魔導杯 二日目 ②
ネリアの実況と共に姿を現したアリージェは嘆息する。
まさか最初の試合の相手が優勝候補の1人である生徒会総長とはついてない。セルティアと戦う前に別の強敵に――しかも一戦目から遭遇してしまうとは、ほとほと運がないのだと乾いた笑いが込み上げる。
「アリージェ選手は前年度の<武闘>においてベスト8の成績を収めた猛者。最近では、デュカリオン大森林幻魔討伐作戦において精霊ルダージュと共に幻魔に立ち向かったこともある勇敢な生徒です! <魔導>での活躍も期待されていたルーキーの1人なのですが……しかしながら今回は相手が悪い。リンド選手はあの少数民族、竜人の末裔。召喚士に憧れを抱き、わざわざ竜人の里を離れてまで学園の門を叩いた本校ただ一人の竜人族だ。そして生徒会総長の座へと昇り詰めた学園の総大将でもあります! 去年、一昨年の<魔導>優勝者である彼女は本来、シードで参戦する予定だったのですが、本人の意向と運営委員の判断によりシード権は生徒会長のセルティア選手に移譲されました。んん~初戦から前年度優勝者の相手というのはなかなかに厳しそうです。オリヴィエ様はどう思われますか?」
「トーナメントとなると試合数も少なくなるからな。竜人としては身体を温めておきたいと、そんなところだろう。相手にしてみれば初戦から強敵と相対するなど堪ったものでは無いと思うが……逆に考えればこれを乗りきれば優勝へと大きな一歩を踏み出せるという見方もできるな」
(それはポジティブ過ぎますわ……)
アリージェは指定された配置に着くと拳を構え腰を落とし、格闘家のようなファイティングポーズをとった。一定のテンポを刻む足捌きと鋭い眼光。それは召喚士と表現するよりは獲物を狙う狩人のような出で立ちだった。
例え相手が総長であろうと試合を捨ててはいない。彼女の目標は、ずっと憧れていた生徒会長と伝説の人型精霊に打ち勝つこと。今更、怖気づくことなどありえなかった。
「やる気満々ね。貴女は私のことなんて眼中に無いのかと思っていたのに」
「? どういう意味ですの?」
遅れて配置に着き、アリージェと十数メートルの距離を空け対面したリンド。彼女は特に構えることなく棒立ちのような自然体で後輩と言葉を交わす。
「だって『生徒会総長対策会議』がなかったじゃない。優勝者の私を差し置いてみんなカイチョ―の事ばかり。蚊帳の外みたいでお姉さん、寂しいわ」
リンドはしくしくと顔を手で覆いわざとらしく嘆いた。実際ならば前年度の勝者であるリンドは注目株であるはずだった。しかし、今年の相手は元ノイシスの加護持ちの召喚士と人型精霊の召喚獣。周囲の話題がそちらへと流れてしまうのは当然ともいえた。
それをリンドも理解している。理解し、別段と気にもしていないからこその軽口だった。
「……ふふ」
思わず吹き出す。
しかし、アリージェにとってその冗句はちゃんちゃらおかしい話だった。
「御冗談をリンド先輩」
アリージェは呆れるように肩を竦める。言うに事を欠いて生徒会総長“対策”会議とは。あまりにも不適切な字面だ。
自分たちが行った会議名――それをリスペクトする資格は貴女には無いと、物申す必要があるようだ。
「先輩の場合、対策の仕様がないじゃありませんの」
なぜなら、
「わたくしたち、先輩の精霊を見たことがありませんのよ?」
「さぁ、選手たちの準備も整ったようです。今まで精霊を霊獣化せずに優勝を勝ち取ってきたリンド総長に、アリージェ選手はどこまで食らい付くことができるのか! <魔導>第一試合を開始したいと思います。両選手! 口上を名乗り上げてください!!」
剣の門、刀の門と呼称されたゲート。
試合や決闘においてコロシアムの口上はそのゲートを通過した“剣”から“刀”の入場順で行われる。
剣の門から入場を果たしていたアリージェは大きく息を吸い、一歩、精霊を纏った足で地面を力強く踏み鳴らす。
「魔導都市学園精霊科1年・召喚士アリージェ・メル・ヴァトー! 精霊『猫脚』のツィーペルター!」
『っしゃー! あたしたちのコンビネーションを見せてやるにゃー!』
ブーツ型スライムが黒猫の足のように形状を変化させる。
その形に特に意味はない。気分が高揚したツペルのお茶目だ。
「あら可愛い」
「え?」
リンドが思わず感想を零すが、当のアリージェは自分の足が可愛らしいことになっていることに気付いていない。
「でも、私の精霊も負けていないよ」
「??」
リンドは短く息を吐き。気持ちを切り替えアリージェを見据える。
次は自分の番だと。
「魔導都市学園精霊科3年・生徒会総長! 召喚士リンド! 精霊――」
自らの双角――その片方の角飾りに右手を掛け、カチャリと外し、手放す。
「『鎌骸』のアドラ!」
角飾りが無骨な鎌へと変化し地面へと突き刺さる。
さらに、
「『黒煙の焔』ヴァーニア!」
もう片方の角飾りの宝石に優しく触れる。すると黒い煙のような炎の固まりが宝石の中から飛び出し、鎌に纏わり付いた。
黒い炎を纏う鎌。
それが二柱の精霊と契約したリンドの召喚獣であり、霊核化された彼女の武器だった。
「それではこれより<魔導>第一試合、召喚士アリージェ・メル・ヴァトー対召喚士リンドの試合を執り行います! 両者、召喚士として精霊と共に歩みなさい! 始め!」
武闘大会の決まり文句によるネリアの宣言と同時にコロシアムに戦いのゴングが鳴り響く。
先手に打って出たのはアリージェだ。
未だに武器を地面に突き刺したまま棒立ちになっているリンドの姿を“隙”と判断したのだ。
「ツペル!」
『まかせて!』
合宿でも見せた大振りの踵落とし。
可愛らしい猫脚は水の刃へと変化し、リンドの頭をかち割ろうと迫る。
「甘いっ!」
だがそれは紙一重のところでリンドに躱され、ギロチンとなった足は大地に抉るだけに止まった。
「大胆な奇襲ね。でもそれならもう少し小回りの利く技にするべきだったわ」
威力の高い大技は挙動も読まれやすく対処されやすい。
忠告をするリンドは面倒見のいいお姉さんのようだ。しかし、今は試合中であり、アリージェは敵だ。そのお節介は上級生としての驕りとも捉えられる。
「ご忠告痛み入りますわ」
「……?」
しゃがみ込んだまま臨戦態勢に戻ろうとしないアリージェにリンドは首を傾げる。
そして、
「っ!?」
アリージェの猫脚がピクリと震え、自分の足元の地面がボコりと隆起した瞬間、理解した。 彼女の攻勢はまだ続いていたのだと。
「くっ!」
地面からスライムの触手が生え、リンドの腹部目掛けて発射される。慌ててその場から飛び退くが避けきれない。
ゴン、という鈍い音を立てボールのような曲線を描きながら飛ばされていくリンド。その姿から本当の奇襲の威力が窺える。
「隙だらけですわ、先輩」
猫脚でステップを踏み片腕を下げたファイティングポーズを改めて構えなおすアリージェ。
その先には前傾姿勢となり腹を抱えるように首を垂れるリンドの姿があった。
(初撃は成功ですわね。でも追撃は……できませんわ)
手ごたえはあった。しかしそれは狙い通りにはいかなかった。
「なんという事でしょう! アリージェ選手! 踵落としから精霊を地面に忍ばせそのままリンド選手にアッパーを食らわせました! 精霊との連携が取れた素晴らしい一撃です! これを受けたリンド選手は辛そうにお腹を抱えているようですが……いや、違います!? これは――!」
ネリアの実況にリンドは笑みを浮かべる。
「ふふ、すごいじゃない。最初の大技はブラフだったのね。ツィーペルターの打撃も普通の人間だったら骨が折れていてもおかしくない威力。でも私には効かない」
リンドの腕。
そこに白くて華奢だった女性の腕の影はない。
彼女の腕からは鱗が生えていた。それは指先から肘までを染め上げる蒼く美しい竜鱗。
リンドは腹を抱えていたわけではない。すんでのところでツペルの触手を鱗に覆われた腕でガードしていたのだ。
それがわかっていたからこそアリージェも追撃を諦めたのだ。
「出ましたあああ! リンド選手の竜現! 竜の力を発揮するときに現れる身体変化! 今の彼女は大の大人が束になっても敵わないほどの強大な力を有しております! アリージェ選手の攻撃は硬い鱗によって阻まれてしまったようだ!」
歓声が沸く。
前日の<武闘>とも<精霊>とも異なる戦いに刺激を受け場内の熱気がさらにあがっていく。
「次はお姉さんの番かな?」
リンドはそう言うとのけぞる様に胸を張り、大きく息を吸う。
「……!? まずい!」
アリージェは慌てて懐から小型の杖を取り出し魔力を込め、箒に跨る要領で杖に足をかけて空へと飛翔する。
その刹那。
炎の波が地面を焼き焦がし、先程までアリージェが立っていた場所を飲み込む。
コロシアムの大地は一瞬にして火の海へと変わったのだ。
「……やり過ぎたわ」
犯人であるリンドが口を開くと漏れ出すように口元で火の粉が舞う。
内包する魔力と竜人特有の器官による灼熱の炎。詠唱を必要としない上級魔法レベルの範囲攻撃。
試合会場が巨大な焜炉のように燃え盛り、その中心には火力の増した黒い炎を纏う鎌の姿があった。リンドのブレスは自身の精霊をも巻き込んでいた。
「毎回思うの。私の精霊が火属性に耐性を持っていてよかったって」
悠然とした足取りで火の海を歩くリンド。
彼女のブーツや服にも特別な耐火処理が施されており燃え落ちることはない。
炎を受け入れ溶け込むその姿は、炎の女帝とも呼称すればいいのだろうか。
「……っ」
杖を足場にして上空からリンドを見下ろすアリージェはそんなことを考えながら冷や汗をかく。
自らの状況を鑑みて“熱に浮かされる”とはこのことかと馬鹿なことまで考える。
だが、しかし……
「まったく、本当に……勘弁してほしいですわ」
鎌を地面から引き抜き本気となった生徒会総長リンドに自分がどこまで通用するのか。
まだ渡り合うことができているという事実が、アリージェの心に対抗心という火を燃え移らせていたのだった。




