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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
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幕間 少女と忘却のエトランジェ 2

 少女の兄はただ一言「拾ってきた」と事も無げに話題を逸らし、それで説明は終わりとばかりにベッドの近くに置いてあった椅子に座った。


「……」


 思わず少女は押し黙る。

 異邦人の女性との関係を聞いたはずなのに『拾った』とはどういう了見なのだろうかと。久しぶりに会った妹に対して少し冷たいのではないかと、気落ちする。

 そんな妹の姿を見てばつが悪かったのか、兄は少女へと向き直り本邸に戻り休むことを促した。夜も更けており子どもは寝る時間だ、と。


「……」


 少女は引き続き押し黙った。

 今度は抗議の意味を込めた視線を携え、むっとした表情で兄を見る。

 妹のその姿に兄は首を傾げた。

 自分の妹は聞き分けがよく、自分より優秀なよくできた子どもだ。一体全体“どうした”というのだろうか。


「……お手伝い、がんばりましたの」


 その一言は包み隠すことを忘れたように明確で、はっきりとした抗議の言葉だった。

 寝ている異邦人のためではない。兄のために色々と準備や着替えなどの手伝いをしたのだ。労いの1つも欲しいと思うのは当然だろう。

 そもそも少女は兄と過ごせる時間のきっかけが欲しかっただけなのだ。お礼どころか邪険に扱われて立つ瀬がないというものだった。


 兄はやれやれと頭を振る。

 少女に呆れているのではない。己の余裕の無さや焦りを妹によって自覚させられたことで、自分に呆れているのだ。“どうした”のは妹ではなく自分自身であったと。そしてさらに“どうかしている”のもまた自分だと。

 妹の前でも今まではちゃんと普通の兄を演じていたのに、今は演技(それ)ができない。

 それほどまでに追い詰められているのだと自覚させられてしまった。


「兄さん……!」


 一呼吸置き、少女の耳に謝罪と感謝の言葉が届いた。

 それだけで喜んでしまう少女にはわからない。

 目の前にいる兄の苦笑が、本当は自虐的な笑みであることを。なぜこんな兄(・・・・)にこの妹は慕ってくれるのだろうか? そんなことを考えながら笑っていることに。

 

 ±


 傍目にはその兄妹の会話は弾んでいるように見えた。

 男に懐いている可憐な少女が兄がいる学園(・・・・・・)に興味を持ち、「早く通いたいです!」と力説する。苦笑している兄と笑顔が絶えない妹。

 仲のいい兄妹の他愛のない会話劇は心地の良いものだったが、それと同時に眠気を妨げるやかましさもあった。


(さて、どうしよう?)


 見知らぬ天井を眺めながら彼女はここがどこなのか考える。

 考えて、考えて、考えて……そもそも自分が地名や国の名前の1つも覚えていないことに気付く。そしてまるでお約束のように、自分の名前すらも思い出せないことを知る。


(どうしてお約束なんだろう?)


 ここはどこ? 私は誰? そんなフレーズが思い浮かぶが、どこからそのフレーズが来たのかわからない。ただわかることは自分が記憶喪失になってしまったという事だけだった。


(……お邪魔していいかな)


 目の前にいる男と少女に声を掛ければ答えはすぐにわかるだろう。

 なによりこれ以上1人で考えても埒が明かない。

 二度寝しようにも何故だか一人で寝るのは怖かった。隣に何かが足りないと、そう思ってしまう。


(抱き枕が無いと寝れないタイプだったのかな、私)


 その何かはたぶん枕に違いないと決めつけ、彼女は起き上がる。

 整髪されていない長い黒髪が肩から流れ落ちていくのを感じる。


(第一声は何にしよう)


 目の前にいる兄妹が“自分”を見て驚いた顔をしているのがわかる。

 ここで「あなたたちは誰ですか?」や「ココハドコー? ワタシハダレー?」というのはありきたりでつまらない。


「……」


 どうやら自分はユーモアのあるセンスを持ち合わせてはいなかったようだ。

 まるで思い浮かばず、ただ見つめ合う形となってしまい心の中で嘆息する。

 だが、何かを口にしなければ会話は始まらない。とりあえず、と彼女は最初に思ったことを2人に伝えようと口を開き、


「うるさくて、眠れません」


 と、唐突に悪態をついた。


(どうやら私はそこそこ口の悪い人間だった……みたい?)


 彼女が初めて知った自分というものは、そんな些末なことだった。


短いのでもう1話投稿します。

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