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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
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報告

 王都から帰還したセルティアたちを最初に出迎えたのはアリージェの抱擁と宣戦布告だった。

 抱擁の意味。

 それはセルティアたちの無事を確認したアリージェが感極まったためだ。


 クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリア姫が“謎の組織”に襲撃され誘拐されそうになった事件。事の顛末が世間に発表されたのはつい先日のことだ。それと同時に王家はクララ姫が狙われた事実を重く捉え、さらには周囲に被害を拡大させないためにクララ第一王女の警備を強化、成人するまで外部との接触を禁止したことも発表した。

 事実上の軟禁だ。


 また、事件解決に貢献した元ノイシスの加護持ちであるセルティア・アンヴリューとその精霊である灰騎士のルダージュの活躍を公表し、『加護持ち』にさらなる好条件の待遇を約束する令状を発した。

 もともと『加護持ち』の子どもが生まれた、もしくは成長途中で加護を得た場合。国に対し報告する義務があった。

 今回の令状は一見すると国が『加護持ち』をさらに管理し、戦力として手中に収めようと目論んでいるようにしか見えないが、実際は『加護持ち』の保護が目的である。


 セルティアに続きクララが“謎の組織”に狙われたことから、今後も『加護持ち』が標的となる可能性が高い。令状は敵組織の行動を阻むための応急処置としての役割を果たすだろう。

 また“謎の組織”の正体が“幻魔教”であることは秘匿されている。あくまで今回の事件は“謎の組織”

クララ姫(・・・・)を狙ったのであり、“幻魔教”が加護持ち(・・・・)を狙ったわけではないと強調するためだ。

 さらにここ近年の幻魔の活発化と突然の台頭を見せた幻魔教。『幻魔教が活動を始めたから幻魔も出現した』と下手な勘繰りで、民に不安を煽られては困る――という理由からも幻魔教が誘拐の主犯であることは王の判断により極秘事項となった。


 アリージェたち学園生はセルティアたちがちょうどその時期に王都へと召集されていたことは知っていた。セルティアとルダージュの活躍を聞き「さすが生徒会長だ」と感心する者もいれば「また事件に巻き込まれたのか」と呆れ気味に心配する者が大半だった。アリージェは基本的に後者の人間であり、お迎えの挨拶代わりに抱擁で出迎えたのはそんな理由からだ。


 そして無事とわかれば急に恥ずかしくなり、照れ隠しをしてしまうのもまたアリージェの性格だった。

 

「無事と聞いて安心しましたわ。これで気兼ねなく今度の魔導杯に全力で臨めますわ。わたくしたち、あなた方をぎゃふんと言わせる戦略を考えましたのよ?」


 啖呵を切るように宣戦布告したアリージェ。

 彼女は対策会議を行ったことを惜しげもなく当事者(セルティア)たちに説明してしまったのだ。

 しかしそれはアリージェにしてみれば当初の予定通りの行動だった。

 会議の合間。こそこそ隠れて会議を行うことに気乗りしなかったアリージェに、オルガが「じゃあ事後報告として対策会議をしたことを会長たちに言っちゃいましょう」とアドバイスしたのだ。「挑戦的で熱いだろ?」と。

 そしてオルガの提案を聞いて「名案ですわ!」と逆にやる気を出したアリージェは周囲の了承を得て対策会議を続けたそうだ。


「ふふ、あれがアリージェらしさ……なんでしょうか」


 先程の抱擁と宣戦布告を思い出し、微笑むように口元を緩ますセルティア。


「あの娘はだいぶセルティアのこと好きだよな。友人でもありファンでもあるって感じ」

「精霊科に進学するまではほとんど接点がなかったはずなんですけどね。抱き着いてきたときは一瞬ミリーかと思っちゃいました」


 隣にいたルダージュが思いのまま口にするとセルティアも照れたように返答した。


「後ろにいたミリアが口を開けて驚いていたぞ? このままだと焼き餅でも焼かれるんじゃないか?」

「ミリーにですか? それはそれで見てみたい気も……って、なんだかどこかで似たような会話をした気がします」

「さて? どこだったかな。俺は忘れたよ……と、そろそろ着くころか?」


 ルダージュが周囲を見渡す。

 場所は学園の校舎上層部。

 まだ一度しか訪れていないためルダージュにとっては見覚えのない廊下だった。


「学園長室はこっちですよ」


 学園に帰還したばかりの2人は学園長のアルフォスに聖刀剣の扱いと王都であった事件について報告に来ていた。学園から王都までそこそこな移動距離なため、巫女姉妹のようにシャワーを浴びて落ち着いてから報告に来てもよかったのだが、セルティアは二柱目の精霊の件もあり逸る気持ちを抑えられなかった。

 今も普通に会話で来ているように見えるが内心は精霊のことで頭がいっぱいである。


(色々と思い詰めているようだし……注意しておかないと)


 アリージェに抱きしめられたおかげか帰路の馬車に乗っていた時より表情が柔らかくなったように思える。しかし、学園長室前までくると少し硬くなり隠せていない。


「召喚士セルティア・アンヴリュー、並びに精霊ルダージュ。ただ今帰還しました」


 コンコンコンとノックした後、少し大きめの声でセルティアが告げると、中から「どうぞ~」と若い男性の声が聞こえてきた。「失礼します」と扉を開けて部屋へと入るセルティアにルダージュが同様に追従する。


「もう少し遅く来てくれてもよかったんだが……旅の疲れも癒えていないところ悪いね。ささ、適当に腰を掛けて楽にしてよ」


 学園長アルフォスはセルティアとルダージュをソファーまで案内すると、慣れたような手つきでお茶を淹れ2人に差し出す。「お構いなく」と断りを入れる暇もなかったため、お礼の言葉と共に2人は一息入れた。


「大変だったね。報告はマクゼクトから……王様の従者から書面を通して聞かされているよ。学園の生徒を巻き込んですまない、とも書かれていた」

「私は『加護持ち』だったということもあり、国と学園から支援して頂いている身。少しでも恩返しができたのであれば幸いです」

「そうかい? そんな堅苦しく考えなくてもいいんだよ? 彼女の……ノイシスの魔法に向き合ってくれているだけでも僕は嬉しいさ。君の場合は生徒会長にまで上り詰めるほど学園で勉学に励み頑張ってくれているしね」

「勿体無いお言葉です」


 生徒会長モードのセルティアを微笑ましく眺めた後、アルフォスは「さて、」と仕切り直すように声を出した。


「君たちに聞きたいことは書面では書かれていなかった部分だ。今回の一件で敵の正体が判明したらしいね。君たちから直接聞いてくれとコレには書かれていたよ。そして――」


 アルフォスの手には王都からの報告書らしき物が握られていた。彼はそれを見せびらかすようにひらひらと揺らすと、ポンという音を鳴らしながら跡形もなく燃やして見せた。

 

「口外禁止だともね。それほど大きい組織だったのかな?」


 ルダージュは姉たちに弄られている(アルフォス)の姿しか見たことがなかったが、目の前の彼からは勇者の威厳のようなものを感じていた。見た目は十代の若者に見えても、彼はオリヴィエとシルヴィエと変わらない長命のエルフだ。年齢に見合った落ち着きというものがある。むしろ、この姿こそ本来の勇者アルスの姿なのだろうかと勘繰るほどだ。


 だからセルティアから幻魔教について語られた時もアルフォスが驚くこともなく静かに耳を傾ける姿はさすがだとルダージュは思った。


「――これが今までの経緯です」

「なるほどね」


 セルティアが幻魔教と自身の“二柱目の精霊”について語り終えると、アルフォスは納得したように首肯し、閉じていた目を開いた。


「その“紅い翼”が君の二柱目の精霊である可能性が高いわけなんだね?」

「確証は得られません。でも、なぜだがそんな気がして」


 嘘だ。実際は確証とまではいかなくとも疑う理由はある。

 魔法を無力化するルダージュと同じ能力。それを持った精霊など聞いたことがない。セルティアは自分が召喚したと考えるのが自然だった。


「それにしても幻魔教か……」

「学園長――勇者アルス様は彼らのことを何か知っているのですか?」


 物思いにふけるように組織の名を口にするアルフォスに、セルティアは興味をそそられたように疑問を口にした。その質問を受け彼はセルティアを見つめ返すと、一時の逡巡の後に首を振った。


「いや、詳しいことは知らないな。ただ君たちもある程度は把握していると思うが、幻魔教というのはノイシスたちが幻魔を滅ぼした後に設立された組織だ。勇者アルスだったころの僕にはわからないよ」


 冗談めかしていうアルフォスはさらに続ける。


「だけどアルフォスになった――いや、ここは戻ったといった方がいいかな。アルフォスに戻った僕にはね、幻魔教が存在する理由というか信者が幻魔にすがる理由がわかるんだ」

「……それは、どういう意味でしょうか」

「ごめんね、無神経だったね」


 幻魔教を擁護するような発言を聞いてしまいセルティアが怖い顔をしていた。それをアルフォスに見られてしまったようだ。


「……ぁ! いえ……すみません」


 みっともないところを見られ、あまつさせ謝罪までさせてしまったセルティア。やってしまったと後悔するように恐縮する。


「……ほい」


 ルダージュはそんな彼女をフォローすべく、とりあえずララとの出会いでさらに上達した魔装人形を彼女の膝の上に乗せた。


「……なんですか、これ」

「灰騎士くん人形。前に欲しいって言ってただろ? その試作品」


 デフォルメされた鎧殻を見て「なるほど」と呟きながら抱き上げるセルティア。


(気が紛れるといいけど……)


 効果はそこそこのようで人形を見つめるセルティアの表情が少しだけ柔らかくなった。

 それを確認したアルフォスは言い直すように口を開く。


「幻魔教を擁護するわけじゃないんだ。だけどこの世界アリアストラは実力至上主義であり力が全てだろ? 幻魔のように絶望的なほど強大な力に憧れる。または非力な自分が認められないこの世界を壊してほしいと願う人々がいる。それも事実なんだ。思ったことはないかい? 自分に力があれば、もっと力があればあの時に何かできたのに、と」

「それは……」


 無いとは言えなかった。

 セルティアが誘拐された時、幻魔と遭遇した合宿、王都での事件。セルティアとルダージュは自身の力不足をそれぞれがその都度に感じていた。

 そして今もまだ強くなりたいと願っている。


「だから巨悪でもその力を崇拝してしまうというのはわかる。それに敵を知ることは大事だよ。彼らは力を欲している組織だ。人型精霊という力を手に入れるために『加護持ち』を狙っているのかもしれないね。僕の簡単な見解はそんなところ」


 なるほど、とルダージュは納得する。


「さて、君たちももう疲れただろう? あとのことは姉さまたちに聞くから報告はここまでで構わないよ。わざわざすまなかったね、生徒会長には魔導杯でも活躍してもらうから今のうちにちゃんと英気を養っておくんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 学園長のお言葉に甘えるようにソファーから立ち上がる2人。


「長旅、お疲れさま。それとセルティア・アンヴリュー」

「? はい」


 部屋を後にしようとしたセルティアに学園長が声を掛けた。


「あまり思い詰めないように。妖精の森での一件は君を相当に追い詰めているみたいだけど、1人でないことちゃんと覚えておいてくれ。君の二柱目の精霊は僕たち学園側も全力で捜索するつもりだ。それに――」


 と、アルフォスがルダージュを見つめて言葉を続けようとするが、それはセルティアによって遮られる。


「私にはもう一柱の精霊が――ルダージュがついている。そうですよね?」

「そういうことだ、召喚士セルティア・アンヴリュー」

「……」


 ルダージュは2人のやり取りを照れくさそうに見つめていたが、裏ではどうしても後ろめたい気持ちが拭いきれずうまく笑えなかった。

 そんな彼をアルフォスが見つめ「あ、それで思い出したけど」と切り出す。


「?」

「妖精の森の話だよ。君が教えてくれた“真白色の少女”がいた話さ。最近やっと調査が終わったからその話もしたかったんだ」

「あ、……」


 ルダージュは思い出す。

 セルティアが攫われたときに遭遇した得体の知れない少女のことを。


「結果から言うと僕たちは会えなかった。彼女がいたという痕跡すら見つけられず、調査班からは君の見間違いなんじゃないかという話も出ている」

「そう、ですか……」

「すまないね。もしあの妖精の森に子どもが迷い込んでいたとなると大変だから捜索してみたが、時間もだいぶ経ったしこれ以上は無意味だと判断させてもらったよ。元々、誘拐犯――幻魔教の調査と同時並行で行っていたから事実上の打ち切りだ」

「いえ、少し気になっていただけなので、俺は別に……」


 今まで忘れていたくらいだ気にしていない。そもそもあの少女がただの人間の子どもだなんて一度も思ったことがなかった。行方不明の子どもの捜索を打ち切った、とは訳が違う。


「……おそらくだが、君が見たのは人ではない。妖精が見せた幻覚、はたまたこの世に未練のある亡霊かもしれない」


 それをアルフォスも理解しているのだろう。冗談めかしてそんな言葉を口にした。


「亡霊……ですか?」


 そうなると自分は人生初のお化けを目撃したことになるのだが……とルダージュは冷や汗を掻く。


「あ、勘違いしないでくれよ。亡霊だって言ったのは調査に当たっていたクレイゼル先生の発言だ。決して僕の言葉ではないことを覚えておいてくれ」

「……はあ」


 気の無い返事をするルダージュ。

 そしてなぜか焦る様に言い訳をしたアルフォスに「学園長はお化けが苦手なんですか?」と聞くと、目を逸らされた。

 姉妹にいい土産話ができたかもしれない、とルダージュは得した気分になる。


「あ、じゃあ俺はクレイゼル先生のところに寄り道していこうかな。話しておきたいこともあるし」


 ルダージュ自ら正体を明かしたのは今のところクレイゼル・ブライトのみだ。彼には幻魔教についても話し、相談に乗ってもらいたいと考えている。


「クレイゼル先生のところに……ですか? なんだかルダージュは先生によく懐いてますよね。意外です」

「その誤解をどうにかして解きたいところだが……それよりもまず懐いてるみたいな言い方は(はなは)だ心外である」

「口調が変わるほど嫌なんですね……」


 懐いているなんて言い方はどう聞いても子ども扱いか小動物扱いだ。恥ずかしいを通り越してどう反応すればいいのかわからなくなる。


「召喚士と親睦を深めているところ悪いけど、クレイゼルは学園にいないよ?」

「……いよいよクビになったんですか?」

「はは! 面白いね、ルダージュは。だけど残念ながらそうじゃないんだ。彼は今用事があって家に帰ってるんだ」

「家……ですか? クレイゼル先生は確か社員寮で生活していたはずなので……ご実家の方へ?」

「そんなところさ」


 セルティアの言葉に肩を竦め答えるアルフォス。


「どれくらいで戻ってくるかわかりますか?」


 ルダージュとしては急を要する相談ではなかったのだが、「一応確認しておくか」という軽い気持ちで質問した。


「ん~結構長い休暇をあげたから魔導杯までは戻ってこれないね。何か急用でもあったのかい?」

「いえ、大したことではないので。ちなみに先生の実家ってどこなんですか?」

「クレイゼルの実家かい? 彼は辺境の土地出身だからここからはだいぶ離れているね。あ、ちなみに彼が元貴族だってことは知ってた?」

「!? ……初耳です」


 ルダージュが隣にいるセルティアに目配せすると、


「……」


 無言で首を横に振られた。どうやらセルティアも知らない情報だったらしい。


「彼は両親と馬が合わなかったようでね、身分を捨ててここで教師をしているんだ。だからそんな彼が実家に帰るとなると……」

「……時間がかかると」

「そういうこと」

「……」


 軽い気持ちで聞いたはずが、クレイゼルの意外な一面を垣間見てしまったルダージュ。

 どうやら幻魔教についての相談はだいぶ後になりそうだった。





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