続 対策会議 魔装
「皆さんがご存知の通り、灰騎士のルダージュは人型精霊ですわ。おそらく史上二柱目となる伝説の精霊であり、裏ではその強さから精霊王の再来とまで謳われているそうですわ。さすがは生徒会長の精霊――といったところでしょう。彼女と同じ学び舎でしかも同期として近くにいられるこの光栄は――」
「お嬢、脱線はよしましょう」
「――失礼しましたわ」
生徒会長の話で高ぶってしまったのかアリージェがだんだんと口早になっていく。それを瞬時に見極めるのも執事の仕事なのだろう。オルガは慣れたようにアリージェを諫めると彼女は「こほん」とまた仕切り直すように咳払いをした。
「前々から気になってたんですけどアリージェさんってセルティーのことが好きなんですか?」
こそこそっとミリアがとんがり帽を脱いでそれで口元を隠し、隣にいるロイに耳打ちをする。
「……」
『これから内緒話をしますよ~』とまるで何も隠せていない体のミリアに、若干の呆れを半眼に馴染ませるロイだったが、付き合いのいい彼は同じようにミリアに耳打ちを返す。
「彼女は貴族の中でも生徒会長のことを認めている人間の1人だ。明確な理由はわからんが、入学当初から憧れていた……という噂もある。あと合宿の班が決まったすぐ後に彼女とすれ違ったことがあるんだが、浮れたように廊下を踊り歩いていたな」
「ほへ~」
一見、優美でプライドの高そうな貴族の御令嬢かな、という第一印象をアリージェに抱いていたミリアだったが考えを改めないといけないようだ。
(セルティーの友人庶民代表として負けてられません)
と謎の対抗心を抱くミリアだが特別な意味などはない。とりあえず自分とアリージェはまだ知り合ったばかりなので距離感がわからず勝手にライバル認定しただけだった。
「人型といっても精霊であることは変わりません。精霊の特徴である霊核化、そして霊獣化が彼にも存在しますわ」
その間もアリージェによる灰騎士のルダージュ解説は続いていた。
「霊核状態はいわゆる人型形態。わたくしたちが普段ルダージュと呼んでいる彼のことですわ。そして灰色の鎧を纏い、騎士へと変身するその姿こそ彼の霊獣化です。わたくしも合宿で初めて目にしましたわ」
仲間たちを見渡し、アリージェはピンと人差し指を立てる。
「ここで霊獣化の鍵となっているルダージュの特殊能力について確認しましょう。彼には魔装という“灰のようなもの”を扱って自由自在に武器や盾を生み出す能力があります。それを身体に纏うことで灰騎士となる――そこまでは皆さんご存知ですわね?」
「ああ、問題ない」
全員が首肯し、代表して副会長が返事をし、ミリアが補足するように口を開く。
「セルティーに教えてもらったんですけど、ルダージュさんの魔装は常に彼の側で微細な粒子として存在しているそうです。私たちには見えないだけでずっとそこにあるんだ、って言ってました」
「素直に恐ろしいですわ……見えない武器を携帯し瞬時に攻撃にも防御にも転じることができる能力。しかも幻――」
「アリージェさん?」
順調に会議を進めていたと思われたアリージェが突然慌てたように口を噤んだ。彼女は冷や汗を掻きながら苦虫を噛み潰したような何とも言えない引きつれた苦笑、という複雑な表情で動きを止めている。
「はぁ……」
オルガはわかっていた。
主であるアリージェがなにを口走ろうとしていたのか。
(合宿のときも同じようなことがあったが、どうやらうちのお嬢様は悪意がないと失言が多くなるらしい)
大方、ルダージュのことを幻魔と同じだと口を滑らしそうになったのだろう。
本人や相方が聞いても気にはしないだろうが、そういう問題ではないとオルガは判断し、幼馴染従者としてぺちりと主人の頭をチョップで打つ。
「魔装の力はそれだけじゃねえ。一番厄介なのは魔法を撃ち消す力が備わっていることだ」
主の言葉を適当に代弁するオルガ。
「そ、そう、それですわ! 魔法を撃ち消す力! 私たち魔法使いにとって天敵のような――はうあ!」
しかし、オルガに助け舟を出されたにもかかわらず、またもやアリージェが調子に乗ってしまいぎりぎりアウトな発言をかましてしまう。もはやアリージェによる灰騎士解説は滞ったも同然だ。
お嬢様とは思えない奇声も発していたが、今回は言い切ってしまったので誤魔化すこともできない。
「お嬢……」
フォローするのは従者の仕事だ。だが立て続けに失言されると思うことがある。
オルガは口元では笑みを作り主人を呼ぶが、その眼は笑ってはいなかった。
「えっと……もしかしてルダージュさんの能力が幻魔に似ていることを言わないようにしてるんですか?」
主人を少し咎めるべきか考えていた矢先、アリージェを庇ったのは意外な人物だった。
「ミリア、おまっ――俺たちがあえて口にしていなかったことを……!」
セルティアの精霊が幻魔の能力に似ている。
ルダージュが世界の敵と同種の力を持っているというのは学園生であれば共通認識といっても他ならない。ルダージュが召喚されて間もなく、アーデルデとの模擬戦で魔法を無効化して見せたからだ。
だからといってルダージュを幻魔だと揶揄するような学園生はいなかった。なぜなら幻魔の存在とは口に出すもの憚られるほどの敵だからだ。“世界の隣人”である精霊を“世界の敵”である幻魔と比べ、からかい半分でも同列に扱うなどできないのだ。
「そうなんですか?」
――にも関わらずミリアはどこか間の抜けた顔で、
「でも私、最初の頃セルティーに『ルダージュさんの力って幻魔に似てますよね』って言ったことありますよ?」
とんでもないことを宣った。
『……!?』
驚愕した一同はミリアを眺め、思わず目を見開く。
友人――いや、ミリアはセルティアの親友だ。親友の精霊に向かって『世界の敵に似ている』なんて普通だったら口が裂けても言えない。少なくともここにいるセルティアの学友たちはそう考えていた。
「そしたらセルティー『たしかに似てますね。もしかしたら私の精霊さんは最強かもしれません』って笑ってましたよ?」
それとも親友だからこそ正直な感想を告げることができるのだろうかと困惑する一同に付け足すようにミリアは言葉を続ける。
「ああ、もちろんルダージュさんには伝えないでくださいね、って釘は刺されました。幻魔と同じ能力と聞いたら傷つくかもしれないからって」
そりゃそうだと一同の心の声が一致する。
「でもセルティー自身は気にしてない様子でしたよ?」
『……』
本当にそうなのだろうか。
自分の精霊が世界の敵、災厄の象徴と呼ばれる幻魔と同じ能力を持っているというのは正直、気味が悪いと考えても仕方のないことだった。だがそれはルダージュが精霊王と同じ人型精霊であり、ノイシスの加護に選ばれた生徒会長の精霊だから周囲からのマイナスイメージがほぼゼロまで緩和されているといっても他ならなかった。
これが誰とも知らぬ魔法使いが召喚した魔物のような精霊だったら、あの召喚士進級試験は事件になっていたかもしれない。何より模擬戦で魔法を無効化ができると発覚した瞬間は周囲がざわついた。あの時、教師クレイゼルによる“挑発”が事前に行われていなければ騒ぎとなっていただろうとアリージェは想像する。
「なぜ、ですの?」
「……?」
「なぜ彼女はその……気にしていないと、貴女は知っていたのですか?」
「え? だってあのセルティーですし」
答えになっていないように聞こえるが、ミリアにしてみればそれ以外の解答など考えられなかった。
「……そうですのね」
正確にはなにが“そう”なのかアリージェはわかっていない。セルティアと友人となった今、いつの日かミリアの言葉の意味を理解できるときが来ることを待つことしかできない。
「また話が脱線してしまいましたわ。どうもわたくしは生徒会長さんのことになると我を忘れてしまうようですの」
わざとらしくため息をつき学友たちに見せつけるアリージェ。この話は終わり、とでも言うようにロイへと向き直る。
「副会長さん? 進行をお願いしてもいいかしら? あなたが司会進行を務めた方がスムーズに議題が進みそうですわ」
「別にかまわないが……ではルダージュの魔装に関して他に情報を知っているものはいないか?」
急遽、会議の進行を任されたロイだったが、そこは慣れたように意見の収集を始めた。
「魔装は人に譲渡できる」
「……どういうことだ? カグラ」
真っ先に反応をしたのは意外にもティーユだった。彼女は握っていた杖の先端にあるランプから炎の精霊を取り出すと、隣にいたミリアに手渡すように差し出した。
「受け取って」
「え、あ、はい」
よくわからないまま精霊を受け取るミリアだが、合宿でセルティア班だったアリージェたちにはその意味が理解できた。
「私がおに――ルダージュでグレンラタンが魔装だとしたら、この瞬間にグレンラタンはミリアのものになる。そしてミリアに攻撃する敵がいたら――」
杖をミリアに向けると、グレンラタンが彼女を護る様に立ちはだかり炎上する。
「受け取った人間の意思に関係なく、その人を護ってくれる」
「へ~」
「……初耳だ」
ミリアとロイは幻魔戦当日の朝、先頭に位置していたためセルティアたちに激励の挨拶ができなかった。そのため魔装を譲渡する瞬間に居合わせていなかったのだ。
「だからっつって魔装を俺たちが操れるわけじゃねえ。あくまで守りを固めるための能力で――言うなれば自動防御装置みたいなもんだな」
「……」
「それに万能というわけでもないらしい。譲渡した相手から明確な意思を持って返還されない限り魔装はルダージュの元へと戻らないそうだ」
オルガの補足に押し黙るロイに対し、ヘルエルも話に加わる。
「相変わらず不思議な能力を持った精霊だ。つまり試合では魔法を無効化する強靭な盾をセルティアも持つことができるのか」
「そうなりますわ。しかもほぼすべての攻撃に勝手に反応するので一切のダメージが通らなくなりますの」
味方に回すと心強い限りだが、試合の敵となるとこれほど厄介な相手はいない。
「……生徒会長ペアに勝利するカギは、いかに灰騎士を精霊で食い止め、会長を俺たち召喚士が追い込むことにある――と思っていたが、あいつですら魔法が効かなくなる可能性は考慮していなかった」
ロイは最初、自分自身の力と精霊たちの力のみで大会に臨もうとしていた。しかし、たった一つの情報だけで作戦が瓦解するとは思ってもみなかった。ただ、怪我の功名というわけではないが、段々と会議の必要性を実感したことで会議を続行する意味合いも出てきたというものだ。
「ちなみに副会長さん? 魔導杯では聖刀剣の使用は認められていますの?」
「安心しろ。学園長に確認したところ試合では聖剣、聖刀ともに使用禁止だ。これは召喚士と召喚獣の戦いだからな。伝説の武器に出番はない」
元の持ち主であり学園長でもあるエルフ族アルフォス・リオン・ルフォルには真っ先に確認を行った。聖刀剣の使用が認められた場合、ほとんど試合にならないとロイは懸念していたが、さすがに学園長もそこは理解していた。
ロイの言葉を聞いた面々は当然だ、という表情を出しつつも胸を撫で下ろす。
「一先ず安心しましたわ。人型精霊どころか勇者を相手取るなんてわたくしたち学園生には荷が重すぎますもの」
いつの間にかアリージェの目の前にスライムが鎮座していた。彼女は「ふぅ~」とリラックスしたようにそのスライムに腕と頭を乗せうつ伏せになり、隣にいる従者に命令する。
「オルガ、皆さまに紅茶の用意を。これからが対策会議の本番ですわ。長丁場に備え、お茶菓子もいただきましょう」
「かしこまりました」
執事モードとなったオルガの腕からはガントレット精霊がいつの間にか外され、代わりの白手袋が姿を現していた。
アグニードは自体は指をカサカサと動かし、ティーユの精霊グレンラタンとじゃれ合いを始めている。
(たまにはこういった機会を利用して精霊交流を図るのもいいな。いや、そもそも学園の生徒会として機会と場所を提供するのも一興か)
つい生徒会としての仕事と結びつけるのは職業病というやつなのだろうか、と自問自答しながらロイは背後で大人しく控えていた竜の精霊と蛇の精霊を引き上げ、他の精霊たちの元へと二柱を押し出す。
「ミリア、お前の精霊はどうした? 会議は長くなる。俺たちの精霊も遊ばせてやったほうがいいぞ?」
「えっと……それが……」
蒼い鳥の精霊の姿が見えなかったため召喚士に直接確認すると彼女は困ったように眉を下げ、テーブルの下を指さす。
「ここに来てからずっと足元で反復横飛びしているので最初から自由といいますか……」
「……」
テーブルの下をロイが覗くと、確かにそこには反復横飛びをして時折「クエ~」と鳴き声を発するヴァルトロの姿があり、視線の先にはぷらぷらと素足を揺らしているアリージェの下半身があった。むしろあの横飛びは彼女の足の動きに対してヴァルトロが位置を変えているようにも思う。
「ね?」
「……彼は、まあ……放っておこう」
ミリアに声を掛けられ、ロイは前屈みになっていた上体を起こし物思いにふける。
(前々から怪しいというか疑ってはいたが……ヴァルトロはもしやスカートの中を覗こうとしているのではないか……?)
精霊にそんな変態がいるわけがない、と常識が囁きかけてくるが生徒会には『蒼い鳥が浴場や更衣室の近くをよく飛んでいる』という目撃情報が多数寄せられていた。
(最初は召喚士を“探している”召喚獣の仕業だと考えていたが……どうやら“動機”が怪しくなってきたな)
「ガルバトス、俺たちの足元で鳴いているヴァルトロが今なんて言ってるかわかるか?」
そう自分の精霊に質問を投げかけると、竜の精霊は金属状の顔を器用に歪ませ「……世の中には知らなくてもいいことが沢山あるんだぜ、あるじ」と妙に達観したことを言い始めた。その言葉に同意するように隣の蛇精霊が頭をこくこくと上下させている。
(……とりあえず今はセルティアとの試合に向けて集中しておこう)
思考を放棄したロイの、その小さな悩みは人知れず鳴りを潜めていった。
会議は度重なる延長を経て一日中続き、各々の灰騎士対策が定まっていく。




