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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
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魔導都市デート

 魔導杯準備期間。

 学園の熱気は街へと伝播し、校舎周辺の都市部では観光客を意識したセールや特売で賑わっていた。

 魔導都市学園の名は伊達ではなく、ルダージュたちの住むその都市は学園が中心だ。元勇者であり学園長であるアルフォス・リオン・ルフォルの元、街の自治体と連携し祭事などの行事が行われている。

 よって学園の行事と都市部は密接に関係しており、とどのつまり魔導杯とその準備期間とは魔導都市に住む商人たちにとっての書き入れ時にもなっていた。

 

「ありがとうぉございましたぁーあ!」


 商人特有の営業スマイルと独特のイントネーションに見送られ、買い物を終えたルダージュと姉妹エルフが店を出る。

 3人の様相は真逆だった。

 ルダージュは何かをやりきったようにほくほくと満足気だが、一方のオリヴィエとシルヴィエは顔を赤く染めどことなく恥ずかしそうにしている。


「あのような辱めを受けたのは生まれて初めてだ」


 そう恨めし気に呟き、そっぽを向いたのはオリヴィエだ。

 少し咎めるような口調で一見怒っているようにも感じるがそれはただの見せかけである。今の彼女は喜びを隠しきれない緩む頬とにやける口元を見せまいと必死だった。しかし、手の甲で頬と唇を隠すその姿こそ恥じらっている証拠に他ならず、墓穴を掘っているだけだということに気付かない。


『初めてを奪われた』


 普段ならそんな姉を指摘するのは妹の仕事だった。

 だが今回はその妹すらも助け船を出せる状態ではない。

 (うつむ)きながら意味深なボードを胸元に抱き、服の乱れを直しているのかどこか落ち着かない様子で髪や巫女服を指で弄っていた。


 まるで、さっきまで服を脱いでいて改めて着直した――そんな仕草だ。


 想像を掻き立てられるような言葉と態度に、彼らとすれ違う周囲の道行く人々は思わず赤面する。

 ただでさえ仮面を被っていて目立つ巫女姉妹が、恋仲と名高い人型精霊と含みのある会話をしているのだ。目立たない方がおかしい。

 いったい彼らはどんな店から出てきたのか? ここらに宿などあっただろうか?

 期待と野次馬根性を抱いた人々が、ルダージュたちが後にした建物を改めて仰ぎ見たことは言うまでもないだろう。

 そして、各々が抱いた妄想は早々に裏切られる。


「誤解を招くようなことを……ただの洋服選び(・・・・)で大げさな」


 巫女姉妹に振り返り、半眼を向けるルダージュ。

 そう、彼らは生徒会の買い物を終えた後、時間が余ったことを機に洋服店に足を運んでいたのだ。


「約束を覚えていてくれたことは嬉しく思うが……強引だ」

『心の準備もできてなかった』


 いつの日か巫女姉妹に服を買うと、そう約束していたルダージュは突発的に2人を店に誘い、洋服選びに勤しんでいた。

 最初は戸惑っていたオリヴィエとシルヴィエだったが、2人ともルダージュとの約束を覚えていたため断るようなことはしなかった。それどころか日頃からいつデートに誘ってくれるのかと心待ちにしていたぐらいだ。

 だが、まさか何の前触れもなく誘われるとは思ってもみなかったためデートの準備などできているはずもなく、ただただルダージュと先程の服屋の女性店員に着せ替え人形の如く扱われ、あれよあれよという間に購入する服が決まってしまったのだ。


「ちゃんと2人に似合う服を選べたと思ったんだけど……なにか不味かったか?」


 ルダージュが両手に掲げる二つの買い物袋。

 その中にオリヴィエとシルヴィエの新しい衣装が何種類も詰められている。「どうせお金を使う機会もないから」とルダージュが奮発したため気に入ったものを手当り次第に買ったためだ。


「それは……そうなのだが……」


 オリヴィエとシルヴィエは思い出す。

 着替えた自分を見つめながら頭を悩ませるようにうんうんと唸るルダージュのことを。

 どんな服が自分に似合うのか真剣に考えてくれている。それだけで胸が高鳴ってしまう自分を知り、彼のためならばお洒落にも気を配ってみようかと考えた。

 辱めだのなんだの所詮は照れ隠しだ


『せっかくの初デート。なにも準備してない』


 ルダージュと一緒に出掛けられるこの機会。

 もう少しなにかデートらしい物を用意できたのではないかと姉妹は後悔していたのだ。

 だが、


「……デート?」


 どうやらルダージュはただの買い物の延長と捉えていたようでシルヴィエの言葉に目を丸くしている。


「なんだ? その腑抜けた言い方は……」

『デートじゃないの?』


 2人は冷や水を浴びたようにルダージュを見つめ、姉は拗ねたように口をへの字に曲げ、妹は不安そうに目尻を落とした。舞い上がっていたのは自分たちだけで相手は何とも思っていなかったという事実に一抹の寂しさを感じてしまう。


「俺はただ2人との約束を果たせるいい機会だなっと、そう思って……」

「私たちはあれをデートの約束だとばかり……」

「な!? なる、ほど……」

「う、うむ」


 お互いの齟齬を確認し摺り合わせる。

 何とも言えない空気になり無言になる。シルヴィエのボードにはしょぼんとした顔文字みたいな絵が描かれており珍妙な物悲しさが漂ってくる。


「そっか、デートか」


 ルダージュは照れたように頭を掻き、どうしたものかと頭を悩ませた。


(デートなんてしたことないし、そもそも街のこともあまり知らないからどこに行けばデートらしいのかもわからん)


 彼の場合、約束の買い物を済ませるだけで特別な意味など考えていなかった。

 買い物を済ませたらすぐにセルティアのいる学園に帰ろうと考えていた。だがそういう状況ではなくなったのだと、姉妹の様子を眺めて思い知る。

 ルダージュは2人の期待に応えようと思考を巡らすが、いかんせん多方面での知識が足りない。さらにはいつもの嘘を吐いているという罪悪感が邪魔をして制限を課してくる。

 身の程を弁えろ、と。


(無難なのはデートの定番の映画だが……異世界にはまだないし、演劇は……この都市にあるのか知らん。カップルを見つけて後をついていく……? いやいや、それでもしそれっぽい宿に向かってみろ、変な空気になるだろ)


 約束として服をプレゼントすることは何の問題もなかったが、“デート”と題されて行動を迫られるとこんなに頭を抱えるものなのかと、ルダージュは動揺する。

 ルダージュは嘘つきではあるが約束は守る存在でありたいと心に誓っていた。

 そして嘘つきの自分に聖刀剣の主――伴侶としての立場を期待されても応えられない。応えてはいけないという戒めもある。

 

「あー……」


 雁字搦(がんじがら)めだった。

 吐いた嘘と罪悪感に首を絞められ息が苦しくなってくる。周囲を騙し続けているこの状況にルダージュは疲れを感じ、そんな身勝手な自分に自己嫌悪して辟易する。

 最近、そういった自分に嫌気が差す頻度が増えた、とルダージュは感じていた。

 それはいつまでも嘘を吐き続けている所為なのか、大切な人たちばかり騙している所為なのか、彼にはわからなかった。


『顔色が悪いよ。大丈夫?』

「なに? そうなのか?」


 ルダージュがデートだと思っていなかったことに落胆していた姉妹だったが、それでもルダージュをよく見ていたシルヴィエが彼の異変に気が付く。

 傍から見ると思いつめたような表情だったため不審に思ったのだ。


「体調が優れないのであればデートどころではないな……」


 姉妹の切り替えは早い。

 デートだと勘違いしていたのは自分たちであり、それを押し通すのは我が儘であることを理解しているからだ。それに我が儘と言えば王都で1つルダージュには聞いてもらっていた。甘えられる相手が今までいなかったとはいえ、これ以上望むのは欲張りというものだ。

 それにオリヴィエとシルヴィエにとって収穫がなかったわけではない。


 デートだと再認識して恥ずかしがるルダージュを見れただけでも実は満足だったのだ。自分たちのことを意識してくれていると知ることができたのだから。


『早く帰ろ』

「待って、大丈夫だから」


 シルヴィエが自分の荷物をルダージュから預かろうと手を伸ばすが、ルダージュはひらりと身を(ひるがえ)してその手を避けてしまう。


「ちょっと服選びを真剣に悩み過ぎて頭が疲れただけだから、学園に戻るよりは……その、なんだ……どこかお茶……一息できる甘味処みたいな場所で休みたいな」


 それはわかりやすい嘘だった。

 ルダージュが姉妹たちに提案する次のデートコースへの切っ掛けでもある。


「……」

『……』


 オリヴィエとシルヴィエは思わず目をぱちくりとさせ黙り込む。不器用ながらも期待に応えようとしてくれる人型精霊(ルダージュ)に鼓動が早くなるのを感じる。

 そして――


「その後は……っと、そう! セルティアにもプレゼントを買いたかったから一緒に選んでほしいな……なんて」

「――くふ!」


 ――他の女性への贈り物選びを誘い文句にしてしまう拙さに思わず吹き出してしまう。


「わ、笑わないでくれよ……」


 ルダージュもさすがにこの誘い方はないと自覚しているのかばつが悪そうだ。

 だが、オリヴィエとシルヴィエは特に気を悪くすることはなく、ルダージュのことを再認識しただけだった。自分たちの気になる相手は精霊で如何しようも無く召喚獣なのだと。

 お互いに恋愛事に慣れていない同士、調和がとれているように思えた。


『君らしいよ』


 シルヴィエがそう伝えると、姉妹は息を揃えたようにルダージュを挟むようにして腕を組む。


「くく、では買い物の続きに参ろうか、精霊殿」


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