サプライズ練習後
「――めでたし、めでたし」
城内の庭園の一角。
サプライズの練習を終えた午後。
シャワーで汗を流し食堂で軽い昼食をとったルダージュは、お姫様から午後のティータイムに誘われていた。ラクス経由で招待されたその憩いの一時はルダージュが城に来てから続いている日課のようなものとなっていた。
「毎日毎日よう飽きぬのう。絵本を贈った者としては嬉しい限りじゃが」
これもまたルダージュの日課となっていた絵本『精霊王の冒険』の読み聞かせ。それをテーブル越しから眺めていたクララの母ローゼは、頬杖をつきながら呆れたように苦笑した。
彼女が見つめる先にはルダージュ――ではなく、彼の膝の上に座り絵本の余韻に浸る娘の姿があった。
「ルルに読んでもらう絵本は特別なんです。まるで別の物語のように違う景色を見せてくれます!」
「くふ、ようは好きな殿方の声が聞けて喜んでいるだけではないか」
「はいっ!」
「即答か。求婚したせいか妾の娘はいつの間にやら肝も据わってしまったようじゃ」
「……」
母娘が笑い合う中、当の本人であるルダージュは黙って耳を傾けるだけに止まった。
護衛任務という名目でクララ姫の元へと訪れていたルダージュ。彼は職務を全うするため、母娘の傍らに控えている宮廷魔法使と同じように不動の精神で警戒にあたっているのだ。
「聖刀剣の巫女だけではなく妾の娘すらも変えてしまうとは……婿殿も隅に置けぬのう」
「うぐっ」
――というのは建前で、ただ単に反応に困る会話に混ざれない……混ざりたくないだけだった。名指しされたため我関せずというわけにもいかない。
「ところで……婿殿は仲直りできたのか?」
「……いえ、まだです」
誰と? と聞き返す必要もなければ、隠す理由もない。
人型精霊と聖刀剣の巫女がぎくしゃくしている――というのは城内では周知の事実となっていた。そもそもルダージュが聖刀剣の所有者――つまり巫女の婚約者であることも知れ渡っている。表立って口には出さないものの使用人や兵士たちの間では世間話の種のようなものだった。
現に、警護の宮廷魔法使たちが警戒を維持しながらも今も聞き耳を立てていた。
「妾がここに嫁いでからの付き合いだが巫女方の女の顔を見たのは初めてだ。……いや、あれは女というよりは少女と形容したほうがよいか。初々しく、妾にはちとこそばゆい」
仮面で隠れているため姉妹の顔を見ることはできない。ローゼが言っているのは抽象的なことであり、顔とは姉妹のルダージュに対する態度のことを指していた。
「……まだ方法が見つからないんですよ」
「方法? 見分け方のか?」
王妃の1人にお悩み相談とは贅沢だな……とは思いつつルダージュも切羽詰っている状況なため手段は選んでいられない。藁にも縋る思いだが、相手は藁どころか巨木のような頼もしさが――
「そんなもの匂いを嗅げばよかろう。妾はいつもそれで見分けておる」
「……」
藁を掴もうとしたら濁流で流れてきた巨木に叩きつけられた――そんなイメージがルダージュの頭の中を襲う。
「そ――」
それはちょっと……と言おうとしてあえて台詞を変える。
「人型でも可能な方向でお願いします」
「……ふむ、難しいか」
匂いで嗅ぎ分けることはできない、とローゼは解釈したのだろう。
再び思案顔になった彼女はルダージュの胸元を見つめる。そこには将来の旦那に埋もるようにもたれかかる娘の姿があった。大好きな絵本を抱き、大好きな人型精霊に抱っこされ、恥じらいながらも弛緩した笑みを浮かべている娘。見ていると思わず口元がほころぶ。
(我が娘ながらちょろいの~妾のときは……)
と、思い出に浸ろうとしたが自分もちょろかったような気がして回想は中断。
尻尾の毛づくろいをして手持無沙汰を誤魔化し、ついでに娘の尻尾も見る。
感情を体現してしまうその尻尾は相変わらず左右に揺れていた。
「巫女方の癖を見つけてはどうか?」
「癖……ですか」
「そうだ。例えばクララは嬉しいことがあるとすぐ尻尾が揺れる」
「――!」
突然呼ばれてびっくりしたのか耳と尻尾をピーンと逆立たせるクララ。
「驚いたときは……御覧の通りじゃ。のう?」
「お、お母様!? からかわないでください!」
「……素直なんですね。そういうところが可愛いと思いますよ」
「~~~~~~!」
銀色狐娘は縮こまるようにぎゅっと絵本を抱きしめながらその場で丸くなった。それでもなおルダージュから離れようとしないところに母は妙な感心を覚える。
「……くふっ」
ついでに娘の頭を撫でろとジェスチャーでルダージュに促す。
最初は困った顔をして渋ったルダージュだったが王妃命令には逆らえなかったのか、ジェスチャーに従いクララの頭を撫で始めた。
「くぅ~~~~~~!」
くぐもった鳴き声を聞き、ルダージュは苦笑する。
尻尾も見てみると力尽きたようにへにゃへにゃと踊っていた。
「と、まあ、照れているときは尻尾の動きがゆっくりになる。癖はわかりやすいじゃろう?」
「おかあさまっ!」
なぜか止めの追い打ちまでかます王妃。
娘で実演するとは容赦がないが、随分と説得力のあるアドバイスでもあった。
「巫女方にも本人が意識していない癖のようなものがあるはず。行動をよく思い出してみるのもよいかものう」
「なるほど……参考になります」
タイムリミットは刻々と迫ってきている。
ルダージュの予想だと護衛期間最終日である仮面舞踏会当日がラストチャンスだ。
「仲直り、できるといいですね。ルル」
「ありがとう。ララ」
ルルとララ、とまるで童話の題名のようにお互いを愛称で呼び合う2人を眺め、ローゼは「くふふ」とほくそ笑むと、彼女は唐突に「少し婿殿と二人きりで話がしたい」と切り出した。
名残惜しそうに離れていくクララを宮廷魔法使たちが聞き耳を立てられない程度の場所まで誘導する。
見送り終えたローゼはぽつりとルダージュに胸のうちを明かした。
「もうすぐ護衛も任務も終わってしまうからな。婿殿には他のことを忘れ、娘のことだけを考えてほしい。いつまでもオリヴィエ様とシルヴィエ様のことを憂い、上の空では困るからのう」
「上の空……でしたか?」
「いいや、そうは見えなかった。じゃが親というものは子のことになると心配性でな。つい釘を刺したくなるのじゃ」
そう言ってローゼは「妾も夫のことを笑えぬのう」と鳴くように笑った。
その笑顔が無防備だったせいか、ルダージュは疑問に感じていたことをいつの間にか口に出していた。
「……なぜ、反対しないのですか?」
「反対? なんのことじゃ?」
「人型、とはいえ精霊に恋をすることとか、それが一国の姫であればなおさら――」
「問題がある、と」
「――はい」
「婿殿の言いたいことはわかる。クララは第二王妃である妾の娘。婚約者を決めるのは容易ではない。しかも王位継承権があるとはいえ、次の王は順当に第一王子で決まりじゃ」
第一王子。
カイムとクララの兄であり王位継承権第一候補と名高い。現在は遠征に出ておりルダージュたちとは顔を会わせていない。
「それに不満はないがこのままでは妾の娘は政略結婚の道具。あの親バカも王になりきれないのか縁談を澄まし顔で躱しているようじゃが、それもいつまで続くか……」
ルダージュはマクゼクト王から護衛任務を任された際、「くれぐれも娘を頼むぞ」と羅刹のような鬼気迫る顔で頼まれていた。そんな王が娘を政治の道具にするとはルダージュにも考えられなかった。
「ノイシスの加護を付け狙う不徳の輩もおる。妾の娘は婿殿に一途だというのに余計なしがらみにモテモテなせいで――」
と、愚痴っぽくなってしまったことに気付いたのかローゼは口を閉ざすと近くにあった煙管を咥え、自らを落ち着かせるように一服する。
「ふぅ」
ローゼが息を吐いても煙は出てこない。
その所為か子どもがタバコの吸い真似をしているような光景にすら思える。
というより、以前に見たクララによる母親の真似そのものだった。
「気になるか?」
「え?」
「妾が吸っているこれのことだ。すまぬな会話中に」
「いえ、お気になさらず」
「……前々から思っていたのじゃが、将来の義母に対し言葉が固くはないか? もう少しほれ、ママとかお母さまーとか……」
「遠慮しておきます」
「つれないのう」
若干、残念そうな顔をするローゼ。
ルダージュには難易度の高い冗談だった。冗談として成り立たなくなるところが特に厳しい。
「ちなみに、これはタバコではないぞ」
「……え? そうなんですか?」
「妾たち妖狐は魔法を使っていなくても大量にマナを食う。燃費の悪さでいえば多種族の中でも随一と言えよう。しかし城の周辺は妾の故郷と比べるとマナの量が圧倒的に少ない」
「つまり煙管がそれを補っている」
「そうだ」
煙管から伸びたストロー状のゴムの先に透明な急須が置かれていた。
ローゼは急須の中にある何かの実のようなものを指さし解説を始める。
「アルルカという大樹になる実はマナを豊富に含んでおる。それは大気中の何十倍にも相当する量だそうだ。これはそのアルルカの実をすり潰し水に浸したものじゃ。直接食べたり飲んだりしては過剰摂取になるからのう。適当に中身の空気を吸引するだけでもだいぶ違う」
いずれクララにも必要になる、と言ってローゼの解説は閉じた。
つまり――
「酸素吸引器……みたいな?」
「それじゃ、的を射ている。婿殿も覚えておくといい、妖狐はマナが豊富な場所が住みやすいとな」
その知識はいつ使うんだ。
そう疑問には思うが口に出す勇気をルダージュは持ち合わせてはいない。
代わりに――
「でもローゼ様はここにお嫁さ――ってどうして耳を塞ぐんですか」
「聞くまでもない。妾がここにいるのは惚れた弱みにすぎぬ。今更、婿殿に指摘されるまでもないわ!」
照れ隠しなのか狐耳を折りたたむローゼ。
「妾のことはよい。そんなことよりクララのことじゃ」
佇まいを正すとローゼは真っすぐとルダージュを見つめこう言った。
「明後日、楽しみにしておるぞ。舞踏会はクララにとって最初で最後の晴れ舞台じゃからな」




