顔を背けた。
(おいおい。勘弁してくれ…)
「…で、だ」
その空気を押し切るように友は話し出す。
「…なによ?」
「ゆずね」
友が真剣な顔でゆずねを見つめる。
「…見ただろ?」
「見たって?」
「この世界を…だよ」
世界。…空から見たあの光景。まるでファンタジーなゲームの世界に迷い込んだ様な景色。落下している時に顔に受けた風。友に掴まれた手の感覚。でも、これでもかというぐらいの現実的な感覚。
遠くを見ると見えた大陸に流れる川の動き。赤い空。ありえないけど、体験したことで、現実に起こっていると頭で素直に理解できてしまった。
「…うん。見たよ」
ゆっくりとゆずねはうなづいた。
「意外だな。もっとパニックになると思ってた」
その様子に納得いかない様子のルナは、ふんっと鼻を鳴らした。
「ゆずねは意外にタフな奴だからな。その点は安心だ」
友が自慢げに言う。
(…そうでもないんですけど。だって、いきなり落とされて、気がついたら目の前に変な生き物がいて…。ん?今気付いたけど、あれ?空から落ちたのになんで私、無事なの?)
ゆずねの額からは冷や汗がだらだらと流れていたが、2人は分からないようにうつむいて誤魔化した。
「ゆずね、気付いているとは思うが、ここは地球ではない」
「…は?」
「おい、友。気付いてなかったみたいだぞ」
「…。後にするか」
「おいおい。説明なしで大丈夫なのか?」
「長居する方が危険だろう」
「…そうだな」
友に賛同したルナは、ポケットから便箋くらいの大きさの紙を取り出した。そこに何かを書いている。書き終わると、紙をその場に落とした。すると、ヒラヒラと落ちてしまう前に紙が動き出し、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。
「あれ…は?」
ゆずねがあっけに取られてその様子を見ていた。
「ゆずね、口空いてる」
「あ、うん…。友、あれは?」
さっき紙が飛んでいった方向に向かってゆずねは指を指す。
「あれは手紙みたいなものだな」
「速達じゃん!」
キラキラした目でゆずねは友を見返す。その様子を見たルナはふっと笑った。
「何?」
ゆずねはそれを見逃さなかった。
「なんでもない」
「なんか腹立つ」
ルナとゆずねが睨み合っているのも気にせずに友は辺りを見回した。どうやら辺りを警戒しているようだ。
「友、どうしたの?」
「…見てみろ」
すると、友はゆずねに辺りを見るように言った。大きな岩の影にいる自分たちのところから壮大な世界が広がっていた。よく見ると、遠くには城のようなものも見えた。
その城に向かって数本の道が広がり、くねりながら続いているのが分かる。それはとても大きな国のようだった。
「あれって、もしかしてお城!?」
「そうだ」
指を指し、興奮して目を真ん丸に見開くゆずねに友は冷静に答える。
「今からあそこへ向かう」
「あそこへ???」
ゆずねはしばらくその城を見つめたまま黙り込んだ。そして、友の方へ振り返るとまだ驚きが冷め切っていない様子で言った。
「ねぇ、ここはどこ?」
「やっと実感が湧いてきたのか?」
ルナが呆れ気味に言う。
「友、迎えが来るまでまで時間がある。それまでは説明してあげろよ」
「…そうだな」
2人は再び遠くの城を見つめるゆずねを見て、そうすることに決めた。
「ゆずね…」
「ん?」
「取り敢えず、座ろうか」
友がそう言うと、2人と1匹は円になって座った。
「ゆずねが信じようが信じまいが関係ない。取り敢えず、話すから来ていろよ」
「…うん。分かった」