灰色の日陰
「そういえばカイチョ―は今度の魔導杯について何か言ってた?」
話題は必然的に武闘大会に関したものとなっていった。
「まだ、なにも。俺たちが帰ってきてからすぐに魔導杯の準備期間に入ってしまったからな。どうやって試合に臨むとか、そもそも試合に出るのかすら相談してない」
もちろん話し合いをまったくしていないわけではなかった。ルダージュたちが王都から帰ってきて一週間以上経過している。その間に相談する機会は沢山あった。ただ、ルダージュが闘技大会の話題を振ると、セルティアは「もう少し待っててくださいね」と何か考えがある様に打ち切ってしまっていたのだ。
「ま、それもそうでしょう。セルティアが出場できるか否かは学園が判断することだから。決定権がない彼女は貴方になにも教えられなかったのね」
「そうなのか?」
「ええ、そうなの。……ちなみにルダージュは前回の魔導杯――というよりもここ最近の魔導杯についてどれくらい知ってる?」
「そういやあまり興味が無くて聞いたことがなかったな。なんとなく予想はつくし」
「あらあら? その予想の中身を聞いてもいい?」
わざとらしく目を丸くするリンドだが、ルダージュが口にせずとも答えがわかっているのか、期待するような眼差しで彼を見つめている。
「おそらく、セルティアが入学して三年間――<武闘>カップで毎年優勝していたんじゃないか?」
魔法科の1年から6年、精霊科を除いた全学年の生徒で争うことになる<武闘>。セルティアはその大会で下級生ながらも同級生や上級生全てを打ち負かしていたと、ルダージュは言っているのだ。
「それはつまりセルティアが1年の時に3年だった私を降したって意味にもなるけど……いいの?」
「あの娘はそれぐらい努力しているはずだ」
言い切るルダージュにリンドは「ふ~ん?」とにやつくように上目遣いを送る。竜人といっても人族と平均身長は同じぐらいだ。リンドも特別身長が高いほうではない――むしろ小さい部類に入るため、ルダージュに近づくと頭の角が丁度胸の位置にくる。
「召喚士と召喚獣の信頼ってこういうことなのね。正解、ではあるけど少し妬けちゃうな、お姉さん……って、どうして後ずさるの?」
「いや、角が……」
「角? お姉さん自慢の角のこと?」
リンドは自分の双角を両手でそれぞれ握り締め、そのまま首を傾げた。
バニー系獣人といい竜人といい、耳や角を触るのは異世界人特有の癖なのだろうか。ルダージュがそんな疑問を片隅に置きながら思ったことを口にする。
「俺に刺さりそうだったから、つい」
竜人の角は本来、先が尖っており危険だ。
リンドのように他種族と接する機会が多いものは自身の角の先をやすりで削り、丸みを帯びさせるのが常識だ。
「――え!? さ、刺さらないよ!? ほら、ちゃんとお手入れだってしてるし!」
無論。リンドも学園の生徒会総長として生徒の模範となる様に角のケアを怠ったことはない。それどころか角の根元にはそれぞれ角飾りともいうべき装飾品で着飾り、お洒落も忘れない乙女である。
焦ったように「ほらほら!」と頭の角を見せつけてくるリンドに総長の威厳はないが、言葉通り角の先端は人の指先程度の尖り具合だ。
「いやぁ~頭突きとかされたらこう、サクッと」
「頭突き!? そんな魔物みたいなこと、誇り高き竜人の私はしません!」
(誇り高い人は頭突きなんてしないってさ、オリヴィエ)
王都での出来事が懐かしくなり、遠い目をするルダージュ。
「ちょっと聞いてるのルダージュ? お姉さんの角は危険じゃないの。触ってみればわかるから、ほら!」
物思いにふけるルダージュなどお構いなしに自らの角を強調してくるリンド。その必死な様相に悪いと思いながらもルダージュは苦笑を堪えることができなかった。
「人のチャームポイントを凶器扱いしておいて随分と余裕な態度なのね」
怒ってはいないが不機嫌です、という態度をこれっぽっちも隠そうとしないリンドに、さすがのルダージュも悪いと感じたのか慌てて謝罪する。
「俺が悪かったよ。ただ俺にも竜人の知り合いがリンドしかいないから――」
「――知り合い?」
「……え?」
ルダージュが発した単語が引っかかったのか、仏頂面になるリンド。今度は何をしてしまったのかルダージュには皆目見当もつかないが、先程とは比べ物にならないほど深刻そうな顔でルダージュを見つめている。
そして何を考え込んでいるのか片手で数を数え始め、両手を使わなくてもいいことに驚愕し「たしかに知り合ったばかり」とどこか納得したように頷いた。
そして、
「……決めた」
決意に満ちた表情でルダージュの手を握る。声の調子は先程とは打って変わり、楽しげで何かに期待するように弾んでいる。
「今日のルダージュは私の補佐だ。生徒会の一員として一緒に巡回する。これは生徒会総長である私の命令、拒否権はありません」
±
学園敷地内にあるコロシアム。
約3万人を収容できる超大型の闘技場であり、普段は学園生の魔法訓練や霊獣化した精霊の活動場ともなっている場所である。
魔導杯に向けた学園生の仕事は安全点検、内部の清掃、解説・来賓席の設置などだ。
生徒会であるセルティアとロイは他の会員たちとともに総指揮に当たっており、手薄な持ち場が存在すればそこの手伝いを行う――何でも屋みたいな役割も果たしていた。
ルダージュがコロシアムの外へ出ていたのもセルティアからお使いを頼まれたからである。
そこで生徒会総長に掴まり、舞い戻ってきたわけだが……。
「なあ、元々生徒会の仕事をしていたわけだから、別に命令されなくても総長と一緒に行動したと思うんだけど……」
隣でずんずん歩くリンドにルダージュはそう提言する。
「本当かなぁ? お姉さんは疑っちゃうぞ?」
リンドは腕を組み訝しむような横目でルダージュを見ると、ふんと鼻息を鳴らす。
「例えば、例えばよ。この場にセルティアが来たとして「ルダージュ~! こっちに来てお手伝いしてくださ~い!」なんて言ってたら――」
「もちろん跳んでいくけど?」
「――最後まで言わせないところが特に鬼畜だと思うわ」
「すまん」
だがそれは仕方ない。
ルダージュの第一優先はセルティアだ。最近、蔑ろにしていたわけではないが王都で気に掛けず失敗した所為もあり、反応も顕著になるというもの。
「召喚士と召喚獣の関係でもずるいと思ってしまうもの」
第三者から見ればセルティアとルダージュの関係は召喚士と契約精霊という明確でわかりやすい関係で結ばれている。ルダージュの反応が特別なものとして映ることはない。
「だからこれは命令。私も人型精霊のルダージュともっとお話ししたいの」
「……」
それならばこの会話に意味はない、とルダージュは考えてしまう。
自分は精霊ではないのだから。
「……怒ったの?」
ただ沈黙は不味かった。
ルダージュの無言を怒りと捉えたのか、リンドが不安そうな表情を浮かべる。
そこにはお姉さんぶる生徒会総長の姿はなく、1人の竜人の少女が立っていた。
「そんなことはないさ。俺なんかでよければいつでもお供しますとも」
「そう? そう言ってもらえると私も嬉しいけど……」
リンドには謙虚なように聞こえたようだが、実際は自虐的な台詞だ。
(嘘を吐いていることを開き直ることなんてできないよな……)
ルダージュは考える。
ある意味でこれは有名税のようなものだと。
人型精霊に惹かれた者たちが自分に感心を抱き近づく。そういった者たちが現れるたびに嘘を続け、重ね、吐き出さなければならない。
(だけど、やめるわけにはいかない。俺は人型精霊であり続けなければいけない。それが正解なんだ)
友や仲間、すべてを騙し続けることにルダージュは疲れていた。
だが、本当のことなど誰にも告げることはできない。
人型精霊の正体が幻魔が蔓延る世界から来た幻魔の力を持った異世界人。
そんなバカげた話をこの世界の住人に教えることなどできないのだ。幻魔は世界の敵であり、それを“召喚できる人間”などいないのだから。
「それにしても今日は暑いな……準備日和ではあるが、労いに冷たい飲み物でも――」
「それなら“セルティア”に頼まれたから手配しておいた」
「おお、さすが会長だ。ただの戦闘狂ではないことを下級生にも伝播しないといけないな」
「当然だな」
そういいながらルダージュは魔装を操作し、ある物を作りだす。
「……それで、この灰色の傘はなんだ? 雨が降るような天気ではないが」
「日傘だよ、人型精霊特性魔装の傘だ」
我が物顔でルダージュは騙し続ける。だが、そんな彼の腹黒い思惑とは裏腹にリンドは魔装で生み出された日傘に興味深々のようで、瞬時に用途を理解していた。
「傘……か、しかも雨避けのためではなく日を避けるためとは。精霊はなかなか面白い発想をするのね」
「この世界にはなかったみたいだから。暑いんだろ?」
「お前の厚意なら喜んで受け取ろうじゃないか――ってどうした?」
「いや、あの……」
リンドの受け取るという言葉に思わず反応し、伸びた手から魔装の日傘を遠ざけてしまった。渡そうとしていたにも関わらず、拒絶するような態度をとってしまいルダージュはばつが悪くなる。
「もしかして噂に聞く魔装の“譲渡”というやつか?」
「? どうしてそれを?」
「風の噂――どこぞの対策会議は内容が駄々漏れだったというだけの話だ」
「……なるほど」
お互いの意思で貸し借りを可能とする魔装の譲渡。使い勝手はいいが“意思”という曖昧かつ不明瞭なもので簡単に行えてしまうため注意も必要だった。
もしここでルダージュが魔装の傘を貸してしまった場合、その分の魔装がリンドに譲渡されてしまう。
もちろん貸した後に返してもらえればいいだけの話なのだが、リンドに渡すこと――セルティア以外に渡すことをルダージュは躊躇ってしまったのだ。
「……」
リンドを信頼していないわけではない。言い訳をするならば、思わず体が動いてしまったとしか言いようがなかった。しかし魔装の譲渡の内容を知っているリンドに対し、ルダージュはどう取り繕えばいいかわからない。傷つけないように何かしらの理由を言うべきタイミングなのだが言葉に詰まってしまう。
「――まったく、だからずるいのよ」
そんなルダージュの態度を見るに見兼ねたリンドは1人諦めたように嘆息すると「これぐらいやっても罰は当たらないわよね」と、ルダージュの腕に自分の腕を絡ませ日傘の元へ潜り込む。
つまりは、
「相合傘というのでしょう? さっきのこと、これでチャラにしてあげる。お姉さんはルダージュに日傘に入らないかって誘われただけなのだから」
ルダージュの態度を承知の上での妥協案だった。
「……ありがとう」
リンドの懐の広さに素直に感謝の言葉を口にするルダージュ。
その態度が癪に障ったのか、はたまた別の理由からか、リンドは顔を赤くしながらルダージュを見上げる。
「暑いから日傘を差しているのに、こんなにくっついていたらもっと熱くなるだけじゃない」
そんな文句を口にしながらも、リンドはルダージュから片時も離れようとはしなかったのだった。
±
途中、学園生たちの仕事ぶりを巡回していたルダージュは見知った顔を見つけ声を掛けた。
「……そこにいるのはジルか? おーい!」
魔法科に在学しているセルティアの同級生。レイフォン・ジル・フリークが同じ魔法科のクラスメイトと思しい学園生らとともにコロシアムの外壁近辺で屋台の設営をしていたのだ。
「……?」
だが本人はルダージュの声には気が付いているようだがどこにいるのかわからなかったようだ。それも仕方ない。ルダージュとリンドは外壁の上、ほとんど真上から呼びかけていたため気づかれなかったのだ。
だからルダージュは「上だよ、上」とさらに言葉を付け足す。
「……! ルダージュか? すまないが太陽が眩しくてよく見えないんだ」
時間は正午近く。
太陽はちょうど彼らの真上の位置で輝いていた。
「これでどうだ?」
ルダージュは魔装の量を増やし傘を巨大化させ、大型パラソルを造り日陰をつくりだした。
「ああ! ちょっと待ってくれ」
ジルはそう言ってルダージュの日陰に入る。
そして、まだ見えにくいのかジルは目を細めながらルダージュの方を見つめ返していると、唐突に――
「ま、眩しいー! 眩しすぎるー!」
と、わざとらしい棒読みを発しながら目を覆い隠した。
「どうした? 太陽は当たっていないはずだけど……」
ルダージュは急変したジルにもっともな返答をするが、それは彼なりの冗談だったらしい。
「ルダージュが、生徒会の総長と! 腕を組みながら! デートをしている! 俺にはっ! 眩しすぎるっ!」
「……!」
(お前ってそういうキャラだっけ!?)
びくりと肩をあげ尻尾を硬直させる総長と心の中でツッコミを入れるルダージュ。その間もリンドはルダージュの腕から離れないあたり肝が据わっている。
よくよく見ると周囲の魔法科の生徒も流れに乗っているのか手をかざすようにしながらルダージュたちを眺めていた。
「……とりあえず、後が怖そうだから誤解を解いてからセルティアたちのところに戻ろうか」
「お姉さんは別にどちらでも構わないけど……魔法科の子たちの手伝いをしてから行くのもいいわね」
そんな相談をして、2人は道草も食っていく。
ちなみに魔法科と合流する際にリンドをお姫様抱っこをしながらルダージュが飛び降りたせいでまたからかわれることになったのだが、それはまた別の話だ。




