兆し
「ローゼ様がそのようなことを?」
「ああ、昨日ぽつりとな。イムは何か知らないか? 聞き返したらはぐらかされてしまったんだ」
「……」
「? 王子?」
護衛任務最終日、その前日。
ルダージュは日課のサプライズ練習を終え、稽古場で第二王子カイムと談笑していた。
話題は昨日のティータイムの話となり、ローゼの意味深な発言の答えを探している最中だった。
「ふふ、いや、今のは我ながらわざとらしい惚け方だった。改めて言いなおそう。ローゼ様がそのことを?」
「なんでイムまでそんな意味深な言い方を……あれからローゼ様は「娘と話がしたい」と言って俺は退場。続きは聞けず仕舞い。そこまでなら問題なかったが、今朝になったらララの様子がおかしかったんだ。心ここにあらずというか元気がないというか」
「ふむ、余の妹のことを心配してくれているのだな。婚約者としての自覚が出てきたではないか」
「茶化さないでくれ」
軽口を返されたと思ったルダージュは思わずむっとした表情を敢えて見せる。相手は子どもであり王子でもある少年だが、配慮や遠慮というものがなくなるくらいには対等な相手となっていた。
カイムはルダージュのわざとらしいあからさまな表情を笑うと、真剣に向き直る。
「茶化してはいないさ。余は本気だぞ」
「……」
「ルダージュにはクララを貰ってもらう。それが妹にとって一番の幸せになると余は考えている」
「俺たちは出会ったばかりだぞ? なぜそう言い切れる」
「理由は沢山あるが厳選するなら……妹自身がルルに好意を寄せていることが第一だ。まさかあの控えな妹が出会ったその日に結婚を申し込むとは思わなかったぞ。どうした? 頭を抱えて」
「――なんでもない。それで、第二は?」
「第二はルルの強さだ。精霊であり精霊界に住んでいたルルには馴染みのない概念になるが……この世界は己の強さが全ての判断基準になることが多い。聖刀剣に選ばれ、幻魔も倒せる。さらには伝説と謳われた人型精霊。それは申し分のない強さだ」
「過剰評価……ではないか、さすがに」
反論しようとしたが客観的事実であることには変わりなく否定できない。
「聖刀剣の巫女すらも魅了したのだから当然の評価だ。……そういえば仲直りはできたのか?」
「……」
痴情のもつれ――とまでは言い過ぎだが、巫女姉妹と親交の深い王家にとって無視できない心配事の1つ。カイムがローゼと同様に問うのも三人を行く末を心配しているからだ。
「ま、今日も午前午後と練習ばかりで会う時間はなかったからな。仕方ないさ」
口を噤み、なにも答えられないルダージュをすかさずフォローするカイム。
「だが、それも明日の舞踏会直前までには解決するように。当日にへまをされては余がルルの練習に付き合った意味がない」
年下に慰められているという状況にルダージュは気が滅入りそうになるが、いつまでも二の足を踏んでいるわけにもいかない。
そして言葉通り、アルメラに引き続き今日は背丈が近いという理由で王子であるカイムも練習に駆り出された。その厚意も無駄にはできない。
「――頑張るよ。俺も彼女たちとこのままじゃ嫌だからな。イムとの練習の成果も披露したいし、ララにも喜んでもらいたいから」
「その意気だ」
満足そうにカイムは頷くと「さて」と立ち上がる。
「夕食も近い。護衛任務という肩書ではあるが客人であるルルたちと腰を据えて会話をする機会もこれで最後だ。今晩は会食に付き合ってもらうぞ。父上と妹も色々と整理がついているはず」
ルダージュは首を傾げた。
後半の言葉の意味がわからなかったためだ。
「先の質問の答えだ。クララの様子がおかしいと思ったのだろう? それは本人から直接聞くがいい」
「……わかった」
ようは場所と機会を提供してくれるということだ。
問題が解決しないまま当事者たちが一堂に会するのは、何とも気まずいことこの上ないが泣き言を並べている場合でもない。腹を括りカイムに追従するように立ち上がると、2人は出入り口へと足を進めた。
「ちなみに――」
「む?」
「第三の理由はあるのか?」
「もちろんあるが……聞きたいか?」
「どうせなら」
「ついでみたいな言い方は気になるが……まあいい。余にとってはこれが一番の理由でもあったからな。ルルには教えておこう」
カイムは出入り口の取っ手に掛けていた手を下ろすと「これは他言無用で頼むぞ」と前置きし、ルダージュに向き直る。
「余と初めて出会った日のことを覚えているか?」
「空から子どもが降ってきたんだ。忘れるわけないだろ」
「違いない。あの時、余は人探しをしているとルルに告げたな」
ルダージュは黙って頷いた。
そもそも兄妹が城を抜け出した日。カイムが人探しをしたいがため、妹のクララを連れ回そうとしていたのだ。一度、問いただしたときは誰を探していたのか答えてはもらえなかった。
あの時、カイムはなんて言っていたか。
「そういえば探し人には会えたのか? たしか王様に聞いたほうが早いって言ってたよな?」
「ああ、会えたとも。それも奇跡のような出会いだ。そして余はルルに謝らなければならない」
「ん?」
「余はルルに嘘を吐いた」
「……それは、まぁ」
お互い様だ――と零しそうになり、曖昧な笑顔をとりお茶を濁す。
「探していた“彼”は正確には人ではない」
「人間じゃない?」
「うむ、余が探していた“彼”は精霊なのだ。それも我が父、マクゼクト王が箝口令を敷くほどの大物の、な」
そう言ってカイムはルダージュにウインクした。容姿と年齢も相まって気障というよりは愛嬌のある合図だ。
「……あ」
ルダージュは気付く。
むしろ、カイムの人探しの件を忘れていなければ当然行きつく答えでもあった。
「探していたのは――“人型精霊”……か?」
「そう。つまりはルル――灰騎士のルダージュ、貴公を探していたのだ。第三の理由は余が妹の婚約者候補として人型精霊を想定していたからであり、しかもルルは見事に第一第二関門も突破! まさに理想の相手だ!」
テンションと共に語意に熱がこもるカイム。
それも無理はない。
妹のことを想う彼は第一に『妹が恋慕した相手』、第二に『強い』、第三に『どうせなら人型精霊』という『高身長』『高収入』『高学歴』の3Kよりも遥か高見を望み、それが叶ったのだ。
興奮せずにはいられなかった。
ただ――
「そ、そうか」
当の本人であるルダージュは当然のように素直に頷くことはできない。
(第三の理由が早くも当てはまっていない……それを踏まえると第一の理由も怪しいし……正体がバレたら国外追放どころの話じゃなくなるかもしれないな)
「どうしたその気のない返事は。まあ驚くのも無理はない。余もあの時はこんな近くに探し人がいるとは思ってもみなかった。灯台下暗しとはこのことだな」
「は、ははは」
乾いた笑いを返すことしかできないルダージュ。
とりあえず会話を続けようと口を開いた。
「ちなみに、さ」
「む?」
「黙ってほしいってのはどの部分だ? イムが妹のために人型精霊を探していたことか?」
「ふふん、今度は察しが悪いな」
やれやれと肩を竦める王子。
ちっちっちっと指を振ると得意げな顔で解説を始めた。
「今の余の話には矛盾が孕んでいるとは思わなかったか?」
「矛盾?」
「そもそも余と妹には人型精霊のことを秘匿されていたのだぞ。だのに、余はあの日クララの婚約者候補として人型精霊を探していた」
「……あ」
言われて初めて疑問に思う。
確かに変だ。そもそも人型精霊の存在を知らないはずのカイムがあの日、城を抜け出してまで探しに行くのは可笑しい。
あの時、カイムはなんと言っていたか。
たしか『噂は本当だった』と呟いたのだ。
つまり――
「イムに噂を流した相手を黙っていてほしいと」
「及第点だ。ま、正確には『人型精霊がこの国に来る』という噂を余が偶然又聞きしただけなのだ。だがあの噂を聞いていなければこうしてルルと出会うことは叶わなかった。箝口令を破っていた――とは言え、余は彼女たちに感謝しているのだ」
「なるほどな。そう考えると俺たちを引き合わせてくれた功労者ともいえるし大戦犯でもあるな。で、誰なんだ?」
「アルメラだ」
呆れたように彼女の名を呼ぶカイムはどこか楽しそうで、ルダージュもアルメラならやりかねないと苦笑する。
だが、
「あぁ、あとドロシーも、だな」
「……え?」
ルダージュが発した「え?」は驚きによるものではない。
疑念が零れたことによる感情の発露に他ならない。
素直に受け取れば意外な相手。
しかしそれはもう一つの矛盾を生んでしまうありえない相手だったのだ。




