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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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もういいかい?

「聞き間違えじゃないのか?」

「む? それはどういう意味だ?」


 これは再確認だ。

 誰かが嘘を吐いている可能性を視野に入れた憶測による問いだ。


「ドロシーさんが箝口令を破るとは思えない、それに――」


 あの2人はルダージュの前で“人型精霊”について口外禁止だという話を、知り合った当初――城内散策の前にしていた。アルメラはつい口走っていたが、ドロシーはそんな彼女を咎めていた。これではカイムの話の内容とつながらなくなってしまう。


「ルル、いったいどうしたというのだ? 顔が怖いぞ」

「いいから、答えてくれ。クララに関係する大事なことなんだ」

「……」


 嘘を吐いている人間というのは大抵は後ろめたいことを隠したいからだ。ルダージュもそれはよくわかっている。では、誰が嘘を吐いているのか、アルメラかドロシーか、はたまたカイムのただの聞き間違えか。

 もしその嘘が、カイムとクララが城を抜け出す切っ掛け――襲われる切っ掛け(・・・・・・・・)になったものだとしたら、それはつまり……

 

「アルメラが休憩室で喋っていたのが聞こえたのだ。「ドロシー先輩!、人型精霊がこっちに来るって本当ですか!? 街で観光でもするんですか?」とな。だから余はルルが城に来ているのではなく、街に来ているものだと勘違いを――」

「ドロシーさんはその時なんて?」

「副メイド長か? そういえば直接声は聞こえてこなかったな。彼女はメイドとしての経験も長く、淑女の鑑のような女性だからな当然ではあるが……ぅわっ! なにをする! ルダージュ!」


 本来であればただの笑い話だ。周囲に聞こえてしまうぐらいの大声で箝口令を破ってしまうアルメラに呆れ、叱りに行くだけの笑い話。

 だが今回は勝手が違った。


「すぐに彼女のところへ――いや、まずはララのところに行くぞ」


 カイムを抱き上げ稽古場を飛び出る。

 魔装を展開し、臨戦態勢を整えて城内を駆ける。


「どうしたというのだ、ルル!? こういうことは余にではなく妹に――」

「アルメラさんは嘘を吐いている」

「――なに?」

「イムが休憩所で聞いた言葉。それが本当なら俺が聞いた2人の会話と噛み合わない。ドロシーさんはアルメラさんが相手でも仕事に忠実で人型精霊の話題は避けていた。イムが聞いた内容はおかしい」

「アルメラを疑っているのか?」


 険のある物言いだった。

 しかしその声には戸惑いも含まれており、(いぶか)しむカイムの視線はルダージュに向けられているのか、それとも――


「偶然にしては都合がよすぎるとは思わないか? それがアルメラさんの嘘によるものだとしたら彼女は――っと」

「きゃっ! ルダージュ? そんなに慌ててどうしたんですか? それに魔装まで可視化させて」


 セルティアと鉢合わせ、思わず立ち止まる。

 彼女は書庫から帰ってきたばかりのようで、両手で抱くように本を抱えていた。


「幻魔教の1人を、見つけたかもしれない」

「……え?」


 ルダージュの言葉にセルティアは目を見開く。

 カイムは俯き、否定しようとはしなかった。


「これからララのところへ向かい護衛に移る。セルティアも来てくれるか?」

「――もちろんです」


 王子を抱えた人型精霊と本を抱えた召喚士が並走する姿に使用人たちは何事かと振り返る。

 

「そんな……アルメラさんが」


 その間、セルティアに事情を説明し現状を把握。


「状況証拠としては足りないかもしれませんが、疑う理由としては十分――といったところでしょうか」

「警戒する価値はあると思う。……着いたぞ」


 クララの部屋の手前まで到着し、カイムを下ろす。


「ルダージュ、霊獣化を」

「わかった」


 瞬時にありったけの魔装を纏い鎧にする。

 

「行くぞ」


 先導をしたのはカイムだった。

 ルダージュの姿に驚いている暇もなく、護衛を連れ歩く。

 クララの部屋の前にはメイドと執事が立っていた。


「カイム王子? どうされ――!?」


 彼らの姿を見つけたメイドが鎧殻を纏ったルダージュを見て驚愕する。


「王子? その者はいったい……」


 メイドの彼女は宮廷魔法使の1人だった。

 疑問を口にしながらも警戒するように腰を落とし、隣にいた執事の男も同様に向き直る。


「警戒する必要はない。彼は精霊のルダージュだ」

「ルダージュ様……? あ、灰騎士の――」

「それよりも妹はここいるか? たしか今は明日の舞踏会に向け、ドレスの最終調整をしていると記憶していたが」

「あ、はい。クララ様はこちらで間違いありません。プレセヤ様とローゼ様と共にいらっしゃいます」

「他に誰か中にいるか?」

「他……ですか? 着付けのお手伝いのため本職の侍女が2名ほど――」

「!? それは誰だ!?」

「副メイド長のドロシーと新人のアルメラが中に――」

『入るぞ』


 その名を聞き居ても立っても居られず、ルダージュは言葉と共にドアを開けた。


「なっ!? ルダージュ様と言えど今は――」

「よい、余が許可する。お前たちもついてこい」


 飛び込むように部屋に押し入る精霊と召喚士。

 その後を王子と状況を飲み込めない魔法使たちが続いた。


「……なんじゃ突然」


 何の前触れもなく訪れた闖入者たちに王妃たちは目を丸くして出迎えた。

 ローゼは戦闘経験があるのか手の平から紫色に揺らめく炎を取り出していたが、相手が灰色の騎士とセルティアとわかり、もう一度灰騎士を眺めて炎をパッと握りつぶした。


「無礼者と罵るのは短絡的かのう」

「カイムまで……いったいどうしたというのですか?」


 カイムたちの様子からただ事ではないと推察した2人。

 だが、その中にはクララとメイドたちの姿が見当たらなかった。


「お母様、クララは今どこに?」

「クララ? あの子なら――」

「隣の部屋で着替えている途中じゃが……」


 プレセヤが別室へと続く扉を指さし、ローゼが答えるや否やルダージュはずかずかと部屋を横断しその扉の前で立ち止まった。

 

「どうしたのじゃいったい」


 普段であれば「婿殿も積極的になられた」――などの軽口をたたく場面ではあったが、灰騎士(ルダージュ)の雰囲気に気圧(けお)されて戸惑うことしかできなかった。


『ララ、中にいるか?』


 コンコンコン、と場違いで律儀なノック音が静まり返った部屋に響き渡る。

 本当なら有無を言わせず押し入るところを着替え中と聞いてしまったため、理性と常識がルダージュを抑制したのだ。

 もしくは信じたかったのかもしれない。

 自分の考えは早とちりで、アルメラがただのメイドである可能性を、ルダージュも。

 だが……。


『……ララ?』


 返事は聞こえてこない。


『……っ!』


 今更何を躊躇しているのかとドアノブに指をかけ――鍵が閉まっている感触を得て――そのまま破壊しようとした瞬間――


「あれぇ~? どうされたのですかルダージュ様~」


 間延びした話し方が特徴的な、アルメラの声が届いた。


「いまぁお姫様はお着換え中なのでぇ、たとえルダージュ様でもまだ入ってきてはダメですよぉ~」


 彼女は普段通りだった。

 ルダージュたちの疑念なんて微塵も感じさせないほど、いつもの調子で言葉は続く。


「ルダージュ様もせっかちさんですねぇ~楽しみはとっておかないとぉ。明日になれば見放題なんですからぁ」

『ララの声が聞こえないけど……どうした?』

「……あぁークララ様はちょうどコルセットを着ている途中なので声が出せないのですよぉ~」

『ドロシーさんはいるか?』

「え? もちろんいますよぅ?」

『すまない、本人に聞いたんだ』

「え~っとぉ先輩は今ちょっと口にリボンを咥えて作業をしているのでぇ喋れないみたいですぅ」

『……』


 3人が部屋にいる中、会話が出来ているのは実質アルメラのみという状況は異様だった。

 なんの疑いもなく聞いていれば不審には思わなかったかもしれない。だが、アルメラは幻魔教の関係者だと探っている今、呑気に立ち話をしている暇などありはしなかった。


『入るぞ』

「うぇ!? ちょっちょー! まだ、ダメですってぇー! 終わってないんですからぁ!」


 狼狽えるアルメラの声を余所に、ルダージュは鎧殻から伸ばした魔装を鍵穴に詰め、ガチャリといとも簡単に開けて見せる。


「あ、まだなのにぃ! ルダージュ様のエッチぃスケベぇー! あぁ―もーうぅ!!」


 ルダージュによって勢いよく開かれた扉。

 部屋の明かりはなぜか消えていて月明かりが純白のカーテンを照らし、そして風によってなびく。


「もう、だから言ったじゃないですかぁ……」


 バルコニーへと続く掃き出し窓が開けられていた。

 そこには1人の人影――いや、小さな子どもを抱えた2人の影がルダージュたちを見つめていた。


「……嘘だ」


 カイムが否定するように呟く。

 ルダージュたちと向き合った影はメイド服を着ていた。そして先程の陽気な声とは打って変わって、くぐもった(・・・・・)声で諦めたように応える。


「まぁーだですよぉーって」


 嗤う仮面を着けたメイド。

 その声は、表情とは真逆で、どこか悲しげだった。


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