――崩れていた日常
「嘘だ……ありえない……アルメラが、そんな……」
譫言のように同じ言葉を繰り返すカイムを余所に、アルメラは「はぁ」とため息をつき肩を竦めた。
「その様子だと私が幻魔教だとわかってここに来たって感じなんですかねぇ~。潜入ミッションなんて初めてだったのでぇ、どこでへまをしたのかさっぱりですぅ。あ! でもでも、最終日までばれなかったんですからほぼ上出来じゃないですかぁ、これ」
『……その仮面を被っていなければ、まだ言い訳ができたんじゃないのか?』
「やぁ~それは無理な相談ですよぉ~ルダージュ様ぁ。だって私以外が眠っちゃってる状況なんて怪しすぎますもん」
ルダージュの指摘にアルメラは首を振り、抱えているクララを抱き直す。仮面の奥の瞳はベットに横たわるドロシーを眺めていた。
「あ~あーやっぱりあの時、無理矢理にでもルダージュ様を引き留めておけばよかったなぁ、そうすれば私が直接動く必要なんてなかったのに……」
会話というよりはそれは独り言に近かった。
あの時とはおそらく初めて出会った時、城内の案内が終わった後のことだろう。当時は新人なのに城のことをよく知っているなと内心は感心していたルダージュだが、潜入調査の下調べがあのヘンテコ城内散策に繋がることを考えるとふざけた敵だとしか思えなかった。
しかし、今は物思いにふけている場合ではない。
『2人とも寝ているだけなんだな?』
「ドロシー!?」
部屋の様子を覗き見たプレセヤが倒れているドロシーを先に見つけ駆けつけようとするが、メイド魔法使がそれを制止する。
さらにその後ろではローゼが囚われている自分の娘を見つめているが、取り乱したりはしなかった。むしろルダージュたちが部屋に押し入った瞬間から危機的状況に陥っていることに高を括っていたのかもしれない。
「……」
彼女はルダージュの才量を見定めるように静観に徹していた。
「安心してください我々の目的はあくまでお姫様誘拐。2人とも薬で寝ているだけですよ~。私たちは任務が果たせればそれでぇいいのですぅ」
アルメラの言葉に嘘はない。
セルティアの精霊が奪われ、当人は怪我もなく返された時と同様に、これ以上手荒な真似はしないだろうとルダージュは考えていた。
(だからと言って見過ごせるわけが――)
「そしてまた、あなたたちは人から大切な精霊を奪うのですか?」
静かでありながら隠しきれない怒気を孕んだ少女の声が割り込む。
「私たちを隣人から引き離し、精霊の意思を弄ぶ」
それは大好きな精霊を奪われ、抱きしめることも叶わなかった召喚士の声だ。
「幻魔教? 世界の敵を崇拝する宗教集団? ふざけないでください!」
セルティアが叫ぶ。
足元に魔法陣を展開し、マナで模ったペンを握り、借り物の本を周囲に浮遊させる。
「あなたはこの私、魔導都市学園生徒会長セルティア・アンヴリューが捕まえます」
「うっ」
凄みのある決意に押されアルメラは思わずたじろぐ。
「しょ~じき、作戦はもう失敗に終わっていたので私もさっさととんずらしていればよかったんですがぁ~これは無事に帰れそうにないですねぇ……個人的欲をかいたのは失敗でした」
アルメラがまた独白するように呟く。
仮面のせいで表情は読めないが、カイムやドロシーを見つめていたようにも見えた。
「でも、捕まるわけにはいかないんですよぉ~なのでぇ」
「ま、待ちなさい!」
バルコニーへ飛び出すアルメラ。
先行するセルティアとそれを追うルダージュ。カイムはただ呆然と立ち尽くし、メイド魔法使は優先順位から王妃たちから離れることができなかった。
この時、いつの間にか消えていた執事服の男は救援を呼びに行っていたので、アルメラに対応できるのは実質ルダージュとセルティアしかいない。
クララ奪還の成否は2人の腕にかかっていた。
しかし、
「分が悪いですねぇ」
幻魔教は戦闘集団ではなく、あくまで宗教信者の集まりに過ぎない。
アルメラも例にもれず非戦闘員であり、今回の潜入作戦はクララを城外へ誘導するためのものだった。つまり、彼女の幻魔教としての本来の仕事は終えており、1人でクララ姫を誘拐すること自体、荷が重い独断専行に過ぎない。
アルメラにとって重要なのはノイシスの加護の入手――ではなく、無事に帰還することが最優先事項なのだ。
「ほい」
空に向け彼女は魔法を放った。
それは地上から天へと上る一筋の光となり、上空で小さく弾ける。
「ルダージュ様」
『……なんだ?』
敵の一挙手一投足に気を配っていたルダージュだったが、名を呼ばれ思わず返事をする。
「見逃して頂けませんか?」
『……馬鹿を言うな。俺の任務はお姫様の護衛だ。お前がその手を離さない限り俺は――』
「えぇ、なのでぇ手離します」
『――は?』
「二回目だから簡単ですよね。――ちゃんとキャッチしてあげてくださいよ?」
ルダージュが驚愕する間も無く、アルメラは器用に手すりに足をかけるとそのままクララを城の外へと投げ飛ばし、自身も地面へと落下していった。
『ふざけ――』
「ルダージュ!」
ルダージュとセルティアは同時に駆け出した。
『セルティアはクラ――』
「あなたは姫様を! 私は幻魔教を追います!!」
『――なに!? それは危険だ!』
セルティアは魔法で空を飛ぶことができる。
彼女がクララを助け、ルダージュが幻魔教を追った方が適材適所であることは一目瞭然だ。アルメラの言葉に素直に従う必要はない。
(どうしたセルティア!? いつもの君なら手の内に丸め込まれるような失態なんてしないはず……!)
彼女を追って落下していくセルティアを横目に、ルダージュは「――っくそ!」と心の中で舌打ちをし、鎧殻を霧散させながら城を飛び降りる。
「ララ!」
魔装を蜘蛛の巣のように網目状にしたものを幾重に、落下地点に配置。ルダージュ自身はクララを空中で掴むとそのまま彼女を庇うようにして背中から落下していく。
「くっ」
クッション代わりの魔装の網。それが千切れていく感触が背中から伝わってくる。
落下の衝撃は段々と軽減され、魔装の網を二、三枚残し、最終的にはハンモックのようにルダージュたちを包み込んだ。
「――ふぅ」
痛みはない。
緊急処置としてよくやっていた魔装の運用方法だ。
それよりも、
「……すぅ……ぅ……」
腕の中で安らかに寝息を立てるクララを確認し、胸を撫で下ろす。
「落ちてばっかだな、君は」
クララの前髪を指で掻き分け面と向かって独り呟く。
視認できる範囲では怪我は見当たらない。
「……」
護衛任務はまだ終わっていない。
アルメラは逃げてしまったが、他に仲間がいないとは限らない。
クララを預かるルダージュに油断は許されなかった。
だが……
「セルティア……」
幻魔教を追って行ってしまった彼女のことが気がかりだった。
今はもう後ろ姿すら見えないが契約の紋様が彼女の居場所――方角を教えてくれる。
「追わないと……!」
セルティアは幻魔教と対峙してから冷静ではなかった。
いくら学園の生徒会長と言えど正体不明の集団を相手にするのは厳しいし、なにより敵の手駒には幻魔も控えている。
例え相手がアルメラでも単独で追跡させていい敵ではない。
ルダージュは逸る気持ちを抑え、増援を待ち続けた。
それは5分にも満たないとても短い時間だった。だが、ルダージュにとっては長く落ち着かない、セルティアとクララをまるで天秤に掛けているような、そんな辛酸を嘗める時間だった。
±
「……く、なんて逃げ足の速い……!」
セルティアは愚痴る。
アルメラを追いながら呼吸と共に吐き捨てる。
城下街に逃げられた瞬間からセルティアたちの負けは決まっていたようなものだった。
時刻は夕食時であり街は活気に満ち溢れていた。
明日が仮面舞踏会ということもあり出店の下準備やすでに営業をしている店も少なくなく、人がごった返した大通りは直進することもままならない。
「あら、どうしたんだい? アルメラちゃん。そんなに慌てて買い出しかい?」
「そんなところですよぉ~」
「どうせ、王子様に怒られて抜け出してきたんだろ?」
「やぁ~違いますよぉ~」
そんな中、アルメラと擦れ違う人々は彼女と顔見知りのようで思い思いの挨拶をしてくる。
(白々しい……!)
正体を知っているセルティアはその態度に憤りを覚える。だが怒りのままにアルメラへ魔法を向けるわけにはいかない。街中で攻撃魔法の1つでも撃てば大惨事はまのがれないからだ。
「……どうすれば」
拘束系の魔法もある。
浮遊させた本を媒介にマナでその魔法陣を描こうとするが……諦める。
アルメラを追っている最中、彼女はセルティアの様子を窺いながら天に向かって小さな魔法を数回飛ばしていた。クララを落とす前にやっていた行動と同じ要領だ。
(おそらく仲間との連絡手段。……でも、そんなことはどうでもいいんです。問題は――)
「……っ!」
セルティアが何か動きを見せる度にアルメラも連動するように別の動きを見せるのだ。
それは手を住人に向けたり巨大建造物に向けたりと様々だ。
アルメラの行動の言わんとしていることはわかっている。
(全てが人質だと、そう言いたいんですね)
街に逃げられた以上、セルティアに成すすべはない。
だがそれでも彼女は諦めきれず、幻魔教の手掛かりを――もう一柱の手掛かりを追い続ける。
やっと見つけたのだ。
人型精霊に関する文献を漁り続け、犯人像を捉えようとしたがなかなかうまくいかず、学園の情報網ですら尻尾を掴めなかった黒装束の組織とその仲間を。
「絶対に逃がしません……!」
思わぬところで出くわし、正体を知ったこの機会。逃せば次はどこで会えるかわからない。
幻魔教という狂信者の集団。彼らに奪われた精霊がどんな扱いを受けているのか、セルティアは想像するだけでも恐ろしかった。
一刻も早く助け出したい、と彼女が決意に突き動かされてしまうのはもはや必然であった。
(路地裏……?)
住民の存在が抑止力となりセルティアに魔法を使わせなかった。
それはアルメラも理解しているはずだ。
しかし、彼女はなぜか段々と人通りの少ないところへと進み、裏手へと隠れるように移動し始めた。
(どうして急に……? 罠? それともこっちに何かあるの?)
優位な状況を捨てるアルメラに対し疑問を持つが、セルティアは追跡は止めようとはしなかった。
ルダージュの報告でクララが誘拐されそうになった時も同じような場所に案内されたという情報は聞いている。
(もしかしてまた幻魔を呼ぶつもりですか?)
定期的に上空へ魔法を飛ばす行為。それが飛行能力を持つ幻魔と“シスター”と呼ばれる幻魔教の一味への合図だとしたら納得がいく。
幻魔を呼んでしまえば脱出は容易だ。人気の有無が影響するとは考えにくいが、相手の都合を考えても仕方のないことだった。
(このままでは幻魔と相対することに……)
ルダージュが近くにいない今、セルティアのみで幻魔と戦うことは不可能に近い。
(ならば……)
仕掛けるならばここしかないとセルティアは判断した。
アルメラの後ろ姿に狙いを定め、魔力を高める。
使うのは不意打ちと手加減を視野に入れた初級魔法――雷の一撃『ライトニング・ランス』無詠唱。
(雷よ! 我が敵を穿て!)
迸る雷の槍。
それはアルメラの背中を捉え、まさに直撃しようという瞬間――
「なっ――!?」
紅い影がセルティアとアルメラの間に割って入り、身代わりとなって受け止めていた。
パンッという破裂音が鳴る。
だがそれは魔法が直撃した音とは別種の――セルティアがどこかで聞いたことのあるような異音だった。
「この音……どこかで……! まさか!?」
魔法が掻き消えてしまった。まるで無効化するように消滅させる音。
「幻……魔……?」
敵の増援として幻魔が登場したのだと懸念したセルティア。
だが、魔法による黒煙と爆風の隙間から見え隠れするその姿に、思わず彼女は目を見張り立ち尽くす。
「いやぁ~助かりましたぁまさかあの子の前に“貴女”が助けに来てくれるなんて……」
『……』
「少しだけぇ時間稼ぎをしてもらってもいいですか? もうすぐあの子が――」
「姉さ~ん! お待たせしました~!」
そこへ四翼の化物に乗ったシスターが遅れて登場する。
「やっと会えました~救難信号を上空から見つけた時はビックリしましたよ。壁の外で落ち合う段取りと全然違うじゃないですか~も~」
「加護持ちの回収に失敗したの。それよりもお家に帰りますよ」
「はーい」
姉と呼ばれたアルメラの口調が変化する。
だが、間延びした喋り方はわざとだったのかと勘繰る余裕はセルティアには残されていなかった。
幻魔に乗り、飛び去るアルメラとシスターなど眼中になく。ただ今は目の前で相対している敵に目が離せない。
「あなたは……何者、なんですか?」
アルメラたちを見逃したのは、恐怖で動けなかったから――ではない。
どちらにしろ飛行型幻魔が現れた時点でタイムリミットは過ぎており、無策で戦闘を行うには無謀すぎる相手だった。冷静さを取り戻したセルティアがとれる最善の選択肢の結果である。
そして、セルティアが冷静になった理由。
その原因が彼女の目の前でずっと佇んでいる。
「どうして、何も答えてくれないんですか?」
『……』
セルティアと対峙した幻魔教の仲間。
それは――
「あなたは……精霊ですよね?」
『……?』
紅色の騎士は首を傾げる。
まるで“ルダージュの霊獣化を猛烈な赤で染め上げたような騎士の姿”にセルティアの鼓動は大きく脈打っていた。
それはある憶測が彼女の心を支配していたからだ。
紅騎士は奪われた二柱目の精霊なんじゃないか……と。
「もしかして――」
言葉は最後まで続かなかった。
突風がセルティアを襲い、視界を遮ったためだ。
抵抗の中、セルティアが見たのは美しい紅翼を広げた騎士が風を巻き起こし、そして砂塵のように崩れて消えていく姿だった。
(あれは……魔装?)
風が止んだ後、紅騎士の姿はなく、セルティアだけが取り残された。
元々時間稼ぎのために現れた紅騎士に戦う意思はなかったということだ。
「セルティア! 無事か!」
入れ替わるようにルダージュがやってきた。
彼はぼーっと立ち尽くすセルティアの異変に気が付き、回り込んで肩を揺らす。
「どこか怪我はないか? 痛いところは……? セルティア?」
「……」
そしてあまりにも召喚士から反応がないため、今度は頬をぺちぺちと優しく叩きだした。
「セルティア! おい!? セルティア!!」
「――大丈夫ですよルダージュ。ちょっと考え事をしていただけですから」
「本当か……? でも――」
ルダージュの手を掴むセルティアはどこか心ここに有らずといった感じで素直に安心することはできなかった。
なにより、セルティアの周囲には城から持ち出していた本が地面に転がっていた。彼女の性格を考えると借り物をぞんざいに扱うこと自体が異変であり、大丈夫ではないと主張しているようなものだった。
(そして肝心の本は禁呪や宗教、歴史に精霊と……幻魔教に関連する本ばかりか)
セルティアは最初から自分の精霊を取り戻すことに躍起になっていた。
犯人である幻魔教を前にすればどうなるか、精霊好きの彼女が無茶することは想像に難くない。
単独行動を取らせたのは自分の失態だとルダージュは痛感する。
セルティアの異変に早く気付くことができれば、根を詰めて書庫に籠もっていた彼女と方針の1つでも話し合っていれば、こんな危険な真似をさせることはなかったのだと。
「セルティア」
「……はい」
「俺はセルティアの精霊を取り戻すためならなんでもするからさ、だから1人で無茶はしないでくれ。なにか不安があるなら話し相手ぐらいにもなれる」
「ルダージュ……」
召喚獣の様子に、自分が彼に心配をかけさせたのだとセルティアは自覚する。
「実は、さっき――」
あなたと同じ精霊を見た。
そう言おうとして言葉に詰まる。
「ん?」
合宿の時のアリージェを思い出す。
灰騎士を幻魔と同列視しようとした彼女もこういう気持ちだったのかと。そして自分も紅騎士を最初、幻魔だと勘違いしたことで、どうしても灰騎士を紅騎士と同じとは言いたくなかった。
だから、
「私の精霊を……見つけたかも、しれません」
相談してくれと言ってくれた相手に曖昧な言葉を使う。
それは不義理で不条理な背信行為だ。
「本当か!?」
だけどルダージュはセルティアの後ろめたさに気付くことなく純粋に驚いたように喜んだ。
「その精霊はどんな姿をしていたんだ? 今どこにいるんだ?」
「えーと、紅くて、翼が生えていて……すぐにいなくなってしまいました」
「よかった……精霊、だったんだな」
精霊だった?
妙な表現にセルティアは首を傾げそうになるが、すぐに何かの聞き間違いだろうと結論付ける。
もし聞き間違いではなかったとして、精霊以外に何がいるというのだ。
人型精霊か?
だがそうなるとルダージュは人型精霊じゃなくてよかったと喜んだことになる。
「ふふ……」
「どうした急に笑いだして」
「ふふ、いえ、なんでもありませんよ」
それはそれで焼き餅を焼かれているみたいで可愛いな、とセルティアは妄想したが馬鹿正直に答えるのはなんだか勿体無い。
「ただルダージュは可愛いなってそう思っただけです」
「脈略が無さすぎるだろう……お、おい」
呆れ眼を向けるルダージュに、セルティアはその視線から逃れるように彼に抱き着いた。
「随分久しぶりだな」
「今の内に甘やかしておこうかと」
「甘えておこうの間違いじゃないのか……?」
そんなことはない、とセルティアはルダージュの胸に顔を埋めながら首を振る。衝動的に抱き着いてしまったがやはり今までのようにうまく自然にはできていない気がするし、恥ずかしい気もする。
それになにより、ルダージュが本当に焼き餅を焼いていたのなら、これは彼をよく知るセルティアにとって精霊を甘やかしているだけなのだ。
なぜなら、
あの紅色の騎士はどう見ても人型精霊だったのだから。
残り2話
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